女神転生バトルロワイヤルまとめ
第13話 混沌

どうやら奴は逃げたようだ……
「彼」はそう判断した。
薄汚れたジャケットにハーフパンツ、ややくせのある短い髪の、自分と同じかあるいは少し年下であろうと思われる少年。
しかし素人であるらしいものの戦況判断ができる相手である事は間違いない。
良く言えば的確、悪く言えば臆病。
「彼」はそう判断した。
少なくともそういった判断が的確に出来なければ文字通りの殺し合いしか出来ないこの世界では真っ先に死ぬだろうから……
そういえば……と「彼」は思い出す。
「あいつもそうだったな……」
いつの間にか口に出していたらしい、思わず口を手で塞いでしまった。
−ヤバい!−
本能的に思考が回転する。もしも誰かに聞かれたら、ここにいるのがばれてしまう!
…どうやら今は幸運の女神が「彼」に微笑み続けてくれているようだ。周囲からは何も音がしない。
銃口から放たれる音も、魔法を唱える声も……聞こえない。そして近づいてくる足音もだ。
少し安堵感を「彼」は覚えた。もしかしたら俺も先程の少年と変わり無いのかと自虐的な思考も脳裏を掠めた。
そして皮肉的な感想を今度は「心の中」で言った。
「幸運の女神が本当にいたら俺があんな親の元で育ち、チーマーに嬲られ、銃火器を持って悪魔との戦闘も無いんだろうな」と……
そしてふと気付いた。
−ああ、そういや少なくとも「女神」は確かに存在していたな。「あいつ」が使役していやがった−
暗く、そして薄く笑った「彼」は先程の思考を続きを開始した。

「あいつ」は「彼」とは異なり魔法を使えることは出来なかった。その点は「彼」の自慢でもあった。火炎系を主とした攻撃の要、アタッカーとの自覚もあった。
しかし「あいつ」は戦況を判断する能力、言い換えるなら戦略的な視点を持った仲間であった。アタッカーと自分を比喩するならば、さしずめコマンダーとでも言うべきか。
むぅ、と顔をしかめる。ならば俺は「あいつ」の兵隊だったのか?と
そう、「彼」はある意味短絡的な人間であり、彼の言う「あいつ」が「彼」を抑えていてくれたからこそ「彼」があの様な文字通りの弱肉強食であった世界で生き抜けたかもしれないのだ。
銃火器を使う能力も物理的な攻撃を行う能力も恐らくは自分と大差は無いだろう。互いに元々はずぶの素人から全てが始まったのだから……
ここまではいい……だが……
「悪魔召喚プログラム」
「彼」にはそのプログラムを使う事が出来た。そして「彼」には出来ないコンピューターを使える技能すら持っていた。
「彼」が魔法を使う特別な能力があったように「あいつ」にも(機械的な助力があったにせよ)特別な能力があったのだ。
遭遇した悪魔と容赦なく殲滅するのではなく「交渉」と言う状況化に持ち込み戦闘結果を左右できる能力。「彼」が負傷した際、その能力で「あいつ」は戦闘を行わずに済ませてしまったのだ。
さらに「あいつ」は交渉を行った「悪魔」を「仲魔」として自軍の戦力として使役し戦力増強を図る事が出来た。
かつて「彼」は力を求め、「あいつ」と行動を共にした。
あの時は確かに有効的だった。
しかしこの状況化では異なる。
仮に「あいつ」と遭遇した場合、多勢に無勢と言う最悪の状況すら想定できるのだ。
状況が状況だ。「殺しあい一人しか生き残れない」とするならば「あいつ」ともいずれは戦う事になるのだろう。あの能力が厄介だ。
自分が最初に持っていた持ち物から察すると「あいつ」はそのプログラムを運用する術を持っていないのかもしれない。だが油断は出来ない。
このスマルと言う都市はあの「大破壊」があった状態以前であるからだ。
何処かからパソコンを調達しているかもしれない。もしかしたらプログラムを持ち、既に運用してこの殺戮劇に参加しているのかも知れない。
「いなきゃいいんだよ、ここにいなきゃな」
小声で呟く。しかし「彼」は「あいつ」が七姉妹学園と呼ばれた学校(そういえばそのような「単語」がこの世にはあったのだ)で確かに居た事を確認しているのだ。
「彼」の本能的と言える能力とでも表現すれば良いのだろうか?
「彼」はその場で最も強みとなる要素を見出す能力に長けていた。それが裏目に出た。「あいつ」はあそこに居たのだ。
不安要素が一つ確実に増えた。
否、もともとあった不安要素を再確認してしまったのだ。


無意識の内に呪いが科せられた箇所に手が触れる。
冷たかった。
この殺し合いが開始されて一日もまだ経過してはいない。そして「彼」は「確実には」人をまだ殺していないのだ。
先程の男もまだ生きているだろうと思ったほうがいい。
ルールを思い出す。
誰かが二四時間以内に誰かを殺さないと全員が死ぬ。
本当だろうか?……ブラフではないのだろうか……
「主催者」を名乗る輩の機嫌を損ねても即死する。これは「彼」も目撃した。
うん、これは本当だ。「彼」が使う事が可能な「呪殺」と言う魔法に酷似していた。
この二つのルールがあるとするならば……
結論、嘘ではないと推察する事が出来る。少なくとも「主催者」の気紛れで「彼」自身が殺されるケースがありうるのだ。
冗談ではない。
背筋が凍る。
心細い。
逃げ出したい、だが逃げ出したら間違い無く自分が死ぬ。
誰かを殺さねばならない。
有効的な武器として銃も持ってはいるが弾丸も無限ではないのだ、魔法が使えるとはいえ近接戦闘の武器は調達せねばならない。
どうすればいいのか?……と考える。
まずは優先順位を見極めなくては……
混乱しかけた頭脳を落ち着かせる。
なんだ……と「彼」は思った。
要は「大破壊」の時と一緒じゃないか……と「彼」は結論した。
異なるのは(現状での判断として)一人で行動しなければならない。と言う事だけ。
まず最初に武器を調達しよう。このままでは弾丸が尽きたら餌食になる可能性がある。魔法も絶えずに使える訳ではないのだ。まずはそこからだ……
しばし瞑目、目的が出来たからであろうか、先程より気分は落ち着いた。武器の調達先……出来るだけ遭遇が無い場所かつ武器がありそう、あるいはなりそうな物があると考えられる場所……勿論一番近い場所……
ザックの中に入っていた地図を確認する。
「学校」
この単語が脳内で再び浮上した。
かつての自分を思い返す……
教室で授業を受ける自分(殆ど居眠りしかしていなかった記憶しかない)……
休み時間に廊下を歩く自分(意味も無く歩いていただけだった気がする)……
校庭にある芝生で寝っ転がっていた自分(つい眠ってしまい担任にゲンコツを喰らった)……
放課後でクラブ活動を行っていた自分(事実上「彼」は帰宅部だったが)……
ろくでもない記憶しか浮かばない自分に後悔した「彼」だった。
まてよ……まてまてまてっ!
「校庭」。
この単語で一つ「彼」なりのアイデアが浮上した。
陸上部は何処の学校でもあるはず。恐らくスタート時に撃つ銃みたいのがあるに違いない、あれで相手を威嚇できないだろうか?
少なくとも相手に若干の隙は与える事が出来そうな気がする。火薬も魔法と併用して上手く使えるはずだ。
一つ閃いた「彼」の脳裏に様々な思考が浮かび上がる。これが天啓と表される類なのか?
剣道部は何処の学校でも存在するはずだ。剣道部で木刀は入手出来ないだろうか?
あの学校には弓道部は無いだろうか?
弓はともかく、練習用の矢でもあれば先を尖らせて使えないだろうか?
あの学校には非常用にと置かれた事故災害用の斧が残っていないだろうか?
刃が無いかもしれないが鈍器である事に間違いない。
よしんばその部類が無くとも最悪はボールペンやシャープペンシルでも良い、武器が無いと油断した相手に突き刺す事だって可能だ。
そして最後に浮上した最も重要な理由……生き残る上で重要な要素、敵(そう全員敵なのだ)との遭遇を避ける……
「我々の魔法によって町のどこかに転送させてもらう、各人違う場所へだ」
あの言葉を思い出した。確立的に学校に戻る、あるいは転送される人間は少ないのではないだろうか?
「彼」が現状で最も妥当であろうと思った行動方針が固まった。
方針が決まると彼の実行速度は速い。

動こうとした瞬間……
腹が空腹を訴えた事に気付いた。どうやら「彼」の体は言ってみれば正常に機能していると言って良い。
僅かな苦笑。そしてザックの中にあった食料と水を取り出した。
警鐘が脳裏に響く。
生き残るのであれば出来るだけ温存しろ。食料と水を求める輩は必ずいる。食料や水を入手する時に戦うべき相手と遭遇する可能性が十二分に考えられる……誰だって腹は減るし、喉は渇くのだ。
(腹の調子にもよるのだろうが)幸運にもザックの食料と水には一食以上の余裕があるように思えた。
ここでまた「彼」の頭に不安要素が過ぎる。食料が無くても人間は一週間近くは生きる事が出来る。水が無い場合は三日で死ぬ……
「大破壊」前に本屋で立ち読みした何かの本に書いてあったのだった。
−だがとりあえずは腹ごなしが先決か……「腹が減ったら戦も出来ぬ」と「あいつ」も言ってたしな……−
そういいながら食事する「あいつ」、その笑顔が「彼」には眩しかった。羨望とも言って良い。
「彼」にはあのように笑いながら食事をすると言う記憶が少年期には全く無かった。そう、今考えてみれば「彼」は「あいつ」との食事が楽しかったのだ。
「彼」はその時気付かなかったが、その思い出に浸っていた時、口元には確かに微笑みがあった。もしかしたら最後かもしれない人間的な微笑みが……
水はペットボトルに入っていた。有難い、少なくとも一回で飲み切る事は無いのだ。
続いて食料。これは煮炊きすような物では無い。缶きり等を使う代物でもなかった。(ザックには缶きりの部類に属する「アイテム」が存在していなかった)日本語で書かれていたので「彼」にもその食料を名前と食べ方は理解できた。
懐かしい名前の食料であった。大破壊前にはよく売られていた食品だ。
「彼」はそう思いながらその食料の紙製で出来たパックを破る。
その中にはガムを包む銀紙のような物で封がされていた。
その数二つ。
保存状態をかなり重視した作りの様に「彼」は感じた。あの時以前の「彼」あったなら「なんでこんななんだよ!面倒臭せぇっ!」と怒鳴っていただろう。
「大破壊」後の状況が「彼」を変えたのだろうか?
今の「彼」にはその保存状況を重視した造りがとてもありがたかった。
その二個のうち、一個の封を破る。やっと食料が顔を出した。スティックにも似た形状の食料が二つ入っている。それを見た「彼」は食欲が一気に上昇したのを自覚した。
貪る様に一個、そして味わう様にゆっくりもう一個。
そして今度は喉が渇きを訴える。
「彼」は再び苦笑しつつもペットボトルの栓を捻り、中の水を口にする。「大破壊」で得た経験か「彼」には大量に水を飲まない習慣がついていた。
気持ち喉を潤す程度。うん、今はこれで我慢だ……


落ち着いたところで「彼」はふとザックから手持ちの参加者リストを取り出し眺めた。ざっと目を通す。
殆どの名前に記憶に無かった。吉祥寺で「彼」に多人数で暴力を奮った男の名前も無い。
だが「あいつ」の名前とレジスタンスのリーダーだと名乗った「女」の名前、そして「もう一人」の名前が目についた。
「奴」もこの殺し合いに参加したのか……いや、させられたのか?
もう一人の仲間、「奴」の事を思い出す。
「彼」なりの言葉で評価するのであれば只の「偽善者」だ。
「奴」も魔法が使えるのだった。
何かあったら「助けましょう!」の一言が真っ先に出る男。
それ故か「奴」は負傷した場合の回復を助長する魔法に長けていた。先程の比喩でいうならディフェンダーであろうか?
「彼」と「奴」は魔法を使う事は共通していても使える魔法のベクトルが逆であった。
気に入らない、と「彼」は思った。正直「奴」の回復魔法には感謝している。が、「奴」への感謝とは別次元の話であった。少なくとも「彼」にとっては。
そういえばあの時もそうだった。
「あいつ」の母親が文字通り喰い殺され、「あいつ」が絶望的な悲しみに満ちている時に「奴」は「優しさ」と言うものを口で表現したのだ。
ふざけるな、と正直「彼」はあの時に思った。あえて黙っておいてやるって方法もあるのだ。そもそも肉親が(あの時の様な平和で「あったはず」の世界で)有り得ない(はずの)方法で殺されたのにかけるべき言葉があるものか。
少なくとも「彼」には「あいつ」にかけるべき言葉が無かった。だから黙って見ることしかできなかったのだ。そう「彼」は思ったのだ。そしてその論理の結果を実行したのだ。
持ち前の性格故か「奴」と「彼」との相性は良くは無かった。最悪だったと表現しても良い。何かしらあれば必ずと言っていいほど意見が対立していたのだから。
今更ながら良く共に行動していたとも思う。
そうか、と「彼」は呟いた。「あいつ」がいたからだ……「あいつ」が仲裁役に入ってくれたからこそあの時はやっていけたのだろう。
そうでなければ「奴」とはウマが合うわけが無く、あのような殺伐とした世界では結果として間違いなく銃を撃ち、手持ちの武器で斬り合い、そして魔法を放っていたに違いない。
「奴」への気持ちは今も変わらなかった。当然だ、ウマが合わないと言う事は「奴」との妥協が出来ないからだ。「奴」となら戦うだろう、否、戦う。もっとも「奴」が生きていたらの話ではあるが……
しかし……「あいつ」とは……
友達。
そう「彼」は「あいつ」と友達になりたかったのだ。それも出来ればあの様な状況になる前に、だ。
「友達か……」
「彼」からため息が漏れた。友達になりたかった人間と殺し合う事になるとは……
出来れば他の誰かが殺してくれないものか…あわよくば共倒れになってはくれないだろうか……
客観的な点から見れば、「彼」の心境は友達になりたかった人間への思いとは到底思えない。
だが、「互いに殺し合い、たった一人しか生き残る事が出来ない」と言う特殊な環境に置かれた人間の心境としたら……どうであろうか?
「彼」のこの思いは「彼」なりの精一杯の優しさかもしれなかった。
しかし同時にふつふつと沸き上がる心の奥底からの欲求……
「あいつ」とも「奴」とも戦ってみたい……自分が求めた強さ、これを得る事が出来るのかもしれない……
……「彼」は覚悟を決めた……
そして目的として決めた武器入手の為、最初に放り込まれた七姉妹学園へと歩を進めるのだった。
かつて「彼」が言う「あいつ」は夢の中で遭遇した悪魔に「彼」の事をこう告げられた。
「これは力を求める渇いた魂」
その「彼」が向かう七姉妹学園には「力を与えられた少年」がいた。
「力を求める者」と「力を与えれた者」、その二人の邂逅は近い……



【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:正常
武器:銃(経緯から狙撃が可能?)
道具:カーボライナー(弾丸:追加効果STONE)
現在地:蓮華台
行動方針:銃以外の武器入手の為、七姉妹学園校内に移動

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