静寂を掻き乱す騒音。 それそのものが事態の異常さを語っている。
大きな溜め息をつき億劫な態度を見せるも、所持する武器を強く握り締める。
そのまま音のする方角へ慎重に顔を覗かすと二つの人影が目に映った。
一つは今にも息絶えそうな程に弱った少年の姿。その扱いは見知るも忍びないものだった。
もう一人が剣を突き刺し捻り込み、それを勢いよく引き抜きそれを従者の天使に戻す。
それだけでは飽き足らず今度はその異形の腕から放たれる拳が傷口を更に広げた。
その行為を繰り返す内に返り血で染まりゆく姿が、狂人と言う存在感を更に高める。
拷問――そんな言葉さえ可愛い響きに聞こえてしまう程に惨たらしい光景。
常人ならば思わず目を背けて無かった事にしようと思考を止めてしまうだろう。
そんな常人の反応にさえ適わない彼の姿もまた狂人と呼ぶに相応しい。
彼の目には先程から異形の者の行為に釘付けである。
その異形の者とは氷川が知り得る中で危惧したヨスガの理の長、橘千晶の姿である。
「彼女の哲学に則ればあの遣り方は美しくはないな。
美を語るなら獲物を素早く、或いは一撃で仕留める。それでこそ美だ。」
こんな時でさえ他者を哀れむ心も、顔に気色ばむ様子も、思考の波も訪れない。
黙々とそれを見詰め、時折言葉を零すその姿には最早人としての名残を見られない。
非道の者、無力の者、無情の者。三者の存在が日常の風景に溶け込めず異色を放つ。
「あの女、今直ぐに殺しますか氷川様?」 殺意を宿した目でオセは氷川に問う。
それに対して今は定刻ではないと説き伏せオセの心を静める。
「諸行無常、盛者必衰の理とは言うがこの地獄絵図は何時に終わる?
同じ行動からでは大した情報は得られない。観察する意味は最早果てた。」
興味は尽きたと終焉を望む声。それに応えるかの様に事態は唐突に変化を迎えた。
「マハブフーラ!!」 その声に合わせて二体の天使は完全に凍りつき、
橘千晶に到っては足を凍らせ自由を奪わせる。
氷川の興味は橘千晶から攻撃を放ったその者、少女へと移りゆく。
参加者の情報が少ない氷川にとっては望ましい事態だからだ。
傍観者はそのまま事態の成り行きをその目で収め、情報を脳へと送り込む。
彼の表情には心なしか笑みを浮かべているかの様にさえ見えた。
しかしそれも直ぐに終わった。戦わずして少女と少年が消え去ったからだ。
「つまらん。」
興醒めしたかの様に発せられる声。
望んだ事態が急に終わりを告げた事に納得がいかないのだろう。
彼の心境に同じく橘千晶もまた後腐れの無い様にその場を直ぐに去っていった。
「本当に良いのか氷川様? 奴は我々に気付いていない。
不意を付けばあんな小娘、屠るに容易い自信を俺は持っているが。」
またも先程の殺意が目に宿る。しかし結果は先に同じく無視せよとの主の声。
その答えに素直に従い殺意の色を落とす。変わって氷川の次の命に瞳を鋭くさせる。
そうだ、まだ当初の目的は達成されていない。血の跡を辿り真相を探らねば。
両者は傍観を止め、それへの実行にようやく移す事にした。
「ここがそうか。」
あれから数分して辿り付いた場所は血に染められた何者かの上着が置かれた空き地。
所々で先程の激戦の様子を褪せさせずに残している。
この時点でああそうかと一人納得する氷川。彼にはもう結果が見えているのだ。
それでもオセに命じてその上着の下にある地面を掘り返させる。
暫くして愛らしい二体の遺体が現れる。それをオセが持ち上げ氷川の前に並べた。
一体は学生と思しき少女。もう一体は高校生か大学生と思われる女性のそれらだけである。
「氷川様がなけなしのMGで俺を呼び出したのにこれでは余りにも報われない。」
と、一人落胆するオセ。オセの所為でもないのに申し訳なさそうな態度を取る。
「いや、そうでもない。」
そう発せられる声の後に続いて氷川の所持するハンマーを少女の体に振り下ろす。
肉の潰れる嫌な音が静寂の調べと噛み合わず不協和音を奏でる。
「傍観する暇があるのなら残りの遺体を切り刻んで欲しいのだがね。」
呆然とするオセに助力を願う声。それに反応しすぐさま言われた通りに切り刻む。
流石は悪魔の力だけあってものの数秒で肉体は原型を留めぬほどに細かくなった。
遅れて氷川も少女だった肉体を挽肉状態に変えさせた。
その散らかった肉や内臓の欠片をザックから取り出した空のビンに詰め込む。
オセもそれを手伝い数十分して持つ限りの全てのビンに入れ終えた。
この行為に理解出来ずその真相を氷川に尋ね、それに答える。
「一つは血に慣れぬ者にこれを浴びせれば精神の錯乱を引き起こせる。
二つは血の臭いで相手の位置を掴む事だ。お前は鼻が利くから此方が優位に立てる。
三つはこれが腐った時に放つ異臭に吐き気を覚え、意識を統一出来ず散漫させる事だ。
その三つの使い道を考慮して私はあのような行動に出たのだ。」
淡々と答えたその声にやはり感情は篭っていない。
それを聞いてオセは悪魔らしい物言いで質問を出してきた。
「これは私的な疑問なのですが、骸を冒涜するその心は如何なものですか氷川様?」
常人ならば詰まるこの問いに氷川はすらすらと口にする。
「戦後を迎えた日本人は慢性的な食糧難に陥った。その時どう命を繋いだか。
その一つに糞を利用したのだ。糞には畑を肥やす力があり農民達は貧しい者等に
駅や民家にある糞を運んでくる様に命じ、その応酬に金を支払ったのだ。
それだけの価値からヤクザ共の抗争の種になる程の魅力を有していたのも事実。
生きる為には糞にさえ縋る。あの過酷な世では人心など無用の長物に過ぎんのだ。」
「詰まりあらゆる物に目を配る事こそがこのゲームで生き残る術とでも?
流石は氷川様。死せる者にさえ安らぎを与えぬその無情さは何時見ても痺れる。」
オセが感嘆の意を示す。その反応に愚かなと感じ、またも口を開き語る。
「死を迎えた人は最早人ではない。人の形をした肉だ。何故それを理解出来ない?
生ある者には人として扱える。しかし死せる物に情を注ぐような器用な真似は出来んな。」
無情に言い切る氷川。彼にとっては人の死さえもその感情を揺れ動かすに足りない。
その人らしからぬ異常な人柄だからこそ多くの魔は彼に従うのだろう。
「何処の何方かは知らないが貴女等の死を有り難く思う。」
人であった肉片に対して一礼する氷川。彼の姿に迷いも後悔も無かった。
<時刻:午前7時>
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:肉体面:死体を潰した為少し疲労。精神面:健常
武器:簡易型ハンマー
防具:鉄骨の防具
道具:642MG 鉄骨のストック×2 死肉を詰めたビン×10
仲魔:堕天使オセ
現在地:青葉区 空き地
行動指針:MGを集める為にスマルTVで悪魔狩り
|