桐島英理子が転送されたのは若者向けの店が立ち並ぶ繁華街だった。
「ここは夢崎区ですわね」
何度か来たことがあるが、いつも若者で溢れた活気のある街だった。
―今はその面影しか見られないが。
どこに敵が隠れているか分からない。常に周りを警戒しつつ、慎重に歩を進める。
しばらく進むと、目の前に人影が見えた。ペルソナの共鳴も感じる。
(これはLuckyかもしれませんわね)
前方から歩いてくるのは、金髪碧眼の端正な顔立ちをした少女。制服から、七姉妹学園の生徒だと分かった。
(交換留学生かしら?)向こうもこちらに気付いたようだ。警戒する素振りを見せている。
「Hey、I'm not your enemy.Please chill out,and listen to me.You have persona,Dont
you?If you won't take part in this game,Please lend your hand to me.」
留学生とはいえ、流暢に日本語を話すのは難しいだろう。ここは英語の方がより意志の伝達をはかれると思い、帰国子女の恵理子は英語で話し掛けた。
しかし…
「ちょ、ちょっと待ってよ。あなた日本人でしょ?日本語で話してよ」
「Oh,sorry.英語圏の方じゃなかったのですね…」
「違うよ、私は日本語しか話せない。金髪碧眼なら英語が話せて当然なの?見た目で判断しないでよ…」
彼女の両親はアメリカ人だが日本に帰化しており、生まれてからずっと日本で暮らしてきた彼女は全く英語が話せない。それがコンプレックスでもあるのだ。
「本当にごめんなさい。勝手に決め付けて…嫌味に聞こえたかもしれませんわね…」
目の前の女性が深く頭を下げる。長い髪を後ろで一つにまとめ、整った顔立ちと背が高くすらりとしたスタイルの女性。
「あ…こちらこそごめん。強い言い方しちゃったね」
気にしていることだったため、ついキツイ反応をしてしまった。
「私はリサ・シルバーマン。あなたは?その制服、エルミンのだよね?」
「ええ、私は桐島英理子。よろしくね、Lisa。参加者の中に共に戦っていたpersona使いがいたので、探していますの。」
英理子の名前を聞いて、リサは驚きを隠せない様子だった。
「え、エリーさん…?」
「確かに私はEllieと呼ばれていますが、なぜそれを?」
英理子が訝りながら尋ねる。
リサは説明した。以前英理子と会ったことがあること、その英理子は大学生でモデルのバイトをやっていたこと。
セベクスキャンダルはリサのいた世界では3年前の出来事であること。
そして二人はそれぞれの経験した事件、仲間達について語りあった。
場所は、無人のファーストフード店。
二人は向かい合って座っている。「一体どういうことなんだろう?」
「Umm...もしかしたら、あの主催者は時空を越えて参加者を召喚したのかもしれませんわね。学園には明らかに昔の服装をしてる人もいましたし、Lisaの言うように亡くなった方が生き返ったのもそれで説明がつくと思いますわ。」
「そんな相手に…対抗できるのかな?」
一つの無人の空間をつくり、そこに様々な時代、場所から人を呼び出し、全員に死の刻印を押す。それは"神"の如き力を持つ者にしかできない所業に思える。「分かりません。でもみんなの力を合わせればきっと…」
不安げに目を伏せるリサに、英理子は優しく微笑む。
「そうだよね!情人(チンヤン)や、摩耶ちゃん、それにエリーさんの仲間だっているんだもん」
「Of course!みんなを探して、早くこのgameを終わらせましょう」
希望はある。英理子もリサも、強大な相手に立ち向かったのはこれが最初ではない。
仲間の捜索を続けるため、二人は立ち上がり、外に出て歩きだす。
それを見つめる影があることに、二人は気付かなかった。
「ふふっ…あはははは」
大きな娯楽施設の屋上に彼女はいた。
橘千晶。若い、細身の少女。長い髪が風にふかれてなびいている。
そのか弱げな見た目とは裏腹に、彼女の内には他者を踏み付ける残虐さが渦巻いているのだ。
死のゲーム。
全員で殺し合い、弱いものは淘汰されていく。そして最後に残った最も強いものが栄光を受ける。
それは弱肉強食のコトワリを求める彼女には世界の本来あるべき姿に思えた。
(力こそが正義。自分では何もできない弱い者に生きる価値などないわ。)
だからこそ、このゲームに勝つ。弱者を殺し尽くし自分が新たな世界を作る。
(私にはその力がある)
「千晶様。二人、見つけました。女です。悪魔を連れてはいませんが、不思議な力を感じます。」
哄笑する千晶の背後に二体の天使が降り立つ。
力を見せ付け、理想を語ることで従わせた仲魔である。
「そう…」
行こう。弱い者を糧にして新たな創世の"神"の力を得るのだ。
「ここにはさ、いいカフェがあるんだ。元の世界に戻ったらエリーさんも彼と来なよー。それから、ムー大陸でプリクラとったりゾディアックで踊ったり…」
二人は談笑しながら歩いている。その様子は自然で、とても殺し合いのフィールドにいるとは思えない。
「わ、私と彼はまだそんな関係じゃありませんわ。それに、彼には…」
あまりよい出会いではなかったこの二人を結び付けたのは、片思いの相手がいるという共通点だった。
「恋愛はね、諦めちゃったらそこで終わりなんだよ。友達がライバルだからって自分の気持ちに嘘をついちゃだめ。」
「…そうですわね。自分を偽らない女になると決めたのですもの…」
そんな他愛もない会話をしながら街を探索する二人の前に、一人の少女が立っていた。
「あ、エリーさん、見て!あの子も参加者じゃない?おーい!」
リサは手を振って、目の前の青いワンピースを着た少女に駆け寄る。
「Wait!Lisa!この気配は…」
「小娘が、千晶様に馴々しく話し掛けるな!」
リサと少女の間の距離が数mほどに縮まったとき、天使が現れ、手にもった槍でリサに襲い掛かった。
「痛っ…」咄嗟に防御の姿勢がとれず、足を貫かれた。
殺すのではなく動きを止めるのが目的だったのだろう。
「Persona!」
それを見た英理子は急いでペルソナ能力を発動する。
現れたのは白い翼を背に生やしたギリシアの勝利の女神、ニケー。相対する天使とは違い、金属でできているかのような無機質な姿をしている。
ニケーの出現と同時に激しい風が巻き起こり、刄となって天使に襲い掛かる。
天使は素早く舞い上がり、後退することで難を逃れた。
その間に、英理子はリサに駆け寄る。
二人の様子を見下すような眼差しで見つめる千晶。
その左右には脇を固めるように二体の天使が浮かんでいる。
一体は赤い鎧を身につけた兵士の様な姿。先程リサを攻撃した天使である。
もう一体は聖職者のような衣をまとい、十字架のついた杖を持っている。
「力天使Powerに権天使Principality…Demonを従えるなんて…」
「その力…面白いわね。あなたたちからなら、たくさんマガツヒが取れそうだわ」
もう一度二人に襲い掛かろうとする天使達を手で制し、千晶が静かに言う。
「マガツヒ…?こんなことをして、何が目的ですの!?」
「ゲームに勝つことよ。当たり前じゃない。そして、私は新しい世界を創るの。」
「それがあなたの願いだと…?そのために他の人を殺すなど、許されるはずがありませんわ!」
「弱い者は死んで当然。私が神になるのに、何の許しを得る必要があるの?さあ、美しいヨスガの世界のための糧になりなさい」
千晶の合図で再び天使達が武器を構える。
「ふざけないでよ…」
リサがよろめきながら立ち上がる。
「変な野望抱いちゃってさ、ダサいんだよ。私は死ぬわけにいかない。あんたや主催者を倒して情人と…達哉と一緒に帰るんだから!こんなとこで負けられない!」
リサの叫びに呼応して、一人の女神が姿を現す。
美の女神ヴィーナス。千晶に向けて手を差し伸べ、水撃を放つ。
「マハガルーラ!」
英理子もまたペルソナを使い、リサの援護を行う。
旋風と激しい水流とが千晶達に迫る。(No、これでは倒せない…威力が十分ではない…)
千晶がどんな力を持っているかは分からないが、天使達の力だけを考えればかなわない相手ではない。
反撃にそなえ、防御魔法をリサのために唱えようとする英理子。
しばらくは防戦につとめ、隙を見て一気に叩く。戦いを長引かせたくはないが、今のところこれが一番よい戦い方だろう
「…待って、エリーさん!マハアクエス!」
(これなら繋げられる…!)
エリーを止め、リサは急いでペルソナを使う。
二つ目の水撃が先行する風と水とに追い付いたとき、それは起きた。
合体魔法、疾駆水爪破。
大量の水が疾風によって駆ける。元の魔法の何十倍もの威力となって天使達や千晶、そして周囲の建物や地面までをも切り裂く。
「ぐああああっ」「ば…馬鹿な…」
高圧の水に全身を引き裂かれ、二体の天使はシュウシュウと音を立て、消滅した。
「や…やったの…?」
まだ轟音をたててうずまいている水流を眺め、リサがへたりこむ
「Oh,やりましたわね、Lisa!魔法を組み合わせて威力を上げるとは、fantasticですわ!」
リサははしゃぐ英理子の方に振り向き、笑おうとした。
ゴキッ
「…Lisa?」
大きな黒いものがリサの頭部を覆い、音がした。黒いものが彼女の頭部を離すと、その身体は力なく崩れ落ちた。
顔はありえない方向を向いている。その青い目は光を失い、口元はまだ英理子に笑いかけようとしたままだ。
首が…折れている。即死だった。
「残念だったわね」
「No…No!Lisa!どうしてこんな…」
その黒いものは、腕だった。そしてその持ち主は…
魔丞千晶。
もはや彼女は人間とは言えない。悪魔の力を得た異形の存在。彼女のもといた世界で、牛頭天王によって与えられた力である。
かつて片腕があった場所から黒い触手を生やし、髪は白く変化している。
先程の合体魔法でやられたらしく、変化していない方の腕は肘のあたりからなくなっていた。
「ここまでやるとは、正直驚いたわ。でも、それだけね」
英理子は、泣いていた。状況が分からず、ただリサを呼び続けている。
つい先程まで一緒に笑いあっていた。10年も前から思いを寄せる彼のことを熱く語り、彼との結婚も夢見ていた彼女なのに…
リサの遺体から、赤いエネルギーの流れが出て、その流れは千晶に流れこんでいる。
「ずいぶんな量ね。向こうでは集めるのに苦労したけど、こっちではすぐに集まりそう」
そして、泣き続けている英理子を軽く殴り飛ばす。
数m飛ばされ、建物の残骸に叩きつけられた。どこかを切ったのか頭からは血が流れている。
「そんなに悲しまなくていいわ。すぐにあなたも殺してあげる」
「あ…」
ようやく身の危険に気付いた英理子は千晶に背を向け、遮二無二走りだした。
「馬鹿ね…」千晶は変化した腕を伸ばす。それは物凄いスピードで英理子を追い掛けた。
英理子は支給品のナイフを投げ付け、何とか逃げ切ろうとする。
黒い触手はそれを軽く弾き、追跡を続ける。
そしてその腕が英理子に届く寸前、英理子の前に扉が現れ、彼女はその中に駆け込んだ。
触手はその扉に阻まれ、扉自体もすぐに消えた。
開扉の実
戦闘から100%離脱できるアイテムで、支給品の中にあったものだ。
逃げられたことに気付いた千晶は、軽く舌打ちした。
まあいい。また新たな獲物を探すだけだ
自身の損傷は大したことはないし、仲魔はいくらでも調達できる。
もうマガツヒの放出を終えたリサの遺体を一瞥し、歩きだす。
その足取りに、迷いはない。
【桐島英理子(女神異聞録ペルソナ)】
状態 頭に軽い傷 精神的ショック
降魔ペルソナ ニケー
所持品 ナイフ、開扉の実(消費) ?
現在地 夢崎区繁華街より逃亡
行動方針 夢崎区から離れ、仲間を探す。
【橘千晶(真女神転生3)】
状態 片腕損傷
仲魔 なし(パワー、プリンシパリティ消滅)
所持品 ?
現在地 夢崎区
行動方針 皆殺し
【リサ・シルバーマン(ペルソナ2罪)】
状態:死亡(橘千晶が殺害)
降魔ペルソナ:ヴィーナス
所持品:?(夢崎区 死亡場所に放置)
【残り ?名】
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