女神転生バトルロワイアルまとめ
第83話 奇妙な出会い

――午前9時。

最初の放送から既に三時間も経過していた。
ふすまの間からはかすかに光が入り込み、かすかにスズメの囀りが聞こえてくる。
それ以外からは人の足音も、ましてや銃声も聞こえては来なかった。
だが、今も殺し合いが続けられている現状に違いは無い。それが南条圭をひたすらに追い詰め、何度も自分の運命を呪わせた。
己の境遇を呪い、かと言って状況を打破する方法も思いつかず、
また、例えその方法が見つかったと言っても力量が遠く及ばない現実を呪い、
そして、孤独であることを呪った。
園村麻希の死が確認され、自分が信頼する仲間たちも行方知れず。そして今一歩動き出すことすら躊躇う自分。
今、この瞬間ほど自分がいかに小さな存在であるかを思い知ることは今後二度と無いだろう。
絶望――その単語がよく似合う。
その中で、何度も、何度も、誰よりも大切だった執事である山岡のことが頭を反芻した。
彼はいつだって自分の傍らにいて、仕事で殆ど顔を合わせることも無く、
たまに会ったとしても殆ど会話らしい会話を交わさない両親に代わって自分を此処まで育ててくれたと言っても過言ではない。
(こんな時、山岡は…)
園村麻希が入院していた先の病院で、ゾンビから看護師を庇い、自分の腕の中で息を引き取った山岡の最後の言葉が蘇る。

『必ずや、日本一の男子に――』

南条は、自らの首元を飾る『NO.1』と書かれたマフラーをぎゅっと握り締めた。
今更のように涙が溢れそうで米神辺りが少し痛んだが、こんな所で泣いていても始まらないと悟り、何とか堪える。
そう、こんな所で燻っていても仕方が無いのだ。
動き出さなければどうにもならない。此処にいて、万が一殺意を剥き出しにした誰かに襲われてしまえば何もせずにで終わってしまう。
一番になるなんて遠い夢として終わってしまう。
幸い、まだ生きている仲間はいるのだ。彼らを探し、合流すれば互いに良い知恵を出し合い、この地獄を抜け出す手立てが見つかるかもしれないのだ。

「山岡、僕は行く。だから、見守っていてくれ。」

南条は握り締めたマフラーにそう呟き、シルバーマン邸を出た。

「これは…」
シルバーマン邸の檜造りの立派な門を出た時、彼は門柱に布の切れ端が括り付けられているのを見つけた。
布はカラフルなストライプで、強引に破いた形跡があるが、しっかりと固結びで縛り付けてあるので明らかに人為的に残された物であることが判る。
だがそれよりも南条はこの布に見覚えがあることが引っかかった。
これは軽子坂高校の制服の布地だ。
かすかに糊の効いた折り目がいくつか残っている辺り、おそらく女子のスカートの切れ端だろう。
確か、この殺し合いの地獄に叩き込まれた人間の中に、このスカートを纏った女子が二人ほどいたのを覚えている。
南条の同級生である内田たまきも軽子坂高校から来た転校生だったが、
最初に集められた教室のような空間では今在籍している聖エルミン学園の制服姿だったから、この切れ端は彼女以外のどちらかが付けて行ったのだろう。
(さすがにこんな物が罠というわけでは無いだろう…。)
南条はスカートの切れ端を解き、それを手にとった。と、その時切れ端の隙間から爪先辺りに小さな紙切れがはらりと落ち、彼はそれを拾い上げた。
手帳か何かを破ったメモのようだ。
それにはボールペンで短い文章が書かれている。随分と丁寧な文字で、やはり女の書くような、若干丸みを帯びた字体である。
「なっ…!」
その文章を読んだ瞬間、南条の心臓は大きく跳ね上がった。

『葛葉さんへ
ほんの少しだけ此処に立ち寄ったのでメモを残しました。でも此処もやはり目立つのですぐに移動するつもりです。
民家は静かな分、人に見つかりやすいかもしれないので次は商店の方へ向かうつもりです。
一緒にいる藤堂尚也さんはとても優しく接してくれます。なので私は大丈夫です。心配しないでください。
赤根沢レイコ』

藤堂尚也が、此処を通りかかったと言うのか――!
自分の親友とすら呼べる人物の生存確認が出来た喜びとは正反対に、南条は自分の不運に泣きたくなった。
こんなに近くにいてすれ違っていたとは……。
だが、がっかりしている場合では無く、彼は気を取り直すともう一度そのメモに眼を落とした。
このメモを残した赤根沢レイコという人物は十中八九、軽子坂高校の生徒であろう。
そして藤堂尚也と行動を共にしていると言うことは少なくとも殺し合いに乗った人物ではない。
当然だ。殺し合いに乗るような人間ならば、まず誰が見るか解らないような場所にこんなメモを残さないだろうし、
生きてこの街を出ることが出来る者がたった一人というルールである以上、個人行動を取っていると考えるのが自然だ。
そしてこの赤根沢レイコなる人物がメモを残した相手、葛葉という者。
この人物も、おそらくはルールに乗った者では無い筈。それが一体何者なのかまでは南条の知る所では無いが。
この葛葉という者に対するメモを残すということは、
赤根沢レイコ、そして藤堂尚也は葛葉なる人物と行動を共にしていて、何らかの事情ではぐれてしまったと言うことになる。
今この街でその何らかの事情とはつまり――殺し合いだ。
そしてその殺し屋が狙ったのは赤根沢レイコと藤堂尚也ではなく、葛葉――。
その後、赤根沢レイコと藤堂尚也はこの場所に危険を感じ、この開けた道路よりも死角の多い商店街の方へ移動。
何故、危険を感じたのか、それはこの近くで藤堂の友人である自分以外の誰かに接触、もしくは目撃したからだろう。
……だが残念ながらこのメモに書かれている情報から南条が推理できるのは此処までだ。
そもそも葛葉とやらがどんな人物であるか解らない以上、此処から先の詮索は無理である。
大体、先ほど眼を通したルールブックの中の名簿には葛葉という名前の人物は二人もいるのだ。
彼らの関係も血縁者なのか、たまたま苗字が同じというだけなのかも不明だ。
(余談だが南条はシルバーマン邸に篭城していた数時間の間、ただひたすら絶望に打ちひしがれていたわけではない。
彼なりに状況を分析し、その一環として名簿の名前全てを暗記していたのだ。)
兎に角、篭城から出てきた以上は動くしかない。
このメモがいつ残されたのかは解らないが、まだ藤堂はこの近くにいるかもしれないのだ。
ほんの少しだけ希望が持てた矢先、目の前の曲がり角からひょっこりと見知らぬ男が現れたのが見えた。

「!!!」
南条は反射的にシルバーマン邸から拝借してきた刀に手を掛けた。
右手に持っていたスカートの切れ端とメモ用紙がはらりと落ちる。
だがそれに注目している場合ではない。
緊張の瞬間だが、彼は刀を抜かなかった。
抜いてしまえば相手は宣戦布告と見なし、破れかぶれに襲い掛かってくるかもしれないからだ。
「ちょっ…待って!」
男は曲がり角を出てすぐに刀に手を掛けた南条と鉢合わせになったことに余程驚いたのだろう。
眼を丸く見開き、ややオーバーリアクションな動作で仰け反り、両手を挙げ、南条に向かって敵意が無いことをアピールした。
そして、バサバサと男が両手に抱えていた物が地面に落ちた。
傷薬、包帯、消毒液、ビニール袋に入ったパン、それと何故か日本酒の紙パック(荒々しい筆字で「からじし」と書いている)、
それから全員に配布された黒いカバン。
見たところ凶器になるような物は見当たらない。強いて言うならやや大振りの鋏くらいの物だろうか。
落とした物だけを見ると、どう考えても殺しに乗った者の持ち物では無かった。
だが、両手こそ挙げていても、ジャケットの下に拳銃でも隠しているかもしれない。
南条は刀の柄から手を離さなかった。この男が少しでも変な行動を起こしたら、容赦無く斬り捨てる覚悟はもう決まっていた。
自然、眼に力が入る。
「まままま待ってくれっ、またこんなのって嘘だろ〜。畜生、ついてねぇ…。」
男は両手を挙げたまま、先ほどと同じくオーバーリアクションで盛大な溜息を付いた。
「まったく、さっきは知らないお姉ちゃんに銃で撃たれるし、今度は俺、刀で斬られるの? カンベンしてよ…」
言葉の内容の割に随分と軽い口調だが、それらの端々に敵意は感じられない。
それに、男は自分で言うように左肩から血が滲んでいた。
ジャケットに付いた血が既に乾きかけている辺り、自分である程度の手当ては済ませているのだろうが、
挙げている両手の内、左手だけがやや震えているのだから、それなりのダメージは蓄積されているようだ。
「解った。もう手を下ろしていいぞ。」
「マジで? 良かった、今度こそまともに交渉が出来る。
先に名乗っとくよ。俺の名前は塚本新。コンゴトモヨロシク…なんてな。」
男はやっと自由になった両手を軽くストレッチしながら陽気にそう言った。
変わった男だ。
そんな言葉を飲み込みながら、南条は少し表情を緩め、自己紹介に応じた。
「俺は南条圭。お前、怪我をしているようだから俺が診てやろう。ちょっとこっち来い。」
「はあ…」
自分と同い年か、それ以下と思われる眼鏡の尊大な態度に文句の一つでも言いたいという表情を露骨に浮かべてはいるが、
塚本新は、此処でようやく何とか交渉≠ワで漕ぎ着けた。

その時、二人の間を一陣の風が通り、南条の足元に落ちていたメモとスカートの切れ端はあっという間に飛ばされてしまった。



<時刻:午前9時頃>
【南条 圭(女神異聞録ペルソナ)】
状態:正常
武器:アサノタクミの一口(対人戦闘なら威力はある)
  :鎖帷子(刃物、銃器なら多少はダメージ軽減可)
道具:ネックレス(効果不明):快速の匂玉
降魔ペルソナ:アイゼンミョウオウ
現在地:蓮華台
行動方針:仲間と合流

【塚本新(主人公・ソウルハッカーズ)】
状態:銃創による左肩負傷・応急手当済み(ただし左手が動かせない)
武器:作業用のハサミ
道具:物反鏡×1 傷薬×3 包帯 消毒液 パン(あんぱん) 銘酒「からじし」
現在位置:蓮華台
行動指針:蓮華台の民家で家捜し、スプーキーズとの合流

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