女神転生バトルロワイヤルまとめ
第55話 日の光 心の闇

うっすらと差し込んでいた日の光は今ではもう部屋を照らすまでになっている。
死亡者報告が開始された時には日が昇り始めていたことを確認してから人修羅はしばらく眠っていた。
左肩の銃創はまだ癒えてはいない。しかし気にする必要もないだろう。
再び身体を壁に預け、白い壁へ溶け込む背景のようにかかった時計に目をやる。
「1時間程眠ったのか」
時を刻み続けるそれの音だけが、静かに教室内を響かせ、
ぼんやりとする意識の中で彼は今後の行動について考えをめぐらせた。

ここはボルテクス界ではない。
ましてやアマラ深界ですらない。
悪魔ではない、人が歩き回れる世界のはずだ。
少なくとも彼が立っているこの学園を見るかぎり、東京受胎前の世界に近いと考えて問題ないだろう。
だが、結論を出すにはまだ早すぎる。
この世界がどんな場所なのかまだ完全には把握しきれていないのだ。
そうなると、流石にこの格好で歩くのは目立つ。
参加者以外に人は居ないとはいえ、頸の刻印を見せながら歩くことは、
自ら獲物をおびき寄せているようなものだ。

――わざわざ狩る必要もないだろう。そこまで僕は血に飢えてはいない。

彼は立ち上がり、黒く薄いカーテンを引きちぎり、頭からすっぽりとかぶった。
暗がりを移動するならこれで目立つことはないだろう。
だが、どこへ行く?
この学校に掲示されているものが全て日本語であり、
午前6時に日の出、午後6時に日の入りということは、太陽が正確な方位を示すのは知っている。
日の出の方角はほぼ真東。
現在の場所は、学校から太陽を背に右手、北に山、正面、西に公園があるということは、
ルールブックに挟まれていた地図によれば、おそらく蓮華台。
七姉妹学園と呼ばれる場所なのだろう。
スマル市全体の中心に放り出されてしまったことになる。
誰がどこへ向かうにしても、この場所は通ろうとするだろう。
中心部で留まるということは、人に出会う確立が高くなる。
わざわざ主催者が喜ぶことをしてやる必要は無い。
ましてや誰かと共に行動するなど今の彼には難しいことだ。
仲魔の集うだろう場所へ行こう。
好き好んで悪魔の居る場所に来るヤツなんて、悪魔を使役するヤツくらいだろう。
もしも出会ってしまったら――殺ればいい。仲魔に血を見せてやるのも悪くない。

「先生、そろそろお別れです。」
床で横たわる女に向かって凍りつくような視線を投げかけそう告げると、彼の手から光が迸った。
光は闇を呼び、稲妻が落ちたかのような轟音と共に実体化する。
「オ呼ビ デスカ」
声を発するその闇は、床から巨大な頭を突き出した状態で目をぎょろりと人修羅へと向けた。
「アバドン、これを始末しろ。」
少年は顎で祐子を示した。
「喰ッテモイイノカ?」
「ああ。かまわない。ただし骨一本、血の一滴も残すなよ。」
形跡を残すということは、ここで何かが起こった証拠にもなりうる。
できるかぎり己の存在を消していたい。
これ以上人との接触は避けたかった。
「…御意。」
悪魔は祐子の白い頸に喰らいかかった。
全てを飲み込むほどの口を開け、バキバキという音を立てながら人の形を崩していった。

「儚いな」
原型がなくなったその肉片を見下ろしながら、少年はポツリとつぶやいた。
人は全て滅んだ。もうそれでいいじゃないか。
  (初期の原因は違っても結果引き起こしたのは自分じゃないか。)

――思考に何かが挟まってくる。悪意のない純粋な答えだろう。
   だが決して肯定などしたくはなかった。

何故今さら思い起こさせるんだ。
  (ずっと考え続けていたはずだろ?何故逃げようとする?)

僕は悪魔として生きていたかったはずだ。
  (本当か?答えが欲しかったから先生に声をかけたんだろ?人でありたいのだろ?)


違う!僕はもう、人じゃない。

――オマエハ、元々人間ダゾ…
心の奥底で邪な笑みが聞こえてくる。
「…またか」
迷彩服を着た男と戦った時に聞こえた声と同じだ。
だが聞いたことがある声。どこで聞いたのか思い出せなかった。

――本意ハ 人トノ 関ワリヲ 絶チタクハ無イノダロウ? ククク…
「さあ、どうだろうな。」
知ったことじゃない。今さらどうだっていい。
関わったところで現状を変えられるわけでもない。

――ダガ オマエハ 恐レテイル。裏切ラレルコトヲ。人ガ己独リニナルコトヲ。
   孤独ヲ誤魔化スタメニ 仲魔ト離レラレナイデ イルノダロウ?
「さあ、どうだろうな。」
煩い。

――逃ゲルカ。悪魔ニナロウトモ 所詮人ノ子ヨ ククククク…
「黙れ!」
腹の底から沸き起こる憎悪。
ふいに全てを滅ぼしてしまいたくなる感覚。
焼け付くように全身を駆け巡る悪魔の血。
感情に呼応したように赤く鋭く光る瞳。
背後から聞こえる歓声。
人を喰わせろ、血を見せろ、欲望を満たさせろ――。

「――少し、黙っていろ。」
狂喜を見せる気配に少年は一喝を加えた。
ざわめきが嘘のような沈黙。
足元にはもう祐子を喰らい尽くしたのだろう、巨大な頭が少年をぎょろりと凝視していた。
「終わったのなら還れ。おまえへの用はもうない。」
言い終わるが早いか、少年は手を横へと払った。
悪魔はその姿をすっと消した。

さっき山の方角から声が聞こえた。
このまま留まっていてはまた面倒に巻き込まれる可能性がある。
兎に角この街の情報を得よう。
参加者たちをどうするか、考えるのはそれからでも遅くない。
少年は狂喜と静寂という相反する感情を抱えたまま、日の光が入り込む窓からその身を躍らせ、
フードを目深にかぶり、すっかり明るくなった外へと繰り出した。



時間:7時半ごろ
【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne)】
状態:軽症(左肩銃創)
武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される)
道具:煙幕弾(9個)
仲魔:アバドン(他色々)
現在位置:七姉妹学園より港南区方面へ移動開始
行動指針:最終的には元の世界へ帰る

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