女神転生バトルロワイアルまとめ
第81話 取引

ベスの持っていたザックに、ぼろぼろになった自分のザックの中身を詰め込んだ。
地面に落ちていたチャクラムも、何かの役には立つかも知れないと考えて持っていくことにする。
まともに投げて使える自信はないが、道具は一つでも多いに越したことはない。
それに、放置していっては誰に拾われるか判ったものではない。
敵を有利にする恐れのあるものは、この場に残していってはならないのだ。
――最もここに残したままにしてはならないのは、ベスの亡骸だった。

「……なあ」
横たわる彼女の傍に跪いた姿勢で、荷物を纏める手を止めて呼び掛ける。
ベスに向けた言葉ではない。自分の肩越しに感じる、何者かの気配――姿の見えないその存在に向けて、語気を強めた。
「そこにいるんだろ? 一つ後ろの曲がり角の陰。……振り向いてすぐ撃っても、当てる自信あるよ」
本当に撃つ気は、今のところない。
しかし言葉の端に、苛立ちが表れてしまったことは否めない。
絶対に撃たない、という気もないのだ。相手が人間ならともかく、この気配の主に対しては遠慮する必要はなさそうだった。
(悪魔……いるって、言ってたな)
主催者の言葉を思い出す。この街には悪魔の出現する場所もあるということ。先程の放送を境に、悪魔の力が増したこと。
しかし、この夢崎区の街中を歩いていて、今まで悪魔の姿はザ・ヒーローの連れたケルベロス以外見掛けなかった。
ここは悪魔出現地帯ではない。つまり、今ここに悪魔がいるとすれば、それは誰かの仲魔ということになる。
「出てこいよ。話を聞く気があるならさ」
初めて、その方向へ振り向いた。ゆっくりとした動きだが、無論油断はしていない。
闘士として多くの人間と、そして「救世主」として多くの悪魔と出会い、戦ってきた中で磨かれた感覚が告げている。
相手は人間ではない。悪魔だ。そして、かなりの実力を備えている。

「――その勇気に、敬意を表しましょう」
穏やかな声がした。その反応に、警戒心が強まる。
低位の悪魔には本能や破壊衝動のまま暴れるものが多い。知性と状況判断力を持ち合わせているのは、それなりに高位の悪魔だ。
その予測は、果たして間違いではなかった。
「天使……ヴァーチャー、か」
姿を現したのは、女性的な容姿と翼を持つ優美な天使。天使の階級では第五位に当たる、のだったか。
「怯まないのですね。無謀な人の子かと思いましたが、相応の実力もあるようだ」
「カミサマの思し召しらしくてね?」
大仰に肩を竦めてみせる。本当に神が「救世主」を選んだのなら、恨んでも恨み切れないが。
「で……俺を陰でこそこそ見張って、何か得でもあるのかい。あんたのご主人様の腹積もりが知りたいな」
薄い笑みを顔から消して、睨むのに近い視線で天使を見据える。
襲ってこそ来なかったが、この天使が、そしてその使役者が友好的な存在とは限らない。
天使も、所詮は悪魔だ。そのことはよく知っている。
そしてこの種族の悪魔は、下手をすると魔獣や妖魔などより余程性質の悪い存在であることも。
「私はそれを話すようには命じられておりません」
ポーカーフェイスで天使が答える。
「カミサマの命令で動いてるって訳じゃないんだろ、今は。悪魔召還プログラムを持ってる奴がいるのかい?」
「あの方にはそのような物は必要ありません」
「……へぇ。そいつは凄いや」
どのような方法でかは判らないが、プログラムなしで悪魔を使役できる者がいるとすれば脅威だ。
敵に回るような人物でなければいいが。手の中に汗が滲んだ。
「ま、いいや。大方偵察ってとこだろ? 戦う気もない、そっちの情報を出す気もないとなると」
天使は答えない。どうとでも受け取れ、と言いたげな目をして、口許には柔和な笑みを浮かべている。
悪魔を使役する術も持たない人間風情に、何と思われたところで不都合はない。
そんな軽侮を隠そうともしない、天使という種族の性格が――嫌いだった。

再び肩を竦めて、こちらから次の言葉を切り出す。
「どうだい。取引といかないか」
「取引?」
ヴァーチャーは怪訝そうな顔をする。値踏みするような視線が気に障るが、今この悪魔と争う訳にはいかない。
内心を隠して、敵意がないことを示すように両手を広げてみせる。
「頼みたいことがあるんだ。そう煩わせることじゃない。ご主人様を裏切らせることもない」
あんたのご主人様が、俺の敵だった場合は別だけど――と、心の内で呟く。
「取引と言うからには、見返りがあるのでしょうね。貴方は何を差し出すつもりです?」
「堂々と見返りを求めるなんて、無償の愛が聞いて呆れるね」
ミレニアムでは絶対の善なる存在とされる神の使いの単刀直入な問いに、憎まれ口を叩かずにはいられない。
ろくなものじゃない。天使も、こんな連中を束ねるカミサマも。それを信じている人間も。
「情報だよ。俺は、厄介な敵の存在を知ってる。あんたのご主人様にとっても脅威になりそうな、ね」
「我が主を貴方のような人の子と同じと思われては、心外ですね」
「高位悪魔……例えばケルベロスなんかでも太刀打ちできない、不死身の化け物がいるって聞いてもそう言えるかい?」
天使が僅かに眉を動かした。
悪魔は力の序列に敏感だ。自身より強い者、弱い者を確実に見抜き、それで態度を変える。
ヴァーチャーとは同等の力を持つケルベロスの名を出したのが功を奏したようだ。
ケルベロスが太刀打ちできない相手となれば、自身にとっても強敵である――それを理解できない天使ではないだろう。
そして、この反応を見るに、この天使は参加者にネクロマ使いがいることを知らない。
「……良いでしょう」
ヴャーチャーが、溜息をついた。
「ですが思い上がらないことです。貴方のもたらす情報が代価として相応しいかどうか……
それは、話を聞いてから私が決めることです」
「解ったよ」
押し問答をしても仕方ない。不本意ではあるが、この相手には多少下手に出なければ話は進まないだろう。
「じゃ、話そう。この街のどっかに、ネクロマを使う奴がいる。
悪魔にはそんなことする理由はないから、多分……参加者の誰かだ」
「ふむ……」
天使は聞く姿勢に入った。が、問題はここからだ。
ネクロマ使いについて、こちらとて人物像や目的まで知っている訳ではない。
手持ちの少ないカードで、相手を納得させられるかどうか。

「既に俺の知ってる限り、ゾンビにされた人間が一人いる。勿論、他にもいる可能性もあるね。
極論――放送で名前の呼ばれた死人の中で“動かない死体”になってない奴は、みんなゾンビ化してるかもしれない」
まさかそんな事態はないだろう、とは信じたいが。
ネクロマで操る死体は、自らが命を奪ったものである必要はない。
この狂気のゲームが終わらない限り、街には次々と死体が増えてゆく。人間のものもだろうし、悪魔のものも。
それが片っ端からネクロマで復活させられでもしたら、生存者が全員で手を結んでも対抗するのは難しいだろう。
「ゾンビって言ったって、下級の悪霊が死体に取り憑いてるようなのとは違う。
生きてた時の力を、体に掛かる負担も考えずに無茶苦茶に振るってくるんだ。ぼろぼろになっても止まらない。
……さっきも言ったろ、ケルベロスがそいつ相手に逃げの一手だったんだ」
「しかしネクロマの術ならば、癒しの奇跡で解除できるのでは……」
「無理だったから、こうなったんだよ」
横たわるベスを視線で示すと、天使は沈黙した。
「――尤も、全くの無駄だった訳じゃない。治癒魔法でゾンビの動きは鈍った。
掛け続ければネクロマの解除もできるのかもしれないけど、多分、天使が八方から取り囲むくらいしなきゃ駄目だね」
「……忌まわしい」
吐き捨てるように天使は呟いた。共感できる所など微塵もない種族だが、その感想だけは同感だ。
「そういう訳で。俺は、ネクロマを使った奴を始末するつもりだ」
「なるほど。術者が死ねば術も解除される……貴方の考えは解りました」
軽侮の色が幾分薄れ、神妙な顔付きになった天使が頷く。
「あんたのご主人様も協力してくれるってなら有難いけど、そこまでは頼まない。
ただ、忠告しとくよ。面倒な敵を増やしたくないなら、死体を見たら動き出さないように処理するんだ」
自らの手で死体を作った時も――とは、敢えて付け加えない。
未だ警戒を解かない天使の様子から、その使役者は他の全員を敵、或いはその候補と見ているのであろうことは薄々察せられた。
が、下手に争う相手を増やすことは避けたい。気付いていない振りをしておくのが賢明だ。
「動き出さないように、ですか」
「そう。……で、俺の要求なんだけど」
何を言い出すのかと緊張した様子で、天使が僅かに表情を硬くする。
しかし、ここまで話したからには要求を撥ね付けられることはないだろう。利害は一致しているはずだ。
「彼女を、燃やしてほしい」


ベスの体を包んで燃え上がる炎を、言葉もなく見つめていた。
形見に持っていこうと決めた彼女のバンダナを、手の中で握る。青と白の十字のモチーフ。神は、彼女を救ってはくれなかった。
「……これで、良いのですね」
横に並んで炎を見ているヴァーチャーが問う。
「他にどうしようもないだろ」
重い口を開いて、それだけ答えた。
これでいい。
遺体を燃やしてしまえば、彼女まで死してなお辱められるような目には遭わずに済む。
炎の魔法を使えるヴァーチャーと出会えたのは幸いだった。この天使の目的が、決して友好的なものではないとしても。
魔法の炎は、数分でベスを骨と灰に変えた。
荷物を移して空になった、自分のぼろぼろのザックに丁寧に骨を収める。
それから、灰を手で掬い取って一緒に詰めた。その間にも、つい先程まではベスだった灰は弱い風に飛ばされ、空中に舞ってゆく。
掻き集められるだけの灰をザックに詰めて立ち上がり、振り返るとまだそこにヴァーチャーはいた。
見ていても、何の得にもならなかっただろうに。
「人間とは不思議なものですね。肉体など、仮初めのものに過ぎないというのに」
そう言う天使の表情に、見下す色はなかった。
「天使様には、解らないだろうな」
また肩を竦めて――問いを付け加える。
「あんたのご主人様は、俺とは違うのかい?……人間、なんだろ」
ヴァーチャーは答えなかった。拒絶するように背を向け、翼を開く。
「また会うこともあるかもしれませんね。人の子よ」
「アレフ、だ」
舞い上がろうとしていた天使が、驚いたような顔で振り向く。
「人の子には名前があるんだ。覚えといて」
「……心得ましょう」
大きく翼を広げ、天使は地を蹴った。
その姿は街のどこかへ、優雅に飛び去ってゆく。主人のもとに帰るのか、まだ偵察を続けるのだろうか。
「……撃ち落とされんなよー」
遠ざかってゆく姿に、聞こえない程度の声で呼び掛けた。

通りに面した店のカウンターの陰に、灰と骨を詰めたザックをそっと隠した。
連れて行こうかと思ったが、やめておくことにした。復讐のために戦う姿を見られたくなかった。
自分が生きたまま全てが終わったら、彼女を迎えに来よう。
そして、どこか見晴らしのいい場所に葬ろう。 そう思った。
「……もう行くよ、ベス」
カウンターの奥の彼女に呼び掛ける。
「ヒロコさんは助けるよ。あんなことをした奴を、倒して……解放するんだ」
人間同士で殺し合うのは間違っている。自らの意思で手を汚したら、敵と同じところに堕ちる。それは解っていた。
それでも、ヒロコをあんな姿にした相手のことは許せそうになかった。
(ザインには……また会えても、顔向けできないな)
彼なら、同じ状況でも意志を曲げずにいただろうか。――いや、考えても仕方のないことか。
静寂の戻った大通りを、独り歩き出す。
きっとこれから、ずっと独りで歩き続けることになるのだろう。ぼんやりと、そう考えた。



<時刻:午前7時>
【アレフ(真・女神転生2)】
状態:左腕にガラスの破片で抉られた傷、精神的落ち込み
武器:ドミネーター、チャクラム
道具:ベスのザック(食料・水2人分+ベスの支給品)、バンダナ
現在地:夢崎区、大通り
行動方針:ネクロマの術者を倒し、ヒロコを解放する

【天使ヴァーチャー(何者かの仲魔)】
状態:正常
現在地:夢崎区
行動方針:夢崎区の偵察?

【ベス(真・女神転生2)】
状態:死亡(ヒロコにより殺害)
武器:アレフが持っていった
道具:アレフが持っていった
現在地:夢崎区、大通りに面した商店

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