女神転生バトルロワイヤルまとめ
第1話 アレフ・カオスヒーロー・ザイン

「みんな聞いてくれ!」
メガホンを通して、僕の声が響き渡る。プログラムに参加している誰もに届いただろう。
「こんなゲームに乗せられて殺し合う必要なんてないはずだ。力を合わせればきっと、全員で生き残る方法も見付かる。憎み合う理由はないだろう?」
誰だって、敵でもない相手と殺し合いたくなどないはず。それにこのゲームの主催者は、最後の一人になるまで――友とまで殺し合えと言うのだ。従いたくて従っている者などいるはずがない。
「僕達には、殺し合う必要なんて……」
銃声。
乾いた空気の中にその音が響いて、脇腹に抉られるような激痛が走っても、僕は自分の身に起こったことを一瞬理解できなかった。メガホンが手を離れ、地面に叩き付けられて鈍い音を響かせる。
転がるように倒れ込んだ僕を庇って、アレフが飛び出す。僕は震える手で、痛む脇腹に触れた。服が湿っている。ぬるりとした感触。血だ。
そうか。僕は、撃たれたのだ。混乱した思考がやっと状況に追い着く。
選んだ場所は声の届きやすい、見晴らしもいい場所だった。戦いを止めるようにと呼び掛けるなら、自らの姿を晒して堂々と話さなければ伝わらないだろうと思ったのだ。アレフは危険だと反対したが、安全な場所から姿を隠して呼び掛けたところで信頼は得られないだろう。
それに、戦いの意思はないことを伝えれば、みんな解ってくれるだろうと思っていた。


「この野郎!」
銃弾の放たれた方向に、アレフがドミネーターの銃口を向ける。痛みを堪えて身を起こすと、拳銃を構えた男が見えた。
迷彩柄のコート、逆立てた髪。勇ましげに装ってはいるが、その腕は細く、銃を持つ手付きからも不慣れさが見て取れた。まだ少年だ。それも、民間人の。
「アレフ、止めろ!」
叫んで、僕はアレフの腕を引く。少年が二発目の銃弾を放った。それはアレフの頭のすぐ横を掠めて飛んでいく。
「けど、あいつ……」
「僕達が人を殺してどうする!」
ここで彼を撃ったら、僕達も彼と同じことをすることになる。彼はきっと僕達を信用できず、怯えているだけなのだ。
人間同士で殺し合う気はないということを、僕達は示さなくてはならない。危険を冒してでも。
「……解った」
片手ではドミネーターを構えたまま、アレフが僕に肩を貸す。三発目の銃弾がすぐ傍の地面を抉った。
この場を切り抜けるためには、とにかく身を隠さなければ。アレフに支えられながら、二人で一番近い物陰に飛び込む。
追撃してくるためには、今度は少年の方が周囲から丸見えの場所に出て来なければならない。彼にそんな危険を冒す気はないだろう。
これでひとまず、当面の危機は切り抜けた――が。


「傷は……」
僕の脇腹に目を遣ったアレフが顔を顰める。白い服も、その下に巻き付けたバンデージも、かなり広範囲に赤く染まっている。出血の酷さは隠しようもなかった。
「……この程度なら、まだ、動ける」
しかし、そう応えたのは気休めというわけでもない。僕達の身体は普通の人間よりも頑丈にできているのだ。アレフにもそのことは解っているだろう。彼は、その理由までは知らないが。
「でも、どうするんだ?」
「別々に逃げよう。僕達がここにいて……僕が負傷していることは、みんなに知られている。このまま留まるのは危険だ。……後で合流して、それから、またみんなに……」
「それには反対だな」
アレフの意外な言葉に、僕は言葉を止めて彼の顔を見た。
「逃げるのも、後で合流するのもいいよ。でもあんな風に呼び掛けるのには反対だ」
「……アレフ」
「いや。議論は後にしよう」
地面に置いていたドミネーターを取り上げ、アレフが立ち上がった。
「生きてまた会えるんだから、後でもいいよな」
「……ありがとう」
痛みを堪えながら、僕は精一杯の笑顔を浮かべた。
アレフが反対と言ったのは、戦うつもりだという意味ではなく、僕を心配してのことなのかもしれない。――少なくとも今は、そう信じておくことにした。


「俺がそっちに飛び出して、あいつの気を引く。その間に反対側に逃げてくれ」
「解った……」
物陰に身を隠したまま、よろよろと立ち上がる。少しなら走れそうだ。アレフは僕を見て頷くと、ドミネーターを構えて元来た方向へ飛び出し、走り始めた。
アレフの足元に、銃弾が撃ち込まれる。あの少年はやはり、僕達が再び姿を現すのを待ち構えていたのだ。しかし、全力で走っているアレフに当てるほどの正確さは持ち合わせていないようだった。
僕は地面を蹴り、姿勢を低くしてアレフとは反対の方向へ走った。

どれだけ時間が経ったかは解らない。僕は最初にアレフと共に隠れた場所がもう見えないほどの位置にまで逃げてきていた。幸い、その間には誰とも遭遇していない。
防刃のために身体中にバンデージを巻いていたのも幸いした。それが血を吸い取ってくれているお陰で、地面に血の跡を残さずに済んでいたのだ。そうでなければ追跡が容易になってしまっていただろう。
アレフは無事に逃げ延びただろうか。空を仰いで、物陰に腰を下ろした。


緊張の糸が切れ、身体から力が抜ける。意識の隅に追い遣っていた痛みがぶり返し始めた。これからどう動くとしても、しばらくここで休まなければどうにもならないだろう。
僕を撃った、あの少年のことを思い出す。彼のことはプログラムの開始前、参加者が一所に集められた時にも見た覚えがあった。別の二人の少年と、その時は一緒にいたはずだ。
友人であろうその二人は、どうしてしまったのだろう。はぐれたのか、意見を違えて別れたのか、それとももう――?
何故、こんな不毛な戦いをしなくてはならないのだろう。考えるとやるせなかった。考えても仕方ないのは解っていた。
僕がするべきは、今できる正しいことを貫くことだけだ。こんなゲームは止めさせて、巻き込まれたみんなと力を合わせて生還する。
正しい道を歩めば、神はきっと守ってくれるはずなのだ。

脇腹にがさついた感覚がある。血の染み込んだバンデージと服が乾き始めているようだ。出血はもう止まったらしい――が、あまりにも早い。いくら僕に常人以上の生命力があると言っても、こんな短時間で傷が塞がるのは不自然だった。
傷の具合を見ようと上着を脱ぎ、銃弾で穴が開き赤く染まったバンデージをずらして傷口を覗き込む。そして、愕然とした。


傷口とその周囲が、くすんだ灰色に変色している。触れてみると冷たく、硬い感触。
石化弾――カーボライナーか。
僕は初めて、あの少年が僕に与えた傷が致命的なものであったことに気付いた。
僕には石化の呪いを解く手段などない。合流できたとしても、アレフも同じだろう。そして、石化は緩やかに進行し、じきに動くことさえできなくなってしまうのだ。
為す術もなく見ている間にも、冷たい灰色が少しずつ、僕の身体を蝕んでゆく。
神は、僕を見捨てたのか。
こんなゲームが行われ、誰にも止められることなく殺し合いが続くのを、神は許すというのか。

(神はおらぬ)

唐突に、どこからか声が聞こえた。

(お前に何が起ころうとも神が手を出さぬというのなら……
お前が何をしようとも、神は手を出さぬということであろう)

この声の主は何者なのだろう。僕に、何をさせようとしているのだろう。解らないまま、ただ、僕はその言葉に耳を傾けていた。


(お前は神の名の下に生まれてきたものではないのか?
お前が何をしようとも、それこそが神の思し召しではないのか?)

何をしようとも?
その意味を推し量ろうとして思考を巡らせ――僕は、気付いた。この声が、どこから聞こえてくるかということに。
この声は、僕の内側から聞こえてきているのだ。絶望と痛みに朦朧とした意識の中から、抗い難い響きを持って。

(――神に近い者としての役目を果たすのだ)

「僕の……役目」
その言葉の意味を、完全に飲み込めたわけではない。ただ、何か、果たさなければならない役目があることを思い出しかけていた。
ここから抜け出すことでもなく、みんなを和解させ、助けることでもなく。
僕にしかできない、僕でなければならない使命を、ずっと忘れているような気がする。
「僕は……」
渇ききった喉から、掠れた呟きが洩れる。その続きは声に出せないまま、僕は意識を失った。



【アレフ(真2):生存 行動方針:カオスヒーローから逃げる】
【カオスヒーロー(真1):生存 所持品:カーボライナー】
【ザイン(真2):重症(気絶)】

***** 女神転生バトルロワイヤル *****
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