女神転生バトルロワイアルまとめ
第66話 二つの選択肢・前

「本当に……殺し合ってるのね……」
ヒロインはショーウインドウに身体を預け、参加者リストに目を落としていた。

蓮華台から逃走し、途中でトラポートを使い港南区へと舞い戻ってから、このシーサイドモールへと訪れた。
そして適当な店舗に身を潜めて、食料を無理矢理飲み込んで体力を温存して、それから一時間。
まずはヒーローとの合流を先決に。ここに隠れていたのでは、いつまで経っても会えるはずがない。
そう思い立って店から出た時に、ヒロインは日の出がとうに過ぎていたことに気付く。
逃げている間に、あの耳を塞ぎたくなるほどの威圧感を持った声が響いていたことも思い出し
ヒロインは店先で、死亡者――犠牲者と言うべきか――の確認をしていた。

リストには確かに、斜線が入った名前がいくつかあった。
ヒーロー、ロウヒーロー、カオスヒーロー……知っている名前が、今も生き続けていることは見て取れる。
しかし犠牲者たちの中に、蓮華台で対峙した青年が含まれているのかは分からない。
残り人数は、ざっと見て四十人。参加者の五分の一が殺された。
数が減れば減るほどに、殺し合えば殺し合うほどに、死の確率が跳ね上がっていく。
終焉はゆっくりと、しかし確実に歩み寄ってきている。もしかしたら、すぐ後ろにまで――
その思考を振り払うように、ヒロインは軽く首を振ると、拳を堅く握り締めた。
「まだ、死ぬわけにはいかないわ。まだ……」
その決意に、誰かがそっと口添えする。
生きるためには、どうすればいいのか。それはとても単純なことだ、と。

リストをしまうがてら、ザックの中をもう一度確認すると、食料や水に紛れて小さな矢があることに気が付いた。
その矢を手にとってよく見てみると、見慣れた道具であることを思い出す。
「……毒矢」
銃に矢とは、なんとも妙な組み合わせだ。
ヒロインは矢の束を解くと、ブーツや外套に一本ずつ毒矢を忍ばせた。
もし銃弾が切れ、魔法も使えない状況に陥った時、きっと役に立ってくれるだろう。
(もっとも、役に立つ事態にならないことを祈るばかりだ)
ロイヤルポケットに入っている弾丸は、残り九発しかない。一体どこで調達すれば……。
ああ、そうか。他の参加者を殺して、弾丸を奪えということか。
でも、そんなことは……。
「痛ッ……」
思考に思考が重なり始めると、それを止めるように頭が痛んだ。
堪らずに片目を覆うようにして頭を押さえる。その痛みが止む気配はない。
何故だろう。
時間が経つにつれ、身体の調子がおかしくなっているような気がする。
メシアとして生かされることを強要され、前世と今世の記憶に苛まれ、心の隙間を悪魔に付け込まれた。
まるでその時のような身体の異変。
…………まさか、そんな筈――


前触れもなく、靴底が石を踏む音が聞こえた。
「……誰?!」
視界の端で人影が蠢く。
ヒロインは思わず、ベルトに差していた銃に手を掛けた。
先程からずっと、こちらの様子を凝視していたに違いない。
一瞬の判断が生と死を分けるゲームだ、鈍い神経では到底生き抜くことなどできない。
声に反応したのか、別の店の物陰から、人影が姿を現す。
その影は、よく知る人物の形をしていた。
「ああ、ヒロインさんじゃないですか」
「ロウ、ヒーロー……?」
顔馴染みであることに、ヒロインはほっと胸を撫で下ろす。
ヒロインの知るロウヒーローは仲間であり、神の狗と化した敵だった。
それなのに安堵感を覚えたのは、彼がメシアと呼ばれる以前の姿をしていたからだ。
その声色もおよそ三十年前、まだ彼が心優しく正義感の強い青年であった頃の声だった。
「よかった、無事で」
「ええ、ヒロインさんも無事なようで何よりです」
ヒロインは気付かない。
彼が後ろ手に、ジリオニウムガンを携えていることを。
彼の表情が一瞬、狂気に歪んだことを。

「傷付いた只の獣より、多少は元気な悪魔の方がなぶり甲斐がありますから」

音もなく、光が走った。
その光の線はヒロインの脇腹を突き抜け、背後のガラスに丸い穴と血を貼り付ける。
ヒロインには何が起こったのか理解できなかった。
最初は右腹部に異常な熱さを感じ、その後に続く痛みに気付くことができない。
ロウヒーローの手に、異様な形の貫通銃があるということも。
「ふ……ふははははははははは!!まさかまた知人に会えるとは思いませんでしたよ!!」
忘れてはいけない、このゲームには、二つの選択肢しか存在しない。
「先程は油断しましたが……今度こそ私のために死んで下さいねえええぇええぇええ!!!!」
たとえ立ちはだかる者が顔見知りであろうとも、運命によって定められたパートナーでも。
――単純なことだ。生き残りたいのなら殺し合うしかない。
ああ、またあの頭痛だ。
――何を迷う必要がある。殺すしかないのだ!

ヒロインは銃を構えると、一瞬の躊躇の後に引き金を引いた。
しかし吐き出された弾丸はロウヒーローに当たることもなく、店先に出ていた看板に穴を開けただけだった。
その間にロウヒーローはヒロインの顔面に手をかざすと、嫌らしく嘲笑する。
「ザン!!!」
手の平から迸る衝撃は決して優しいものではなかったが、致命傷を負わせるほどの威力もない。
しかし、一瞬の目くらましには充分すぎるほどだった。
ヒロインの額や頬に赤い線が走り、衝撃に千切れた茶髪が舞う。
「まだ多量の魔法は放てませんが……」
ロウヒーローは手の平を見つめ、指先にこびり付いた血を忌々しそうに払い飛ばす。
「仲間も悪魔もいない、ヒーロー君もいない貴女になら、この程度のハンデで充分です!!!」
銃を持っていた右手が再び光り、閃光がヒロインの足を貫いた。
「ぁああぁああッ!!!」
赤いブーツが同じ色に染まる。指から銃がこぼれ落ち、ロウヒーローはそれを蹴飛ばした。
ロイヤルポケットはくるくると回りながら地を滑り、遠く離れた場所で回転を止める。
「これでもう、直接攻撃は出来ませんよねぇええ……」
ヒロインはどうにか体勢を立て直そうとするが、足を貫かれてまともに動ける人間がいるはずもない。
敵意を剥き出しにする相手は知人、それもかつては闘いを共にした仲間だ。
どうする。
――どうする?決まっている!殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺殺殺……!!

頭の中での一瞬の自問自答を終え、ヒロインは咄嗟にロウヒーローの腕を掴み取る。
彼はこちらを銃で狙っていた。つまり腕を伸ばす形となるのは必然のこと、身体を掴むよりも距離は短い。
「ドルミナー!」
「ぐッ……」
急激な眠気に襲われ、ロウヒーローの身体がよろめいた。
効いた――思う間もなく、ヒロインはそのまま彼の腕を引き寄せて
胸部に手の平を押し付けると、指先から目一杯の魔力を放出させる。
「ジオンガッ!!」
「ぐあぁあああ!!」
指先から直接身体へと電撃を叩き込み、ヒロインはすぐさま身を引いて間合いを取る。
遠くに転がった銃とザックを手に、ここからの離脱を最優先しなければ。
少し眠らせるだけで充分だ、殺すなんて……!
沸き上がる足の痛みを無視して、ヒロインは駆け出した。
「くぅッ……」
だが逃走を拒むように、頭を締め付ける痛みが激しさを増す。
思わず足を止めたヒロインの目の前で、真新しい鮮血が飛び散った。


ロウヒーローは、自らの左手にジリオニウムガンを向けていた。
その腕から滴り落ちる血液を見ながら、彼は嗤う。
ヒロインは息を呑んだ。
眠気を払うために、躊躇なく自分の腕に風穴を開けるなんて……!
「ふふ……さすがは似たもの同士、と言ったところでしょうか……ですが……」
赤く濡れそぼったその手が背後に回り、空き缶のようなものを握る。
「そのような小癪な手は!!何度も通用しないんですよおぉおおおおぉおお!!!!」
ロウヒーローが煙幕弾を投げつけると、ヒロインの足下から一瞬にして白い煙が立ち上がった。
しまった――そう思う間もなく、ヒロインの頭が鷲掴みにされ、
「マハザンマァアアァアッ!!!!」
「ッッ……!!!」
悲鳴は出なかった。
ただ掠れた息のようなものが、ヒロインの口からこぼれただけだ。
全身から血を撒き散らしながら、少女の身体がくずおれた。



時刻:午前7時
【ヒロイン(真・女神転生)】
状態:重傷、アルケニーの精神侵食
武器:ロイヤルポケット(残り8発)
道具:毒矢×5
現在位置:港南区・シーサイドモール
行動指針:ロウヒーロー撃退、あるいは逃走。ザ・ヒーローに会う

【ロウヒーロー(真・女神転生)】
状態:左腕に銃創、先刻の戦いにより多量の魔法使用不可
武器:ジリオニウムガン
道具:煙幕弾×8(一つ消費)
現在地:港南区・シーサイドモール
行動方針:ヒロイン殺害。ゲームに勝ち、生き残る

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