女神転生バトルロワイヤルまとめ
第51話 ある“生存者”の葛藤

蝸牛山は昼間でもあまり日が差さない場所である。
それでも木々の間から顔を覗かせた太陽の位置を見ることである程度の時間は把握できた。
日は大分高い位置にあるが、まだ正午には早いだろう。
鳴海は私物として腕時計を持っていたが、先の魔神皇との戦闘時に何処かにぶつけて壊してしまったらしい。
若い頃に奮発して買ったブランド物(しかもシリアルナンバー入りの貴重なやつだ!)の大事な質草だったが、
止まっているどころか文字盤まで砕けてしまっていては最早何の価値も無い。
こういう場合は何処に労災を申請すればいいのか。このゲームの主催者か? 馬鹿なことを。
いや、そんなことよりも――。
山道を歩きながら鳴海は思い悩んでいた。いや、悩みなどという生易しいものではない。それは、人間としての激しい葛藤だ。
鳴海の心の中で、モラルを持った自分と、悪魔に魂を売ろうと眼を輝かせている自分が戦っていた。


(出血多量で動けない大事な大事なライドウちゃんを救うにはどうすればいいと思う?)
決まってるだろ。同じ血液型の人間を病院まで連れてくるんだよ。
(そう簡単に行くかな? この広大なスマル市で、一体今何人の人間が生き残っていると思ってんだ。)
でも、探し出すしか無いだろ。幸いまだこのクソゲームが始まってからそんなに時間が経ってない。
今朝聞いた死亡者発表でも人数はそれ程…。
(だからって、どうやってそんな都合のいい血を持った人間を探す?)
見かけた奴に片っ端から聞いていくしか無いだろ。
(そんな人道主義者がこの殺し合いステージにどれくらいいると思う? いきなり銃で撃ってきたらどうするつもりだ?)
……きっといるさ。最初に出会ったレイコちゃんみたいな、優しい心を持った奴が。だから探すんだよ。
もし出会った奴が急に殺しに掛かってきたら逃げるさ。全力で。
(はたして上手く行くかな? そんな天文学的に低い確率を探し当てるより、もっと堅実な方法があるんじゃないのか?)
それは考えたさ。ライドウに滋養の付く食べ物を用意することだろ? 
だけど、そっちの方が難しいと思うぜ。
此処は人里離れた山の中だ。動物を狩ることも考えたが…。
朝っぱらから人間がドンパチやるもんだからみんな何処かへ引っ込んじまったよ。
おまけに魔神皇の奴が殺気を撒き散らしたせいでますます深いところに隠れちまった。
悪いが狩猟初心者の俺に警戒中の野生の獣を追い詰める技量は無い。
(街まで降りれば?
街に降りれば沢山の人間と出会えるだろう?)
そりゃ、出会えるだろうさ。
出会って殺し合う。それがこのゲームの大前提なんだからな。嫌でも誰かに会うさ。
その中で話の通じる奴を見つけるんだよ。何度も言わせるな!
(解っていないのはお前だよ。仮に戦うことを放棄した人間がいたとしても、そいつがまだ生き残っている可能性は?
もし生きていて、運よく出会えたとしてもそいつはお前を信用するのか? もし信用してもらえなかったら?)
また、次を探すさ。
(そいつは余りにも分が悪い賭けってもんだ。いいか、改めてこのゲームのルールを思い出せ。人を殺すことなんだよ。
殺し合いだ。
お前が軍人だった頃、戦場とそう大して変わらないじゃないか。)
五月蝿い黙れ! 俺はもう軍人じゃない。だから…人も殺さない。
(そこに生き残るチャンスと、ライドウちゃんを助けるチャンスがあったとしてもか? 
お前が人を撃てば、それだけ生存率が上がる。)
…………。
(そして人を殺せば、そいつが必ずお前の目の前に残すモノがあるだろ。)
…………。
(お前が殺したその相手は…いや、必ずしもお前が殺す必要は無い。こんな場所だ。少し歩けばすぐに見つかるさ。)
…………………!
止めろ、それ以上言うな…!!
(それはお前に…ライドウに……100%の確立で栄養価の高い血と肉を――)
止めろ、止めろ、止めろ!
(ライドウには黙っておけば大丈夫だよ。あいつも……の味なんて知らないんだ。)
止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ――――――――――――!!!


ドン!

突然遠くから銃声のような破裂音が響き、鳴海のいる位置から数メートル先の地面が抉り取られた。
それで葛藤の呪縛から逃れた鳴海は、ハイカー用に舗装された山道を駆け足で離れ、木陰に隠れる。
ライフルか何か、遠方から狙撃可能の銃を持っている奴がいる。そいつが今自分を狙っているらしい。
一体誰だ?
気配を消して、慎重に歩いていたつもりだったが、考え事をしていたからか、集中力が削がれて迂闊にも隙ができていたのだろう。
だがそんな悠長なことを考えている暇は無い。生きて自分の使命を全うするには走るしか無かった。走って逃げる。
逃げる、逃げる、逃げる!
もう一発、遠くで音が響いた。今度は、少なくとも鳴海の視界に入る場所での兆弾は無かったようだ。
自分は今他の参加者に狙われている。いや、だがその音は少し籠っている。
(これは本当に銃声か?)
その時鳴海は一つのことを思い出していた。最初に集められた教室のスピーカーから聞こえた例の声。
奴は言っていた。この街には「悪魔」が出る場所があるという。
まさに此処がそうだったのだ。さっきまで一度も悪魔と遭遇しなかったのは、何故か。
答えはすぐに出た。
悪魔どもは自分たちなんかよりずっと先に、己よりも格上の相手――。
つまり魔神皇――がこの蝸牛山にいることを察知して身を潜めていたのだ。
だが、あの魔神皇が去った今、奴らにはもう隠れる必要は無い。これからは容赦無くこちらを狙ってくる。
自分以外の人間が一人もいなくても、此処は危険ということだ。

「うわっ!」
混乱に加え、余程大慌てで逃げていたからか、何かに足を取られて鳴海は派手に転倒した。
そのまま転がり、枯れ枝や落ち葉を巻き込んで斜面を落ちる。さっき自分が蹴落とした魔神皇と同じパターンだ。ただ、正反対の斜面だったが。
転落しながら、何度も硬い物に頭をぶつけたようだ。
スーツと揃いで買ったお気に入りのダービーハットは何処かに飛んで行ってしまったし、手にしていた荷物も手放してしまった。
勝手に意識が遠のいていく。本日二度目の気絶だ。

また、頭の中に声が響いた。見下し、嘲笑う、自分の声だった。
(だから手段なんて選んでる場合じゃないんだよ。此処じゃ殺らなきゃ殺られるんだ。)
それは単純だが、非常に良く出来たルールだ。思い出しただけで吐き気がする。
(その中で何をやろうと、誰もお前を非難したりしないさ。ライドウだって、ゴウトだって、タヱちゃんだって、伽耶ちゃんだって…。
だって、仕方無いことなんだから。そうしないと生きて帰れないんだからな。そうだよ、仕方無いことなんだよ。
だから、お前一人がそんなにピリピリする必要は無いさ。好きにすればいいんだよ。
それがこのゲームのルールなんだからな!)
――こりゃ、もう駄目だわ。

自分の中で高らかに響く、自分の笑い声を聞きながら、鳴海は暗く深いところに沈んでいくのを感じた――。



【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 気絶 精神的にピーク
武器 落とした
道具 落とした
現在地 蝸牛山
行動方針 ライドウのために同じ血液型の人間を探すつもりだが…?

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