大地は震撼した。天より降り注がれる容赦なきその声に。
その一言一言に世界が滅ぶ様な絶望感を抱いて、数僅かな命に非情に接する。
一人、また一人と潰えた命の名を告げ、その事に罪の意識に苛む素振りを見せず、
寧ろ壊れた玩具を躊躇せず捨てる幼子の心情の如く語る。
神も仏も無い。この言葉を使うなら正に今の事を言うのだろう。
逃れられぬ不毛の世界の中で、か弱き我々は何を思うのだろうか。
恐れ、嘆き、怒り、苦しむ。思考と感情を持つ者は極限までそれらを働かすであろう。
それが不毛なのだ。愚かなのだ。と、主催者へではなく参加者へ向けて発する思い。
この凡そ場違いな思考を持つ男氷川は、並外れた精神力からくる強気で彼等を非難した。
感情を忌み嫌う彼は今尚も存在している様だ。それどころか彼はその非情な声に焦がれた。
「感情を感じぬこの声・・・ 素晴らしいな。引き換え私はまだ青いな。」
比較するレベルが違い過ぎる。いや寧ろ比較するその思考がおかしい。
異常。この男の状態を表現するこの言葉ほどに如実なものは他に見当たらない。
現に男の隣で酷く震える悪魔オセの姿からしてそれは自明の理である事を証明している。
あの恐ろしい声が止み、元ある姿に戻るもその影響は一部残り続けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙を続けるオセ。その表情や体からは明確な恐怖の感情が強く伝わる。
氷川と出会った時の様な恐れさえ呑まれる程の絶大なもの。
あたかも蟻の前に立つ巨象の様な錯覚に陥り思考は途絶え、
僅かに残った意識は感情や本能に向けて集中的なまでに危険信号を送る。
「いい加減、正気に戻る頃合だと思うのだがどうだね?」
急に発せられる主の声に驚くオセ。恐怖が瞬時オセの判断を鈍らせたのだろう。
それ程、あの声はおぞましかったのだろうと勘繰るも自分には分からない。
ある意味彼こそが本当の悪魔なのかも知れない。
「申し訳ありません・・・ 余りの恐ろしさに心身凍てついた次第です。」
「ほう、悪魔であるお前さえこれ程恐怖させるとは。
ならば考えられるのはかの者を置いて他に無いな。・・・大魔王ルシファーか。
ハルマゲドンの定刻を待ち切れずこんな余興に興じていたとは随分と暇な奴だ。
引き換え目の前に立つお前の方が余程恐ろしく思えるよ。」
軽く言い放ったその一言にオセは必要以上に焦る。
その様はあの声の主の怒りを買わない為に媚びているかの様にさえ感じる。
そんなオセの心中を理解しながらもその意に従わず言葉を続ける。
「不毛だろう? 恐怖に縛られると言うのは。
これで感情が如何に愚かであるかがより理解出来た。その事をかの者に感謝したまえ。」
唖然と立ち尽くすオセ。それを他所にザックから参加者リストとマップを取り出す。
こういう物は初めに見ておくべきだな・・・ 心の中でそう思う氷川。
信念欠いた当事の彼には其処まで物を考える余裕は無かった。
それを含めて意欲も目標もなければ人が存在する必要性も価値も無い。
ならば何故オセを呼んだのか。思い返せば一先ずは命を保つ為がそれらしい。
全くおかしな話だ、価値も無いのに命の灯火を消さぬとは・・・・・・
その矛盾に苛立ちを覚える。不合理な事を氷川は好まない。
またそういった言動を起こすからこそ人である事が嫌になると、今度は嫌悪感に陥る。
「早くこの穢れた肉の衣を脱ぎ捨てたいものだ。」
そう呟きリストの確認に移る。先程告がれた名には確かに斜線が引かれている。
これは便利だ、と人の死をそっちのけてリストの感想を述べる。
彼にとっての人の死とはゴキブリが死ぬのと相違無いのである。
そんな彼の感性に唯一反応を示したのが三人の人名。一人は新田勇。
ムスビの理を啓き、氷川のシジマと対峙した勢力の一つの長である。
「彼らしいな。」と、勇に対して皮肉れた物言いで言い切る。
次に出たのが高尾裕子の名。
嘗て世界に絶望し氷川と共に受胎を起こすも、利用された挙句に殺された人物である。
「裕子先生、貴方は愚かで脆弱でしたがそれが祟りましたかな?
貴方も心の弱さではムスビの長と大差ないのだ。共に同じ殻に篭るがお似合いでしたのに。
まあ、私も貴方の許へ行くのならその時は話し相手にでもなって差し上げましょう。」
冷酷に言い切るも情らしいものを見せる氷川。恐らく腐れ縁でそう言わしているのだろう。
「フトミミか。」その一言で終わる。
ここで氷川が知り得る限りで危惧したのがヨスガの長である橘千晶と
自分を倒した人修羅が未だ生存しているという事である。
双方ともに強大な力の持ち主で勇は兎も角、フトミミや裕子とは段違いだ。
それ以外でも見知らぬ者の中にはどれ程の力があるか。悩みの種は尽きない。
まあ考えても仕方がないだろうとこれについての思考を止める。
次にマップを開き、思考に耽る。
MGの残量を考慮するならオセが悪魔の気配を感じるスマルTVで狩れば良い。
今後を考えるなら青葉通りで準備を整える。情報が欲しいならキスメット出版へ。
さあどうするかと悩む最中、遠くから騒音が響き渡る。
時間:午前6時20分
【氷川(真・女神転生V-nocturne-)】
状態:肉体面はやや疲労。精神面は異常なまで健常
武器:簡易型ハンマー
防具:鉄骨の防具
道具:鉄骨のストック 738MG
仲魔:オセ
現在地:青葉区の通り
行動方針:騒音の確認
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