女神転生バトルロワイヤルまとめ
第28話 絆

暗闇に閉ざされたスマイル平坂に乾いたシャッター音が響き、激しく焚かれたフラッシュが一瞬だけ辺りを真っ白に染め上げる。
タヱはこの悲惨な状況のスマル市平坂区スマイル平坂を事細かに写真に収めていた。
自分には、舞耶が操るペルソナや、ネミッサの魔法みたいな力は無い。
だから正直戦闘になったら隠れて終わるのを待つことしか出来ないだろう。
一応、護身用としてスカートの中では太ももにベルトで銃を縛っている。
この旧ソ連製のオートマチック拳銃、MP‐444、通称バギーラ。
(この銃は三種類の弾丸を使用出来るらしいが、支給品の中には9mm×17弾しか入っていなかった。)
これは本来ネミッサに支給された武器だったが、自分には魔法があるからと、
同盟を結んでいる三人の中で最も戦闘力に欠けるタヱが持つことになった。
だが、生まれて初めて拳銃を握ることになったタヱに扱えるかどうかは解らない。何よりもその本人が一番心配していた。
その不安を訴えると、拳銃の扱いに慣れているらしい舞耶が使い方を教えてくれた。
どうもその舞耶も銃の扱いは我流でマスターしたらしく、やはり不安は残る。
だがこれで無駄な暴発だけは避けることが出来るだろう。
この銃を使うことは出来るだけ避けたい。自分の使命は決して人を殺すことではないのだから。
タヱは殺さなければ殺されるという状況下においてもそう考えていた。
ましてや先ほど過ちとは言え、一人の少女を殺めてしまったのだから。
もうこんなことは沢山だ。もう人を殺したくは無い。
だからタヱは写真を撮り続けた。
自分の使命は報道だ。
この惨状を出来るだけ多く写真に残し、生き残って外に伝える。悲劇を何とかして止めたかったのだ。
そんな彼女は自分の支給品を見たとき、これはある種の運命だと思った。
タヱの支給品は具体的な武器と呼べる物では無かった。
だからと言って、舞耶のウサギ耳みたく冗談としか言えない道具でも無かったのだが……。


「これは…」
支給品と道具類の入った鞄の中身を取り出したタヱは唖然とした。
道具に部類される物は傷薬とディスストーン、ディスポイズンだったが、それ以外に用途不明な雑貨類がいくつも出てきたのである。
破れた手紙、血の滲んだバンダナ、鼈甲ぶちの眼鏡、
ハスキー犬と少年と、その母親らしき女性が写った写真、広東語のテキスト、揚羽蝶のブローチ…。
それらが何を意味するのかは解らない。だが、舞耶がその謎のグッズの中から一つの古いジッポライターを拾い上げた。
「これは、達哉君の…。」
「達哉?」
ネミッサが鸚鵡返しに聞き返した。舞耶はそのライターを胸に抱くように握り締めた。
「そう、達哉君。私の大切な人よ。彼は今何処にいるのかしら。」
「それってさ、舞耶の彼氏?」
「え?」
どうやらネミッサは自分たちが置かれた状況や、タヱに支給されたこれらの道具が何なのかよりも先に、そういうことが気になるらしい。
いかにも興味津々と言った表情で見つめられた舞耶は一瞬迷った素振りを見せ、にっといたずらっぽく笑った。
「あはは、残念だけど、そういう関係じゃ無いのよね。」
「え〜? つまんない。舞耶っておっぱい大きいんだからちゃんと使わないと腐っちゃうよ。えいっ。」
と、言ってネミッサは舞耶の豊満な胸を両手で鷲づかみにした。舞耶はその大胆不敵な行動にびっくりして胸を両腕で覆い隠す。
「ちょっといきなり…! やったな〜このーっ!」
お返しにと、舞耶もネミッサの胸を掴む。しかも大きく開いた服の間から、直接。
「いや〜ん舞耶のエッチ! あはははは!
……って、ごまかされないからねっ。その達哉ってのが舞耶の何なのか早く教えなよ!」
「だからね、本当にそういう関係じゃないのよ。
ただ、彼はずっと私を守ってくれた素敵なヒーローなの。強くて、優しくて、彼のことは誰にでも誇れるわ。」
「それって…やっぱり彼氏じゃん。舞耶ってばのろけ過ぎ!」
「もー本当にそういうのじゃ無いんだってば。うーん、何て言えばいいんだろ…。」
「またまた〜。いいよ、ネミッサ応援したげる!」
「違うのよ、もう。」
「いいのいいの。そう照れなさんな。」
「違うんだってばー!」
にまにまと意味深に笑う小悪魔のようなネミッサの肩を、舞耶は赤くなりながら揺すって否定した。
それから二人で顔を合わせて声を上げて笑う。お腹も抱えて。
これはまるっきり修学旅行のホテルで消灯後、女の子が集まって出る話題だ。
人気アイドルのことや先生の悪口など、色々な話は出るが、それらを大きく引き離して最高に盛り上がる、女の子だけのぶっちゃけトーク。
外では既に殺戮が繰り広げられているのだろうか。
そんな殺伐とした状況下だが、不自然なほど平和な場に、タヱは自然に笑みが零れてくるのを感じた。
だけど、支給品グッズの中から一枚、セピア色の写真を見つけて、胸が締め付けられるように痛んだ。


写真には、タヱ本人と、葛葉ライドウ、鳴海昌平、大道寺伽耶、ゴウトドウジが揃って写っている。
場所は筑土町にある鳴海のオフィスだ。確か金王屋という骨董品店の店主にカメラを渡して撮ってもらった記念写真である。
今、この写真に写っている面々は皆、このくすんだ街の何処かにいる。何処かで死の恐怖と戦っている。
みんな無事だろうか。無事だったら、どうにかして合流したい。
あの時は楽しかった。
他のメンバーは兎も角、ライドウがカメラに慣れていなかったらしく、上手く笑顔を作れなくて何度もNGを出したのだ。
本当は全員笑顔で写りたかったけど、どうしてもライドウの表情が硬くて、結局仏頂面のままフィルムが全て無くなってしまったのである。
そんな楽しくて輝いていた日々はもう帰ってこないのだろうか。そう思うと自然と涙が溢れた。
「タヱちゃん大丈夫? その写真…。」
「うん。みんな何処にいるのかなぁってちょっと感慨深くなっちゃってた。うん、もう大丈夫よ。
この写真、何処かに無くなっちゃったと思ってたんだけど、どうしてこんな鞄に入ってるのかしら。」
「これが武器なのかな。だとしたら…ハズレじゃん。」
ネミッサはその中から割れたサングラスを取り、やや俯き加減にはっきりとそう言った。
彼女もまた、そのサングラスに覚えがあるのだろうか。
「いいえ、ハズレなんかじゃないわ。これはみんな、此処に集められた人たちの思い出なのよ。
それが私の所に来た。それってすごい運命だと思う。」
写真を持った手で、涙を拭いながらタヱは続ける。
「もしこれを受け取った人が、他のみんなを殺して一人だけ生き残ろうって思うような人だったら、きっとハズレなんでしょうね。
だけど、私は違う。私はもう誰かを殺したりしたくは無い。私は…これを、元の持ち主に返してあげようと思う。
こんなにも沢山の思い出、このままこんな所で無くしてしまうなんて悲しすぎるわ。」
タヱの演説を聴いてネミッサは眼を丸くした。自分にはそんな考えは全く浮かんでは来なかったという、にわかに驚いたものを含んだ表情だ。
だけど舞耶はそれとは違い、明るい太陽のような笑顔を浮かべた。
「タヱちゃん偉い! レッツ・ポジティブ・シンキ〜ング! 
こういう時こそ前向きに考えなくっちゃね!
私も、今自分にしか出来ないことをする。私、こう見えても雑誌記者なの。
この惨状を記事にして外に伝えるの。もうこんな悲劇が二度と起こらないように。」
「えぇっ!? 舞耶さんって雑誌記者だったの!?」
「そう言えば、タヱちゃんも新聞記者って言ってたわね。そのカメラ凄いわね。きっと渋い写真が取れるわ。」
やがてタヱと舞耶の話題はお互いの仕事と写真のことに変わり、タヱは舞耶が持っていた最新式の小型デジタルカメラを見て大いに驚いていた。
そんな、外の状況を忘れてしまいそうな明るい空気の中、ネミッサは一人、割れたサングラスを握り締めていた。
サングラスのフレームには「SPOOKY」と小さく掘り込んである。
「……やっぱり、ハズレだよ。こんなのハズレに決まってる。」
それは普段明るく無邪気なネミッサとは全然違う表情だった。
だから、ネミッサはそんな顔を誰かに見られるのが嫌で、そっと後ろを向き、サングラスを懐にしまった。


――自分は新聞記者。だからこの状況をどうにかして外に伝えなければ…。
それから、出来る限り、此処にいる人たちの思い出を元の場所に返してあげたい。
そう思いながら、タヱは再びこの場所にやって来た。最初にあの少女と揉み合った階段の踊り場だ。
踊り場には血が溜まり、あの少女が首を不自然な方向に捻じ曲げて横たわっている。
タヱはこの少女の写真を撮りに来たわけでは無かった。本当なら、こういう生々しい状況こそ新聞というメディアは欲しがるのだろう。
しかし、自分が殺してしまった少女をフレームに収めるという行動は、タヱの神経ではとても出来ないことだった。
タヱは勝手に滲んでくる唾を飲み込み、鞄の中からそれを取り出した。
それはカラフルな色彩のマイクだ。
マイクと言っても古くて、子供が遊びに使うおもちゃのような安っぽい物であったが、
かなり使い込まれているらしく、持ち手の所が手垢で黒ずんでいた。
その持ち手に、小さな写真のシール、舞耶にプリクラというのだと教えてもらった。が、貼ってあった。
プリクラにはこの少女と、もう一人、彼女の友達だろう。ぽっちゃりとした体型で、髪の長い少女一緒に写っている。
このシールのお陰で、これが彼女の持ち物だということが解ったのだ。
プリクラには、こうも書いてあった。
『目指せ日本一のレポーター&記者!』
この少女も、タヱや舞耶と同じ報道関連の仕事を夢見ていたのである。
それを知った時、また溢れる涙を堪えることが出来なくなってしまった。
だが、再び舞耶が優しく抱きしめてくれ、ネミッサも、
「泣きたい時に泣けばいいよ。その声聞いてこっちに寄って来る奴がいたらネミッサが全員ボコボコにしてやるから。」
と言って慰めてくれたのだ。
こんな場所だけど、いい仲間に巡り会えたことを、タヱは心から感謝した。
それで、勇気が沸いてきた。ここから先は、は自分がやらなければいけないことなのだ。
タヱは意を決して少女、上田知香の亡骸の横に跪き、彼女のもう動かない手に、そのマイクを握らせ、彼女のために祈った。

踊り場の窓からは、うっすらとした光が差し込んでいる。もう夜明けだ。
後数分後には、最初の放送で、この少女の死が告げられることになる――。



【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 やや正常
武器 MP‐444
道具 参加者の思い出の品々 傷薬 ディスストーン ディスポイズン
現在地 平坂区のスマイル平坂
行動方針 この街の惨状を報道し、外に伝える。

【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態 正常
防具 百七捨八式鉄耳
道具 ?、ポテトチップス(拾い物)
現在地 同上
行動方針 仲間を集め、脱出を目指す

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態 正常
武器 MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具 ?、うまい棒二本(拾い物)
現在地 同上
行動指針 仲間を集めて、主催者を〆る

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