女神転生バトルロワイアルまとめ
第79話 情報の亡者

「自分の無能さを之ほど呪った試しは今が初めてです、氷川様」
「気に留めるな。私は端から死んでいたのだ。そう思えばこの程度の傷が何になる?」
静寂なる空間の中、疲れ切った一人の男が左腕から血を流し、一体の赤い蛇がそれを見て嘆く。
彼等の航路には悪魔達による血の海が、屍の肉が所々に築かれている。
男が望んだ地に彼は今立っている。

――スマルTV――
高度経済化した人の社会に欠かせない存在。それは情報である。
その情報を扱う物の一種がテレビ局だ。
日々の営みに当然の様に提供されるそれに人々は自然と耳を傾ける。
しかし人々はその有難味を今ひとつに感じていた筈だ。
何故なら日常に常に出続けるとそれを当たり前だと言う感覚に陥ってしまうからだ。
それが遮断された時の事態がどれ程の物かを知らずに。
現に今の私がそうだ。この地は何だ? 参加者の能力や性格は何だ?
殆ど無知ではないか。人は情報無くして生きられない。
それ無き人とは最早死人に同義。それ程までに情報の存在は大きいのだ。
氷川が今まで生き残れて来たのは単純に運が良かっただけの話。
例え彼が悪魔を使役する実力者だとしても小石に躓く事態など有り得る事だ。

早速その運とやらも切れたのだろう。潜んでいた敵に不意を突かれる。
それに直ぐに反応出来たので掠り傷程度に留まったが、それでも彼は怪我をした。
確かに現時点でサマエルに敵う悪魔は居ないが、物量の点では敵側が遥かに勝る。
無知たる故の敗北である。
その因果であろうか。此処は情報の発信源たるTV局内。
無知である彼への暗示にも皮肉にもはたまた嘲笑っているかの様にも思えた。
だが氷川は劣等感を抱くよりもその傷を見て満悦そうに口元で笑んでいた。
「やはり彼女等との遣り取りは無駄では無かったな。」

氷川の腕時計は10時を指している。それから遡る事2時間前の話。
彼はオセと共に青葉区を駆けていた。オセは兎も角、氷川は常人のそれを超える程に速い。
オセのスクカジャによる効果だった。
これは回避率・命中率を上げ尚且つ行動速度も上昇する優れものだ。
要するに脳の潜在能力を引き出すと言った所か。
人間は30%程度の力しか発揮出来ないと言うが、100%の力を出す事例もある。
尤もそれは火事場の馬鹿力とか窮鼠猫を噛むとか言う様に、
極限な事態や特殊な事態でも無い限りは先ず有り得ない事だが。
常に100%の力を発揮すれば人はそれに着いて行けないのだから。

そう考えればスクカジャの効力も利便なばかりではない。
結局を言うとドーピングと同じだ。しかも摂取し過ぎると逆に害を成す毒物。
故に過剰摂取せず、だからといって過少にしても駄目だ。適量が丁度いい。
何度でも重ねられない事はないが、100%、200%、300%……
果たして人がそれ程の力に耐えられるだろうか? 欲張りは身を滅ぼす。
だから氷川は重ねた回数を二回にした。一回で25%上昇するので二回で50%は行く。
それに人間が通常で使う30%の力を併せて80%の力を持つ事になる。
少し過剰な気もするが、これはこれで良い。特に先を急いてる場合には。
オセは4回まで重ねた様だ。
悪魔と人とでは基本能力に差異があるから特に違和感のある行為ではない。
寧ろ頼もしい位だ。自分よりも五感に優れるのだから。
だからこうして走っていても周囲の異変にオセが素早く反応出来る。
臆せず目的地まで行ける訳だ。

スマルTVへは数分程で着いた。
元々出発点から然程遠く無い事とスクカジャの力による成果だ。
早速中へ入ろうと思ったが、入り口前で立ち止まった。
中から何かの気配がする。此処に悪魔がいる事は知っているがこれは違う。
氷川は悪魔ではない事は感覚で理解し、オセはそれは人だと具体的に述べる。
此処で悩んでも仕方がないと動きを見せる。オセが先頭に立ち、後方から氷川は歩む。

入り口からエントランスへ至ると異様な程に静かだった。
本来ならこんな場所は取材で訪れる以外に他には無かった。
氷川は職業柄もあって世間から注目されていた。特にマスコミ関係は後を絶たぬ程に。
だが余りにも鬱陶しかったので自分の代理を立てて対応するのが常であった。
そんな自分が向こうからTV局にやってくるとなれば之ほど望んだ事は無いだろう。
全員総出で来訪を出迎え、中にはコバンザメの様に胡麻を擂る輩も居たかも知れない。
それが現実ではこれだ。そのギャップに滑稽にさえ思えてきた。
序でに戯言や冗談の一つでも言ってやりたかったが、止める事にした。
自分に集る忌々しい蝿共が失せやだけでも彼にとっては清々しいからだ。

さて、感慨に耽るのもここまでだ。
次にこの眼に映る人物達と接する必要があるのだから。
氷川はその人物達を見て驚きを少しばかりだが隠せなかった。
見れば金髪の少女に床に倒れこんだ少年の二人の姿だった。
その少年は橘千晶の脅威に晒され命の灯火を失い掛けていた所をその少女に
よって救われたのである。その成り行きを見ていたのが傍観者である氷川だった。
だから彼は彼女等を知っているが、彼女等は氷川達の事等全く知らない。
その為か此方に向かって手を構えている。何時でも魔法を放てる様に。

「おや、珍しい。こんな寂れた所に愛らしい一輪の花が咲いているとは。
人が荒れ狂う地にて心が癒される貴重な一時だ。その花に見守られる少年は幸福な事だ。」
まるで口説くかの様に接してみるも、やはり功を奏さない。
警戒を解く気配が微塵も感じ取れないからだ。それどころか余計に此方を怪しんだ。
「それ以上近づいたらどうなるか知らないわよ。」
初めて接触した人間の第一声が殺意に満ちたものだった。
此方も先へ進みたい以上、こんな所で時間を潰す訳にも行かない。
よってここは交渉を試みようと氷川は思った。

「それは困る。私は先へ進みたいのだよ。此処へは目的があって来たに過ぎない。
君達を殺そうとは思っては無いよ。私はこの手の遊戯には乗らぬ主義でね。」
「……信用出来ないわね。口だけなら誰でも出来る話よ。」
やはり簡単にはYESとまでは行かない様だ。
氷川の隣に悪魔であるオセが立つ。その事実が彼女をよりそうさせる。
それを察してオセの双剣をしまう様にと指示を出した。それでも彼女は同じ姿勢を保つ。
自らの命を顧みず少年を救出した人なのだ。恐らく彼以外には疑心暗鬼に接するのだろう。
このまま無駄に時間を潰す訳にも行かず、氷川は最後の手段に出た。

「……しかしあの女と二体の天使を相手に不意を突いたとは言え対等に渡り合えるとは。
加えてあれ程酷かった少年の傷も随分と癒えている。君は有能だよ。」
!!! その言葉に強く少女は反応した。
「まさかこの男、さっきの女の刺客!? 不味いわ、こっちは魔力を余り使えない。
精々攻撃魔法は撃てて一発。後は回復に回さないといけないのに……」
彼女の脳裏に焦りが巡る。相手は私を知っている。だが私は相手を知らない。
無知の境遇に晒され困惑する。限られた条件と劣悪な状況で倒す必要があるからだ。
しかし彼女の不安で溢れる心情とは裏腹に氷川から予想もしない言葉を掛けられる。

「私と手を組む気は無いかね?」
敵と思っていた相手からの共同の願い出に、一気に緊張の糸は切れた。
本当に予想にもしなかった事なので頭がこんがらがった。
が、次第に冷静さを取り戻すと氷川の言う言葉に耳を傾けた。勿論構えは解かずに。
「私は君が戦ったあの女の事をよく知っている。その主義、その思想、その性格をな。
そして彼女とは敵対関係にある。よって私は君の敵ではないのだ。
次に私がここへ来た目的は悪魔狩りだ。色々と事情が苦しくなったのでね。」
次々と自分の情報を相手に教える。相手を信用させる手段の一つが情報の提供だ。
何処までが真実で何処までが嘘かは魔女には判らない。
だが今はこの男の言う事が真実である事を願うしか他になかった。

「私は情報が欲しいのだよ。それには一人では無理がある。
だから君達の知っている事も教えて欲しいが今は止めておいた方がいい。」
男の言う言葉に魔女は意味を把握出来なかった。
この男はいちいち回りくどくて面倒だ。単刀直入に言え、と今にも喉から出そうな
勢いだったが堪える事にした。この男の機嫌を損ねたら駄目だとそう思ったからだ。
「もし私に殺意があるのなら情報を聞くだけ聞いてその後で殺しに掛かるよ。
だから君の持つ情報は言わば命綱なのだ。軽々しく言うものではない。」
男の言わんとする事を魔女はやっと理解出来た。成る程そう言う事か。
本当に情報を得てから殺すなら脅すという選択肢もあった。
それをこんな面倒な方法をしてまで信用させたいと言う事は少なくとも敵意は無い筈。
それにゲームは始まって一日と経ってない。情報に乏しいのにも説得力がある。
この男が何を考えてるかまでは知らないし情報を聞き出せば殺しに掛かるかも知れない。
だが今は例えそうだとしても生き残る事が先決だ。そうすれば可能性はあるのだから。

魔女は心の中でそう思った。そうなると先程の重い空気も随分と和らいだ気さえして来た。
「これでお互い対等の立場だな。交渉とはそうでなければ意味がないからね。」
「そうね。今の貴方は無知で今の私は無力の関係にあるのだから。」
氷川の言動で一応は対等にはなれたが、それでも彼女は男への懐疑的な視線を止めようとはしなかった。
完全に信用するまではこの眼差しは絶対に止めようとはしないのだろう。
氷川は彼女の性格をその眼を見て把握すると、次にこんな提案を出してきた。
「君は氷結魔法に転送魔法、果てに回復魔法を使って魔力も減った事だろう。
そこでだが、この悪魔を君に一時的に貸そうと思うのだが如何かね? 実力は保証する。」
願いもしなかった提案に魔女は飛びつく様に聞き入った。
今の彼女は頗る良い状況とは言えない。敵の襲撃に受けた際に少年を守り切る自身も正直無かった。
でも信用出来るのか? 意表を突いてくるかも知れない相手と共に過ごせるのか?
彼女の意を察したかのように氷川はオセにこう命令を与えた。
「オセ、私の居ぬ間は彼女の意思に従え。決して殺してはならないぞ?」
「……御意。しかし氷川様お一人では心許無いでしょう。これを受け取って下さい。」
そう言って氷川の手に渡されたのはオセの腰に掛けた右手用の剣だった。
72柱の悪魔であるオセが所持する武器だけあって魔性を帯びた質の良い武器だった。
重量も軽く、それでいて硬質で切れ味も良い。名剣といっても差し支えない位だ。
それを受け取ると次に魔女に氷川が現在所持するMAGの全てを与えた。
彼女も少年もMAGを少ししか持ち合わせてないのがその理由だ。
序でに簡易型ハンマーと鉄骨のストックも渡しておいた。重くて邪魔になるから使わないとの事だ。

最後に氷川はオセに頼んでスクカジャを自分に一回上乗せする。
これで彼の五感と速度は105%になる。流石に此処までやると後の反動も半端ではない。
しかし一人で行動するとなればそれ位の覚悟は寧ろ必要となってくる。
メリットとデメリットを理解しながら氷川はこの場所を後にする。
その途中でカウンターの壁に掛かった時計に眼を向けると時刻は8時30分を指していた。

時間か…そういえば放送からどれ程時が経ったかを具体的に氷川は知らない。
時間を常に把握出来なければ色々と面倒だ。腕時計でも落ちてれば良いが。
当たりを見渡していると首尾よくお目当ての物は見つかった。
少々古いが使用上では特に問題は無い。時刻も壁に掛かった時計と同じだ。
ここまで条件が整えば使わない手は無い。早速手首に付ける。
腕時計の刻みを見ながら最後に氷川は彼女にこう告げた。
「もし私と共に歩む気があるなら2〜3時間この場で待って欲しい。
その気が無ければ立ち去れば良い。オセも彼女等を引きとめようとするな。」
「……そうね。それだけ時間があればこっちも色々と助かるわ。是非そうして。」
「判りました。氷川様がそれを望むなら異論が見当たりません。」
氷川の言葉に二人は異議を唱えようとはしなかった。
その様子を見て自分の思う通りに事が運んで僅かにだが笑った――様に見えた。

悪魔の欲望は深い事を改めて実感した。2階へ上がるや急に襲い掛かって来たのだ。
人間だ! 肉を食わせろ!! 内臓曝け出して流れる血を俺に見せてくれえええええ!!!
言葉に品も無ければ行動も粗暴だと、まるで良い所一つも無い。
「昔を思いだす……」
眼を瞑り、態度に余裕を見せる。次の瞬間、敵に向かって走り出した。
予想だにしない人間の素早さに戸惑い、それが命取りとなった。
通り過ぎた瞬間に鋭い剣の一撃を首に与え、頭は上に飛び、体は物言わぬ肉へと成り果てた。
その手際は素人とは思えない。それもその筈。氷川もサマナーの端くれ。
サマナーである以上、悪魔やサマナー同士の戦闘は避けられない。
氷川は今までの戦いの経験から自然と戦闘にも慣れていったのだ。
無論スクカジャの助けもあってこそだが。

悪魔の死骸からMAGとマッカを拾い上げ、何事も無かったかの様に先へ進んだ。
それを繰り返す内にマッカやMAGは十分に溜まり、9時頃にサマエルを呼び出すと
その作業もよりスムーズに運んだ。そしてスクカジャも切れ、連戦も祟り
遂に傷を負った現在に至ったのである。少し休みを入れようと提案するサマエル。
それに氷川は乗った。此処まで暴れて疲れない方がおかしい。
何処かの控え室で椅子に腰を掛けて休息をとった。
「彼女等から利となる情報を得られると良いものだ。」
氷川の表情がニヤニヤと笑っていたのをサマエルは見た。



<時刻:午前10時>(氷川遭遇時は8時30分)
【主人公(旧2)】
状態:瀕死より回復中
武器:円月刀
道具:スコップ他
現在地:青葉区 スマルTV
行動指針:まだ特に考えていない

【東京タワーの魔女(旧2)】
状態:疲労(魔法多発不能)
現在地:青葉区 スマルTV
所持品:簡易型ハンマー 鉄骨のストック×2(氷川から借りた物)
仲魔:堕天使オセ(右手用の剣を氷川に貸し出し。左手用の剣は右手でも扱える。)
行動指針:主人公の救済 氷川との合流

【氷川(真・女神転生V-nocturne)】
状態:左腕軽症
装備:オセの魔剣 鉄骨の防具
道具:死肉を詰めたビン×7 古めの腕時計
仲魔: 邪神サマエル
現在地:スマルTV二階控え室
行動方針:悪魔狩り 12時ごろに魔女等と再開

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