女神転生バトルロワイヤルまとめ
第60話 誰も傷つけない戦い

「我が元へ参った魂の名を告げる」
朝六時、たったそれだけの簡潔な前置きで、死という非日常が告げられる。
三人はその最初の死の宣告を、スマイル平坂の倉庫――
フロアと違って悪魔が出ず、休憩できる椅子がある場所で聞いていた。
厳かだが感情のこもらない声が、死人の名前を口にしているとは思えない調子で、
淡々と名を読み上げてゆく。
その朝報告された死者は、全部で十一名。
タヱとネミッサは、たった数時間でもうこんなにと、恐怖と嫌悪、緊張に顔をしかめたが、
知った名前がなかったことに罪悪感を抱きながらも肩を下ろした。
しかし、舞耶は違った。
口元を両手で押さえ、肩を震わせている。
窓から差し込む朝陽でうすく橙に染まる部屋の中、舞耶の顔だけが異様に白い。

あまりに多い知った名前に、舞耶は耳を疑った。
とりわけ舞耶の心を揺さぶったのは、園村麻希、そして、リサの名。
体の力が抜ける。
名を呼ばれた人の面影が、ブーツのつま先を見ているはずの視界を埋め尽くしていく。
全身に、氷水を浴びせかけられたような気がした。
背筋が凍りつき、体が震える。
どんなに強い氷結魔法を浴びたって、こんな悪寒は感じなかった。
これが、絶望の恐怖――。
信じられない。信じたくない。もう二度と、会うことが出来ないなんて…!
麻希。自分と同じ能力を持って、事件解決に助力してくれた。
いつも穏やかな表情に、心の強さを垣間見せる真っ直ぐな視線を、舞耶は忘れられない。
リサ。もといた世界では、守れた人だった。
もう一つの世界では、共に戦った大事な仲間。
そしてそれ以上に、幼かった昔を分け合った、大切な友人だった。
それが今、出会うことすら出来ず、こんなにもあっけなく――。


誰かが死ぬ。これはそういうゲームだ。
今こうやっている間にも、誰かと誰かが殺しあっているかもしれない。
現に、名を呼ばれたうちの一人は、このスマイル平坂で死んだ。
事故のようなものだったが、それでも上田知香はタヱが殺したのだ。
殺しあうことがルールだと頭で分かっていても、見知った人間が自分の全くあずかり知らぬところで殺されるのは、衝撃と言わずしてなんと言えばいいのか。
ましてやそれが、心を通わせた友人や、大切な人であったら――。
様子を見れば、名を呼ばれたのが舞耶の知った人、それも近しい人だったろうことが手にとるように分かる。
タヱはたまらず声をこぼした。
「舞耶さん…」
その呟きに、舞耶の途切れそうになった思考がよみがえった。
だめだ。
私がここで現実に負けてしまっては、この二人もきっと不安になる。
自分はタヱに何と言っただろう。
こういうときこそ、ポジティブ・シンキング!なのだと。
(でも、一体どうやって?)
出来ることをやらねば、と。
(なにが出来るの、こんな気持ちで?)
そう言ったのではなかったか。
「…ごめんなさい、泣いてる場合じゃないわよね」
舞耶は、涙のあふれるまなじりを、袖で乱暴にこすって笑って見せた。
ふらつく足で椅子から立ち上がり、百七捨八式鉄耳をかぶると、
おどけた口調でタヱとネミッサに向き直る。
「多分ね、これね、こんな耳なんか付いちゃってるけど、実はちゃんとした防具だと思うのよ。
かぶってれば、頭部は安心よね!しかも素敵な癒し効果つき!
…さて、と。これから、どうしようか?」

「…舞耶ちゃん、無理しなくていいよ」
窓辺に立っていたネミッサが静かに近寄り、舞耶の頭から、
本当に防御力があるのか疑わしいヘルメットをそっと外した。
「アタシ、さっき言ったよね。泣きたいときに泣けばいーんだって。
舞耶ちゃんの悲しみをメチャクチャにするやつは、
ネミッサがぶっとばしてあげる。だから大丈夫だよ」
ついさっき、それから初めて出会ったとき。
舞耶がそうしてくれたように、今度はタヱがそっと彼女を抱きしめる。
朗らかに前向きに自分を励ましてくれた舞耶が、
無理に明るく振舞うのを見るのは、とても辛かった。
「私たち、こんなところに連れてこられて、死ぬとか、…殺すとか…」
なんて、残酷なのだろう。
タヱがぽつんと呟く。
それから少しあって、今度はいくぶん強い口調で、誓うように言った。
「けれど、それでも…信じましょう。生きていたら、きっと大丈夫だって。
精一杯、出来ることをすれば、必ず道は開けるんだって」
子供のような必死さでタヱにしがみつき、舞耶は堰を切ったようにしゃくりだす。
タヱの温もりがあまりに優しく、そして哀しかった。
名前を呼ばれた十一人も、ある一瞬までは、こんなふうに暖かかったはずなのに――。

抱き合う二人の頭をそっと両手でかかえると、ネミッサは胸元にしまいこんだサングラスに目を落とした。
こんなものがあったって、どうしようもない。
ネミッサは呟いた。
失った後で泣いても、もう大切なものは戻ってこないのだ。
アタシはこんなものに頼ったりなんかしない。
信じるのは、自分。それから、仲間だ。
――今度は、誰も死なせない。ネミッサが、守ってみせる。
――舞耶ちゃん、タヱちゃん、新、瞳ちゃん、そして…そしてリーダーだって。
色素の薄いネミッサの目が、強い誓いに燃え輝いた。
アタシの大切な人を傷つける奴らは、何があっても、許さない。


――

六時半過ぎ、タヱと舞耶の制止を軽やかにかわし
一人で偵察と食糧確保に出かけたネミッサが、倉庫に戻ってきた。
手には、下階のスーパーで失敬してきた菓子類とレトルト食料の箱をいくつか持っている。
タヱが心底安堵した顔で、ネミッサに駆け寄った。
「おかえりなさい、怪我はなくて?」
「大丈夫に決まってんじゃん!
見て見て、戦利品だよ。なんと、カレーもあるよ〜」
「わお、レトルトカレー?乾パンにかけて食べたらおいしそうね」
舞耶の声に一瞬きょとんとした後、ネミッサは破顔した。
タヱと顔を見合わせ、二人優しい顔になる。
それを照れくさそうに見ながら、舞耶がまたウサギ耳をかぶった。
ぴょこりと長い耳がユーモラスに揺れる。
「…ご心配おかけしましたぴょん」
「舞耶、復活した?」
「したぴょん!この通り!…いつまでも泣いてちゃ、ウサギさんに笑われるもの」
「…そっか」
「そっ!さあ、朝ごはんにしましょ!」
三人はザックの中からめいめいペットボトルを出すと、
引っ張り出してきて埃を拭った机の上で朝食をとりはじめた。

二人の様子を眺めながら、舞耶は静思する。
倒れるときは、可能なら倒れても構わない。
私には今、こんなに素敵な仲間がいてくれる。
倒れたらそのままで頭を撫でてくれる優しい人たちが。
大事なのは、ただそこからどれだけ早く起き上がれるか、ということだ。
倒れたままではいられない。
私を必要としてくれている人がいる、そう思うと、一度は失いかけた力が湧いてくる。
きっと同じ希望を抱いている人が、他にもいるはずだから…
必ず、ここを脱出しよう。
そして、皆で手に入れたはずの新しい世界に戻ったら、ここでのことを文章にしよう。
亡くしてしまった人を忘れないために。
確かにその人が生きていたことを、残すために。
きっと私がそうしているとき、タヱちゃんもペンを走らせている。
その日のために、皆で生き残るために、私は戦おう。
こうしている間にも、どこかで誰かが死んでいるのかもしれない。
けれど、私は誰も傷つけたくない…それが夢物語でも、そう誓い、願う。
夢は、願えば必ず実現するのだから。
「ネミッサちゃん、タヱちゃん…本当に、ありがとうね」
舞耶は照れ笑いする二人を見つめ、もう一度強く脱出を誓った。


さあ、舞耶さんも腹ごしらえよ。
言いながらタヱが差し出す乾パンの袋を手にして、舞耶はよし来たとその袋を開けた。
腹が減っては戦は出来ぬ。
底なしの胃袋は、こういう事態でも健在なのだ。
舞耶は、とにかく腹持ちの良さそうな乾パンを、パウチに入ったままのカレーにつけながら食べる。
あまり眠れないぶん、栄養を取っておかなければならない、とも思った。
「そうそう…やっぱり、悪魔が強くなってたよ」
食事がてら、ネミッサが思い出したように外の報告を始めた。
「放送で言ってた通りだねー。
なんとなく数も減ってたし、出てくるやつもちょっとランク上がってる感じ」
「…ちょっとって、どれくらい?」
シリアルの袋を開ける手を止めて、心配そうにタヱが尋ねる。
タヱは今まで生きてきた二十二年間で、悪魔など見たことがない。それがどんなものか、想像もつかなかった。
すくめたタヱの肩を軽く叩きながらネミッサは笑う。
「心配しなくっても大丈夫だって!あれくらいの悪魔は
ネミッサが魔法でバリバリどっかーんって殺っちゃうからさ、まっかせといて」
「あはは、それは安心だわ」
「でも、ここ悪魔が出るからかな?まだ人間の気配はないね」
ネミッサがそういうと、舞耶も笑うのを止める。
倉庫はしんとなった。
「人か…」

舞耶は腕を組んで考え込む。
誰も傷つけたくない。
出来るだけたくさんの仲間を作ってここを脱出することが、今の目標だからだ。
けれどもしゲームに乗り気の…こちらを殺す気満々の人間に会ってしまったら?
そう思うと、うかつな行動は出来ない。
殺さなければ、自分が死ぬ。
最悪の場合、相手を殺すことも含めて、傷つけることを考えなければならない。
しかし、それは本当に最後の手段にしたかった。
殺しあわず、何らかの方法を見つけ、一人でも多くの人と脱出する――。
口にするのは簡単だが、これはひょっとしたら、このゲームで一人生き残ろうとすることより、困難なことなのかもしれない。

「仲間を増やしたい…けど、難しいわね。最善の方法が考えつかないもん」
「だよねー。それにゲームに乗っちゃうやつも、実際多いんだろうし」
ネミッサはこともなげに言い放つが、タヱは渋い顔をした。
「そう…なんでしょうね、実際は」
「大丈夫!まさか全員が、話の通じない相手だなんてことはないわよ。レッツ・ポジティブシンキング!よ」
乾パンにレトルトカレーを付けたのを頬張りながら、舞耶はガッツポーズする。
その横で、タヱが突然顔を輝かせて手を打った。
「話す…話す……そうだわ!」
二人は驚いた顔でタヱを見た。タヱは二人に向かって、興奮したように話す。
「私、あの配給されたたくさんのみんなの思い出…持ち主に返したいって言ったわよね。
これ、話し合いにも使えないかしら」
「え?」
ネミッサが首を捻る。
「だから、例えば相手がこっちを警戒したり、怯えて話にならなかったりしたとき、これを見せるのよ!
自分の大切なものを目にしたら、きっと気が緩むわ。もちろん、相手に返すってことをちゃんと伝えて、見せるの。
そうしたら、きっと向こうも話し合いに…」
「でもさ、それって、どれが誰の持ち物なのかわかんない限り使えないじゃん」
「…あ…」
ごもっとも、である。
ネミッサの指摘に、タヱはしょんぼりと肩を落とした。
「そうよねぇ…」
「でも、待って待って。それ、いいと思う!こっちで分かんなかったら、相手に見てもらえばいいんだし。
それを使って交渉するって案、いいと思うぞタヱちゃん!」
片目をつむってみせる舞耶に、タヱの顔がまた綻ぶ。


うまい棒をさくさくかじるネミッサは、すっかり呆れ顔だ。
「お気楽ねえ、二人とも。襲ってきたやつはやっつける!それじゃ駄目なの?」
「だって!出来る限り、…誰も傷つけたくないわ。皆、好きでこんなところに連れてこられたわけじゃないでしょう」
タヱが目を伏せると、ネミッサも押し黙った。
なぜ彼女がこれだけ非暴力にこだわるのか、二人は良く知っている。
タヱは、昨日その手で一人少女を殺してしまっているのだ。

もう誰も、殺したくない。
タヱの脳裏に、あの少女の横顔がよぎる。
たとえ事故とは言え、人一人殺してしまった自分には、
本当はこうしている資格なんかないのかもしれない。
会えたとき告白したら、探偵さんは、ライドウ君は、どんな顔で私を見るだろう。
とても恐ろしい。
黙っていればいいのかもしれない。
それでも、きっと私は罪の意識から開放されたいというつまらない自己満足で、告げてしまうだろう。
事故だったんだろう、タヱちゃんは悪くないよ、…そう言って欲しいがために。
…汚らしい、考え。
人を殺して生き延びて、そしてこんなにも汚らしい。
それでも、私は生きたいと思ってしまう。
だから、自分以外の人にも死んでほしくない。誰にも傷ついてほしくない。
偽善者の、どうしようもないエゴだろう。自己満足だろう。こんな場所で誓うには、あまりに綺麗ごとすぎるのは分かっている。
けれど、私は生きる。そして、しようと決めたことを必ずやり遂げる。
私は新聞記者。この惨劇を伝えるべく、記録する。
そして、このまだ見ぬ誰かの宝物を、その人に返す。
そう、決めたのだ。
タヱの瞳は、もう揺るがなかった。

「話し合いという選択肢を、なくしたくはないの。…それでも、いい?」
「もちろんよ」
と笑顔で舞耶が答える。
ネミッサは、わざとオーバーリアクションに肩をすくめて見せた。
「仕方ないなぁ。ま、危ないときはネミッサ様が守ってあげるから…
そこら辺は、安心してよ」
ほがらかな笑い声が響いて、それから三人は顔を見合わせ、一度大きく頷いた。
想いを束ねるかのように。

怯えているだけでは、もう何も出来ない。
ここにいる三人ともが、この閉じられた地獄を生きるための心の支えを、
それぞれの胸に携えている。
それは信条であり、ここにいるかけがえの無い仲間。
そして、ひとりひとりの胸のうちの、希望。

誰も傷つけない戦いを、彼女たちは三人で始めようとしていた。



時間:7時頃
【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常
武器 MP‐444
道具 参加者の思い出の品々 傷薬 ディスストーン ディスポイズン
現在地 平坂区のスマイル平坂
行動方針 この街の惨状を報道し、外に伝える。 参加者に思い出の品を返す。
       仲間と脱出を目指す。

【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態 正常
防具 百七捨八式鉄耳
道具 ?
現在地 同上
行動方針 できるだけ仲間を集め、脱出を目指す、および脱出方法を見つける。

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態 正常
武器 MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具 ?
現在地 同上
行動方針 ゲームに乗る気はないが、大切な人を守るためなら、対決も辞さない。

***** 女神転生バトルロワイヤル *****
inserted by FC2 system