――スマイル平坂。
普段は地域住民に親しまれる、活気のあるこのスーパーには、今は泣き声しか聞こえない。
その泣き声の主、朝倉タヱはぱっちりとした大きな瞳から溢れる涙をどうすることも出来ないまま泣いていた。
きっかけは、たった二十分程前の出来事だった。
タヱの目の前には、派手に彩られた青い髪とセーラー服が印象的な、あどけなさの残る少女が一人。
「ち、ち、チカリンはまだ死にたくないのですぅっ……!」
怯えた表情の少女は手にしていた鉄パイプを握り締め、突然タヱに襲いかかってきたのだ。
「きゃあっ!!」
タヱめがけて叩き付けられた鉄のパイプは床にカツンと音を立てるだけだった。
「に、逃げないで! お姉さん、チカリンのために死んで下さいまし!」
説得出来る状態じゃないと悟ったタヱが逃げようとするも、そこは一階へと下る階段。
タヱは血の気がひくのを感じた。
「も、もう逃げられないでですよぉ……。お願いです……チカリンの代わりに死んでください……!」
「いやあああっ!!」
そう、それはほんの一瞬の事だった。
青い髪の少女の華奢な体が宙を浮いたかと思うと、彼女はそのまま落下し、床に叩き付けられた。
真紅の水溜まりが床を満たしていく。
糸の切れた操り人形のように投げ捨てられていた少女は、
水溜まりの中心でぴくりとも動かなくなっていた。
「あ……あ……」
――私が殺したんだ……。
自分が、少女――上田知香を思わず突き飛ばしていたのだと
タヱは気付くや否や、その場でぺたりとへたり込んだ。
それからはただ泣くだけしかタヱには出来なかった。
ここはどこなのだろうか、とか
何でこんな事になったのだろうか、とか
どうすれば良いのだろうか、とか
今のタヱには何も考えられなかった。
ただ泣くことだけを、脳が命じているかのような錯覚さえ受けた。
「ねー。ここで転がってる青い髪の子殺したのあんたー?」
「こ、コラ、ネミッサちゃん! もう少しオブラートに包まなくちゃ……」
タヱの思考が現実に戻されたのは、その声によってだった。
「ちゃ、チャーオ♪ 泣いてたら、ウサギさんに笑われちゃうぞ」
声の主の内、一人は、銀髪に黒い服のどこか神秘的な雰囲気の少女、
もう一人は何故か兎の耳をつけた奇抜なファッション――少なくともタヱの瞳にはそう見える――の美女。
タヱは困惑と怯えの混じった眼差しで二人を見つめていた。
「で、どうなの? あんたがネミッサたちを殺す気なら、
今すぐに魔法どっかーんで感電死だけど……」
銀髪の少女がタヱを睨みつける。
「コラコラ。ネミッサちゃん! もうちょっとソフトな言い方しなくちゃダメだってば!」
兎の耳をつけた女性が銀髪の少女をたしなめ、タヱに微笑みながら優しく話しかける。
「大丈夫。私もネミッサちゃんも、貴方のことを意味もなく殺したりしないわ。
もしよければ、何か知ってることを教えてくれるかしら?」
「…………」
「…………」
「…………」
三人の間に沈黙が走る。その沈黙を破ったのはタヱだった。
「…………あたしが……殺したの」
「……!?」
「……」
兎の耳をつけた女性とネミッサは身構えたが、それ以上のことはしなかった。
相手がこちらの瞳を真っ直ぐに見つめながら、泣いているのに気が付いたからだ。
「殺すつもりなんてなかったし……殺したくなかった。
あの子、泣きながら鉄のパイプを振り回してきたの。
『まだ死にたくない』って言ってた」
ネミッサたちは黙ってそれを聞いていた。
「……あたし、あなたたちみたいに、相手に冷静に話しかけたり、説得なんて出来なかった……。
あたし、死にたくなくて……必死で逃げて……でも逃げられなくて……
そうしたら、襲ってきたあの子を、階段から突き落としてて…………っ……!!」
そこまで言うのが精一杯で、それから先は言葉にならなかった。
いつの間にか階段を上ってきたのだろうか。
泣きじゃくるタヱを、背の高い女性がまるで実の母親のように優しく撫で、ギュッと抱き締める。
「オッケー。わかったよ。でもアンタ、バカ正直だねー。
『あたしが来た瞬間に、この子が階段から落ちてきたんです〜』
とか適当に言っちゃえばよかったじゃん」
階段の下にいたネミッサはそのまま言葉を続けた。
「『あたしが殺したの』なんてさ、話の通じないヤツに言ったら速攻殺されちゃうよ」
女性の腕の中で抱き締められているタヱの体が、びくっとなった。
「でもネミッサは、アンタのこと気に入ったよ。馬鹿正直なのって嫌いじゃない。
アンタがノリノリで人を殺すようなヤツなら、アタシもその気で殺ってたよ。
少なくともアンタはその気じゃなかったみたいだし」
ネミッサも階段を身軽に駆け上ってきた。
「その分、舞耶やアタシはこの通り、話せばわかるよ。
どう? 一緒に来ない」
「本当にいいの……?」
「「もちろん!」」
舞耶とネミッサの声が綺麗に重なった。
「まあ、このネミッサ様がいるからにはこんな馬鹿げた事考えたヤツはボッコボコにしてやるからさ……で。はい、コレ」
ネミッサはくるくると棒状のお菓子を差し出した。
「? お菓子?」
「そう。さっき一階のお菓子売り場で拾った」
「私とネミッサちゃん、偶然何か食べられるものはないかなー、
ってお菓子売り場を探してるときに仲良くなっちゃって」
「これが戦利品ってわけ。食べられるものは食べれる時に栄養蓄えておかないとさー、
タヱも疲れて更に胸ペタンコになっちゃうよ?」
黙って聞いていたタヱだったが、ネミッサの何気無い一言に思わず頬が赤くなった。
「なっ!? 何よ! 今は胸なんて関係ないでしょ!!」
「無事帰れても、舞耶ぐらいおっきくなきゃ彼氏もガッカリするよ」
「ちょ、ネミッサちゃん!」
言葉を選ばないストレートなネミッサに、舞耶も頬を赤くした。
「いいの! あたし、大体、胸で女の子を選ぶような人なんて好きにならないもの!」
「わかってないなー。男はみんな狼なの」
「そ、そんなこと……!」
あたふたするタヱと、お菓子――俗にいう『うまい棒』だ――を頬張るネミッサを見つめ、舞耶はくすりと笑った。
「よしよし、元気になった上に、ネミッサちゃんと仲良くなってくれてお姉さんは嬉しいゾ!
えーと、あなたの名前は? 私は天野舞耶。で、この娘がネミッサちゃん」
「あたし、朝倉タヱ……。みんなには『葵鳥さん』って呼ばれ……」
「オッケー、タヱね」
「よろしくね、タヱちゃん!」
「タヱじゃないわよ! あたしは帝都新報の敏腕記者、朝倉葵鳥!!」
タヱのいきなりの激昂にネミッサと舞耶は驚いた。
先程の胸の件よりも更に怒っているようにも見える。
その姿には数分ほど前に泣いていた、か弱さはみじんもなかった。
「へ、変なヤツー! 今自分から『あたし、朝倉タヱ……』って言ったんじゃん!」
「最後まであなたと舞耶さんが聞いてなかったんじゃない!」
「いいの、キチョーさんじゃ言いにくいし、あんたが最初にタヱって言ったからタヱなの! 決まり!」
「もう……本当なら名刺をあげるところだけど、名刺の入った鞄がないんだもの。
好きに呼べばいいじゃない!」
タヱが、『結局ここでも葵鳥って呼ばれないのね……』と言わんばかりの表情でぷぅっとふくれた。
「じゃあタヱちゃんね!」
「それじゃ、コンゴトモヨロシクってことで!」
殺し合いの場であることを忘れるような、眩い笑い声がスマイル平坂に静かに響いた。
「そういえば舞耶さんの兎の耳って何?」
「これ? 可愛いでしょ?」
舞耶の自らの頭に装着された鉄製の兎の耳のようなものに注目が注がれる。
「かっなしいよねー。ウサ耳が防具だよ。ウサ耳。ネミッサも最初見た時には何も言えなかったもん」
ネミッサは呆れ顔で舞耶の耳をびよーんと引っ張った。
「たかがウサ耳、されどウサ耳! ウサ耳を笑う者はウサ耳に泣く!
このウサ耳だってきっと何かの役に立ってくれるわよ!」
「例えば?」
「んー。そうね…………。癒し系なところとか……」
さっきまでの笑い声は、乾いた笑いへと変わっていた。
「ウサ耳でも大丈夫! 武器がなくてもペルソナがあるわ!
ネミッサちゃんも魔法が使えるみたいだし……」
舞耶は何事もなかったかのように快活に振る舞った。
頭の上の兎の耳が虚しく揺れる。
「ペルソナ? 魔法?」
タヱは舞耶の揺れる耳に目もくれず、二人に聞き返す。
「もしかして、タヱ、そういうの使えない?」
「うん……二人は使えるの?」
急にまた、最初に出会った時のような不安そうな表情を浮かべるタヱに、
舞耶とネミッサは今度こそ上手い答え方が出来なかった。
「ま、まあね」
「でも武器次第でなんとでもなるわよ。タヱちゃんは武器、何だった?」
「あたしまだこの中身見てなくて……今開けてみるわね」
「猫耳やヒーホー人形だったらどうする?」
「カニ缶入ってないかな?」
好き放題言うネミッサと舞耶だが、これでもタヱの不安を取り除こうと必死なのだ。
「ふ、二人とも黙ってて! そんなもの本当に出てきちゃったらどうしてくれるのよ!! …………!?」
がさごそと袋の中を探るタヱの動きが止まった。
【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 やや正常、精神的に多少落ち込んでいる
武器 ?
道具 ?
現在地 平坂区のスマイル平坂
行動方針 舞耶とネミッサについていく、それ以降のことは落ち着いてから考える
【天野舞耶(ペルソナ2)】
防具 百七捨八式鉄耳
道具 ?、ポテトチップス(拾い物)
現在地 同上
行動方針 仲間を集め、脱出を目指す
【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
武器 ?
道具 ?、うまい棒二本(拾い物)
現在地 同上
行動指針 仲間を集めて、主催者を〆る
【上田知香(ペルソナ2罪)】
状態 死亡(階段より落下)
死亡地点 平坂区のスマイル平坂
【残り ?人】
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