陽光の届かぬ、薄暗く冷たい地下の空間。生命の気配はある者等を除いて他に無く、
それらは時折雑音を漏らすも微々たる為に不気味な程の静寂を掻き消すまでには至らない。
寧ろ無音からいきなり響くそれがより不気味さを増大させている。
ここは「地下駐車場」 彼らはスマルTVへ赴き血の惨劇を演出する筈だった。
それが何故こんな場所に居るのか。 その原因はあの放送にある。
――なお、この後定刻の度『変異の刻』を迎え、悪魔は力を増すだろう――
――力強き悪魔は、力弱き悪魔へ牙を剥き、絶対数は減る――
”悪魔の力は増す” これはまだいい。之から成す事がそれの解決となるのだから。
だが”絶対数は減る”これを聞いて氷川は己の運の悪さを呪った。
数が減れば其れだけ悪魔と遭遇する機会も減り、延いてはMAGの回収にも影響するからだ。
ただでさえ手持ちのMAGの残量は残り僅かなのにこの宣告は余りにも厳しい。
そういえば自身の不運さは昔もそうだった。
あの少年、今は人修羅と呼ばれる悪魔に悉く邪魔をされ果てに敗れた事。
その少年を生かさずを得ない状況を作ったあの女。高尾裕子の事。
そしてそんな小石に躓き全てを失った己の事。
全く笑えない話だ。運命はさぞかし私を嫌っているのだろう。
皮肉を覚え思わず溜息をつく。これ以上の無駄な思考は止めよう。
下らない事に頭を回し、貴重な時間を潰した事を後悔する。
氷川の周囲には円を描く様に燃焼物を燃やした火が辺りを照らしている。
(換気口は正常に起動するらしく、酸欠で倒れる心配は先ず無い。)
その中央に死肉を三つ程消費して描いた血の魔方陣が地面にある。
スマルTVは一先ず後へ回し、今は悪魔と契約し、戦力の増強を図るらしい。
氷川はその為にあの後、思い悩んだ末にこの行動を選び準備を進めていたのだ。
幾ら先を急いても命あってのモノダネ。命無ければ全てが無意味だ。
氷川と言う男はそんな性質を持つ。この慎重さが功を奏すか仇を成すか。
それは人知を尽くして天命に委ねるしか他にない。
マントラを詠唱しだす。
オセを呼び出す時は魔方陣を描いた物が召喚に不向きだった為か多くの時間を要したが、
今回は血によって描いた為に前回よりも早く呼び寄せる事が出来る。
内心でそう思う氷川。その予想は正しく数分程で周囲に変化が起きた。
地面は揺れ、魔方陣からは風が噴出し、暗闇を灯す火はそれに靡いて勢いを強める。
やがてそれが最大に達した所で魔方陣は強い光を発し、同時に悪魔の姿が現れた。
「私を呼ぶは何者か。我が名は邪神サマエル。毒ありし光輝の者である。」
サマエルが己の存在を召喚者に告げる。邪神サマエル。地獄の首領を務める悪魔。
謎多きものとしても知られ、その実力も地獄の総長オセを上回る。
このサマエルもまた氷川が知る一体であり、彼が使役する中で最も強大な存在であった。
そのサマエルも氷川の存在を確認した途端に口調を変え出す。
「……今日は実に祝日だ。まさか氷川様とまたお会い出来るとは。」
紳士的な態度で氷川との再開の喜びを表現するサマエル。
己が認めた存在には例え契約が切れていようと敬意を払うのがこのサマエルの特徴である。
「私もお前の姿が見れた事を嬉しく思うが今は時間が無い。早速で悪いが用件を言う。」
味気ない態度で振舞う氷川。その姿には焦りの色を隠せない。
それを察してサマエルは一見無礼にも思えるこの対応に目を瞑り、声に耳を傾ける。
「単刀直入に言おう。今一度我が力となれ。」
「やはりそう来ますか。しかし残念ですが私も悪魔の端くれ。無償でとは行きません。
もし何か頂ける物でもありましたら話は別ですが、並みの物では心は動じません。
……そうですね。氷川様の汚れ無き魂でなら手を打ちましょう。」
サマエルのその表情に先程の紳士的な優しさは消えていた。
いかに言葉で己を取り繕うともその本質までも変えさせる事は出来ない。
その飽くなき悪魔の欲望が嘗ての主の魂を狂おしく求める様は正に正真正銘の悪魔である。
「悪いがそれはこの俺が先約済みだ。」
交渉の途中でオセが言葉で割り込む。その言葉を聞いてサマエルは驚いた。
地獄の総長とは言え氷川が使役する高等悪魔の中では最下位にそれは位置するのだから。
「……氷川様の行いを責めるつもりはありませんが、それは相応しい相手にこそ捧げるべきです。」
サマエルの発言の後、オセの殺気が周囲を満たしたが直ぐに氷川はこれを沈めた。
やはり劣悪な状況下だったとは言え、オセに魂を売り払うのは出過ぎた真似だったか。
己の行いに苦笑しながらもあの時は仕方が無かったと事の経緯を簡潔に話して納得させた。
「では氷川様は私に何を捧げるつもりですか? 余り私の期待出来そうな物はありませんが。」
先程の欲望で象られた表情は元に戻っていた。サマエルの関心が失せた証である。
この交渉は失敗か。誰もがそう思い掛けてた時に氷川が口を開いた。
「サマエル、お前はラジエルの書を知っているかね?」
「? あの天使ラジエルが膨大な量の知識を記した書の事ですか?」
「そうだ。その書の存在が他の天使達にどんな影響を与えたかね?」
「……嫉妬に狂い、その本を奪い海へと投げ捨てた。」
「正解だ。では次に何故天使達はそんな行為に出たのかね?」
「……森羅万象を記したその書は神の叡智と並び、有した者は神と等しくなれるから。」
氷川の出す問いにその真意の理解は出来ずとも取り敢えずは答えるサマエル。
オセもその意図を読み取れず困惑するばかりである。
燃焼物も少なくなり火の勢いも弱まる。先程まで明るかった空間も今は暗闇に近い状態。
それでも交渉は続行させる。暗闇の中で僅かに見えるその姿は更なる背徳感を呈した。
「そうだ、知識こそ全てを制する万物の力だ。全てを知った時、その者は神となる。
その知識をアマラの転輪鼓によって得られるとしたら……どうだね?」
アマラの転輪鼓。トウキョウではそれを転送装置「ターミナル」として呼ばれていた。
氷川は「ミロクの予言書」と呼ばれる書を用いてそれを復元させたのである。
そのアマラの転輪鼓には宇宙の事柄全てを知る、万物の知の力を有していたのだ。
氷川の言葉を聞いたサマエルの心は極端に揺れた。
かの至高の大天使たるルシファーでさえ神の玉座を欲したのだ。
それ程まで神となれる感覚は彼等にとって最上のものなのだろう。
その神が有した叡智を己が得られるとなれば、これもまた最上に等しいのである。
「サマエル、お前こそが神の名を語るに相応しい。四文字の神は愚劣だ。
最高の知恵を有しながら数多くの愚行をなしたのだから。」
至高の神たる存在を冒涜の言葉で飾る氷川。
氷川にとっての神は畏敬すべき存在ではなく、ただ愚劣でしかないのだ。
「……最早神の時代は潰えた。なのに未だその玉座に執着する驕れる神には呆れてしまう。
その傲慢さが人々に苦しみを与えると言うに。それを救うのがお前だ。
誰しもがお前の時代を待ち望んでいる。そうだ、人を犯し法を侵し神を冒せ!
歪んだ高潔さなど不毛を生むだけではないか!! そんな物、要らぬ求めぬ消え失せよ!!!」
弁に熱を込めたその勢いと誘惑の交差にサマエルは完全に圧倒される。
それとは裏腹に灯火は完全に失せ、当初の暗黒を呼び戻す。
まるで光を拒絶し闇を求めるかの様に。氷川は暗闇の中を歩きサマエルの耳元で囁く。
「……サマエル、こんな言葉を知っているかね? ルールとは破られる為にあると。
それともよもや「人はパンのみに生きるにあらず」と、神の子を気取るか? 違うだろう?」
止めの言葉を受けて最早これに逆らう力はサマエルに無い。
神となれる。その一言を聞いた時点で既に拒む決定権は無いのだから。
自然とサマエルは首を縦に振り、氷川の眷属となる事を認めていた。
オセは堕落へと導く様な氷川の交渉術を見てある者を彷彿とさせていた。
アダムとイブに禁断の実を食す様に唆し、多くの天使達を誘惑させた大魔王ルシファーを。
<時刻:午前八時>
【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:肉体面、精神面共に正常。
装備:簡易型ハンマー 鉄骨の防具
道具:死肉を詰めたビン×7 鉄骨のストック×2
仲魔:堕天使オセ 邪神サマエル
現在地:青葉区地下駐車場
行動方針:MAG集めの為にスマルTVで悪魔狩り
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