女神転生バトルロワイヤルまとめ
第50話 閉鎖された病院の中で

葛葉ライドウが眼を覚まして最初に見たのは真っ白で無機質な天井だった。
仰向けのまま最後の記憶を辿ると、魔神皇と戦い、その途中で倒れたところで終わっていた。
それからの記憶は無い。だが生きているということは勝ったのだろうか、あの魔神皇に。
「此処は…」
今自分が何処にいるのかを知ろうと、ライドウはむくりと起き上がった。肩に鋭い痛みが走り、思わず顔をしかめた。
右肩には真新しい包帯が巻かれ、にわかに熱を含んでいる。腕を動かそうとすると奇妙に皮が突っ張るような感覚があった。
その上目覚めたばかりとは言え、異様に頭が重いような気がして、体を起こしていられなかったので、彼は再び倒れるようにベッドに寝そべった。
「よお、気付いたか。」
聞きなれた声がして、ライドウはそちらに眼を向けた。鳴海が部屋のドアの隙間からこちらを見ていた。
腕には食べ物――
殆どが果物と、袋に包まれた饅頭、それから大正生まれのライドウから見たら十分に珍しいスナック菓子のような物ばかりを抱えている。
「鳴海さん、此処は一体…。」
「森本病院だよ。お前、覚えてないのか?」
ライドウは黙って首を横に振った。
「仕方無いな…。」
鳴海は、ライドウが横たわっているベッドの横の丸椅子を引っ張り出すと、それに腰を下ろし、事の経緯を話した。
まだライドウは、夢と現実が一緒くたになっているらしく、しばらくは何を言っても今一つ要領を得ない状態だった。
だから説明する鳴海からしたら幼稚園児に難解な言葉を教えているような手応えだったに違い無い。
だが、それでも彼は辛抱強くゆっくりと噛み砕くように説明をした。
それを聞いている内に、ライドウは徐々に意識がはっきりしてくるのを感じた。そんな脳味噌で混濁した記憶の糸を手繰り寄せる。
ピアスの少年との戦いで受けた傷が元で、手当ての為に病院に向かっていたこと。
その途中でよりによって魔神皇に襲われたこと。その時にライドウは倒れ、鳴海も瀕死の重傷を負った。
それから鳴海が何とか撃退したが魔神皇は生死不明。
その後、どうやらライドウが殆ど無意識の内に宝玉で鳴海を回復させ、此処まで運んできたらしい。
「じゃあ魔神皇は…。」
「一応逃げ切ることには成功したが…あれがそう簡単に死んでくれるとは思えない。
あれが生きていて、今も山の中で俺たちを探してるんだとしたらかなり恐ろしいが…。
こんな状態じゃ動くことも出来ないからな。しばらく此処に留まるしか出来ないだろう。」
「僕なら平気です。すぐに此処から…。」
言いながらライドウは体を起こした。が、その途端視界が真っ白に染まり、
平衡感覚が一気に奪われるような感覚が全身を襲い、とても起きていられなかった。
そんなライドウを溜息まじりに見ながら鳴海は倒れたライドウの体に毛布を掛けなおした。
「今の状態じゃ無理だろ。お前血が足りてないんだから。
……まったくこの病院は気が利かないったらありゃしない。
消毒と縫合は何とか出来たが…それでも俺だって殆ど素人同然だからな、いつ傷が開いてもおかしくない出来に過ぎないし、
輸血用の血なんて何処にも無かったよ。それどころかこの病院には食堂も売店も無いと来た。
他の病室から残ってた食べ物をかっぱらって来たが、まあ、ロクな物が無いよ。
それでも何も食わないよりかはマシだから食っとけ。」
と、愚痴混じりに説明しながら鳴海はライドウの枕元に置いたいくつかの食べ物を顎で指した。
それをぼんやりと聞きながらライドウは窓の方を見つめた。
窓からは明るい日差しがさんさんと差しているが、頑丈そうな鉄格子がそれを阻んでいる。
そうだ、此処は全館が精神科病棟なのだ。
おそらく、患者は皆病室に軟禁状態だったのだろうから売店も食堂も必要無いのだろう。
そんな偏見と強制に満ちた経営体制に偽善者ぶって文句を言うつもりは無いが、勤務している医師は不自由ではなかったのだろうか。
そんなどうでもいい疑問が頭を掠めたが、それは口にしなかった。


食欲は、鳴海の期待に応えるには不十分な程度に無かった。
だが、血が足りないのなら無理にでも胃に詰め込んでおかなければならないだろう。
今度は貧血を起こさないように慎重に半身を起こし、無造作に置かれた食べ物の中からしなびた林檎を取った。
一口だけ口にしたが、見た目どおり水分は程よく飛んでいて、飲み込む気にはなれないような代物だったが、それでも飲み込んだ。
そんなライドウの、一連の咀嚼運動に満足したのか、鳴海は立ち上がり、大きく伸びをした。
「ちょっと出てくる。」
「何処に行くんですか?」
「もう一回輸血用の血を探して来るんだよ。でなきゃ食べ物だ。まだ院内を全部探索したわけじゃないからな。
ライドウ、すぐに帰ってくるから動くんじゃないぞ。
……心配すんな。すぐに戻ってくる。」
念を押すように言ってにっこり笑うと鳴海はくるりと後ろを向いた。
いつもの鳴海らしい、さり気ない仕草だった。そのままぱっと手を振り、鳴海は振り返りもせずに病室を出た。
だが、ライドウには何故かその後姿がやけに物悲しく、もう二度と見ることが無いのではないかという不吉な不安に駆られた。

鳴海は、ライドウに気付かれないように外に出た。
予め病室の外に置いていた自分の荷物を取り、彼のいる病室の窓からは見えない角度にある裏口から、気配を消して、そっと。
この病院は殆ど空っぽだった。いくら探しても新鮮な血液なんて出てくる筈が無い。
それならば、外に出て同じ血液型の人間を、出来れば話が通じて協力してくれる意思のある人間――を、探さなければならなかった。
それも、ライドウと同じO型の血液型の持ち主に限り、ライドウの状態から時間もあまり掛けられない。
成功する可能性は限りなくゼロに近い。
それでも行くしか無かった。
でなければ、ライドウはこのまま徐々に衰弱して死んでしまう。
最悪でも、今のライドウには必要不可欠な、栄養価の高い食べ物を持ってこなければならない。
つまり、新鮮な肉を――。
異界開きを行い、この地獄の街から脱出する為にはその術を心得ているライドウが絶対に必要なのだ。

鳴海の頭をある恐ろしい考えが浮かんでいた。
限られた生存者の中で同じ血液型の人間を探し出すのは、普通に考えればほぼ不可能だ。
だが、この街は今殺意に満ち溢れている。だから新鮮な肉ならすぐに――。

考えて、すぐに止めた。
そんなおぞましいことをしたら駄目だ。
思い直したが、自分の中の人間に対する尊厳が、幾ばくか失われつつあるのも自覚していた。
鳴海も、この緊張の中で精神状態をギリギリで保っていたのかもしれなかった。



【葛葉ライドウ(葛葉ライドウ対超力兵団】
状態 出血多量による重度の貧血
武器 脇差
道具 無し
現在地 蝸牛山 森本病院

【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常だが精神的にピーク
武器 メリケンサック クロスボウ
道具 チャクラチップ
現在地 蝸牛山

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