女神転生バトルロワイヤルまとめ
第45話 堕ちたる救世主・前

全く、訳の解らないこと続きだ。
あの銃型PCを手に入れてからというもの、今まで考えられなかったような様々な経験をした。
怪しい組織に付け狙われたり、悪魔などという非科学的な存在が現れるようになったり。
腕利きのハッカーとはいえ普通の少年だと思っていた新がまるで前から知っていたかのように銃型PCを操ってみせたのも、
それを使って悪魔を召喚する能力を身に着けていたのも、
真面目だった瞳が突然銀髪に染めてきたかと思うと、いつの間にか魔法を使えるようになっていたのも。
そして、極め付けがこれだ。
この住人のいない街――よく知っている日本に似た、しかし違う世界。
主催者らしいスピーカーからの声は、パラレルワールドと言っていた。そして殺し合いの舞台だと。
これも天海市で起こっていた事件と同じく、悪魔の力が絡んだ出来事なのか。
何故、あの声の主は殺し合いなどをさせようとしているのか。
何から何まで訳が解らない。
ただ、はっきりしているのは、あの声に従って殺し合いを始めようとしている人間がいるということ。
つまり、うかうかしていたら殺されて一巻の終わり、ということだ。

「うん……道はこっちで良さそうだ。このまま進めば、夢崎区に入れる」
ビルの壁に寄り掛かり、地図を眺めながらザインが呟いた。
解らないといえば、この青年のこともよく解らない。
流暢な日本語を喋っているが、名前から考えると外国人なのだろうか。服装も浮世離れしている。
殺戮ゲームの参加者として教室に集められていた中には、他にも何人か、現代日本のものではない服装の者もいた。
彼等は、違う世界の人間なのだろうか。
少し前ならば受け入れ難かったろうが、悪魔やサマナーという非日常の存在を知っている今なら納得できる。
まるでSFのような話だが、ここは異世界で、自分も彼もここでは等しく「外の世界から来た」人間なのだ。
――それにしても。
「疲れは取れたかい?」
視線に気付いたらしいザインがこちらを向いて、問う。
解らないのは、ここだ。もう一時間ほども歩いているというのに、彼には疲労の色はない。
確かに彼は見た目からして鍛えていそうだし、実際並み外れた体力の持ち主なのだろうが、
こんな傷を負った状態で歩き通して大丈夫なものなのだろうか。
体が次第に石化しつつあるという状況で、早く行動せねばという焦りもあるだろう。
しかし精神力を頼りに動くにしても、人間には限界というものがある。それが、彼にはありそうに見えない。


「ああ……君は大丈夫か?」
問い返す。本来、暫く休もうと申し出たのも彼を気遣ってのことだったのだ。
が、休憩の間も彼は座ろうとはしなかった。
何かあった時に即座に対応できるように、と彼は言っていた。何かとはつまり、他の参加者からの襲撃に他ならないのだが。
真っ直ぐに夢崎区に向かうことは避け、人通りの少なそうな回り道を選びはしたものの、同じことを考えている相手がいないとも限らない。
(……しかし、それにしたって)
揉み消した煙草を、携帯灰皿の中に放り込む。
負傷者の彼が平然と立ったまま休んでいて無傷の自分が座り込んでいるというのは、やはり複雑なものだった。
自分が立って見張りをしていたところで、有事の際に大して役に立つとも思えないのも事実なのだが。
それが、また遣る瀬ない。
「僕のことは心配しなくていい」
ザインは答えて、地図を丸めるとザックに突っ込んだ。
(大丈夫、とは……言わなかったな)
無理しているのではないか、という気がする。
しかし、休んでどうにかなる状況でもないのだ。彼がまだ動ける内に、石化を治す方法を探さなくてはならない。
「……解った。先を急ごうか」
荷物を担いで立ち上がる。繁華街に差し掛かるまでには、まだ随分歩きそうだ。
正直、完全に疲れが取れた訳ではなかった。不安で神経が張り詰めている所為だろうか、あまり休めた気がしない。
そういえば、煙草の本数も残り少ない。
煙草屋かコンビニでも見付けたら失敬しよう、と考える。どこかしらで補充はできるだろう。


道の途中で休息を取ってから、一時間少々歩いただろうか。
もう夜は明け、辺りは明るくなり始めている。が、それと裏腹に、気分は酷く暗かった。
どのようなシステムを使っているのかは判らないが、恐らく街全体にだろう、放送が流れたのだ。
あのスピーカーから聞こえた主催者の声で読み上げられたのは、今までに出た死者の名前。
その時点でまだ、ゲームが始まって三時間である。その間に、もう何人もの命が消えていた。
もしかしたら既に誰かが、とは思っていた。
しかし、予想を大きく上回る人数の死を聞かされて、改めて思い知った。
このゲームの恐ろしさ。敵と呼ばなければならない人物が恐らくは複数、存在するだろうこと。
死者の中に知っている名前がなかったことが、唯一の救いと言うべきか。
そのことに安心してしまう自分を利己的だとは思うが、新と瞳が生きているというのは希望に違いなかった。

「……もう夢崎区には入ったみたいだな」
放送を聴いてから言葉少なになっていたザインが、電柱に表示された番地を見て言った。
歩いているのは、二車線分の広さの通り。その両側にはマンションや個人商店が並んでいる。
繁華街まではまだ少し距離がありそうだが、同じ区内に入ったと思うと目的に近付いたようで少し安心できる。
「危ない相手に会わずに済んで良かったよ。繁華街まで行けば、他にも誰か来てる奴が……」
返事の途中で、予期しなかったものが視界に入る。
「どうした?」
不自然に途切れた言葉に、横を見ていたザインがこちらを向いた。
無言で、その方向を指し示す。少し前方、車道を挟んで通りの向こう側。
マンションらしき建物の前に、何かが――いや、紛れもなく人間の体が、転がっていた。
倒れている人物はぴくりとも動かず、その周囲には赤黒い水溜まりができている。
ザインが駆け出した。少し遅れて、彼の後に続く。
(この血の量じゃ……生きていないな)
放送で名前を読み上げられた中の誰かだろうか。近付くと、その人物が制服を着た少女だということが判った。
高校生だろう。セミロングの髪を茶色に染めた、どこにでもいるような女の子だ。
しかし青い制服は血が染み込んで汚れ、肌に生気はなく、短いスカートから伸びた脚には折れた骨が露出していた。
その無残な姿に、思わず目を背けてしまう。


「酷いことを……」
少女の傍に屈み込み、既に生命を失った体を抱き起こしながらザインが呟く。その声は震えていた。
「その子……」
目の前のマンションを見上げた。十階建てだ。この角度では見えないが、その上には屋上があるだろう。
「落ちたんじゃ、ないのか?……飛び降りたとか」
「違う」
答えるザインの声に、静かな怒りが篭もる。
「刀傷がある。斬られたんだ」
はっとして、逸らしていた視線を少女の亡骸に向けた。
ザインの言う通りだ。少女の体の前面には袈裟懸けに斬られた傷があり、制服も斜め一文字に切り裂かれていた。
斬られて、屋上から落ちた――それとも、突き落とされたのか。
ぞっとして、再び上に目を遣る。彼女を殺した人間が、この上にまだいるのかもしれない。
「ここは早めに離れた方がいい。犯人に見付からない内に」
「……待ってくれ」
傷を見るために抱き起こしていた少女の亡骸を、ザインはそのまま抱き上げる。
白い衣服に少女の血がべっとりと付着するのも、気にしている様子はなかった。
「この人を、ここに置き去りにする訳にはいかない」
「って……どこに運ぶんだい」
埋葬する、という訳にもいかないだろう。
それに遺体を抱えている間は両手が塞がるし、人一人の体を運ぶとなれば体力も余分に消耗する。
「どこに……かは、判らない。ただ、どこか、安らかに眠れる所へ……」
ザインの返事は、全く要領を得ていない。
――彼も、動揺しているのだ。初めてそのことに思い当たった。
自分達よりは非日常の世界に馴染みがありそうに見えたし、冷静な振る舞いからは落ち着いているように思えたが、
彼は殺し合いのゲーム開始を宣告された中で和平を呼び掛ける程度には甘い人間なのだ。
「……いいか。落ち着いてくれ。気持ちは解るが、今の僕達にそんな余裕があるか?」
歩み寄って、正面から顔を見据えた。
ずっと眉間に皺を寄せっぱなしで険しい印象の顔だが、改めてこうして見ると、彼は思ったより年少なのだと気付かされる。
スプーキーズのメンバー達と同じ年頃だろうか。まだ大人になりきっていない、少年の顔だ。
「両手が塞がったら、君だっていざという時にすぐには対処できない。体力の消耗も避けたいだろう。
かといって僕には、人一人を抱えて歩き回れる力はない。
それに、遺体を傍に置いておくことで、誰かに出会った時に誤解される恐れもある」
「……そう、だな」
ゆっくりと言い聞かせる内に、ザインも落ち着きを取り戻したようだ。
「すまない。僕は……」
「いや、そういう優しさが君のいい所なんだろう。
こんな状況で、亡くなった人を気遣うなんてなかなかできるもんじゃない」
軽く、辺りを見回した。少女の亡骸を野晒しにしておくのは、さすがに忍びない。
せめてどこか、この辺の建物の中にでも横たえておいてあげようと思った。
「ひとまず、この辺りの――」
その意思を伝えようと、ザインの方に向き直った時。
彼の背後に、金色の髪をなびかせた人影が舞った。



【ザイン(真・女神転生2)】
状態:脇腹を負傷、石化進行中
武器:クイーンビュート(装備不可能)
道具:ノートPC(スプーキーに貸与)
現在地:夢崎区
行動方針:仲間を集めてゲームを止める、石化を治す

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:やや疲労
武器:?
道具:傷薬
現在地:夢崎区
行動方針:PC周辺機器・ソフトの入手、仲間との合流

【白川由美(真・女神転生if…)】
状態:死亡
武器:?
道具:?
現在地:夢崎区

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