女神転生バトルロワイヤルまとめ
第24話 蜘蛛の糸

時刻は朝方を示そうとしていた。
空は夜の帳を徐々に白く染め上げている。
電波の通じない、時計代わりの携帯電話を閉じて、青年は深く息を吐き出した。

弱肉強食なゲームのご説明は、それはそれはもう痛み入るほどに理解できた。
メガホン越しにゲーム放棄を訴えていた男の声が、何の面白味のない銃声によって倒されたのだ。
少なくとも一人、銃を持った人間がこのゲームに乗ったという証だ。
その人間が誰か確認することはできなかったし、撃たれた男が無事なのかも分からない。
しかし確実に分かることがある。
あの時、何の迷いもなく敵意はないと名乗り出ていたら、己の身体には必要のない風穴が空いていただろう。

「まずは生き残ることが最優先、だな」
場合によっては、人を殺すことになるかもしれない。
間接的ではあるが、青年は人を――それも所属していた集団のリーダーを殺害した経験を持っている。
(そのリーダーが何故か生きており、この下らないゲームに参加しているという事実は
 思考の彼方へ放り込んでおいた。考えてても答えなど出るはずもない)
正当防衛なんて甘っちょろい思考だけでは、恐らく行動はできないだろう。
もしも出会った相手に敵意があるのなら、戸惑ってはならない。
生きることを優先に、そして可能なら仲間との合流。それから先は、状況次第か。

配給された武器は、何の変哲もない作業用のハサミだ。
GUMPでも入っていればと期待していたが、そんな強運でもあればこのゲームに参加することはなかった。
心許ないそのハサミを手に、青年――塚本新は、身を隠していたアラヤ神社から離れていく。


ヒロインは常に辺りに気を配っていた。
その手の中には、ロイヤルポケットと呼ばれている小型の銃を収めている。
まるで知恵の輪のような金属の塊が銃だと分かった時、ヒロインは興奮と恐怖を胸に抱いた。
自分は、このゲームで有利な位置に立ったのだ。
だからと言って、人をそう簡単に殺めてしまおうとは思っていない。
死にたくないと思う心は、誰でも同じだ。
人でも、悪魔でも。

ならば自分は、何をするべきなのだろう?
パートナーであるヒーローとの再会。
連絡手段が一切無いこの都市で、再び巡り会える可能性は絶望的だ。
ああ、なぜだろうか。この殺戮の舞台の幕が開いてからずっと、頭が軋むように痛い――

突如思考を止め、ヒロインは背後を振り返った。
その視線の先には、さきほど歩いてきた道以外には何もない。
「思い過ごし……?」
歩き詰めで疲れているのか、それとも単に神経質になっているのか。
ヒロインは再び視線を前に向けようとして、

背後から、草を踏む音がした。


「――ッ!!」
反射的に、ヒロインは身体ごと振り返る。
その時、引き金にかけていた指に力が入ったことを彼女は知らない。
発砲には大した反動もなく、弾が本当に吐き出されたのかも疑わしいほどだった。

背後にはこちらを窺っていた人間がいて、撃ち出した弾丸が偶然にも相手に命中したと理解できたのは
「ぐッ……!」と苦しむ男の声と、道に滴る赤い雫のおかげだった。
緑のジャケットにサングラスを頭に乗せた青年は、左肩を押さえて踞る。その足下には、ハサミがあった。
そう、例えば、例えばあのハサミが喉元にでも突き立てられたなら――どうなっていたのだろう。
数多ある可能性の示唆でさえも、不安定な精神を揺れ動かすには十分すぎるほどだった。
ざあ、と血の気が引き、ヒロインはその場から脱兎の如く走り去る。

人を撃った、撃たなければ殺られていた
もしあの足音に気付いていなかったら私は
わたしはどうなっていたのだろう
まだ死ねない死ぬわけにはいかない
かれに、
ヒーローに、あうまでは。

――このゲームは、人の心の魔を増幅させる。
ヒロインの精神に、蜘蛛の糸が張り巡らされる。
それはヒロイン自身が気付かないまま、ゆっくりと、心を蝕み始めていた。


新は撃たれた肩を押さえながら、少女が走り去った先を呆然と見つめていた。
殺す気などは更々無い。うまく交渉に持ち込み、共に行動して戦力増加ができればと思っていた。
しかし――現実はうまくいかないものだ。
特に人間相手の交渉だ、悪魔を相手にするのとはわけが違う。
(余談だが、彼はうまく話し合いに持ち込めたなら
 悪魔相手と同様にウシシ!イヤーン!でバキューン!な交渉をするつもりだった。
 ヒロインの行動は、至極当然の結果であり、正解だったと言えよう)

敵意を感じたなら、躊躇なく反撃する。
それができなかったのは、新が軽度のフェミニストであったというどうしようもない性分の所為だ。
「痛ってぇ……いきなり撃ち込んでくれやがって……美人さんには攻撃できねえってーの」
新は痛みに耐えるような掠れた声で、しかし軽い調子のまま呟くと、ザックを開けて肩の治療に取りかかった。

一日の始まりが、最初の戦果発表の時が近付いてくる。



【塚本新(主人公・ソウルハッカーズ)】
状態:銃創による左肩負傷(応急手当済み)
武器:作業用のハサミ
道具:?
現在位置:蓮華台・アラヤ神社付近
行動指針:スプーキーズとの合流、その後は状況次第

【ヒロイン(真・女神転生)】
状態:アルケニーの精神侵食によるパニック状態
武器:ロイヤルポケット
道具:?
現在位置:蓮華台を闇雲に逃走中
行動指針:ザ・ヒーローに会う

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