女神転生バトルロワイヤルまとめ
第47話 堕ちたる救世主・後

戦闘に備えて身構えてこそいるものの、この男には、相手を殺すつもりはないだろう。
仲間を逃がす時間を稼ぎ、それから自分も逃げるか、こちらを気絶させようとでも考えていそうだ。
不意打ちを喰らって手傷を負いながら、その相手に休戦の意思を問うような男だ。
自分が傷付いてまで死体を庇うようなお人好しなのだ。
胸の奥に、嫌な波が立つ。
「そんな甘い考えで、俺と戦う気か」
許容量を超えそうな苛立ちを吐き捨てるように、言う。
相対する男の目には、強い決意の光があった。先程の女と同じだ。それがまた、酷く不快だった。
「戦いたいとは思わない。けれど、僕はまだ死ねない……仲間も死なせない」
「――馬鹿にするなっ!」
踏み込みながら、両手で握り締めた刀を力一杯に振る。
横に薙ぐ白刃の動きに、男は機敏に反応した。
僅かに身を引いてぎりぎりで回避し、空振りで隙ができた所を狙って重心を移動させる。こちらの懐に飛び込み、反撃に移る気だ。
好機だと相手も思っただろう。それも計算の内だった。
「ザンマ!」
魔力を集中させ、衝撃波を放つ。
見えざる力に弾かれて、向かって来ようとしていた男は後ろに吹き飛ぶ――はずだった。
しかし、男は止まらなかった。衝撃波の直撃を受けつつ、それを物ともしない勢いで走り込んできたのだ。
驚きに判断力が鈍った所に、最早すぐ目の前まで迫っていた男が拳を繰り出す。
鎧越しではあったが鳩尾にパンチを叩き込まれて、一瞬息が詰まった。
速度も、威力も、予想外だった。正直、鎧の上からこれだけのダメージを受けるとは思っていなかった。
並の相手なら、この鎧を拳で攻撃などすれば自分の拳を痛めるだけだろう。
金属製のガントレットでも着けているなら別だが、この男の手を覆っているのはただの防護用のグローブだ。
それでもダメージを通した。それだけ、この男の膂力と速度は並外れているということだ。
「……君は、強い」
警戒した追撃は来なかった。一撃を叩き込んだ所で男はよろめき、数歩後退する。
「侮っては……いない。逆だ。……君が、僕を侮った」
呼吸を荒げながらも、男はすぐに体勢を立て直す。
ただでさえ手負いで、しかもあの衝撃波の直撃を受けて、それでも立っている。
生命力も、恐らく精神力も大したものだ。確かに――侮っていた。


「……お前の言う通りだな」
にやりと笑ってみせて、剣を構え直す。
「次は、喰らわない……」
「まだやる気か? 解っただろう、続けたら互いに消耗するだけだ」
正論だ。この男を仕留めようとすれば、こちらもかなりの消耗は免れない。それだけに苛立ちが募る。
本当は、侮られていることに苛立っているのではなかった。
この男の吐く正論が、真っ直ぐな視線が、甘っちょろい優しさが、不愉快だった。
自分の中のその苛立ちの正体が解りかけていた。――これは嫉妬だ。
生まれた世界を救うためと割り切り、生き抜くために本来捨ててはならないはずの倫理を捨てた自分。
自らの身の安全よりも他者の命を、死者の尊厳を、信じる正しさを守ろうとするこの男。
それから、みんなを助けるなどと大それたことを迷いのない目で口にしたあの女。
「それじゃ止めよう、と俺が言ったら」
苛立ちを見せないように、余裕を装って笑う。
「信じるのか? 戦いは止めようと言って握手した直後に、俺はお前を殺すかもしれないぞ」
彼等のようにはいられなかった自分に、本当は苛立っているのだ。
――けれど、それが解ったところで、後戻りなどできない。
「今殺し合わなければ、後で殺し合うことになるだけだ。生き残れるのは一人だけなんだ……俺は、その一人になる」
「間違ってる。そんなこと」
「……間違ってたっていい。俺が帰らないと、世界は救えないんだ」
互いに息を整えながら睨み合う。言葉ではどうにもならないことを理解していたはずだ。それが、気付けば本心を口にしていた。
「俺は、あの世界の救世主なんだ」
「――救世主?」
男が、ぴくりと眉を動かした。今までにない反応だった。
「そんなものが……」
静かな怒りを込めた声。男は拳を握り締める。
明らかに、「救世主」の一言が彼の感情を動かしたようだった。
「そんなものが、救世主であるものかっ!」
「何……っ!」
今まで穏やかだった男が、初めて激情を迸らせた――それが合図になった。
否定するのか。救世主であるために他の全てを犠牲にすると誓った、この選択を。
あの荒れ果てた世界を、どんな手段を用いてでも救いたいという願いを。
怒りに任せて、半ば無意識に踏み出していた。
(お前に、何が解る……)
懐に潜り込まれないように、浅い斬撃を続け様に繰り出す。男はグローブを嵌めた手で、それを的確に受け流す。
時折、グローブが裂けて血飛沫が飛んだ。
(俺はやっと、世界を救う力を手に入れたんだ。あの世界は、俺にしか救えない……)
次第に、男の動きに疲れが見えてきた。反応が鈍ったのを見計らい、振り上げた刀を力を込めて振り下ろす。
男は左腕を挙げ、それを受け止めた。肉の裂ける感触があり、その腕にきつく巻かれたバンデージが切れて真紅に染まる。


「終わりだ――ザンマ!」
男の姿勢が崩れた瞬間に、再び衝撃波を放つ。同じ手でも、相手に余裕がなくなっている時なら通じるものだ。
踏み止まる力も残っていないのだろう、男の体が一瞬宙に浮き、後方へ吹き飛ばされる。
すかさず仰向けに倒れた男の傍まで駆け寄ると、その胸の上に刀を翳した。
「……俺の勝ちだな」
見下ろして、告げる。死の宣告。
傷の痛みで意識が朦朧としているのか、男はどこか虚ろな目でこちらを見上げた。
強敵だった。今までに戦ったどんな人間よりも、こいつは強かった。
この男が元々負傷していなかったら、そして最初に不意打ちで弱らせることができなかったら、きっと負けていた。
負けたとしても、この男はこちらの命を奪いはしなかったのだろうが――。
止めを刺してやろうと、理性は命じている。しかし手が震えた。
疲れの所為で手が上手く動かないのだと、そう信じようとした。
「救世主は……」
いつでも心臓に突き立てられるよう刀を翳したまま、息を整えながら問う。
殺す前に、これだけは聞いておこうと思った。
「救世主はこんなものじゃない、そう言ったな……だったら、どうするのが救世主だ。
お前の考えている救世主というのは、こんな状況でも……全員を救おうなんて、馬鹿なことを言うのか。
自分が生きて帰らなければ世界は救われないとしても――ここにいる誰一人、見捨てないのか」
「……何て、言うだろうな」
男の顔に、僅かに笑みが浮かんだ。安らかな、優しい笑み。あまりに場違いな表情。
死の恐怖と絶望で、気が触れでもしたのか。
「僕の知っている救世主なら……諦めるしかないなんて癪だ、とでも言いそうだ」
知っている?
まるで、救世主という特定の個人を見知っているような口振りだった。
この男の生まれた世界も救いを必要としていて、救世主と呼ばれる者がいるのだろうか。
(……いや。どうだっていい)
余計なことは知らなくていい。相手のことなど知ったら、殺すのに躊躇が生まれるだけだ。
他の世界のことなど、知ったことか。
今度こそ止めを刺してやる――思い切って、刀を高く差し上げる。


――体中が痛い。背中の傷は焼けるように熱いし、石化によって出血は止まった脇腹の傷からは刺すような冷たさを感じる。
拳や腕にも、いくつも刀傷を受けた。衝撃波の直撃を受けた胸の辺りの打撲も、鈍い痛みで存在を主張している。
地面に叩き付けられたショックで朦朧とした意識が、痛みに埋め尽くされる。
(許せない)
ショックが治まると共に、湧き起こる感情がある。
自分が傷付けられたことへの怒りではない。恐らくはこの男があの少女を殺したのだろうが、それに対する怒りですらない。
この男は、救世主だと名乗った。
自分の生まれた世界を救うため、生き残るために他の参加者を殺すのだと。
(許されるべきではない。それは、神の法ではない)
神に選ばれるべき正しい心を持たぬ者が、自ら救世主を名乗るという傲慢。
神ならぬ者が、ただの人の子を救世主と定めようなど、冒涜に他ならない。
そう、まして救世主を生み出そうなどと――
(……え?)
ぼやけていた意識の中に、理性の灯が点る。
(僕は今……何を考えていた?)
痛み以外の感覚が戻り、視界が開ける。見えたのは空、そして刀を翳すあの金髪の男。
「……俺の勝ちだな」
感情のない声で、男が言う。
「救世主は……救世主はこんなものじゃない、そう言ったな……だったら、どうするのが救世主だ」
彼の手は震えていた。声も、次第に熱を帯び始める。
「お前の考えている救世主というのは、こんな状況でも……全員を救おうなんて、馬鹿なことを言うのか。
自分が生きて帰らなければ世界は救われないとしても――ここにいる誰一人、見捨てないのか」
彼は答えを求めている。そう感じた。
「……何て、言うだろうな」
返すべき答えは解らなかった。救いたい多くの人々と、目の前の数少ない人々。
どちらか片方しか選べないとしたら、どうするべきか。
よく知っている救世主――アレフなら、どうするだろうか。
つい数時間前に別れた彼の態度を思い出す。もし彼がここにいて、この問いを聞いたらと思い浮かべる。
考える内、自然に笑みが浮かんだ。
「僕の知っている救世主なら……諦めるしかないなんて癪だ、とでも言いそうだ」
どちらか選べと言われることそのものに、彼は反発するだろう。
(どちらも救ってやる……なんて、言うかもしれないな)
この救いようのない状況を、彼なら変えてしまうかもしれない。
諦めないと言い張って、諦める以外の選択肢を力技で生み出してしまうかもしれない。
彼がまだ生きているように、これからも生き抜いてくれるように、祈る。
(アレフ、すまない。再会の約束は果たせそうにないけれど――)
刀を持つ男の腕が動いた。
最期の時というのは、呆気なく訪れるものなのだなと思った。


(――このままじゃいけない。逃げる訳にはいかない)
全力で走った反動と恐怖で弾む心臓を、抉り出さんばかりに強く、服の上から押さえる。
(落ち着くんだ。逃げる以外にも、道はある)
今まで歩いてきた通りからも、一つ向こうの通りからも見え難いビルの陰へと逃げ込むと、足の力が抜けて地面に膝を突く。
体の震えが止まらない。出会う者の全てを殺そうとしている人間が、このすぐ近くにいるのだ。
金髪の男。刀を持って、漫画にでも出てくるような甲殻じみた鎧を着けていた。
戦いを日常とする場所から来たのだろうか。人間よりも、悪魔に近い存在なのかもしれない。
逃げ出さなかったら、殺されていた。
しかし。
(ここでまた逃げたら、僕はただの卑怯者だ)
身の安全を考えるなら、できるだけ遠くへ逃げて、気付かれないような安全な場所を確保すればいい。
目立たない場所はいくらでもあるだろう。運さえ悪くなければ、逃げるだけなら簡単なのだ。
それでも、逃げようとは思わなかった。
ビルの陰から、用心深く元来た方を覗う。
斬り掛かろうとする金髪の男の攻撃を、ザインは武器もなしに受け流し、大きなダメージを避けている。
(……凄い)
次元が違う。二人とも、命の遣り取りに慣れているのに違いない動きだ。
こんな人間が何人もいる場所に、殺し合いをしろと言われて、自分も投げ込まれたのだ。
もし独りであの金髪の男に遭遇していたら、一瞬で斬り捨てられていただろう。それを想像し、鳥肌が立つ。
暴力の前に、自分がどれだけ無力かを思い知る。
――正確には、それを思い知らされたのは初めてではなかった。
悪魔の跋扈するビルに閉じ込められた時、それにアジトが悪魔を召喚する女に襲われた時。
その時は新と瞳に助けられた。歳若い彼等を危険に曝して、自分には何もできなかった。
自分の弱さと向かい合うことから逃げて、少年達を束ねて結成したハッカーグループ。
そこでまた、無力さを噛み締めることになったのだ。
少年達にリーダーと慕われて、お山の大将気分で、けれど結局したことは彼等を危険な目に遭わせることだった。
そして今またこうして、自分を先に逃がしてくれた少年が戦っているのを、ただ見守るしかない立場になっている。


(何かあるはずだ。彼を手助けできる方法が)
圧し掛かる恐怖を振り払って、必死に考える。二人の攻防の均衡は、少しずつ崩れつつあった。
元々あまり積極的に攻撃しようとはしていなかったザインだが、気付けば防戦一方になっている。
どうにかして助けなければ、彼が殺される。
ここで見殺しにしたら、自分は最低の人間だ。
焦りの中で、ふと思い出す。そうだ、ザックには支給された武器が入っていたはずだ。
ザックを降ろし、使う気もなく放り込んだままにしていたそれを、震える手で探り当てる。
「あった……これだ」
奇妙な模様の入った石が三つ。手に取ると、ぴりぴりと痺れるような感覚がある。
正確な使い方は判らないが、魔法の力を帯びた品だということは予想が付く。
一つを握り締めてみると、手に電流が走った。比喩ではなく文字通りの電流だ。思わず取り落としそうになり、慌てて反対の手で受け止める。
主催者は、全員に武器とアイテムを支給すると言っていた。そして、ザックに入っていたのは傷薬とこの石だ。
傷薬はどう考えても武器ではない。つまり、この石が武器なのだ。
衝撃に反応して電流を放出する、魔法の石――といったところか。投げ付ければいいのだろうか。
確実に当てられる時を狙って投げてやろう。間違ってザインに当ててしまっては目も当てられない。
魔法の石を一つ右手に握り、その機を待つ。手が震え、心臓が破裂しそうだった。
(……!)
金髪の男が何か、見えない力を放った。武器とは明らかに違う攻撃に、ザインが吹き飛ばされて倒れ込む。
(あいつ、魔法も使うのか)
恐怖が膨れ上がる。魔法ならば距離のある相手を狙うこともできるのだ。
この石を投げ付けて、期待ほどの効果が発揮できなかったら。
外してしまったら。
その時は、あの男は確実にこちらに牙を剥く。
倒れたザインに、男が近付いた。迷っている余裕はない。しかし、思うように手が動かない。
(やらなきゃ、いけない……)
自分に言い聞かせる。逃げてはならない。ここで逃げたら、自分は負け犬だ。
男がすぐにザインに止めを刺そうとしなかったのは幸いだった。決意を固めるまでの猶予が僅かに増えたのだ。
二人は何か言葉を交わしているようだが、思考が乱れて言葉の内容までは頭に入らない。
(僕は――)
震える手を、肩の高さまで持ち上げる。
(僕は、負け犬じゃない……!)
腕に精一杯の力を込めて、金髪の男を目掛けて石を投げ付けた。


それはまさに、男の持つ刀の切っ先がザインの胸に突き立てられようかという瞬間だった。
男はこれから止めを刺そうとしていた相手に気を取られ、投げられた石に気付きもしていなかった。
「っ……ぐああっ!?」
男の腕に当たった小さな石は、弾けるように消えた。それと同時に、そこから激しい放電が起こった。
電流は網のように広がり、たちまち男の体を包む。男は苦痛と驚愕に仰け反り、刀を取り落とす。
「――逃げるぞ!」
攻撃が功を奏したことで、恐怖は和らいでいた。
自分の行動で、ザインを助けることができた。その事実が今まで持てなかった自信と、勇気を生み出していた。
ビルの陰から飛び出して、地面に置かれたままのザインの荷物を引っ掴む。
ザインはすぐに状況を理解したようだった。跳ね起きると同時に、仰け反った男に足払いを喰らわす。
「こっちだ!」
呼んで、路地裏へ飛び込んだ。この狭い道を抜ければ、一つ向こうの通りに出られる。
そこを駆け抜けて、今度は反対側の別の路地に――と逃げ続ければ、撒くこともできるだろう。この辺りの道は入り組んでいる。
重傷とは思えない速度で走り、ザインはすぐに追い着いてきた。走りながらで互いに言葉はないが、彼の眼差しは感謝を告げていた。



<時刻:午前7時前後>
【ダークヒーロー(女神転生2)】
状態:軽い凍傷、感電によるショック、精神的にやや不安定
武器:日本刀
道具:溶魔の玉
現在地:夢崎区
行動方針:ゲームの勝者となり、元の世界に帰る

【ザイン(真・女神転生2)】
状態:脇腹に銃創、背中に深い刀傷、腕・拳に刀傷多数、胸部打撲、石化進行中
武器:クイーンビュート(装備不可能)
道具:ノートPC(スプーキーに貸与)
現在地:夢崎区
行動方針:仲間を集めてゲームを止める、石化を治す

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:かなり疲労
武器:マハジオストーン(残り2個)
道具:傷薬
現在地:夢崎区
行動方針:PC周辺機器・ソフトの入手、仲間との合流

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