女神転生バトルロワイヤルまとめ
第56話 静寂の救済者

一歩、また一歩近づく度に抽象的な何かは具体的なそれへと変わる。
それとはとある臭い。その臭いを氷川は知っている。
人が不毛に争う際に流す、穢れた赤い液体。そうだ、これは人の血だ。
幾度として人の血を見続けて来たからこそ判る。それは理屈ではない。
培われた経験が感覚としてそう伝えてくるのだ。

血を意識する度に氷川は自問する。
「何故人の血は斯くも汚らわしい? 動物達の流す血は斯様に尊いと言うのに。」
嘗ての彼ならこの問いに難無く答えられる事だろう。だが今は判らない。
何故だ、と悩み思わず手で顔を覆う。何故だ――如何してだ――何なのだ――
熟慮の末に見出したのは嘗てと現在の私とでは何かが足りぬという抽象的な答えだった。
余りにも曖昧な結果に納得出来ず、顔に少しその感情を表した。
普通ならこの些細な変化に誰として気付く事は先ず無い筈だった。

「…氷川様、如何致しましたか?」
オセがその微小な変化に気付き、訝しげに氷川に問う。
その言葉に反応した氷川は顔を覆った手を下ろし、オセの顔に目を向けた。
「ほう、物言わぬ私から察せるのか。流石は私の護衛を務めるだけの事はある。」
「なに、少し考え事をな。だが気に留める程の事ではない。忘れ給え。」
オセの疑問に答えを与えるが、それを聞いて普段とは違った強気の物言いで
「ならば現状に意識を集中させる事を願う。意識の散漫は隙が生じて危険だ。何卒ご理解を。」
と、氷川を戒める。悪かった、そう言わんばかしに態度を改め現実に目を向け意識を高めた。


あの血の臭いが熾烈さを極める。相当近くまで辿り付いた証である。
一人と一体はより意識を高め、手に持つ武器の握り具合を強めて慎重に歩んだ。
罠があるのかも知れない。敵が潜むやも知れない。
見えざる意識という敵を前に互いの精神は研ぎ澄まされる。
互いの背中を任せながら辺りを見回し不測の事態に陥らぬ様に務めた。
そこを曲がれば異変が判る。一歩、また一歩近づき遂にその目で見た。
予想した通りの結果が二つの生命に告げられる。大量の血はあった。
しかしそれしかなかった。この事態に奇妙さを覚えざるには居られなかった。
しかも二者を何処かへ導いているかの様に道は赤く染められていた。
死体でも引き摺ったのだろうか。この後を辿れば真相が判るかも知れない。
だが罠が張られてる恐れもある。進むか戻るか、その選択肢に迫られる。

「ここには如何やら罠も敵も居ない。落ち着いて思考に耽られる。」
「氷川様の事だ、如何するべきかもうお考えになられているだろう。」
そう脳裏で思うオセとは裏腹に氷川は道に染まった血を見つめていた。
表情に変わりは無い。だが言い知れぬ雰囲気が、目の鋭さが増している。

「そうか。」暫しの沈黙を唐突に破った声。
理解し得ぬ言葉の意味に戸惑うオセ。氷川に声を掛けるも反応を示さない。
無表情で黙して語らぬ彼は脳の世界にて先程の答えを見出していた。
”何故人の血は斯くも汚らわしいのか? 動物達の流す血は斯様に尊いと言うのに。”

動物達は世界の均衡を保つ為にその血を流す。
減り過ぎず増え過ぎない。そこには絶対の安定が保証されていたのだ。
動物達の争いには意義がある。合理的である。故に尊かった。
しかし人類は如何だ? 私利私欲を肥やす為に世界の均衡を崩した。
その欲によって流された血には何の意味も無く世界をただ汚したのも事実。
盲いた文明の無意味な膨張・・・繰り返される流血と戦争・・・
血による穢れた歴史の重ねぬりの上にかの世は存在した。
その罪の意識に囚われず寧ろ忘れ去ろうとした人類を許せなかった。
酷く怒り、酷く悲しみ、酷く絶望した彼の心があったからこそ静寂の救済者たる氷川であれたのだ。
人修羅に倒され光無き迷宮を彷徨う内、時の流れがその心掛けを忘れさせた。
故に氷川は氷川として成り得なかった。そう、肝心な事を忘却の彼方へ追いやった彼には。

「無意味に流れた血が赤い絨毯を敷き詰めその上に成り立った文明。」
「それを賛美するかの様に数千年を経ても絶えず穢れた血は親から子へと受け継がれた。」
「この地も彼ら人の血によって赤い絨毯が敷かれた。不毛な遺伝は次元を超えても顕在するか。」
独り言を続ける彼の表情は怒りと悲しみで満たされていた。
過去を思い出し思わず感情を抑えずにはいられなかったのだろう。
その姿を見たオセがふと口に出す。「・・・初めにお会いした時の顔でしたなそれは。」
はっと正気に戻った氷川を確認し、更に言葉を続ける。
「人の子が悪魔である俺を恐れさせたあの時の事は今でも忘れられません。」
「しかしこの地で出会った氷川様には何かが足りませんでした。」
「それを俺は察し、また氷川様もそれを理解しており大変心苦しい身でありました。」
「そう、信念欠いた氷川様を・・・ しかし今はそれを取り戻した。俺は嬉しいぞ。」
オセの表情に笑みが浮かぶ。

「感情に支配される暇は無い。今は進むか退くかが重要だ。」
「先へ進もう。今の現状を確認したい。オセ、頼りにしているぞ。」
氷川がオセにそう語る最中、天から声が響き渡ってきた。



時間:午前6時
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:肉体面はやや疲労。精神面は著しく上昇
武器:簡易型ハンマー
防具:鉄骨の防具
道具:鉄骨のストック 800MG
仲魔:オセ
現在地:青葉区の通り
行動方針:血の跡を辿り残された謎を確かめる。協力者やアイテムの収集。

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