(……逃げ切った、か)
追ってくる者のいないことに安堵し、足を止めて息を整える。
緊張状態のまま走り続けるというのは、さすがに疲れるものだった。
銃を腰のホルスターに収め、辺りを見回す。誰もいないことを確認し、ザックから地図を取り出した。
現在地は蓮華台。判っているのはそれだけだった。
オートマッピングや位置表示の可能なアームターミナルも持っていないし、慣れない土地でもある。
勘に頼って適当に逃げてきたため、今いるのが蓮華台のどこかも定かではない。
もう一度、周囲を見回す。立ち並ぶ建造物は見慣れない様式のものばかりだが、どれも似通っている。
住宅地、だろうか。目立つ建物はなかった。つまり、地図上での目印になるものもないということだ。
(まずは……地図に載ってる場所を探すことからか)
地図に目を落とす。蓮華台にある施設は――七姉妹学園、本丸公園、アラヤ神社。
学園、というのは確か学校を意味する単語だ。少年が集まって勉強をする場所である。
公園。これは解る。植え込みや花壇、遊具などが置いてある憩いの場だ。
神社というのは、文字通り読めば神の社。土着の神などを祀っている場所なのだろう。
神という言葉が、メシア教の説く天の父だけを意味するものではないことには、薄々気付いていた。
悪魔と呼ばれる存在の中にも、かつては神と呼ばれ、信仰された者達がいる。
いや、今でもガイア教徒辺りには信仰されているのかもしれない。
増して、ここは異世界だ。違う神が信仰されていても、何の不思議もない。
学校か、公園か、宗教施設。そのどれかを見付ければ、地図上の現在地は確認できる。
元いた場所に戻るにせよ、違う道を通るにせよ、まずは道筋を把握してからだ。
歩き出してから、十数分ほどになるだろうか。
時計もなく、時間の経過を感覚でしか測れないというのは思った以上のプレッシャーになる。
どれだけの時間をロスしているか。こうして歩いている間に、何人の命が奪われているか。
それに、負傷していたザインは無事に逃げ延びることができただろうか。
思考が暗い考えに塗り潰されそうになっていた頃、その音は聞こえた。
(――足音だ)
目の前のT字路の、右側の道から。
小さな足音ではあったが、このゴーストタウンの静寂の中でははっきりと聞こえる。
相手も、こちらの足音に気付いたのだろう。ぴたりと音が止む。
互いに足を止め、角を挟んで相手の出方を窺う。ここを歩いているのは、ゲームの参加者に他ならないのだ。
戦うことに、なるかもしれない。
ホルスターから銃を抜き、いつでも撃てるよう構える。
相手はまだ出てこない。警戒しているのだろう。
少なくとも、見境なしに襲い掛かってくるタイプの相手ではないようだ。
意を決して、声を掛けてみることにした。
「戦う気がないなら、危害は加えない」
甘いかもしれないが、戦わずに済むならそれに越したことはないのだ。
相手によっては、味方になってくれるかもしれない。
しかしもし、角の向こうに潜んでいるのがゲームに乗ろうとしている人物だったら――
「……アレフ?」
返ってきたのは、聞き覚えのある声だった。
先程までの警戒はどこへやら、全く無防備な様子で角の向こうの相手が姿を現す。
その姿を認めて、銃を再びホルスターに収めた。安堵に溜息が洩れる。
「ベス。君か」
この異世界に飛ばされてくる直前まで行動を共にしていた、パートナー。
彼女は絶対に敵にはならない。それは確信できた。
「良かった……ずっと、あなたを探していたの。無事で、本当に良かった……」
駆け寄ってきたベスの肩を抱く。
こんな状況で怯えていたのではないかと思ったのだが、顔を挙げた彼女の表情には不安の色はなかった。
「大丈夫よ。私がついているから、あなたのことは誰にも殺させない」
「守ってなんてもらわなくても、俺は平気だよ」
場違いなまでに優しい笑みを浮かべる彼女に、少し苦笑する。
「それより、ザインが怪我をしてるんだ。早く合流して手当てをしないと」
「ザインと……一緒にいたの?」
「ああ。二手に分かれて逃げてきたんだ」
「そう……」
ベスの表情から笑みが消える。
ザインのことを心配しているのか、と思ったが――次に彼女の口から飛び出したのは、意外な問いだった。
「アレフ。あなたも、誰も殺さないつもりなの?」
「え……」
答えに詰まる。そんなことを、ベスに聞かれるとは思っていなかった。
コロシアムの闘士だった頃には、人を殺すのは日常茶飯事だった。
相手を殺さなければ、自分が死ぬ。闘士にとっては殺すことが唯一の生きる道であり、仕事だった。
センターの命で動くようになってからは、襲い掛かってきたガイア教徒と戦ったこともある。
だから今更、殺人は犯したくないなどと言う気はない。
しかし、今この街にいるのは、自らの意に反して殺し合いのために呼び集められた人々だ。
死を覚悟して戦っているコロシアムの闘士や、ガイア教徒とは違う。
それに――参加者同士で殺し合うというのは、主催者の思惑に乗せられるということなのだ。
「できれば、殺したくない」
躊躇いながら、ベスに答えを返した。
「絶対に誰も殺さないとか、全員助けるとかは言えないけどさ。少なくともこのゲームに乗る気はない。
こんな馬鹿げたゲームを考えた奴を見付け出して……止めさせてやろうと思ってる」
「……解ったわ」
ベスが頷いた。
「あなたがそう思ってるなら、私もできるだけ人は殺さない」
「ベス……」
「最初は、あなたに最後の一人になってもらおうと思っていたの」
穏やかな眼差しで、彼女はその姿からは予想も付かないようなことを口にした。
最後の一人にする、というのは――他の全員を殺して、それから自分も死のうと思っていたということだ。
(ザインや、ヒロコさんや、戦う気のない他の参加者のことも……殺す気だったのか?)
問おうとして、踏み止まった。その答えは、きっと聞かない方がいい。
「あなたは救世主だものね。あなたの方法でここにいる人達を救えるなら、私もそれに賭けてみる。でも」
とても穏やかな、しかし決意を秘めた表情。
「誰かがあなたを殺そうとしたら、私は迷わずその人を殺すわ」
清楚で優しい、聖母のような少女だと思っていたベス。
彼女のことを、初めて――恐ろしい、と思った。
【アレフ(真・女神転生2)】
状態:正常
武器:ドミネーター
道具:なし
現在地:蓮華台の住宅地
目的:ひとまずザインと合流する(その後、主催者をどうにかする)
【ベス(真・女神転生2)】
状態:正常
武器:?
道具:?
現在地:同上
目的:アレフを守る
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