女神転生バトルロワイアルまとめ
第73話 小さな仲間

太陽が少しずつ高くなってきた、9時半前。
殺し合いというゲームには似つかわしくない、明るい光が街を露わにしていく。
タヱ、ネミッサに続いて、舞耶が一人一時間と決めた仮眠に入って少し後、
突如鳴り響いた音に、眠りに入ったばかりの舞耶は跳び起きた。
明らかな非常音だ。ガラスの割れた音がして、直後、悪魔のものだとすぐにわかる奇声がやや遠くで聞こえた。
まさか二人に何かあったのだろうか?
「ネミッサちゃん、タヱちゃん、無事!?」
倉庫の外に飛び出すと、ネミッサとタヱが驚いた顔でこちらを向いた。
ネミッサは手に発動間近の魔法を構え、タヱもひけた腰ながら、ネミッサから貸し渡された銃のトリガーに指をかけている。
「舞耶さん!眠っていたんじゃなくて?」
「起きちゃった。さっきの凄い音って一体何?」
「わかんないよ。でも警戒したほうがいいね、絶対フツーじゃな…」
言い終わる間もなく、少し先の柱の影からオーガが数体飛び出てきた。
敵は、ゲームにのった人間だけではない。悪魔も隙あらば人間の血肉を食ってやろうと、参加者の命を狙っている。
「ほら来た!…ロマ・フルメン!」
ネミッサの鋭い声と共に力強く振られた手の、その細い指先から、幾筋もの雷光が走る。
白く輝く光は意思を持ったかの如くオーガたちに絡み付き、悪魔たちはこちらに鋭い爪を振り上げる間もなく、断末魔の叫びをあげて絶命した。
「ナイスファイト!」
「ふん、ネミッサ様にかかれば、こんなもんよ」
得意げにあごをしゃくるネミッサの後ろで、タヱが安堵してがっくりと肩を落とした。
が、すぐ顔を上げる。
「…ところで、さっきの音は何だったのかしら?」
「そうだった!ね、見に行こう。何だか気にかかるわ」
「で、でも舞耶さん!まだほとんど仮眠もとれてないんじゃ…」
心配するタヱに、舞耶は笑顔を向ける。
「大丈夫!仕事柄、睡眠不足は慣れてるわ」
それ以上は有無を言わせぬ様子で、舞耶はさっさと歩きだす。
その背中を追うネミッサは心配そうなタヱと対象的に、しごく楽しそうに笑った。
「舞耶ちゃん、言い出したら聞かないとこあんのねぇ。何だか新に似てるわ〜」
「笑い事じゃなくてよ…もう」
あの音がしたのは階上の気がする、との舞耶の言葉に、三人は上を目指した。

途中、数体ほどの悪魔を舞耶とネミッサの魔法で撃退し、たどり着いたのは最上階の女子トイレ。
窓ガラスが割れていたのは倉庫だったが、そこは見る限り悪魔の気配すらなく、
ネミッサが「悪魔の気配がするよ」と指差す方向に進んでみれば、その突き当たりが女子トイレだった。
「あはっ、何だかここの女子トイレには縁があるわね」
「どーいうこと?」
「うん、話せば長いんだけど…私、昔にもここに来たことがあるのよ」
わざと煙草吸って警報器鳴らしたり、起爆装置を発見したりしたわぁ、と笑う舞耶を、二人は不審げに見つめる。一体何のためにそんなことをしたのかと言いたげだ。
そんな視線には気付かず、舞耶は共にここを訪れたことのある仲間達を思う。
達哉くん、克哉さん、どうか、まだ無事でいて。
「さて、どうする?この中にいるの、この建物の中ではけっこー強い奴みたいだけど」
舞耶は現実に引き戻される。そうだ、今は思考に沈んでいる場合ではない。
二人は大丈夫だと今は信じ、己の出来ることをするしかなかった。
トイレの中からは、個室の扉を手当たり次第に叩くような音と、耳をつんざく奇声が聞こえてくる。
「凄いわね。入ってる最中にあんなに叩かれたらたまんないわー」
「…舞耶さん…どれほど切羽詰まっても、あんなに叩く人はいなくてよ」
「あはは!じゃあこのせわしい人は、悪魔決定ね。これだけ暴れるってことは何かあるんだろうけど…なんだろ?」
ネミッサがドアノブに手をかける。
「開けてみたらわかるんじゃない?」
その瞬間。
ばりばりと板の割れる音の直後、トイレの赤いドアの真ん中が突然に裂け、開いた焦げ臭い穴から小さな妖精が飛び出してきた。ネミッサが慌てて飛びのく。
「助けてー!」
「な、なに、ピクシー!?」
しかしピクシーに気をとられている間もなく、今度は中の個室ではなく穴が開いたばかりの扉が強烈な力で叩かれる。今にも外れそうに激しくしなるドアの穴から、真っ赤な鱗が見えた。
「悪魔…!」
タヱが息を飲む。刹那、舞耶がタヱの腕を力いっぱい引いた。
「危ない!」
もう一度赤い鱗を持った魔物の体がたたき付けられ、ドアは堪え切れずに、寸前までタヱがいた場所に倒れ伏す。
その向こうから姿を現したのは、銅の鱗で巨躯を武装した、軽自動車ほどの邪龍だった。
唾液でぬらぬらと光る牙が並んだ口からは、腐臭のする息が吐き出される。
獲物が増えたことを喜ぶかのように口元を歪めると、ぼたぼたと酸の混じった唾液がこぼれ、床を溶かした。
「…邪龍?それにしては見たことないけど…」
舞耶が交戦の構えをとりながら呟く。すると後ろの方で先程のピクシーが叫んだ。
「ワイアームよ!お願い、早く倒してー!」
「ワイアーム?」
舞耶は復唱するが、聞き覚えのない名前だ。ネミッサが庇うように、悪魔とタヱの間に割って入る。
「何だっていいじゃん、倒しちゃえば一緒だよ!」
それまでこちらの動きを見るように油断なくもじっとしていたワイアームが、ネミッサの右手に発生した青白い電流を見ると、途端に身構える。
「ジオンガ!」
「グァァアアアア!!」
魔法が放たれるのと同時に、ワイアームの太い尾がネミッサを襲う。
しかしネミッサの方が、移動も魔法照射も幾倍も早かった。
ワイアームの尾をすんでで跳んでかわし、ネミッサは着地ついでに再度跳躍すると、そのタイミングでジオンガが邪龍の脳天を貫く。
跳躍の勢いのまま感電状態の邪龍の横っ面に蹴りを食らわすと、ワイアームは動かない体のまま吹っ飛ばされ、背後の壁に叩きつけられた。
「ネミッサちゃん、すごい…」
タヱの嘆息に振り返らずブイサインを出すと、ネミッサは早くも次の魔法を打たんと詠唱を始める。
「私も負けてらんないわね!」
ペルソナ、と舞耶が喚ぶ。その背後に月光の処女女神アルテミスが浮かび上がり、優雅に細腕を振るった。
「ブフダイン!」
女神と舞耶の声がシンクロした瞬間、ワイアームの周囲の空気中と、体内の水分が強烈に氷結する。銅の鱗を内外から完全に凍らせた氷塊が砕け散ったあとに、ワイアームの姿はなかった。
ただ消し炭のような黒い粉末が地面に散らばっている。
「ちょめちょめ完了!」
数々の死線を潜った後ここに連れて来られた二人には、この程度の悪魔は前菜にも足りなかったらしい。事も無げに悪魔を倒し、一仕事終えたといわんばかりに両手をはたく。
ひとまず、安心してよいようだった。


倒した悪魔のマグネタイトが散らばる辺りにいる舞耶とネミッサの元に、タヱが走り寄ってくる。
「大丈夫だった?」
「もちろん。そうそう、舞耶ちゃんも結構やるじゃん」
「ネミッサちゃんこそ!」
きゃっきゃと手を取り合って話す三人だったが、ふとタヱが疑問を漏らした。
「…そういえば、さっきのガラスが割れる音もあの悪魔だったのかしら?」
忘れていたが、ここで悪魔と戦う羽目になったのは、その音の原因を探しに来たからであった。
もしかしたら参加者…それもゲームに乗った参加者なのかもしれないと、三人とも言わずとも思っていたのかもしれない。
その不安は、今はなくなったわけだが。
首を傾げていると、それまで後方で控えていたタヱのさらに後ろにいたピクシーが慌てて飛び出してきた。
さっきまでどこに持っていたのか、彼女の薄羽ほどある大きさの紙切れを手にしている。
「ねぇっ、さっき、まやって言った!?」
「え?舞耶は私だけど…」
舞耶が名乗り出ると、とピクシーはその小さな頬を紅潮させて、歓喜の声音をあげる。
「うそっ、ホントに!超ラッキーなんだけど!やっと会えた初めてのニンゲンがアンタだなんてー!」
三人は目を点にして、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
最初にタヱが我に返って、おずおずと悪魔に話し掛けた。彼女の人生において初の行為である。
「…あ、あの、あなたは舞耶さんを探していたの?」
「そうだよ。アタシね、ヒーローの仲魔なの。で、彼の命令でアンタを探してたってワケ」
「ヒーロー?…確か」
タヱは上着のポケットに突っ込んであった名簿を引っ張り出して見る。記憶通り、名簿の一番目の人物だった。記載名は、ザ・ヒーロー。
続いて我に返った舞耶が再び首をひねる。
「でも、どうしてその人が私を探してるのかな?名前もここに来るまで知らなかった、もちろん面識も無い人が…なんでだろ」
「そんなの知らない!」
ピクシーは言いながら、きょろきょろと三人を観察する。どうやらどこにも怪我はないようだ。
回復魔法の必要がないと知ると、ピクシーはつまらなさそうに腕組みをした。

どうやらこのピクシーには全く敵意もないらしい、と踏んで、舞耶はコンタクトを試みる。
「ねえ、ヒーローさんのこと、何でもいいから教えてくれないかな」
「ええ〜、面倒くさい〜」
ピクシーが命じられたのは、天野舞耶を探し出し、怪我があれば回復してあげること。
それから、GUMPを通じて連絡すること。
説明までは命令に含まれていないので、全く彼女らに協力するつもりはなかった。
「アタシ、話なんかしてる暇ないの。ヒーローにあんたを見つけたこと、連絡しなきゃ」
「ね、そんなこと言わないで、先に教えて!困ってることがあったら、相談に乗るから」
「しらなーい」
もしヒーローと呼ばれる人物が、その名とは対照的にこのゲームに乗っていたら。
そう思うと、ピクシーに連絡されるより先にヒーローの意図を知っておくことが必要だった。用心深すぎるくらいでないと、命に関わる。
しかし舞耶が何を言っても、ピクシーは知らぬ存ぜぬである。
それを見ていたネミッサは、苛立った顔で床の黒い粉を拾いピクシーの鼻先に突き出した。
「この悪魔のマグあげるから、何でもいいから話しなさいよ」
「ええっ、そんなに…!……じゃあ、ちょっとだけだよ」
ピクシーは途端に表情を変えた。なかなか調子のいい妖精である。
ネミッサの手に警戒しながらも近付くと、ピクシーがマグネタイトに触れる。すると黒い粉は輝く緑の光になり、ピクシーの体に吸い込まれていった。
「あのねー、ヒーローは、一緒にいる人とここを脱出するって話をしてたの…そのために天野舞耶も探してるんじゃないかなー。
アンタのことは、青葉区で見つけたパソコンで見つけたみたいだったよ。噂がどうとかって言ってたかな…
アタシはGUMPの中にいたから、詳しいことは知らないけど」
機嫌を良くしたのか、ピクシーはぺらぺらと喋る。交渉成功というところだ。
舞耶は睡眠不足の頭を励まして、考えた。
青葉区のパソコン、というと、ヒーローはキスメット出版に入ったのだろうか。
そこに置きっぱなしになっている舞耶のパソコンには、スマル市の噂に関する記事をまとめたファイルを保存してあった。噂でこの街が飛んだ、という経緯を詳しく書いた記事だ。
それを彼が読んで、真偽を確かめるために自分を探すよう仲魔を寄越した…そんなところだろうか?
なんにせよ、ピクシーの言葉を信じるなら、ヒーローがこのゲームに乗っている可能性はほぼない。

「ヒーローさんか…ひとまず信用していいのかな」
「どうするの、舞耶さん?」
舞耶は外国人のようなオーバーリアクションで両手を広げた。
「ねえ、ヒーローさんを探しに行かない?脱出を考えてるっていうし、きっと協力できるわ」
ここにいても、なにも進まない。
なにより、このスマル市から脱出する術を見つけるには、ここを出るしかないだろう。まさかショッピングセンターに、このゲームと主催者の秘密が隠されているはずもない。
自分でもいくつかの仮説を考えたりしてみたが、どれもどうも納得がいかないものばかりだ。しかし他の協力者と話し合えれば、見えてくるものも多くなるだろう。そのためにも、ここを出なければいけない。
恐ろしくても、動いてみればきっと事態は好転する。
今だってわざわざ危険な場所に赴いて、ピクシーに出会いヒーローの情報を得たではないか。
こんなときこそ、レッツ・ポジティブシンキングだ。

先に声をあげたのはネミッサだった。
「ネミッサは行く方に一票。ここに篭ってても何にもなんないと思うし、一緒に戦えるヤツがいるなら、合流した方がいいじゃん」
「…私も行くわ。女は行動あるのみ、よ!」
ちょっと恐いけれどね、と舌を出したタヱを勇気づけるように微笑んで、舞耶は片手でガッツポーズを作った。
「よし、決定!!」
「決定したとこ悪いけど、アタシは帰らせてもらうね。ヒーローのとこに戻んなきゃ」
驚いて舞耶が振り向くと、ピクシーは通路の角のところで、もう手を振っている。
「ま、待って!決定はしたけど、私たちヒーローさんがどこにいるのか知らないのよ」
連れていって!と叫ぶも、ピクシーは完全に無視して角の向こうに姿を消してしまった。
ネミッサが一番に走り出し、ピクシーの後を追う。
このままでは、せっかく手に入れた協力者の情報も無駄になってしまう。
銀髪揺れる黒いスーツの背中を追って二人も走り出すと、突然悪魔の断末魔が耳に飛び込んできた。
「ネミッサちゃん!?」
角を曲がったところには、ネミッサが立っていた。
足元には、馬頭に竪琴を持った悪魔が全身を痙攣させて倒れ伏している。
ピクシーがネミッサの頭に張り付いて、小さく震えていた。
どうやらネミッサの足元で倒れている悪魔に襲われかけたところを、間一髪助けられたらしい。
どさぁと音をたててマグネタイトに変わった悪魔を見下ろしながら、ネミッサはしたり顔でピクシーに声をかける。
「どうすんの、ピクシー?ここで悪魔に食われるか、それともアタシ達を連れてアンタのマスターのところに戻るか…今なら選べんのよ」
「……ご同行、お願いしマス…」
またも交渉成功である。
三人に、可愛い四人目の仲魔が加わり、目標が出来た。
目指すは、ヒーローとの合流である。



<時間:9時半過ぎ>
【天野舞耶(ペルソナ2)】
状態 魔法使用と睡眠不足で少しだけ疲労
防具 百七捨八式鉄耳
道具 ?
現在地 平坂区のスマイル平坂
基本行動方針 できるだけ仲間を集め脱出方法を見つけ、脱出する。
現在の目標 ヒーローと合流する

【朝倉タヱ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 正常
武器 MP‐444
道具 参加者の思い出の品々 傷薬 ディスストーン ディスポイズン
現在地 同上
基本行動方針 この街の惨状を報道し、外に伝える。 参加者に思い出の品を返す。
     仲間と脱出を目指す。
現在の目標 ヒーローと合流する

【ネミッサ(ソウルハッカーズ)】
状態 ほぼ正常
武器 MP‐444だったがタヱに貸し出し
道具 ?
現在地 同上
基本行動指針 仲間を集めて、主催者を〆る。
     ゲームに乗る気はないが、大切な人を守るためなら、対決も辞さない。
現在の目標 ヒーローと合流する

【ピクシー(ザ・ヒーローの仲魔)】
状態 正常
現在地 同上
行動指針 ヒーローの任務遂行。ヒーローのもとに戻る

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