女神転生バトルロワイヤルまとめ
第63話 過去、現在、異界に生きる者達の会話

かつては臨海地区と呼ばれた地、少年はその場所を彷徨っていた。
彷徨っていたの言う表現は正確ではないかもしれない。
その少年には目的地があった。
悪魔化した身に布を纏い少年は目的の場所へと歩く。
まず情報だ……少年はそう思い行動を開始したのだ。
少年と言う表現は「彼」にとって相応しくないのかもしれない。
おそらく彼は自らをこう言うであろう。
「僕は「人修羅」と呼ばれる悪魔だ」と。
その少年……否、「人修羅」の周りには敵意に満ちた気配が漂い続けていた。
午前六時きっかりに流れたあの全ての者たちに威圧感を与える声……
「なお、この後定刻の度『変異の刻』を迎え、悪魔は力を増すだろう」
蓮華台にある七姉妹学園で遭遇した悪魔とはまた違った気配……
確実にあの時遭遇した悪魔の気配とは異なっていた。
――面倒だな……
人修羅はそう思う。
悪魔に対する畏怖、恐怖等ではない。本当に戦うのが面倒なだけなのだ。
そう、敵意に満ちた気配を手っ取り早く断ち切るには仲魔を召喚するだけで良い。
高尾祐子を文字通り「喰った」魔王アバドンを始め「人修羅」に従属する仲魔を召喚すれば即座にそんな気配等は消え失せてしまう。
だが……「人修羅」はそれすらも面倒だった。
彼には目的がある。今はその目的に反した行動は取るべきではない。そう思っている。
その思惑に反するように「何か」が「人修羅」に囁く。
――本当ニ面倒ナノカ?
ああ、そうさ。面倒なだけさ……と「人修羅」は心の中で反論する。
「何か」が笑いを込めたような口調で続けた。
――本当ハ戦イタイ事ヲ抑エテイルダケデハナイノカ?
そんな事は無い。僕は今情報収集の為に行動しているだけだ。結局は戦いが目的かもしれないが……
そら見た事かと「何か」が哄笑した。
――結局オ前ハ戦イタイダケナノダ……マァソンナ怖イ顔ヲスルナ……
怖い顔……を僕はしているのか?と彼は自問した。
客観的な視点で見た場合、結論から言えば彼の表情は否。無表情に等しい。その双眸は金色に光っている。
――オ前ハ死ニタクハナイノダロウ?
勿論だ。死にたくは無い。ただ誰とも関わりたくは無い。それだけなんだ。
――逃ゲルノカ?逃ゲタトコロデ、ドノ道オ前ハ戦ウ羽目ニナル……本当ハ理解シテイルノダロウ?
煩い……
煩い……
煩い……
顔を下に向けた。自分の影が視界に入る。闇……影ですら「人修羅」を闇へと誘う様に思えた。
「人修羅」の顔には相変わらず表情の変化は起きてはいない。
否、一つだけ変化が起きた。金色の双眸が徐々に緋色に変化しつつある。

――煩イカ?敵ハスグソコニイルンダゾ?気ヲ抜クナ……
「……判ってる」
「人修羅」の顔が急に上がる。顔を覆っていたフードが外れた。その顔の目は……完全に「人修羅」の目は緋色に染まっていた。
奇襲を敢行する為であったのか、蛮声を上げつつ剣を掲げた悪魔が一体「人修羅」の前に立ち塞がっていた。
運が悪いな……
――アア、ソウダナ……
意見が合った……「人修羅」の口元に残酷な笑みがこぼれる。
「アハハハハハハハハハハ!」
「人修羅」の顔に浮かんだのは戦いへの歓喜、快感、喜び、恍惚、しかしその声自体は酷く冷たいものだった。
そうさ……と「人修羅」と思った。ボルテクス界でもそうだった。ひたすら戦った。最初は生きる為……
――ソシテ次第ニオ前ノ目的ハ変ワッタ筈ダ……
そうだ、と「人修羅」は思った。
段々と「人修羅」の心に根付いていったもの……力への渇望、欲望、そして闇、漆黒の闇。
「人修羅」は悪魔の攻撃を軽く回避した。
……甘いんだよ……
自らの攻撃を簡単に回避され驚愕する悪魔と「人修羅」の目が合う。
太刀筋が単純すぎる、力一辺倒では倒せる悪魔も倒せない。
特に相手がこの「人修羅」であるならば……
「人修羅」はその悪魔の眉間に右ストレートを叩き込んだ。顔面が潰れ、崩れ落ちる悪魔。あっけない最後。
そして息切れすらしない「人修羅」。そして再びフードを被る。
――ソラ……ソロソロ目的地ノ場所ダゾ……
ああそうだな……と無意識の内に「人修羅」は頷いた。
「人修羅」の目前には警察署があった。
そう、彼……「人修羅」の目的地はここだったのだ。

周防克哉も疲労していたのだろう。いつの間にか船を漕いでいた。
だが「それ」に気付いた。あの深く冷たい闇に。太陽すらかき消してしまうようなあの闇に……
「警察だ!其処を動くな!」
その闇に構えた拳銃を向ける。向けた方向は出入り口。その闇とは勿論「人修羅」だった。
「……知っていますよ……」
その声を聞いた克哉の背筋に走る戦慄、生まれて初めて「背筋が凍る」と言う意味を知った気がした。
「だってここは警察署でしょう……?」
そう影は続けた。克哉は未だ背筋に氷柱を突っ込まれた気分だった。
「手を上げたまえ……でなければ撃つ……」
克哉が息を呑む。
敵か…あるいは共闘する者か……未だ不明。油断は出来ない。
――僕の後ろには女性がいるのだ……そして僕は警察官だ。一般市民を守る義務がある……所轄の意地を今見せなければいつ見せる!?
ある意味、彼こそ常識的な理性を持った人物なのかもしれない。(彼特有の)職業倫理すらこの様な殺戮劇に持ち込んでいた。
出入り口の闇は素直に手を上げる。
「戦うつもりはありません……少なくとも今この段階では……」
「君も……参加者の一人なのか……?」
克哉が問う。出入り口に存在する闇は静かに頷いた。
「そうだった……「このスマル市」には参加者しかいないのだったな……」
闇…・・・「人修羅」の頭に疑問符が浮かぶ。
――丁度イイ……コノ男ハ何カヲ知ッテイルヨウダゾ……
またもや「人修羅」に囁く「何か」。
アあ、そうだ。僕ハ情報を集めタい……
――情報ヲ集メタイノダロウ……聞イテミタラドウダ?利用スルダケ利用スルノモ一ツノ手ダゾ……
あア……そうダな……使うだけ使ウのモ手のヒトつだ……
手を上げたまま「人修羅」は問いかける。
「このスマル市とは?貴方は違うスマル市を知っているとでも……」
「人修羅」の疑問を克哉に伝える。
うむ……と答えかけた所で克哉は発言を止めた。そして「人修羅」に告げる。

「君……ああ、失礼だが……人に物を尋ねる時、帽子等は取るのが礼儀と言うものだ」
克哉が言った。
常識的な話であるだけに、この状況化では奇妙な一言だった。
そうですね……失礼しました。と答える「人修羅」。覆っていた布から顔を露出させる。
驚いたのは克哉であった。自分の弟と然程変わらない風貌に見えたのだ。補足するならば上半身は裸であった。
「君……」
克哉が静かにそして諌めるように口を開いた。
「それが最近の若者の流行なのかもしれないが……さすがにその刺青は御両親が悲しむぞ……」
本当に悲しそうな声だった。暖かみがあり、そして寂しげな人間性にとんだ声。
「人修羅」にとって、そんな声を聞いたのは久しぶりであるような気がした。
それを聞いた「人修羅」はただ笑うしかなかった。久しぶりに人間の様な笑い方をする事が出来た気がした。
「何か」が薄れていく……そんな感触もあった。
(最もそう思っていたのは「人修羅」だけであり、克哉からの視点から言えば無表情で口元に笑みのみを浮かべると言う一種不気味な光景を目撃する事になる)
そしてその笑い声を聞いた為だろうか、黒猫が姿を現した。
「どうした?克哉……」
黒猫が喋ったのだ、それも日本語を。
黒猫は「人修羅」を視認するや否や「人修羅」の攻撃範囲から遠ざかるように後ろにジャンプ。猫特有の威嚇するポーズをしてみせる。
「下がれ!克哉!……こやつ人では無い!」
うろたえる克哉、そして黒猫に言い返す。
「莫迦を言うな、ゴウト!彼はどう見ても未成年者だ!彼がこうなってしまった経緯を聞き出し、公正させる事が先決だ!」
呆れる「人修羅」、そしてゴウト。
「ええい、何故お前はいつも奇妙な時に官憲意識を露にするのだ!この状況化において何を優先させるか理解しているだろうが!」
黒猫……ゴウトが克哉に向け怒鳴る。まるで弟子を戒める師匠の様な口調だった。
「僕の使命は……住民を犯罪から守る事だ!」
克哉はそう断言した。キッパリと……
さすがの「人修羅」もこう思った。
――あいた口が塞がらない……とはこう言う事かもしれない……
すっと「人修羅」は一呼吸。そして一人と一匹に言う。
「僕はその警察の方にも言いましたが……敵意を持ってはいません……今の所は……」
その声にゴウトは反応した。猫が恐怖に満ちた時に発生する尻尾の毛が逆立つ現象。ゴウトにとってもこの様な声を聞くのは初めてであった。
そして「人修羅」は付け加える。そろそろ手を降ろしてもいいですか?と。

「まずは年長者から自己紹介だな…俺の正式名称は「イの四十八番」……面倒だろう?だからゴウトと呼んでくれ。大正二十年からこの地に飛ばされてきた」
「猫」が喋った。「人修羅」もこれにはさすがに驚く。
黒い体毛、エメラルドグリーンの透き通った目、「人修羅」が受胎前に目撃していた猫より若干小さい様に見える。
……そして大正二十年……と言うキーワード。
「人修羅」の知る大正と呼ばれる時代は僅か十五年で終了し、そして昭和という年号に変わったのだ。
「おそらくパラレルワールドと言う奴だろうな……僕が知る大正時代も十五年で終わっている」
克哉が補足する様に発言した。
「僕は周防克哉……先程も言ったが警官だ。正式には港南警察署刑事一課強行犯係巡査部長。同時に珠間瑠市の住民でもあるが……どうやらこのスマル市は僕が居た珠間瑠市ではないようだ」
周防……何処かで見た苗字だ……と「人修羅」は思った。
「そうだ、君。僕の弟を目撃しなかったか?このスマル市に飛ばされている筈なんだ」
「あるいは天野麻耶と言う女性を目撃しなかったか?同じく飛ばされているようなんだ。何と言うか特徴的な服装なんだが……」
ああ……と「人修羅」は思った。参加者リストの中に周防克哉と周防達也、両名の名前があった事を思い出したのだ。成る程、兄弟か……
「ちなみに達也の場合、歳は君と恐らく同年齢、身長は百八十一センチだ。七姉妹学園の制服、あるいは真紅のレザースーツを着用している可能性も考えられる……達也め……一体何処で何をしているんだ……全く」
ブツブツと克哉が続けているのを「人修羅」は聞いている(フリをした)。挙句、克哉は弟の好物まで呟き始めた。(ポテチと言う「単語」を久しぶりに聞く「人修羅」であった)
勿論、彼らは知らない。「人修羅」の友人であった新田勇を文字通り一瞬にして焼き殺した人間が周防克哉の弟である周防達也であることを……
「まぁ彼はこう言った弟想いの人間だ。悪い男ではないんだが……うむ、モダーンな言葉では何といったか……」
とゴウト。「人修羅」が「ブラコンですか?」と言うと、「ああ、それだ。それだ」と頷いた。(猫が人間のようにだ)
「後はまぁ……後二人居る。女性だな……紹介したい所だが今はちょっとそういった状況ではないだろう……」
とゴウトが締め括った。
おそらく最初の十一名の中に知人が居た、といった所だろうと「人修羅」は想像した……
「人修羅」は克哉に聞いてみる。そう、彼は雑談をしにここまで来たわけではないのだ。
「克哉さん……でしたよね?その……さっきから気になっていたのですが……後にいるのは何なのです?猫の様な姿をした背後霊みたいな……」
冷たい声が警察署に木霊する。
「ん?君には見えるのかい?ヘリオスの事かな?……僕の「ペルソナ」だよ」

――来タ……良カッタナ、新シイ情報ダ……
「ペルソナ」……「人修羅」が初めて聞く単語であった。
そウだな……これは有力な情報なのかも知れナい……
要約すると、もう一人の自分……仲魔という概念でも無い様に「人修羅」は感じた。聞けば精神力を消費して魔法や物理攻撃も可能であると言う。
「後の二人もそうなんですか?」
と更に聞く「人修羅」にゴウトが答えた。
「一人は克哉と同じ様にペルソナを使う事が出来る。もう一人は「あーむたーみなる」なる「ぱそこん」と言うものに近い機械と悪魔召喚プログラムという力で悪魔を使役する事が出来るようだ……それと魔法だな」
「代々のライドウですら艱難辛苦の苦行を重ねて、ようやっと悪魔を使役出来る様になるというのに……いやはやこの時代のデビルサマナーは便利になったものだ」
とゴウトがぼやいた。猫の姿でため息までついてみせた。
「ライドウ?」
と「人修羅」が聞くと「ああ、俺のまぁ弟子のようなものだな」とゴウトは伝えた。
「あ奴も来ている筈なんだが……はぐれてしまったのだ……無事でいるだろうか……?」
「人修羅」はゴウトも克哉の事を言えないのではないか?と思った。
――ククク……羨マシイノカ……コノ二人ニ心配シテモラエルソノ者達ガ……
そんな事は無い。僕にはそんなもの必要ない。
――イイ加減……素直ニナッタラドウダ……?
……喧しイ……
「人修羅」の中でこの様な心理が繰り返されている事を二人は知らない。
「我々はこのふざけた事態を何とか止めようとして行動しようとしていた所だ、協力者も集めようとも思っている」
と克哉が補足する。
「こんな事を目論んだ主催者は僕が必ず確保する……君……知っているかい?本当の取調室ではカツ丼等はでないんだ。くれぐれも悪い事をしてはいけないよ」
「はい、わかりました」と答える「人修羅」。声は冷たいものの、その素直な態度からであろうか?克哉は満足気に頷いた。
勿論、「ウチの達也も君みたいな素直な子であったら……」と克哉なりの弟に対する愛情表現を忘れてはいない。
心の中で悪魔の笑みを浮かべる「人修羅」、それと呼応するが如く囁く「何か」……
――サテ……アラカタノ情報ハ聞キダセタ……サァドウスル?
そうダな……少なくともこコには三人参加者が居る訳ダ……
――ぺるそな……実ニ興味深イ対象ダト思ワナイカ……?
確カにそレには同意スる……
――モウ一人、悪魔ヲ使役出来ル人間ガイルノモワカッタナ……
アア、確かにそウだ……
「人修羅」の心中に込み上げて来るのは戦いへの欲求……
「人修羅」の双眸は金色から緋色に変化しつつある……
――少ナクトモ…コノ目ノ前ニイル男ヲ始末スレバ無防備ナ女ガオ前ヲ迎エテクレルラシイゾ……?
それモイイだろう……だが無抵抗な人間を殺すのは面白クナイ……
「君!?」
「人修羅」は我に返った。チッと舌打ちした「何か」が何処かへ消え失せる。
克哉が「人修羅」の肩を揺さぶっていたのだ。そして問う。
「大丈夫かい?」と。
「今度は少年、お前の番だ」と、ゴウトが言った。

「人修羅」はここまでにあった自分の経緯を二人に伝える。
元々は高校生であった事。
受胎と言う出来事があった事。
ボルテクス界と化した東京、そして悪魔と化しその地を彷徨う羽目になった事、自分は悪魔を召喚できる能力がある事。
さすがに最後までは伝えなかった。喜んで自分のカードを全てさらす莫迦はいる筈もない。
そしてこの時間までに死んだ高尾祐子、新田勇の二名が知人であった事も告げた。
無論、高尾祐子を殺害したのは自分であることは隠してある。
「ナンセンスだ……と言いたい所だが……大正二十年だの、悪魔召喚プログラムだの出て来たこの段階で、悪魔になった人間が居てもおかしくはないのだろうな……」
「普通であれば誇大妄想癖の一言で片付いてしまうのだろうが……君の話も信じられてしまうのが不思議だよ」
とは克哉の弁である。
「それでだ……」
ゴウトが「人修羅」に聞く。
「俺達は今協力者を求めている。お前はどうするつもりなんだ?」
当然の問いだった。この殺戮劇に乗るか剃るかで全てが決まる。
「僕は……まだ決めかねてます」
「人修羅」は言った。
「僕が求めていたのは情報です。ルールが適用される以上、ある程度の時間猶予があるのも事実です。最悪のケースを踏まえ、僕はこのスマル市の情報を知りたいと思っています」
「莫迦な事を言うな!」
克哉が叫ぶ。
「こうしている間にも参加者が戦っているかもしれないんだ!所轄の人間として僕は出来るだけ多くの人々を救わなければならない!」
ここまで言えるのだからこの克哉と言う人間は余程生真面目なのだろう。「人修羅」はそう思った。
面白い……
「では……どうにもならなかった場合はどうするんです?」
「人修羅」は聞き返した。
一人と一匹の動きが止まった。
「もしも……もしもの話です」
立ち上がる「人修羅」、既に日の光が差し込んでいるはずなのに警察署内に徐々に浸透する漆黒の闇と「何者か達」の気配……
克哉とゴウトに戦慄に走った。冷たい殺気と悪意の群れ、そして「人修羅」の金色に光る目……
「仮に貴方達だけになってしまったら……どうするんです?」
「人修羅」がクスリと笑った。
「その状況化でルールにある二四時間間際になってしまったら……?」
「戦いざる終えない状況になってしまったら……?」
「その時は……どうするんですか?」
残酷で冷徹な笑み……
高校生がこんな笑みを浮かべる事ができるのか……克哉は思った。
この少年はそのボルテクス界と呼ばれる世界でどの様な凄惨な生き方をしてきたのだろう……?
克哉も警察の人間である。「普通の世界」で様々な人間を見てきたのは事実だ。しかし彼の目は今まで見てきた人間の目とは全く異なっていた。
確かに目の色は人間のそれとは違う。しかしその様な些細(そう、それですら些細な問題に思えるのだ)な問題ではないのだ。
例え様の無い程冷酷、それでいて何処か寂しげな、それでいて自信に満ちた何かを目指す。その様な目に見えた。
――俺に構うな……
達也が言ったあの言葉……克哉にはこの少年と自分の少年が重なって見えた。
ゴウトは思う。
ライドウはこの少年と戦う事態に陥ったらどの様に戦うのか……否そもそも勝てるのだろうか?
――出来れば出会って欲しくない……ライドウ……無事でいるのか?
そうゴウトは思わずにいられない……
「今は共闘する者を探す……それもいいと思います。でも……」
「人修羅」は言った。
「最悪の事態を想定すべきと僕は考えます。僕は克哉さんと違ってこのスマル市の事を全然知らない。ルールが適用されるならまだ十九時間弱は自由に行動出来る筈です」
立ち上がった「人修羅」は出入り口の方へと向かった。それを克哉が引き止める。
「待ちたまえ……」

振り返る「人修羅」。その「人修羅」に克哉は詰問する様な鋭い眼差しで問う。
「君はひょっとして……十一人の内、誰かを殺害していないか?それも午前四時頃に……」
すっと「人修羅」の目が細くなる。克哉がその目に畏怖を覚えながらも目を合わせて続けた。
「どうしてそんな事を僕に言うんですか……?」
「人修羅」は言う。どうやらこの周防克哉と言う男は頭の回転はいいらしい。
「まず時間が合わない……このふざけた事態に陥ったのは午前三時……今から約六時間前の事だ」
克哉が続ける。
「君が誰も殺害しておらずルールを踏まえて行動するのならば十八時間弱の行動が取れると考える筈なんだがね……?」
「勿論、計算違いであったと推察する事もできる。だが君の様な冷静な人間がそんな単純なミスをすると考えるのは余りにもナンセンスだ」
ゴウトは克哉の勘に感嘆の意を抱いた。うむ、彼なら探偵業も十二分にこなせるだろう、ライドウと共に捜査を挑めば進捗は早いに違いない……
そしてこうも付け加える。
麻雀も性格故に弱そうだ……勿論ライドウに勝ってもらいたいからな。
「仮に……そうだとしたら……?」
「克哉さんの言う通り……僕が人を殺していたとするならば……どうします?」
挑戦的な言葉、圧倒的有利から来る自信の言葉。酷く冷たいその声が警察署に響く。
そして「人修羅」の双眸が徐々に緋色に染まっていく……
克哉はため息をついた。
「こんな状況化だ……こんなくだらない事に喜んで参加する人間がいるはずが無い……と思いたいが……」
克哉は続けた。
「そうもいってもいられない。君は敵意が無かったのに、向こうから喜び勇んで戦いを挑んできたと言う状況も予想できる」
「そう……あくまで今のは僕の勝手な憶測だ。現場に向かわなければ状況証拠も確認できない。それでは確保する事は不可能だ」
――詰メガ甘イナ……
忍び笑いをする「何か」。
まァな、と同意する「人修羅」。
これ以上踏み込もうとしたらこの場で始末するだけだ……
「とにかくだ」
克哉が続ける。
「君はここを出るのだろう?今現在は情報を求めているとも言った。物資は足りているのかい?」
「え?」と戸惑う「人修羅」。
「ここに来た以上、何かを求めて来たはずだ。僕は食料ではない……そう推察する」
困惑状態になる「人修羅」、克哉の言っている事が理解出来ていない。
まずは所持品の確認だ……と克哉は「人修羅」のザックを奪い取る。まるで身勝手な弟に接する兄の様に。
「君……僕は君の所持する食料が乏しいと思える……いいから署内の食料品を持って行きなさい」
結構です、と言う「人修羅」を「完全に」無視した克哉は次々と食料や水をザックの中に詰め込んでいく。

「ん……これは?」
ザックの中から転げ落ちた丸い物体、ゴウトが猫が持つ習性に正しく反応し、その物体にじゃれついた。
その物体を取り上げる克哉、猫の習性に正しく反応した事を恥じつつ残念そうにうなだれるゴウト。距離が近かった為か、克哉の猫アレルギーが反応、克哉は大きなくしゃみをする。
2個の球体を「人修羅」に見せた。
宝玉と呼ばれるアイテムで生命力を回復させる効果がある。
「人修羅」はボルテクス界では(特に記憶に新しい終盤では)仲魔の回復魔法を多用していた。
その宝玉と言う存在を忘れかけていたのだ。むしろ、換金物の対象でしかないと思っていたと言っていい。
「これは……一番上の方に入れておくべきだ。奥の方にはいっていたぞ?これではいざと言うときに取り出せない」
と言いつつ、今度はザックに追加した食品をテキパキと整理し始める克哉。鼻をグスグス言わせながら整理を続ける。
全く、こういった所も達也と変わらんな……と呟いた。
だから「僕」は「達也」じゃない……
苛立ちと同時に嫉妬を覚える。彼の様な兄がいたら僕はどういった態度を示すのだろうと……
――オヤオヤ嫉妬カ?羨望カ?オ前モ親兄弟ガヤハリ懐カシイカ?恋シイカ?友人ヤ恩師ヲソノ手デ殺シタ悪魔ダト言ウノニ……
違う……身も心も悪魔になった僕にそんな感情は無い……
克哉が諭す様に付け加えた。
「いくらなんでも上半身裸はいけないな。女性からは変な目で見られてしまうだろうし、この殺戮劇に乗った人間からも格好の的となってしまう。一応これも持って行きなさい」
差し出したのは防弾チョッキであった。
無言の「人修羅」に無理矢理渡す。
「年上の言う事は聞くものだぞ?」
と克哉は爽やかな笑みを浮かべた。そして申し訳なさそうに付け加える。
「本当は護身用に銃を渡したい所だが……残念ながらもうここには……」
これだけでも十分に助かります。わかりました……有難く頂きます。と「人修羅」が礼を言うと克哉は嬉しそうな顔を見せた。
――偽善者メ……
違うな……と反論する「人修羅」。
この人は本心からこう思ってるんだ……
――フン、ソウ来ルカ……マァイイ……ぺるそなカ、マタ面白ソウナノガ出タナ……
そレには同意する。
――ドウスル……予想以上ノ収穫ハ得タ……殺スカ?
ソウだな……ソれもいイかもしれナい……
「人修羅」の背後にはその思考に賛同を示す闇の気配が漂う。
求めるのは屍山血河、阿鼻叫喚の宴。
コロセ……
コロセ……
コロセ……
コロセ……
コロセ……

ふっと「人修羅」の思考が止まった。
……ヤめておこう……
彼らがルールと人道の狭間でどう行動するのか、それをこの目で見てみたい。「人修羅」はそう思った。
――ソレモマタ一興カ……
そうさ、面白そうだろう?
「食料と水それと防弾チョッキ、有難く頂きます。有難う御座いました」
「人修羅」が礼を言う。「出て行くのか?」と言う問いに頷く「人修羅」。
彼は再び布を纏い顔を覆う。
「気をつけて……いくんだぞ」
克哉は最後にそう言った。
背中越しにそれを聞いた「人修羅」は「はい」とだけ答えた。

出入り口から出た「人修羅」を克哉とゴウトは見送った。
「どう思う?」
ゴウトが克哉に問う。
「善悪は別にして……何かを心に秘めた少年の様に思う。……そしてそのボルテクス界となった世界で必死で足掻き、生き抜いた……でも……」
でも?とゴウトが聞く。うむ、と頷き克哉は続けた。
「同時に何か大切な物を失ってしまった……そんな印象もうける……達也と友達であったのなら達也も彼も違った意味で強くなれたかもしれない」
ふむ、とゴウトが呟いた。
「できれば共に戦ってもらいたいものだな、ライドウも世間体に弱い面がある……彼の様な人間が相談相手であったらどんなに心強いか……」
この一人と一匹はお互いの事を言いつつも結局は弟想い、弟子想いである事には変わりないのだ。このような状況化に置かれたとしても……
戦いたくない。これが一人と一匹の感想であった。
少年とも呼べる年代の人間と殺し合う等と言う非人道的な行動。
さらに肉親に、そして相棒に同年代の人間を持つ者だからこそそう思えるのだ。
と、同時に遭遇した時に覚えた戦慄、恐怖、そして畏怖、浸透するような闇の気配。
(仮にだ)戦うとしたら良くて共倒れ。最悪、此方の全滅。
それだけは避けたい。
克哉は主催者を確保する為。
ゴウトはライドウと合流する為。
そして共に元の世界へ生還を果たす為。
願わくば……そう、願わくば「人修羅」との交戦は避けたかった。

聞いタカい?
「人修羅」が「何か」に言った。
――聞イタトモ。
「何か」が答えた。
気をツけて……って言っタヨな?
――アア、言ッタトモ。
クククククと笑いが同調する。
もしかしたら殺し合うかもしれないのに……
あるいは誰かに殺されるかもしれないのに……
赤の他人を心配する克哉と言う男。そして人語を話す猫のゴウト……
うん、実に面白い。
そして……
悪魔を使役する男と女そしてライドウと言う名の者。
ペルソナと言う能力を使う者。
魔法を使用できる者。
生存が確認された千晶と氷川。
どうやら様々な能力を持つ人間達が此処にいる様だ。
今後このゲームはどう進捗するのか……
人と関わりを持ちたくないと思いつつも、それらに興味を抱きざるおえない「人修羅」であった。



時間:9時〜9時半頃
【人修羅(主人公)(真・女神転生V-nocturne-)】
状態:正常(?)
武器:素手(右ストレート:但し各スキル運用が想定される)
道具:煙幕弾(9個)
   防弾チョッキ
   宝玉(2個)
追記:若干の食料及び水を補給
仲魔:アバドン(他色々)
現在位置:港南警察署→港南区へ移動
行動指針:スマル市の情報収集→最終的には元の世界へ帰る

【周防克哉(ペルソナ2罰)】
状態:正常
降魔ペルソナ:ヘリオス
所持品:拳銃
    防弾チョッキ
    鎮静剤
現在位置:港南警察署
行動指針:主催者の逮捕
     参加者の保護

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