女神転生バトルロワイヤルまとめ
第27話 混沌VS混沌:弐

「敵」は隙だらけだ。
普通に響く足音。
「彼」はこれでそう思った。警戒しているのであったなら足音など立てず行動するに決まっている。
おどり出る瞬間に「彼」は確信した。「敵」は死体に注意を向けている。
このようなルールが存在する以上、寝っ転がった人間に注意を向けるなど問題外だ。
「彼」は思った。
−俺ですら罠だと思う存在に、注意を向ける……この「敵」は戦闘に慣れてはいない!−
「彼」が下したこの判断は間違いではなかった。
「敵」は「純粋な人間」との戦闘はかつて一度も経験した事が無かったからである。
しいて言えば先程あった先生との最後の抱擁が初の対人戦闘であった。
勿論、「敵」であるこの「人修羅」はそこまでの思考は無かった。
「人修羅」の立場からすれば、この「彼」こそが初めての対人戦闘と言えた。
何せ「彼」は明確な殺意を持っていた。
そう思う理由は簡潔である。
殺意を持たなかったら鈍器を振りかざす事などしないからだ。
対悪魔戦闘の時ですら戦意を喪失した相手や、交渉を持ちかける相手に対しては武器を収めたのだ。
「彼」は満身の力を込め斧に似た鈍器を振りかざす。
不思議な事に状況把握が出来た段階で「彼」の精神には若干の余裕が発生した。
まず武器は携帯していないようだ。その証拠に「敵」は素手。
そして鎧の類は装備していない。「彼」が持つ同じザックを背にしただけ。
あまつさえ「敵」は上半身が「裸」なのだ。
「彼」には想像できない姿であった。普通に考えたらまず真っ先に狙われる存在であろう姿。
鴨葱と言う奴だな!
高揚する精神、躁状態にも似た戦闘時の快感が彼を酔わせた。
ここで「彼」は気付くべきだったのかも知れない。
「敵」の体全体を彩る青い刺青と、後頭部にある通常の人間には在り得ないはずの突起物。
その二つの存在に。


「僕」に向かってきた男が叫びながら何かを振りかざして来た。歓喜の表情が見て取れる。
それはそうだよな、「僕」は丸腰なんだから……
そう、「僕」には武器が無かった。
当然だ。
あのボルテクス界を「僕」は素手で生き抜いたのだ。
可哀相に……と再び思う。そして湧き上がる純粋な興味……
この「敵」(そう、「男」ではない「敵」なのだ)と戦った結果、この「敵」はどう思うだろう?と。
決めた。
「この世界」での戦闘推移を知る為にも「僕」はあえて一撃貰う事を決めたのだ。

「彼」は確信した。
回避はこのタイミングからでは不可能。
両腕での防御間に合わず。間に合っても骨折は免れない。
攻撃部分は肩口からの袈裟斬り。
防具らしい防具は無し、防御能力は零に近い。
つまりは「敵」を殺せる。
だが相手が悪すぎた。この「敵」は今まで「彼」が相手にしてきた悪魔とは趣が異なっていた。
確かに肩口には武器がヒットした。腕に伝わる衝撃でそれはわかる。
が……それだけであった。
改めて「敵」の顔を見る。
涼しい顔をしていた。「彼」はこの「敵」が何故か「あいつ」に似たような面立ちの様に感じられた。
「敵」との目が合った。「敵」の目が赤く光る……そして同時に湧き上がる悪魔の様な殺気……
そして何故か感じ取れる強大な悪魔の気配、それも複数……まるで「あいつ」のような……
「敵」の全身に施されたような刺青が青く光った。
−違う!こいつは「人間」ではない!−
「彼」は思わず後方に移動し間合いを取った。勿論、退路は自分の背中、その背後に確保している。
「敵」は動かなかった。
そして一言呟いた。
「直接物理攻撃はこんなものなんだね」
悪魔の様な殺気を抱きつつも喋った言語は日本語であった。それも極めて冷静。
なまじ日本語であったが為だろうか「彼」の脳裏で何かがハジけた。思わず次の攻撃体勢を取る。
「彼」は小声で何かを呟きつつ右手を「敵」正面にかざした。
その刹那、右手から野球で使用するボール位の火炎が発生する。
「彼」が得意とする火炎系魔法で最もコストの低い魔法、アギだった。
「敵」は動こうとしない。「彼」は思った。動く気が無いのか!?
その通りであった。
「敵」は動く必要が無かったのだ。
「彼」が放った火炎は「敵」の目前で吸収されるようにかき消されてしまったのだ。
なんて奴!化物か!
「彼」が再び恐怖を覚える。物理攻撃に手ごたえが感じられず、得意とする火炎魔法も無効化されたようだ。
半ば自棄になった「彼」は反射的に銃を構えた。無意識の内に引き金を引く。発砲。
「彼」は瞬間的に願った。
−石化されちまえ!−
だがその願いすらも叶う事はなかった。期待した石化の兆候は「敵」に見受けられない。
が……
左肩に着弾の瞬間「敵」が僅かに膝を屈伸させ、ダメージを軽減させるような行動を起こした事は見逃さなかった。
微少ではあるがダメージを与える事は出来たようだ。
だが残念ながら石化の兆候は見ることは出来ない。
思わずもう一発発砲する。
これは回避された。
「彼」には「敵」が真横に回避するような動きに見えた。
畜生……
この生存戦争が始まった当初に狙撃を行った男の様な重症は負わせる事は出来ない。
残りの弾丸数が気になった。
脳裏に掠めるのは……
−殺される−
その一文。
その時「敵」の目の色が赤から金に変わった。
「君さ……回避してくれるかな?」
「敵」が「彼」に話しかけて来たのだ。


「僕」はまず「敵」と思われる相手の一撃をあえて貰ってみた。
次に「敵」は「僕」に向け魔法を放ってくれた。
有難い。
「僕」が試してみたい事を「敵」が試してくれたのだ。それも率先して……本当に有難い。
結果は双方共に無効に成功。
うん、どうやら禍玉の能力は「この世界」でも通用するようだ、と「僕」は思った。まずは一安心と言った所だろうか。
三番目に出てきた武器は銃……これはボルテクス界には無かった武器だ。
「僕」はふむ?と内心で首を傾げる。銃弾に対しては禍玉はどの様に反応するのだろう?
一瞬のうちに「敵」は発砲した。
っ!!
左肩に衝撃!!
これって……何だっけ?
「僕」はふと疑問に思った。
久しぶりに感じる感覚、それは痛覚だった。
銃と言う近代兵器(と言っても四百年以上の歴史はある事を思い出した)の攻撃には流石の禍玉も効力を発揮しないらしい。
「僕」は思わず初めて悪魔と遭遇した気持ちを思い出した。
ここでもう一発発砲、今度は確実に回避した。
油断してはいけない。
しかしちょっとした興味が「僕」に湧いたのも事実だった。
「敵」は言ってみれば金縛り状態の様な状況に陥っていた。
逆の立場なら「僕」もそうだったかもしれない。
うん、これはたまたま悪魔対人間の戦いであったから起こってしまった結果なのだから。
「僕」は力を抜いてみる。
そして「敵」に交渉を持ちかけた……話してみただけなんだけども……本音はただ単に日本語を喋ってみたいだけでもある。
「君さ……回避してくれるかな?」
何匹?
何人?
単位がどちらでも悪魔には変わりはない。
無数の悪魔を屠った「僕」の右ストレート、それを「敵」に見舞うつもりだ。
四回も攻撃を受けたのだ。たった一発、これ位は構わないだろう。
当てるつもりは毛頭無い。
「この世界」での攻撃相性を確認したかった。今後を踏まえて……「僕」の能力が何処まで通用するか?
言ってみればその試験だ。
「僕」はまだ「この世界」での戦闘経験が皆無だったから色々調べておきたかったのだ。
「この世界」での防御相性は大体理解した。
それに魔法を使う人間も居る事が判明した。これは情報として大きな収穫だ。
仲魔を召喚する場合は「この世界」でも相性を考えて召喚して上手く弱点を補う必要があると言う事だ。
正直、魔貨バラ巻きは勘弁。もうウンザリだ。
魔貨は純金製だったからバラ巻いた時の音だけは気持ちよかった。うん、「僕」もそれだけは認める。
ああ「この世界」は「円」でいいのかな……酷く懐かしい響きだ。最後に使ったのは確か缶ジュースを買う為……
そうすると「この世界」で混乱した場合は紙幣をばら撒くのだろうか……紙吹雪の出来損ないの様だな、それはそれで気が滅入る。
最も最近の仲魔は「精神無効」のスキルを所持させるように努めた為そのような状況に陥る事は無かったが……
「いくよ?」
「僕」は普通に言ったつもりだった。


「いくよ?」
酷く冷たい声に「彼」には感じられた。敵意無き殺意とでも表現すべきか。絶対零度の殺意。
「彼」は「いくよ?」と宣言されても回避できる状態ではなかった。
力の差か?
右の頬に突風が吹き荒れる感覚を感じた。
拳での直接攻撃。
「彼」からすれば、あからさま、そして屈辱的な攻撃方法だった……
それ故に「敵」との実力差を文字通り体感できる攻撃方法でもあった。
−ダメだ……「あいつ」や「奴」と一緒でもこの「敵」には敵わない……?−
素直かつ客観的な意見だった。
絶望感。
そう今まではこんな言葉は浮かばなかった。金剛神界で一人彷徨った時も……
どうする!
どうする!!
どうする!!!
混乱が混乱を呼び「彼」の思考は錯乱状態に陥った。
今度は歯の根が止まらない。
もしかしたら……
今まで殺してきた「悪魔」も殺される直前の心境がこうだったのだろうか……?
「敵」は余裕の直立不動。戦闘体勢をとらず、武器も未だに持つ意思は無いようだ。
「彼」は自分が完全に舐められていると思った。
上昇する屈辱感。
同時に下降する戦意。
むくむくと鎌首を持ち上げる恐怖。
無意識のうちに後退。「彼」は思わずしりもちをついた。
(もっとも「彼」の目前に直立不動で立っている「敵」はその姿こそが戦闘状態のポーズであったのだが)
五分ほどそのまま双方の姿が止まる。
本来であればこの五分の間にいずれかの動きがあるはずであった。
1:窮鼠猫噛むの諺の如く「彼」が「敵」に決死の攻撃を敢行。
2:「敵」が「彼」に対し一方的な殺戮。


「彼」と「敵」との目が合った。「敵」の全身像が嫌でも目に入る。
まず、目に付くのは武器も防具を全く身につけていない特異な姿。
そればかりか上半身が本当の裸体、着衣は膝まで伸びたズボンと靴下、それと靴だけだ。
そう「彼」はまずこの点で当初有利だと判断した。
次に、全体を「敵」の体全体を彩る青い刺青。
先程それを縁取るように青く光った記憶がある。
ここまでであれば……
そう、ここまでであれば「彼」のかつていた「大破壊前」あるいは「大破壊後」の「世界」にも存在していたかもしれない。
奇抜かつ、特殊な趣味を持つ人間である。と周囲の人間は判断するのかもしれない。
その次だ。
一番「彼」と同じ人間と全く異なる部分……後頭部にある通常の人間には在り得ないはずの突起物。
金属質の様な鈍い光り方をしている。
その金属質な突起が後頭部から文字通り「生えている」のだ。
顔は無表情……いや「敵」の目が明らかに「彼」を見下すのが見て取れた。
先程も感じたが、何故か「あいつ」と同じような印象を受ける。何故だろう?
そして先程の敵意無き殺気。
「敵」が一歩足を進めた。
段々と周囲が明るくなっていく「はず」の時間帯なのに「敵」の周囲が底無しの闇の世界になったような感覚。
例えるならば……街頭の無い夜道で一人取り残されるような孤独感。
もう一歩「敵」が歩を進めた。さらに闇が「彼」に押し寄せる。
そしてもう一つ感じた……先程も感じてはいた……が今度は確信した。
「敵」の背後に存在する多数の存在……
「彼」に対する明確な殺意。
怯えた獲物を嬲る恍惚感。
そして何かを行うとする統一された意思。
「敵」は一人であった。少なくとも今は。
しかし単体ですら「彼」には現状敵わない。
少なくとも「彼」だけでは戦力が遥かに足りない。
その圧倒的な「力」を持った「敵」が口を開いた。
「彼」を冷静に見ていた「敵」が横目で時計を見た後、こう告げた。
やはり先程同様それは日本語であった。
「一旦、止めない?」


あれから十分弱が経過しただろうか……
「僕」の結論はこうだ。
「僕」は強すぎる。
少なくとも真正面にいる人間に比べたら。
ルールから考えるのなら今ここでこの「敵」を殺すのが正論だった。
仲魔を召喚する必要も無い。
「僕」のこの拳、いつもの右ストレートで十分だ。
威力もボルテクス界とさほど威力は変わらないように思える。
この拳一発、一撃で決着がつく。
だが……と思い返す。
既に「僕」が一人殺している。ルールは適用されているなら二四時間は全員が一気に死ぬような事はないはずだ。
ならば……こうしてみるのも一興か……
「僕」は「この世界」での初交渉を試みた……もっともこの状況から半分これは強制に近いけど……
まぁ断ったらその時はルールに従がうまでの事。その場で右ストレートを叩き込むだけだ。
戦術的な要領はあらかた得る事は出来た。
「僕」は次に情報が欲しかった。
何せ「僕」は「人間」ではないのだから……
「僕」はいつもの戦闘ポーズ。念の為にいつでも逆襲可能な態勢で身構える。
「敵」は後退したもののしりもちをついてしまった。
五分程、時間が進む。
「僕」は一歩近づく、そして動きを止める。「敵」は怯える小動物の様にすくみあがった。
そしてもう一歩、「敵」の動きに変わりは無い。
ボルテクス界でよく発生した、逆切れに近い狂おしいまでの猛攻撃も行ってはこなかった。
「僕」はふと、悪魔になった直後に発生した戦闘の事を思い出した。
小男のような姿をした全裸だった幽鬼、異常にまで伸びた耳たぶと顎、人を小莫迦にするような笑い方。
正直初めてみた時、頭に来た。頭に血が上るとはきっとあの時の様な感情なのだろう。
そして終わり方に戦慄した。結果から言おう、「僕」は瀕死に近かった。
そう「僕」は考えてみればあの時、この「敵」の様に死に物狂いで戦った。
この拳で、今では一撃で敵を屠る右ストレートで。
うん、あの時の「僕は」は滅茶苦茶に弱かった。
「僕」のこの体もこの拳も弱かった。
−だからどうした……−
悪魔となった時から「僕」の中で育ってきた「何か」が「僕」に心の中で囁いた。
−ボルテクス界でも弱肉強食、そして「この世界」もその「理」は変わらない……−
「僕」は心の中で頷いた。全くだ。当然だ。この世の摂理だ。
−ならば潰せ、屠れ、殺せ、粉砕しろ、自分の圧倒的なその力を見せ付けろ!−
でも……
「理」と言う「単語」が引っかかった。
ボルテクス界で「僕」は全ての「理」に異を唱え全てを屠った。
受胎、要は一度死んで生まれ変わろうとする世界を潰したのだ。
それも根底から。
そう、「僕」は「理」に全く興味が無くなっていたのだ。いつの間にか。
ならば……
ノルマをこなした今、「理」に沿う事をしない事。
「僕」の行動はそれだった。
面白い。
ならばここでもそう行動してみよう。
それに「僕」は先程もこう言った。
「この世界」の状況が知りたい。
「敵」に対して「僕」はこう提案した。
「一旦、止めない?」

「敵」が口を開けていた。
当然だと思う。客観的に見て状況的には遥かに「僕」が有利。
うん、だから面白いと思った。当然の事ながら召喚していない仲魔達からはクレームの嵐が吹き荒れた。
「殺せ!殺せ!」の大合唱……これは当然だな。「悪魔」である「僕」にでも容易に理解できる思考だ。
いや「悪魔」だからこそか。
「……黙れ……」
「僕」は思わず口に出してしまった。主人が従者に下す冷徹なまでの強制命令。
静まりかえる仲魔達。
「どうして……だ?」
「敵」が五分位経過した後ようやく聞いてきた。
「施しか?哀れみか?情けか?……ルールは殺し合いだぞ!」
待ってくれよ……「僕」は素直にそう思った。そう来るか?
「そうだね、殺し合いだね、基本的なルールは」
「僕」はにっこりと笑顔を浮かべた……つもりだ……最近は凄まじいまでの形相なのかもしれない。
ボルテクス界では鏡等を見たことが無かった。
学校なのだからトイレはあるだろう。見ておけばよかったかな……と「僕」は少し後悔した。
「よく思い出そうよ?」
「僕」は続けた。思わずザックからルールブックを取り出す。
「敵」である「男」に安心感を与える為にあえて視線を外した。警戒心を軽減させる為だ。
「ほら……ここのページ」
「僕」はルールブックを見たときに重要となるであろうページに折り目をつけていた。
−ページをめくっていたら「敵」の不意打ちを喰らっちゃいました。テヘ♪−
……笑えた話じゃない……
「僕」は内心でこう思いつつも(自分では)友好的とも言える表情を作ったつもりだ。
最近「僕」は仲魔に交渉を行わせていた。内心で苦笑する。
……交渉じゃないな、あれは……
半ば強制的に仲魔にしていた事を思い出す。
最終的には「ある施設」にて、魔貨を支払い召喚を行っていた。
そういや「あの施設」はこの都市にあるだろうか?
あると助かるな……
久しぶりの笑顔の為か顔の筋肉が強張る。
「落ち着いて考えようよ、二四時間以内に一人死ねばいいんだ、君は死にたいのかい?」
「僕」は続ける。
「少なくとも僕は死にたくない。無駄な手間は省けるんだよ?だってほら……」
と、ここで先生「だった」物体を指差した。
「ここで死んでるじゃないか。一人確実に。確実に殺したよ、「僕」が殺したのだから」

白状しよう。
「僕」はその時、無意識のうちに先生の遺体を蹴っていた。
「ルールはクリア、二四時間は死なずにすむ。……とりあえずはそれでいいんじゃないのかな?」
「確かに……今はそうだ……」
「敵」だった「男」はそう呟いた。
改めて「僕」はその「男(少なくとも現状の「僕」からは「敵」と判断できるレベルではないのでこれでいいだろう)」を眺めた。
白黒調の迷彩柄コートを着ていた。暖かそうだ、少なくとも上半身裸の僕よりは。
逆立てた髪、地毛なのだろうか?でもこういう男こそ髪型に気を配ると……「昔の」千晶が言っていた記憶もある。
眼鏡をかけている……近眼なのかな?それとも伊達眼鏡なのかな……勇ならこういった事を教えてくれたかもしれない。
腕は細い、少なくとも「僕」の様に右ストレートで「敵」を一撃で屠る事などは到底不可能だろう。
「一つ質問がある……」
「男」が僕に問いかけた。「僕」はにこやかな笑みを浮かべ(る努力をしつつ)、なんだい?と聞き返した。
「この人は……お前の何なんだ?……お前は人間じゃないのか?」
言ってる事が違うよ、と「僕」は内心思った。
一つの質問じゃない、二つの質問じゃないか……まいった、まだ挙動不審状態の様だ。
「僕」は答える。
「ええとね……まず最初の答え、この人は僕の担任だった女性だよ……とても尊敬していた。病気だと言う話で御見舞いにも行ったね。こう見えてもね「僕」は昔、高校生だったんだ」
「高校生」。
久しぶりに発音する単語だった。
そう「僕」はかつて「高校生」だったのだ。
そしてここで無様に転がっているのはかつて担任だった「もの」……
「次の質問に答えるよ、今「僕」は昔は高校生だと言ったよね?この人は担任だったとも言ったよね?」
「男」は頷いた。
「僕」は言葉を続ける。
「かつては「人間」だったものだよ……今は「悪魔」になった、「僕」の事を皆「人修羅」と呼ぶ」
「男」の目が驚きの色を浮かべた事を「僕」は確認した。


「一旦、止めない?」
唐突なこの一言から始まった会話であった。
「そうだね、殺し合いだね、基本的なルールは」
知ってるじゃないか、と「彼」は思った。
「よく思い出そうよ?」
何をだ?
「ほら……ここのページ」
……そういえば「彼」はあまりルールブックを読んでいない事に気付いた。
こういった作業は「あいつ」が全部事前に行っていたからだ。折り目がついている。
ああ、と「彼」は思った。「あいつ」とこの「敵」はこういった所も似ていたのだ。
「落ち着いて考えようよ、二四時間以内に一人死ねばいいんだ、君は死にたいのかい?」
勿論、死にたくは無い。だから戦ったのだ。
「少なくとも僕は死にたくない。無駄な手間は省けるんだよ?だってほら……」
無駄な手間……
「ここで死んでるじゃないか。一人確実に。確実に殺したよ、「僕」が殺したのだから」
死んでいる……そうか矢張りこの「敵」が……
「ルールはクリア、二四時間は死なずにすむ。……とりあえずはそれでいいんじゃないのかな?」
確かに……今はそうだ……
「敵」から話しかけられ、「敵」が発した日本語。そして「彼」が思ったことだ。もしかした言葉として発したものも含まれているのかもしれない。
「ええとね……まず最初の答え、この人は僕の担任だった女性だよ……とても尊敬していた。病気だと言う話で御見舞いにも行ったね。こう見えてもね「僕」は昔、高校生だったんだ」
何だって?昔?
赤の他人なら露知らず、自分の担任、しかも尊敬していた人間を殺したのか!この「敵」は!?
容赦なく!?思わず「彼」は立ち上がる。
「彼」ですら「あいつ」と戦う為に覚悟を決めたつもりだったのだ。
それをこの「敵」はあっさりと「僕」が殺したのだからと「彼」に説明した。表情を変えずに。
「次の質問に答えるよ、今「僕」は昔は高校生だと言ったよね?この人は担任だったとも言ったよね?」
「かつては「人間」だったものだよ……今は「悪魔」になった、「僕」の事を皆「人修羅」と呼ぶ」
「彼」の質問に「敵」が答えた。
「人間」から「悪魔」に?「人修羅」?
何だって?
「彼」には意味が理解できなかった。
「敵」に一つ変化が見ることができた。
「敵」の言葉自体は親しみを覚えやすい様なものに変化している。
しかし……
酷く冷たい声である事には違いなかった。
それに「敵」の顔の表情に感情が現れていない。違和感が有りすぎた。
そして人間から悪魔へと変貌したと言う衝撃。「彼」は驚いた。
「敵」が話を続ける。
「要約すれば、この人が一回世界を壊してしまった訳なんだよ……」
何処かで聞いたような話だ……「彼」はそう思った。
「それでね……この人は「僕」がどんな世界でも生き続けられるように望んだ……らしいよ。そうしたら僕はこの力を与えられた……」
「それでも彼方は死なないで。生き延びて、世界の末を見届けて……これがたった今さっき殺した時の最後の言葉」
酷く冷たい声が続く。
表情に感情が現れていないのも変わらない。
「敵」が不意に壁を拳で貫いた。
「ああ、「僕」は確か生き続ける事で出来たよ……おかげさまでね」
「敵」が二発、三発と壁に拳を打ち付ける。
普通の人間であれば壁に拳の跡か、血痕が残るであろう、(少なくて「彼」の場合はそうだ)「敵」が拳を壁に放つたび、穴が開いていく。
しかしその表情はあいかわらず感情がない。
声の質感は変わっているようにも思えるが冷たい声である事に変わっていなかった。
「彼」は壁を貫く「敵」の目に涙が浮かんだ事を目撃した。
無表情、ひどく冷たい声、しかしながらその目からは涙。
「あれ……?まただ……」
「敵」いや「人修羅」が「彼」に背をむけ涙を拭うのを見た。「彼」は攻撃が可能であったが攻撃しなかった、否、出来なかった。
再び「彼」に顔を向けた。涙は消え失せている。
「君も質問に答えたんだ、「僕」の質問に答えてもらおう」
先程の親しみを覚えやすい様な口調とか変わる。「彼」は「敵」である「人修羅」の周囲から再び闇が広がるのを感じた。
同時に彼の背後から複数の強大の悪魔の気配……「人修羅」の目が再び金色から赤い色へ変化する。体を彩る刺青が青く発光を開始する。


「僕」は「男」に聞き返す。
そうだ、僕は「悪魔」……そう「人修羅」。
「男」は僕に質問をした。
そう「悪魔」に質問をしたんだ……この「男」にその代償を支払ってもらおう。
そうすれば用済みだ。
「僕」は参加者リストをザックから取り出す。
「お前の知り合いはこの中にいるか……それを話せ。それとその能力……その辺りの情報を全てをだ」
「僕」は今度は意図的に教壇の後にある黒板に向け右ストレート。勿論「僕」の拳は易々と黒板を貫通した。痛覚は無い。
「男」は「僕」の言葉に従がうしかないだろう……
「男」は三人の名前を指差した。指差しながら名前の発音を行う。
男二人女が一人……他は知らないと言う。
知り合いのうち二人は同じく魔法を使うらしい。回復能力に長けているという。……ふぅん……
「僕」が興味を覚えたのは「男」が最後に示した「男」だった。
「悪魔を使役する男」……まるで「僕」のようだ。
面白い……少なくとも「この世界」には悪魔を使役できる人間が何人か確実に存在する事になる。
参加者リストから考えると……
氷川。
千晶。
勇。
そしてこの「悪魔を使役する男」。
この「僕」。
そして魔法を使用する事が出来るのが少なくとも三人……
この「男」
この「男」が「奴」と言う男。
そしてこの「男」が知ると言う「女」。
これで少なくとも高尾先生を含めた八人の情報を入手した事になる。これで五分の一の人数か……
……頃合だな。
「僕」はそう判断した。

「ありがとう」と「彼」に「人修羅」は言った。
「人修羅」は「彼」に自分の知る名前を告げる。そして独り言の様に付け加えた。
「彼らも……強いよ。戦った「僕」だから判る。おかしいよな…「僕」が全員二回殺したのに。まぁ何かあったらもう一度殺せばいいだけだよね?」
それは「人修羅」が彼らより強いと言う意思表示、「彼」に戦慄が走る。
「さて……改めてありがとう……君はこれで用済みだな」
「彼」に取り死亡宣告が告げられた……


「さて……改めてありがとう……君はこれで用済みだな」
一歩、「僕」は足を進めた。
ありがとう、そしてさようなら。
ゆっくり、ゆっくりと歩を進める。
「男」は「僕」が「悪魔」だと言う事を忘れていたのだろうか?
さて……どうしようか?「僕」は思案する。
仲魔を召喚し……「僕」同様に「この世界」での要領を得る事もいい。
それとも……「僕」個人の技能を試してもいい。
ざわざわと背後から僕の仲魔達が蠢動を開始する。求めているのだ、獲物を狩る快感を……
そうだな、それも悪くない……

「彼」に告げられた死亡宣告。
「彼」の前には無数の闇を引き連れた死神が立っていた。
殺される……
殺される……
「彼」は七姉妹学園に向かう前に、共に戦った仲間と覚悟を決めて此処を訪れた。
生き残る術を求め、此処に訪れた。
確かに生き残る術の助力を此処で「彼」は手に入れた。
しかし……
この学園には文字通りの悪魔が鎮座していた。
この死神にも「彼」と同じようにこの殺戮劇に参加した知り合いがいると言う。
覚悟、決意、そんな強い意志をこの死神……「人修羅」は持たなかった。
「……まぁ何かあったらもう一度殺せばいいだけだよね?」
あっさりと言った。しかも二回殺した?
意味が判らない。
「彼」が理解できるのは「人修羅」がその知り合いを遭遇した場合、躊躇無く戦うであろうと言う事だけ。
既に立ち上がっていた「彼」は「人修羅」が一歩歩くと同時に一歩後退する。
「ありがとう、そしてさようなら。君は忘れていたかもしれないけど……「僕」は「悪魔」なんだよ?」
「人修羅」が残した最後の言葉……
無意識のうちに彼は何かを掴んだ。
「彼」は本能的に一気に後退、「人修羅」に背を向け撤退を開始した。
隠密行動……等はもう必要なかった。そんな気を配れる状況ではない。
怖い……
脳裏に響くのはただそれだけだ。全力で逃げ出した。
そう、撤退、転進、退却、そんな御飾り的な言葉は必要ない。
全速力で逃げ出したのだ。
ひたすら走った。
「彼」とっての死神、「人修羅」は何故か追ってはこなかった。
恐怖と同時に湧き上がる屈辱感、劣等感、そして走りながら今までの戦闘結果を分析するように思考が回転する。
かつて人間だった悪魔……
近接攻撃の効果が無かった。
得意のとする魔法が通用しなかった。
銃撃は多少通じた……気がする。
「彼」は更なる力を求めた。この殺戮劇に生き残るにはまだ力が足りなかった。
力が欲しい、新しい力が……
少なくとも現状のままでは生き残れない!
「彼」はそう思いながら走った。

ここで一つ補足する。
「彼」が全力で逃げ出した時に「彼」は無数の「悪魔」と遭遇していた。
無意識のうちに「彼」は斧に似た鈍器でもって順次悪魔を撲殺していたのである。
「彼」が全力で逃げ出した跡には無数の悪魔の死体が転がっていた。
「彼」は決して弱い訳ではないのだ。


「僕」は「男」を追わなかった。
「男」の足が速かった事もあるが……
余りにも鮮やかな逃走に惚れ惚れした。思わず拍手。
何故だって?「男」は先生が手にしていたであろうザックを持って逃げたからだ。
さっきも言っただろう。
ノルマはクルアした。
「僕」はあまり人と関わりを持ちたくない。
先程は言ってみれば不意の遭遇戦だったからしょうがあるまい。
戦うときは戦うしかないのだ。例え友人であろうが、幼馴染であろうが恩師であろうが。
あの「男」は「僕」に比べたら遥かに弱いのかもしれない。
だが、しぶとくこの殺戮劇に生き残れそうな気がする。
もしももう一回「僕」と出会ったら……あの「男」はどう「僕」と戦うつもりだろう……
ルールは殺し合い……殆どの人間が互いに殺しあってるだろう。
ボルテクス界では様々な勢力が「僕」に協力を求めてきた。
千晶のヨスガ……
勇のムスビ……
氷川のシジマ……
アサクサのマネカタ達……
もしかしたら「この世界」でも協力を求めてくる参加者もいるかもしれない。
その時は「僕」はどうするだろう?
……今は答えがでない。
まぁいい……それはその時で考えよう。
誰もが生き残りたいと思うだろう……それは「僕」も変わりない。
そういえば「男」は逃げる事が出来たのだろうか?
ふと教室の出入り口から「彼」が逃げ出した廊下に目を向けた。
無数に転がる悪魔の死骸。一撃で葬っていた。
「僕」は思った。なんだ、結構強いじゃないか……
「僕」は薄笑いを浮かべる。
面白い……
ふと時計を見た……五時半を過ぎたところだ。始まってからまだ三時間弱しか過ぎていない。
「僕」は自分の世界に戻りたい。
それは変わりない。大体皆がそうだろう。
でも……
皆が早く終わらせたいだろうこの殺戮劇を一人位は長引かせる事をしてもいいのではないか?と「僕」は思う。
後、もう少しで最初の死亡した人間報告があるはずだ。
その次は午後六時に報告があるらしい。
先生だった物体を見やる。
ルールが正しいならこの人の名前が告げられる筈だった。
とりあえずはその連絡を聞いてからだ……あせる必要なない。
徐々に人数が少なくなれば何かしらの制限行動、あるいは強引な会敵が予想される。
体力を温存するのも悪くは無い。
そう「僕」は混沌の王……最後まで混沌を求めるべきなのだ……



【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne)】
状態:軽症(左肩銃創)
武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される)
仲魔:不明
道具:煙幕弾(9個)
現在位置:七姉妹学園
行動指針:一回目結果報告待ち→最終的には自分の世界へ帰る手段を求める。

【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:敗北からの狂乱状態=PANIC?
武器:銃(経緯から狙撃が可能?):斧に似た鈍器入手(刃は無い模様)
道具:カーボライナー(弾丸:追加効果STONE):学園内にて三発消費
道具:高尾祐子のザック(中身未確認の為不明)
現在地:七姉妹学園→蓮華台へ逃走中
行動方針:なんとしてでも生き残る術を求める。

***** 女神転生バトルロワイヤル *****
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