女神転生バトルロワイヤルまとめ
第46話 堕ちたる救世主・中

そこは、初めて目にする世界だった。
整然とした街並み。舗装された道路には、目立ったゴミも落ちていない。
建造物の壁にもヒビは入っていないし、ガラスも割られていない。
秩序立っているのは、シェルターの中に似ているかも知れない。しかし、ここには空がある。
地上にこんな整った、恐らくは平和だったのだろう街があるのを見たのは初めてだった。

(これが……)

その街の真ん中に転送されて、そんな光景の中に自分は立っているのだと実感した時の、感動と興奮。
今まで記録映像でしか見たことのなかった世界が、今ここにある。

(これが、壊れる前の世界か)

状況も忘れて暫し、胸を痺れさせるその感覚に身を任せて立っていた。
この光景こそが、目指すべきものなのだ。
救世主としての使命――バエルを倒し、悪魔の脅威を退け、世の乱れを正すこと――を果たせたら、
その先にはこの街のような秩序と、平和と、繁栄がある。
一度壊滅する前の世界と同じ、いや、それ以上の。
映像だけでは具体的なイメージとしては浮かばなかった「平和な世界」。
この場に立ったことでそれが、一気に現実味を帯びた。
そうだ、自分が使命を果たせば、あの世界もこのような繁栄を手に入れられるのだ。
悪魔を恐れてシェルターの中に隠れて暮らすこともなく、太陽の光を浴びられる。
地上の人々も、いつ訪れるとも知れない死への恐怖を、享楽的に生きることで紛らわせる必要もなくなる。
あの荒廃した世界を、救わなくてはならない。
そのために、帰らなくてはならない。


元の世界に帰る。
それを当面の目的として認識したところで、ふと冷静に戻った。
帰るにはどうすればいいか。そもそも、自分達は何故ここに連れて来られたのか。
スピーカーから聞こえた声のことを思い出す。
一方的な放送のように聞こえたが、声の主はあの部屋の様子を知ることができていた。
あの声に逆らった男が、目の前で死んだのだ。
自分の胸元を覗き込む。声が告げた通り、呪いの刻印が刻まれていた。
これがある限り、自分達の生殺与奪はあの声の主が握っているということだ。
そして、奴は最後の一人になるまで殺し合いをしろと言う。
つまりは――最後の一人にならなければ、元の世界に帰せと奴に交渉を持ち掛けることもできない。
呼び集められていた中には女も多かったし、力を持たない一般人にしか見えない者もいた。
世界を救うために無力な者を殺すことに抵抗がない訳ではない。
しかし、自分が声の主に逆らって死ねば、あの世界は救われない。帰らなければならないのだ。
ここにいる数十人に情けをかけたばかりに、世界が救われる可能性を潰してしまうようなことがあってはならない。
するべきことは、決まった。
このゲームの勝者になる――他の全員を殺す、ということだ。
集められていた中には、かつて友だったあの裏切り者もいた。あいつを惑わした魔女もいた。
(この地で決着を付けることになる、か……いや)
余計な考えは決意を鈍らせる。今は、出会った者から一人ずつ倒してゆくことだ。
改めて周囲を見回した。まずは辺りの地形、それから地図上での現在地を把握しておきたい。
手近にある一番高いビルに目を留める。この屋上か、屋上がなかったとしても最上階まで行けば、周囲は見渡せるだろう。
(その前に、と)
いつの間にか肩に担いでいたザックを下ろし、中身の確認をした。
声の主が言った通りにルールブックや地図や食料が入っている。そして、ランダムに与えられたという武器と道具。
抜き身の日本刀と、不気味な色をした宝珠のようなもの。宝玉ではない。
ザックの中を探すと、あの声の主が親切にも付けてくれたのか、その道具の説明が書かれた紙片が見付かった。
『溶魔の玉:対象の悪魔をスライムに変える』
他の参加者が何を与えられているのかは判らないが、これはまずまずの当たりと言っていいだろう。
日本刀なら扱いは容易いし、この玉は悪魔を使役する参加者に出会った時に役に立ちそうだ。
よし、と小さく呟くと玉をザックに戻し、日本刀を手にしてビルの入口に向かって歩き出す。


屋上には、先客がいた。
最上階から屋上に通じるドアを開けると、その音に驚いたように一人の女が振り向く。
屋上の縁から、街を見渡そうとしていたようだ。
茶色の髪、青い服――古い時代の学生服という奴だろう。参加者の中に、この女と同じ服を着た者が他にもいたはずだ。
ザックは足元に置いてあるが、武器は持っていない。
「あんた……悪魔?」
警戒した様子で、女が問い掛けた。この鎧ではそう見えるのも無理はない。
「俺は人間だ。お前と同じ、参加者だ」
それはつまり、殺し合うべき相手ということだ――が、女は意外な反応をした。
「良かった。ねえ、ここを出る方法を探さない?」
「何……?」
思わず眉を顰める。
「殺し合えだなんて馬鹿げてる。ここから出る方法を探して、みんなを助けるのよ」
助ける?
この女は、参加者全員を救おうと言うのか。あの声の主に逆らって。
「……無理だ。呪いの刻印のことを忘れてはいないだろう」
「それも……どうにかできる方法が、あるかもしれないじゃない。絶対無理だって判るまで、あたしは諦めない」
最初は少し口ごもり、しかし最後はきっぱりと、女は言った。
その声、その眼差しからは強い意志が感じられる。
自分は丸腰にも関わらず、武器を持った相手に堂々と反論していることからも、精神力の強さは見て取れた。
「逆らった奴が死んだのを見ただろう? 呪いを解こうとなどしたら、その時点で殺されるかも……」
「だからって人を殺すの? 恨みもない奴を殺すなんて、イカレてるよ」
(イカレてる、か……そうかもな)
あの世界には、恨みもない人間を殺す者など幾らでもいた。
そんな状況は見たこともない、平和な世界に生まれた人間なのだ――この女は。
この街のような平和な場所で、それが脅かされる状況など知らずに、その倫理観と正義感を身に着けて育った人間なのだ。
「そのイカレた世界を、俺は救わなければならないんだ」
「え?」
刀を構え、屋上のコンクリートを蹴って女との距離を一気に詰める。
対話はここまでだ。この女の考えに乗って、あの声の主に反抗的と見なされたら呪いで殺されるかもしれない。
乗らないならば、することは一つ――この女を殺すことだけだ。


「ま、待ちなよ……!」
人間が襲い掛かってくるなど、考えもしていなかったのか。女が狼狽の様子を見せる。
それと同時に、女の背後にぼんやりとした姿が浮かび上がった。
槍を手にした女戦士――妖魔ヴァルキリーだ。
悪魔を召喚したのかと一瞬焦ったが、違った。ヴァルキリーの姿は半透明で、実体化はしていないようだった。
この女に憑いているのか。いずれにせよ、油断はしない方がいい。
「ブフダインっ!」
女が手を前に突き出す。そこから冷気が放出され、叩き付けられた。
「ぐ……」
鎧の表面が凍り付く。空気中の水分も細かい氷の粒に変わり、剥き出しの肌を傷付けた。
戦意はなくとも、この女も無力ではないということか。
こちらが完全に凍り付き、動きを止めることを期待したのだろう。ダメージを与えるのみに留まったことに、女の顔に絶望が浮かぶ。
今度はこちらの番だ。大きく踏み込み、刀を振り下ろす。
手応えは確かだった。女が仰け反る。血飛沫が舞い、まだ残る冷気で凍り付いて月光にきらきらと光った。
今のところはこちらの優位ではあるが、向こうは悪魔の助力を得ている相手。反撃の隙は与えたくない。
「ザンマ!」
追撃とばかりに衝撃波を放つ。女の華奢な体が、後ろに吹き飛ばされる。
そして、屋上の縁の低いフェンスに衝突し――衝撃波を喰らって僅かに浮いていたのと仰け反った姿勢が災いして、
その体はフェンスを乗り越えて空中へと飛び出していた。
ザンマの直撃で気絶したのか、声もなく女は落下してゆく。悪魔の加護も、こうなっては何の助けにもならないようだった。
「殺った……か……」
荒い息をつきながら、刀を振って付着した血を払う。周囲の気温も、次第に元に戻りつつあった。
鎧に守られている部分を除いて、冷気を叩き付けられた胴の前面全体がひりひりと痛む。
治癒の魔法で治そうとしたが、あまり効果は現れない。何らかの力が働いて、魔法を阻害しているようだ。
それでも何回か繰り返し呪文を唱えると、氷の粒で傷付いた部分の出血と凍傷の痛みだけは止まった。
体へのダメージは残っているが、ひとまず動く妨げにならない程度なら今は無視してもいいだろう。
あまり魔法を使うと、傷よりも疲労の方が不安要素になりかねない。
屋上の縁へ歩み寄り、下を覗き込んだ。遠く離れた地上に、あの女が倒れているのが見える。
周りには血溜まり。この様子では、生きてはいないだろう。
「みんなを助ける……か」
女が言っていたことを思い出す。平和ボケした善人の、甘い考えだ。
あんなことを言っているようでは、自分が手を下さなくとも遅かれ早かれ誰かに殺されていただろう。
これで良かった。
こうするしかなかった。
――なのに、この苛立ちは何だ?

この場所に居続けたくない。自分でも理由は解らないが、そう感じた。
ほとんど衝動に近い、その思いに衝き動かされるように踵を返す。
地形を把握するなら、別の所からでもいい。違うビルを探して、それから、少し休もう。
まだ戦わなくてはならない相手は、何十人もいるのだ。


別のビルを探し、屋上から周囲を見渡した。少し遠くに見えた学校らしき建物が、最初に皆が集められた七姉妹学園だろうか。
だとすると、ここは蓮華台という場所だということになる。
そのビルは住宅だったらしく、適当に入った部屋には生活に必要な物が揃っていた。
いや、必要以上の、と言うべきか。シェルターでの生活とはまるで違う、豊かな暮らしが想像できた。
部屋にあったタオルで刀の汚れを拭い、ベッドに寝転がって休みながら、これからのことを考えた。
全員を倒すと言っても、無計画にただ戦えばいいというものでもない。
あまり早期に消耗してしまうようなことがあれば、後々の戦いが辛くなるだけだ。
力を温存しながら、まずは様子を見るべきか。
勝てそうな相手と出会ったら確実に仕留める。
徒党を組んでいたり、悪魔を使役していたりする相手は避け、潰し合って戦力が削がれることを期待する。
正々堂々としているとは言い難いが、生き残るためには――世界を救うためには必要な作戦だ。
慎重でなくてはならない。できるだけ危険は避けなくてはならない。
(そうだ、手段は選んでいられない。俺は、あの荒れ果てた世界の小さな希望……救世主なのだから)

――あれから、四時間。
休息はもう充分だろうと判断し、ベッドから起き上がる。
眠ることはできなかったが、疲れは取れた。理由の解らない苛立ちも少しは収まった。
部屋には小さな目覚まし時計があった。嵩張る物でもないし、持っていって損はないだろう。無造作にザックに突っ込む。
先程、死者の名前を告げる放送があった。読み上げられた名前には、やはり女が多い。
その中のどれかが、あの女の名前だったのだろう。
外はもう明るい。本格的に動き出す者も増えてきた頃だろう。
この近辺を通る者もいるかもしれない――そう思って窓に近付き、外を見た。
まさに予想通り、しかも絶妙なタイミングだった。
道路に、人の姿がある。このビルの入口まではまだ距離があり、降りてから建物の陰に潜んで待ち伏せることも可能だ。
問題は相手が二人いることだが、並の人間二人なら恐れることもないだろう。
まずは、力を見極めることだ。
できるだけ足音を立てないように階段を駆け下り、ビルの入口から外を覗き見る。
二人組は、立ち止まっていた。あの女と戦ったビルの真下で。
こちらには気付いていないようだったが、念を入れて裏口から外に出る。建物の陰に隠れるようにして、少しずつ近付いた。


あまり近付くと、気配を悟られる。
話す声が聞こえる程度まで近付くと足を止め、耳を澄ました。
血の匂いがする。そういえば、あの女が落下したのはこの通りに面した方向だった。
二人組は、女の死体を見付けて立ち止まったのだろうか。

「この人を、ここに置き去りにする訳にはいかない」
「って……どこに運ぶんだい」
会話が耳に入る。胸の奥のどこかが、ずきりと痛んだ。
「どこに……かは、判らない。ただ、どこか、安らかに眠れる所へ……」
死体を見付けて、殺した犯人が近くにいるという心配をする前にそんなことを言っているのか。
一度は収まっていた苛立ちが、また甦り始める。
しかし、この二人も先程の女と同様、甘い考えの持ち主らしい。
気付かれないよう、ビルの陰から姿を覗き見る。二人とも、完全に死体に気を取られているようだ。
こちらに背を向けて女の死体を抱き上げているのは、白と青を基調とした服の男。声から判断するに、年齢は若い。
鍛え抜かれた筋肉が一目で見て取れる。正面から戦えば手強い相手だろう。
が、白い服には脇腹の辺りを中心に血の染みが広がっている。負傷しているようだ。
もう一人はスーツ姿の男。細身で、若くはない。おおよそ戦いに向いているとは思えなかった。
(好機、だな……)
二人とも武器は持っていない。そして今なら、戦いの得意そうな若い男には背後から奇襲を掛けられる。
死体を抱えているのでは、即座に反撃もできないだろう。
刀を握り締める。最初の一撃で、できるだけ深手を負わせたい。
「ひとまず、この辺りの――」
周囲を見回していたスーツの男が、視線をこちらに向けようとしたのと同時に――飛び出した。
「! 危ない!」
スーツの男が叫ぶ。若い男が振り向いた。予想以上に俊敏な反応だ。
(早まったか?)
この距離からでは、避けるのは不可能だろう。が、死体を盾にすればこの一撃は防げる。
有効な奇襲にはならなかったか、と内心舌打ちをする。
しかし。
「っ……」
「な、何……?」
攻撃を命中させたこちらの方が、一瞬呆気に取られる。
男は、体の向きを変えなかったのだ。日本刀の刃は、男の背中を深く切り裂いていた。
(まさか――死体を庇ったというのか?)
信じられないが、他に考えられない。
動揺を悟られないよう飛び退き、間合いを取った。
男もよろめきながら後退し、死体を丁寧に地面に下ろす。投げ捨ててしまえばいいものを。
その間にもう一撃叩き込もうかとも思ったが、何故か、そんな気にはなれなかった。


「逃げるんだ」
掠れた声で、若い男は後ろのスーツの男に言った。
「しかし、君は」
「いいから……早く離れるんだ!」
自分が最後の一人になろうとすれば、いずれは殺さなければならない相手のはずなのに。
この二人は、殺し合いのゲームに乗るつもりなど毛頭ないのだろう。互いを気遣い合っている。
「……すまん!」
スーツの男が、ビルの陰に駆け込む。そこに衝撃波を撃ち込んでやっても良かったが、捨て置くことにした。
あの男は放っておいても脅威にはならない。それよりも、手負いとはいえ戦いに慣れていそうな若い男を確実に仕留めることだ。
魔力を行使するにも精神力と体力を消費する。今は、それは避けるべきだ。
「……どうしても、戦う気なのか」
かなりの重傷だろうに、それを感じさせない隙のない動きで若い男が身構える。
「決まっている」
苛立ちを噛み殺しながら、答えた。


<時刻:午前7時前後>

【ダークヒーロー(女神転生2)】
状態:精神的にやや不安定
武器:日本刀
道具:溶魔の玉
現在地:夢崎区
行動方針:ゲームの勝者となり、元の世界に帰る

【ザイン(真・女神転生2)】
状態:脇腹に銃創、背中に刀傷、石化進行中
武器:クイーンビュート(装備不可能)
道具:ノートPC(スプーキーに貸与)
現在地:夢崎区
行動方針:仲間を集めてゲームを止める、石化を治す

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:やや疲労
武器:?
道具:傷薬
現在地:夢崎区
行動方針:PC周辺機器・ソフトの入手、仲間との合流

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