女神転生バトルロワイヤルまとめ
第48話 三十分間の死闘

深い木々を掻き分け、目下の目的地である七姉妹学園を目指すべくライドウと鳴海は移動を始めた。
本当は行方不明になったレイコを探したい気持ちもあったのだが、
この見通しの悪い山の中で寄り道をするのは自殺行為に繋がるかもしれないのだ。
レイコにも、七姉妹学園を目指していることは伝えてある。だから、彼女もそちらに向かって動いていると信じるしかなかった。
それに、彼女はあんなにも大人しそうな顔をしているが、内に秘めた戦闘力は下手をするとライドウをも上回るかもしれない。
だから、そうあっさりと殺されるということは思えないのである。
そうしたことを何とかライドウに理解させ、進むことに決めた。
ルールブックに挟まっていたスマル市全体の地図を見ると、今自分たちがいるのは蝸牛山と呼ばれる場所であることが解った。
この山の頂付近からは麓に向かってロープウェーが伝っているのを見つけた。
念のため、実際に触れて確認してみたが、当然今は動かすことが出来ないようだった。
また、山の裏手に回れば森本病院という精神科病棟があるようだ。
精神を患っているとは言え、こんな山奥にまとめて隔離するのは人道ならざる行為だと思わずにはいられないが、
どうやらその辺りの偏見は、二人がいた大正帝都とさほど変わっていないらしい。
「ライドウ、その森本病院とやらに行ってみようか。」
地図に眼を落としながら鳴海が言った。
「いえ、先を急ぎましょう。もしレイコさんが僕たちよりも早く七姉妹学園に辿り着いていたら、待たせるのは危険です。」
「だが…。」
鳴海は地図から眼を離し、真っ直ぐ行き先に集中しているライドウを見やった。
マントで上手く隠しているつもりだろうが、右肩からじわじわと血が滲み出し、ぽたりぽたりと彼の歩んだ軌跡を残している。
血が足りていないのか、顔色も悪い。本人は気付いていないのかもしれないが、足取りも徐々に遅くなっていた。
一応、応急処置だけは済ませたが、やはり傷薬だけではあの深い傷を治癒することが出来なかったのである。
それに、最悪の事態を想定して鳴海の持っている宝玉を使うことをライドウは拒んだのだ。
このままでは下山する前にくたばってしまいそうだった。それではレイコと再び合流するどころの話では無い。
口数が少ない分、言い出したら聞かないライドウの性格はそれで大いに結構。
男には絶対譲れない時もある。それは十分に理解しているつもりだが、それと無駄に命を削ることはまた別の話だ。
こういう場合、年長者としての経験を生かし、きっちり言い聞かせた方がいいだろう。
鳴海は腕時計に眼を落とし、本人の神経を逆撫でしないよう、出来るだけ、まるっきりぶっきらぼうな口ぶりで言った。
「お前、このまま行けば後三十分程で死ぬから。」
「……。」
ライドウは、この時初めて鳴海の言葉に耳を貸し、足を止めた。


森本病院は精神科のみが置かれた医療施設である。
だから今のライドウに対して十分な、外科治療が可能な設備や用具が揃っているかどうかは解らない。
欲しいのは殺菌用のエタノール、それから鎮痛剤とガーゼ、包帯。それくらいはいくら何でも置いてあるだろう。
それから、可能ならば縫合用の糸と針。縫うとなれば麻酔薬も必要になってくる。
また、出来れば輸血用の血液もあれば理想的だった。ライドウと同じ血液型、O型のである。
一応、こう見えても鳴海は元陸軍所属という過去がある。その時、幸いな事に緊急用としてある程度の外科治療も訓練要項に含まれていたのだ。
だが、それについての実戦経験はまるっきり無い。だから森本病院に十分な外科設備が整っていたとしても自分にどれだけ出来るのか解らない。
それでも、やるしかなかった。
このまま本人の希望通り蓮華台に向かって歩き続ければ、鳴海が予告した通り、三十分持つか持たないかであろう。
(あれから五分経ったので後二十五分だ。)
それまでに体の血が全て流れ落ち、死んでしまう。彼が肩に受けた傷はそれくらい大きな物だったのだ。
そろそろ足取りがおぼつかなくなってきたライドウの肩を支えながら、歩みを急いだ。
ペースはどうしても緩やかになってしまうが、地図上で病院はそれほど遠くは無い。何とか間に合うだろう。
「鳴海さん…。」
大分息の上がってきたライドウが彼の名を小さく呼んだ。
「どうした?」
「厭な気配がしませんか? こう、殺気に満ち溢れているような…。僕、この気配に記憶があるんですが…。」
「あまり変なことを考えるな。ただでさえお前は瀕死なんだから。」
それは鳴海も薄々気付いている気配だった。
この蝸牛山には何か恐ろしい者が潜んでいる。怒り、憎悪、殺意、そして悲しみを一箇所に集めたような、黒く禍々しい気配だ。
この恐ろしい殺気にライドウは覚えがあると言う。それはつまり…。
ざざ、と風が通り抜け、木々に止まっていた野鳥が一斉に飛び立った。何か恐ろしいものが駆け足で近づいてくるのだ。
「来る…!」
呟くが早く、ライドウは鳴海を突き飛ばし、マントの下の刀を抜いた。
次の瞬間、立ち並ぶ木々を数十本まとめて薙ぎ倒し、ライドウの目の前に現れたのは、真っ白な学生服を身に纏った魔神皇その人であった……。


「ようやく見つけることが出来た。我が最初の贄よ。貴様は私の造る魔界の礎となるべく命を捧げるがよい。」
口元に、不気味な笑みを浮かべ、魔神皇は身構えるライドウの前に佇んだ。
言っていることはまさしく意味不明だったが、それでも奴から発せられる負のオーラは厭でも恐怖心を煽った。
ライドウは、横で無様に尻餅をついている鳴海に眼で合図した。逃げろ、と。
それを受けてよろよろと立ち上がり、同時に後退を始めながら鳴海は奥歯を強く噛み締めた。
(クソっ、何てタイミングが悪い!)
魔神皇を初めて観る鳴海にも、それがどれ程恐ろしい存在かは一目で解った。
この揺ぎ無い憎悪、迷いの無い殺意。決して交渉で止められるようなものではない。
ライドウが是が非でもレイコを止めようとする理由が理解できた。
魔神皇は、ライドウの構えた脇差に眼を向け、今にも笑い出しそうな口ぶりで言った。
「ククッ…。武器を手に入れたか。それもよかろう。そのような脆弱な玩具一つで貴様のような只の人間が何を出来るというのか。
だが同時に貴様は手負いのようだ。ククク…これは何と好都合……フハハハハ!」
この状況が楽しくて仕方が無いといった風な魔神皇の手に、凍てつくエネルギーが宿った。
魔法だ。
それを使われるとまずい。普段なら発動される前に仕留める所だが、既に殆ど利き腕に力が入らない以上、それは不可能に近かった。
だが、やるなら今しかない。
何故なら、魔神皇はこちらの戦力を随分と過小評価してくれているのだ。
確かに手負いのライドウに何が出来るかといえば限られてくるが、その余裕に付け込むことは可能かもしれない。
それに奴の眼には鳴海の存在が映っていないのだ。
こう見えても鳴海は軍隊格闘の経験者だが、とてもそうは見えない外見に救われていることになる。
そして、此処が山の奥深くということだ。
幼い頃から山に親しんでいるライドウと、陸軍時代に高山でのサバイバル研修を耐え抜いた経験のある鳴海にとってこの地形は有利であった。
対して魔神皇の方は、いきなり遠方から魔法を撃たずにわざわざ目の前まで現れた辺り、それ程この地形には慣れていないのだろう。
ライドウは刀の柄を――肩から流れ落ちた血でいささか滑りやすくなっていたが、それでも握り直し、一気にダッシュを掛ける。
だが、思った通り余裕の魔神皇はガードの構えすら見せずに魔法を発動させようと両腕を突き出した。
(掛かったな!)
自分の思った通りの動作に、ライドウは心の中でにやりと笑った。勿論表情には出さないが。
そして、魔法、氷結魔法ブフダインが発動する瞬間を絶妙なタイミングで狙い、足元の砂を思いっきり魔神皇の顔目掛けて蹴り上げた。
「ぐっ!」
それは奴の目を直撃し、瞬間的にだが注意を逸らし、視力を奪う。
迷わずライドウはそのまま懐に飛び込み、突き出された両腕に向かって刃を振り下ろした。
「!」
本当は両腕を斬り落とすつもりで掛かったのだが、一瞬早く上体を引っ込められ、魔神皇の黒い前髪数本を切り落とすだけに留まった。
だが、ライドウの目的はもう一つ別にあったのだ


ライドウが狙ったのは魔法の暴発である。
魔法は強力な攻撃手段に他ならないが、その分、発動するための隙が大きい。そして剣のように途中ですぐに止めることも難しいのである。
ライドウが狙ったのはまさにその点だった。
「ぐあぁぁぁっ!!」
全てを凍りつかせる氷の塊は脅威である。当然それは、術者の手を離れればの話であるが。
だが、魔神皇がとっさにライドウの刀を避けたお陰で発動直前だった氷の塊は行き場を失い、反動で術者自らを凍結させたのだ。
魔神皇の胴体と両腕が急激に氷の塊が覆われ、純白の学生服を凍りつかせる。
さすがにこのカウンターで氷の像を一つ制作することは出来なかったが、
刹那、動きの止まった魔神皇の左足の甲をスチール製の矢が貫き、奴と地面を縫い付けた。
鳴海だった。ライドウが魔神皇の気を引き付けている間に近くの木によじ登り、上からクロスボウで狙ったのである。
「き…貴様ぁぁ!!! 何処から狙って!!」
耳を劈くような声で絶叫するが、両腕と片足の動きを完全に止められた魔神皇には成す術も無い。
ライドウは、その首を斬り捨てるべく刀を振り上げた。
が、そこで動きが止まり、その場で突っ伏してしまった。急に全身の力が抜け落ちたのである。
絶対安静が必要な身分なのに無理に動いていたからだろうか。
とうとう出血多量により、限界を迎えて気絶してしまったのだ。
「ライドウ!」
鳴海が木から飛び降り、刀を握ったままの体勢で転倒したライドウに駆け寄った。
「ククク…フフフフフ……はーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
魔神皇が高笑いを上げる。
両腕を拘束している忌々しい氷の塊は、高い木々の間から差し込む真昼の日差しと、自らの熱気で徐々に溶け始めていたのだ。
バキッと、無機質な音が響き、左腕を固定していた氷が砕けた。
「ちっ!」
鳴海は舌打ちをした。
このままもう片方の腕まで自由になってしまったらこちらに勝ち目は無い。そしてそれをのうのうと待つつもりも無かった。
鳴海はぐったりとしたライドウの半身を持ち上げると、そのトレードマークの黒いマントを一気に引き剥がし、
それを魔神皇に向かって投げつけて真正面から覆い被せた。
「何だと!?」
思いも寄らぬ反撃に魔神皇はうろたえる。
そして魔神皇は片腕だけで空気を含んで広がるマントを避けようともがくが、鳴海は構うことなく横から魔神皇に渾身の蹴りを入れた。
その先は急激な斜面だ。
ブチッと太い血管が千切れるような音と共に、脚を縫い付けている矢が地面から抜け、マントに包まれた魔神皇が斜面を転がり落ちる。
「貴様あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怒りに満ちた叫びがまるで山全体に響き渡るようだったが、これで奴はこのまま下の、地図上で言えばはみ出してしまう部分――。
つまり地上から遥か上空に投げ出されることになるのだ。
何にも引っかからなければの話ではあるが、最悪でも逃げる時間くらいは稼げるだろう。
その間にライドウを担いで森本病院に行く。ライドウの出血量からあまり余裕は持てないが、院内に入ってしまえば何とかなるだろう。
物事は何でも前向きに考えなくては――。
こんな状況だ。そうでもしないと暗くなるばかりである。
だが、鳴海は急に視界が大きく歪むのを感じた。それからややあって、自分の腹辺りから激痛が襲ってきているのに気付いた。


厭な予感がしておそるおそる頭を傾けてみる。自分の腹部がどうなっているのか確かめた鳴海は愕然とした。
「何てこった…。」
魔神皇の名は伊達ではない。奴も落ちる寸前にカウンターを放っていたのである。
鳴海の腹は先端の尖った氷の矢が貫通していたのだ。
突然ごぼっという籠った水音が耳の奥で響き、口からどす黒い液体が溢れた。
鳴海の口から落ちたそれは、地面に放射線状の赤い水溜りを作り、それはさながら陸軍時代に見慣れた国旗のようだった。
と、同時にまだ氷の矢が刺さったままの状態の腹からも同じ色をした血が零れ、足元に奇妙な水玉模様をいくつも描き出す。
急に保っていた意識が遠のき、頭の中が空っぽになり、まるで血と一緒に脳味噌まで吐き出したような感覚さえ生まれた。
「ライドウ…すまん……すまなかった…………。」
視界が真っ白に染まり、ずるずると崩れ落ちながら、鳴海はうつ伏せに倒れたライドウに頭を傾けた。
死ぬ時はもっと別の、後世に語り継がれるような、気の効いた辞世の句の一つでも残そう。隣に髪の長い淑やかな美女でもはべらせて――。
常々そういう設計を考えていたはずの鳴海だが、現実はまるで違うようだ。
隣にいるのは美女どころか、血まみれで、下手をすると自分よりも先にあの世に旅立ちそうな、むさ苦しい書生一人だ。
それに、自分は暖かい布団の上で大往生を向かえる予定だったのに、この泥臭さは何なのだろう。最悪だ。最悪過ぎて笑いすら出てしまう。
「……苦労を掛けたな……。」
文句は色々言いたいはずなのに……。
どういうわけか、この時は隣で横たわり、最後まで戦い抜いた自分の優秀な部下に謝ることしか出来なかった。


「う…」
小さな呻き声を零し、ライドウは徐々に意識を回復した。
倒れた瞬間は、もうこのまま此処で死んでしまうのだと思っていたが、
どうやら気絶している間に残り少ない血が頭の中にまで循環してくれたようだった。
起き上がると、肩はそれほど痛まなかったが、頭の中がクラクラと回転する。こころなしか視界も狭い。
周囲には、下界よりも低い山の中の気温とは違う、不自然な冷気が周辺に満ち溢れていた。
それが、魔神皇が暴発させたブフダインの残り香だということにライドウが気付くのはそれから幾分経ってからであった。
辺りは、驚くほどの静寂に満ちていた。魔神皇はどうしたのだろう?
あれから何とか倒したのだろうか? がむしゃら過ぎて覚えていないのか。
それとも、何らかの事情で向こうから撤退せざるを得ない状況に陥ってくれたのか。
重い頭で考えを巡らせるが、兎に角、幸運なことに自分はまだ生きている。そしてこの場に魔神皇の姿は無い。
「鳴海さん…?」
いつもならすぐに明るい冗談を語りかけてくれる上司の声が聞こえない。
どうしたものかときょろきょろ見回し、すぐに傍らに倒れている姿を発見した。
「鳴海さん!」
鳴海は自ら作り上げた血だまり中で大の字になって倒れていたのだ。しかも溶けかかった氷の矢に腹を貫かれて。
ライドウは、自分も死に掛かっていることを忘れ、転がったまま放置されている鞄の中を漁り、宝玉を取り出した。
それから鳴海の体から氷の矢を引き抜く。
扱う自分の手は寒くもないのにがたがたと震えていたし、一気に血が吹き出すだろうと思っていたが、
不幸中の幸いか、氷の矢が傷口を凍らせていてくれたお陰でこれ以上の出血は無かった。
それから宝玉を傷口に押し当てた。
宝玉から淡い光が放たれ、鳴海の傷がみるみる塞がっていく。
良かった。驚きの余り確認を忘れていたが、鳴海はまだ何とか生きていたようだ…。
そして宝玉は、まるで鳴海の傷が完治したことを悟ったかのように、砕け、鳴海の腹の上に煌く破片を散らした。
ライドウは脇差をベルトに差込み、荷物を抱えると、まだ気を失ったままの鳴海を引きずって森本病院を目指した。
もう眼と鼻の先に白い四角の建物が木立の間から覗いているのが見えていたのだ。
病院の開かれた正門まで、何とか鳴海を引きずり、ついにライドウは力尽きた。
その時に鳴海の腕時計が眼に入る。あれからさらに十五分が経過していた。

「鳴海…さん……絶対に後……十分以内に眼を…覚まし……て…ください…ッ……よ……。
寝坊したら……晩御飯…抜き…ですから……ね………――――ッ。」
ライドウはそのままもう一度、気を失った。



【葛葉ライドウ(ライドウ対超力兵団】
状態 顔と右肩を負傷(出血多量により瀕死状態)
武器 脇差
道具 無し
現在地 蝸牛山
行動方針 レイコを探す 信頼出来る仲間を集めて異界ルートでの脱出

【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常(重体だったが宝玉により回復)
武器 メリケンサック クロスボウ
道具 チャクラチップ
現在地 同上
行動方針 同上

【狭間偉出夫(魔神皇)】
状態 生死不明
武器 ?
道具 ?
現在地 不明
行動方針 皆殺し

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