ガラス張りの壁面より光が漏れ、部屋を明るく照らし出す。
このような閉鎖された狂気の街となる前までは、人々が交流を求め、情報を提供していた場所であり、
様々な情報が飛び交い、それを追う者達がこの近代的な建設物の中で纏め上げ、人々に見せていた。
だが、今はただ閑散とした寒々しい空気が満ち溢れ、寂しさをも感じさせる場所となっていた。
スマルTV、エントランス。
この地に突如、光の球体が現れ、それは次第に膨れ上がり、二つの影を残した。
血にまみれ、生死を彷徨う深い傷を負った少年と、
強力な魔力を持ち、少年を救護しようとしている少女。
この広く、何もない空間にその影は現れ、人工的な光は淡く消え失せた。
魔性の姿をした少女より逃げるために使った魔法。
それにより、金髪の少女がこの大地へと送り込まれた最初の地点へと転送していた。
だが、この場所は彼を救った場所からさほど離れているわけではない。
今なお、辺りに気を配らなければならない状態にかわりはなかった。
明るくなった外からは、転送した光、介抱するこの光を気づかれる事はない。
だが、ここで大きな魔力を使えば、万が一敵となりうる人物に察知されないとも限らない。
また、彼を残し、己の死を迎えたとき、彼が回復するためには道具が必要となることは明白だ。
今彼のためにできることは、道具を一切使用せず、魔力による回復。
少女は彼の今後も考え、ただ介抱することだけを考えていた。
大理石の床へ倒れこむ少年の傷の上へ手を翳し、小さく口元を動かしていた。
―――お願い…死なないで。
気持ちとは裏腹に、白い大理石は赤へと染まり行く。
止め処なく流れる血に、恐ろしさを感じながら、魔女の手から暖かな光が零れ始めた。
その光は少年を包み込み、ぱっくりと開いた傷口を少しずつ閉じていく。
―――回復力が落ちている。
当然だ。此処は死を望まれて集まった者の監獄なのだから。
回復などされては死者が減ってしまうからだろう。
それでも彼女は少年へ己の魔力を注ぎ込む。
何度も。
何度も。
何度も…。
彼の顔色も随分と戻って来てはいるが、ささくれた傷口を完全に閉じきるにはまだ時間がかかる。
生命を維持するために、体内の活動を弱めた事も影響していた。
彼自身の自然治癒力さえも下がっている。
魔力による回復の限界…。
自然治癒力を高め、傷を癒すこれらの魔法は、今の彼には効き辛い。
さらには、流れ出した血は元へ戻る事はない。
生命の危機を脱しているとはいえ、
目を醒ましたとき、極度の疲労と貧血状態で立ち上がる事すらできないかもしれない。
その時、敵となる者が襲ってきた場合…。
―――今全ての魔力を使い尽くすわけにはいかない。
彼を救える者は、己一人なのだから。
今はもう、周囲に何者かの気配は感じない。
―――しばらくの休息を、彼と共に取ろう。
完全なる睡眠ではなく、意識を保ったままの休息。
周囲を警戒しながらどこまで休めるのか。
不安に感じながらも、魔女は彼の傍らでしゃがみ込み、そして美しい瞳を閉じた。
「ここは――どこだろう…?」
窓から差し込む光は既に天頂に近い。
魔女は傍らで船を漕いでいたが、彼の目覚めと同時に体を起こした。
「起きたか、少年。死んではいないぞ。安心しろ。」
まだ虚ろな目をした少年に、魔女は素っ気無い言葉をかけた。
これは、彼のことを信頼し、理解しているからこそかけられる暖かさを含んでいることを、
少年は誰よりも理解していた。
彼女がいるなら、今すぐ旅立つ体制に持っていかなくてもいい。
その安心感さえ与えてくれる少女の声に、まだ完全に戻りきっていない顔色をしながらも、
軽く微笑み、いつも通りの彼の言葉を少女に投げかける。
「魔女――今日も…綺麗だね――」
「―――ばか。」
魔女は少年から視線を逸らすが、深い感情があったわけではない。
いつも通りの会話。
いつも通りの口調。
自然な彼のしぐさも、この狂気の大地では、強がって見える。
それだけに、少女は呆れていただけだった。
「全く…あれだけの重症を負っておきながら、暢気なものね。」
呆れ顔のまま、少年を真っ直ぐ見詰め、少女は彼の傷を見た。
回復はこのまま休めばあと数時間で元に戻るだろう。
少女もまた、彼同様安心感を得ていた。
だが、少年の表情は突然厳しくなり、口を開いた。
「僕さ、夢を見たんだ。」
魔女は逸らしていた視線を彼へと戻し、次に出る言葉を待った。
普段柔和な表情で語る彼は、どこか暢気な言葉を発する所がある。
しかし、このような顔で話す事は、決意や何かの不安要素を見つけた時の場合が多い。
彼女はそれを知っていた。
「二人でこの世界から帰る夢。力を貸してくれていた…ルシファーが…その…」
「なに?」
少年は眉根を寄せ、口ごもりながらも話し辛そうに言った。
「―――殺されるんだ。そしたら道が開けて…帰れるようになったんだけどさ…」
「そう。」
「気味が悪いよね。夢だから…気にしなくて良いと思うんだけど。」
なぜか胸騒ぎを覚え、沈黙を続けた。
部屋を照らす暖かな光が、明るくなり、暗くなり、二人に投げかけ、天井の色を変化させ、
沈黙を途絶えさせないよう続けているかのようだった。
(このまま、ずっと此処へ閉じ込められていたら。)
(どうやっても脱出する方法がなかったとしたら。)
少女の恐ろしい考えはとめどなくあふれる。
ただ、少年の迷いなき眼差しだけが、彼女の救いだった。
「そうね。たとえ何が先に待ち構えていたとしても―――。」
自分を見つめた少女の言葉の先を、少年は理解し、頷いた。
―――どんな手段を使ってでも、もう一度家へ帰ろう。
二人で乗り越えて、あの世界へ帰ろう。
微笑を交わし、少年は再び深い眠りの底へと誘われていった。
魔女は立ち上がり、己のザックに手を伸ばす。
これからの決意を固めた彼女にもう迷いは無くなっていた。
探りあてたその中から、一本の大剣を取り出す。
(彼が目覚め、再び戦える力を持ったとき、役に立てるよう、この剣は外へ出しておこう。)
そうつぶやくと、窓辺へと長剣を立てかけた。
丁度この場所には悪魔が闊歩している。
此処を拠点に情報を集め、仲魔を増やし、それから旅立とう…。
だが、この時、激しい憎悪に狂った悪魔の咆哮が、この街に響いていた。
一抹の不安を感じながらも、今はその体力を、彼が取り戻す事だけを考えよう。
そう心に言い聞かせ、少女は自分の羽織るローブを、彼にそっと掛けた。
<時刻:午前10時>
【主人公(旧2)】
状態:瀕死より回復中
武器:円月刀
道具:スコップ他
現在地:青葉区 スマルTV
行動指針:まだ特に考えていない
【東京タワーの魔女(旧2)】
状態:疲労(魔法多発不能)
現在地:青葉区 スマルTV
行動指針:主人公の救済
|