女神転生バトルロワイアルまとめ
第74話 二つの選択肢・後

くずおれた少女と踊る血の軌跡を見て、ロウヒーローは高揚していた。
「はははははははははははははははははははははははは!!!呆気ないですねええぇえええ!!!」
倒れたヒロインの髪を掴み上げ、ロウヒーローは口角を吊り上げながら嘲弄する。

彼にとってのあの"声"は神託だ。人に死を与えることが天命だと信じて疑わない。
そして何より……地に賦せる少女はあのヒーローのパートナーである。
蘇る忌々しい記憶、数刻前に屈辱的な目に遭わされたことを、ロウヒーローは忘れたりはしなかった。
彼女の姿を店内のガラス越しに見た時から、その計画は着実に進行しつつあった。
ヒロインを生け捕り(或いは首から上だけでもいい、腐り果てるのもまた見物だ)それをヒーローの眼前に突き出してやるのだ。
見るからに戦えそうにない少女一人連れでも、ヒーローは冷静でいられた。
しかしパートナーの無惨な姿を見て、それでも心を乱さない人間などいるはずがない。
動揺した隙を見計らい――そして今度こそ彼を殺す。
それが神の意志だ。そう、神は告げたのだ。
「死者の数はまだ少ない」……それに応えるためにも!

マハザンマの威力は抑えていた。ヒロインがこの程度で死ぬ人間でないことは承知の上だ。
その証拠に、ヒロインは小さく咳き込む。
血混じりの唾が地面に散った。
「まだ殺しはしません、まだまだ楽しませて貰わなければ気が済みませんよ」
彼女は、この長い長い前座を終えるための道具にすぎない。
もはや言葉を発する力すら残っていないのか、ヒロインは無言のままだ。
それがロウヒーローの気に障ったのか。爪先でヒロインの身体を小突くと、押し殺すような呻き声が聞こえた。
「パートナーの不始末は、貴女にとってもらわないといけませんからねえぇえ」
パートナー。その言葉に、ヒロインの瞼がぴくりと反応した。


ヒロインはゆっくりと目を開ける。
しゃがんでこちらを見下ろすロウヒーローの姿が、朧気に見えた。

景色が赤い。目に血でも入ってしまったのだろうか。
だとしたら、暫く視界は閉ざされたままだ。
目が見えないことは、戦いにおいて圧倒的に不利になる。
魔法による視覚攻撃は魔法で打ち消すことができるが、さすがに目に入った血を除けることはできない。
先に火蓋を切ってきたのはロウヒーローだ。
仕掛けてきた以上……このまま放っておくわけはない。
自分の薄い呼吸の音が聞こえてくる。
それももう、聞こえなくなってしまうのか。

……死ねない。
まだやるべきことが残っている。
太上老君にいざなわれたカテドラルへと赴き、神と悪魔の戦いに終止符を拍たなければならないのだから。
指を動かす。指先が震え、未だ血が巡っていることが確認できた。
次に目を瞬かせる。左目に血が入ったらしく、瞼がうまく開かない。
最後に、ロウヒーローに気付かれないように、仕込んでいた毒矢を指先で確かめる。
ベルト越しに、細長い矢柄に触れた。
「まずは耳から撃ち抜きましょうか、それとも眼球でも抉りましょうか?
 両手足をもいでから、ヒーロー君の目の前に突き出すのも面白そうですねえぇえ……それまでに貴女が生きていればの話ですが……」
生きなければ。
――そのためになら殺すことも厭わない。
ああそういえば、いつのまにか頭痛は治まっているじゃないか……!


ヒロインはベルトに隠していた毒矢を引き抜くと、ロウヒーローの左足首に矢尻を突き刺した。
「ぐッ……?!」
怯んだその一瞬を、ヒロインは見逃さない。
右の拳をロウヒーローの頬に叩き付ける。前歯を折った感覚が腕を通して脳に伝わった。
不意の攻撃に、彼の手からジリオニウムガンがこぼれ、酷い音を立てて地面に落ちた。
ヒロインは倒れたロウヒーローの身体の上に、身動きの取れないように腕を踏んで馬乗りになると
驚愕と憎悪と憤怒を浮かべる彼の顔面に左手を押し付けた。

生き物の殺害において、迅速かつ簡単な方法は二つある。
一つ目は臓器の破壊。多大な苦しみを相手に与えながら、殺人という快楽に酔いしれる方法。
そしてもう一つは――

「 メ ギ ド ッ!!!」

薄紫の光が迸り、ヒロインの左手を中心に小規模な爆発が起こる。
小さなものが水溜まりに落ちたような水音が、いくつも響いた。
水溜まりは赤い色で、弾き飛ばされた塊は原形を留めていない。
その傍に人間の身体がなければ、その肉塊が頭だったとは気付けないだろう。
それは服を更に赤く染め上げた、頭部を失ったロウヒーローの無惨な末路だった。
彼が最期に見た景色は、指と指の隙間から見えた血塗れの女の顔だったのか、それとも虚構の神なのかは、今となってはどうでもいいことだ。
もしかしたら自分が殺されることすら知らないまま、世界に別れを告げたのかもしれない。

「……ハァ、ハァ……」
ヒロインは荒くなる息を抑えるように、汚れたマントを握り締める。
殺した。確実に殺した。
頭を吹き飛ばされて生きていられる人間など、少なくともヒロインは知らない。
かつての仲間の死体に跨ったまま、ヒロインは呆然としていた。
自ら手を下したとはいえ、人を殺した実感が湧かない。
暫くその血溜まりに目を落とし、そしてその現実を受け止め、後悔する。
殺したことに対してではない。
彼はヒーローと対峙したと、手に取るように分かる会話を思い出したからだ。
「色々……聞いておくべきだったかもしれないわね……」
死人にクチナシとは、よく言ったものだ。

ヒロインの左手は無くなっていた。厳密に言えば、手首から下が弾け飛んでいた。
至近距離から万能系の破壊魔法を撃ったせいだと気付くまで、暫く時間を要した。
さすがに粉々になってしまったら、魔法でも治せないだろう。
「そうだ……回復、しなきゃ」
普段より遙かに効きづらい回復魔法を繰り返し呟きながら、ヒロインは思う。
そう――殺したのだ。
でも殺さなければ殺されていた。生きるために他の命を奪うことなど、当然のことだ。
たとえロウヒーローを逃がしていても、また別の誰かを襲うだろう。
危険な芽は早めに刈り取っておいた方がいい。
正当化しても、心はどこかで迷い続ける。


死体の上から立ち上がり、彼のザックと武器を回収してから、ヒロインはふらつく身体を引きずるように店内へと舞い戻る。
今の状態のままでは、ヒーローを探すことはおろか、敵と対峙した時に勝てるかどうかも怪しい。
喫茶店のカウンターの下に隠れ、ヒロインは目を伏せた。
今はただ全てを忘れ、ひとときの休息に身を委ねたい。

――会いたい人間がいるのだろう?
目眩がする。誰かの声が頭に響く。
――だから殺すのだ。生きるために、その人間に会うために。
そんなこと分かっている。だから殺した、成し遂げた。
この"何者かの遊戯"に参加している全ての人間が、殺意を抱いていないと言いきれない。
ロウヒーローのように友好的に他人に近付き、寝首を掻くことだって充分に有り得る。
ならば一人で戦おう。
殺される前に殺すべきだ。
誰一人として信用してはならない。
そう……ヒーロー以外は、誰も。

まどろむヒロインの精神の奥底で、悪魔が顔を歪めて嘲笑う。



時刻:午前7時
【ヒロイン(真・女神転生)】
状態:左手首消失、疲労(暫くの間、魔法の使用不可)、アルケニーの精神侵食
武器:ロイヤルポケット(残り8発)、ジリオニウムガン
道具:毒矢×4、煙幕弾×8
現在位置:港南区・シーサイドモール「ジョリーロジャー」
行動指針:ザ・ヒーローに会う それ以外の人間は殺される前に殺す覚悟

【ロウヒーロー(真・女神転生)】
状態:死亡(ヒロインにより、メギドで頭を砕かれる)
武器:ジリオニウムガン(ヒロインに奪われる)
道具:煙幕弾×8 (同上)

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