女神転生バトルロワイアルまとめ
第86話 “氷の微笑”の男 前編

真っ暗だ。
前を見ても、後ろを見ても、横を見ても、深く濃い暗闇に囲まれている。
これでは動くことも出来ない。あまりにも暗すぎて、無闇に歩けば何も無い所でも転んでしまいそうだった。
その闇の奥深くから、声が聞こえた。少ししゃがれた男の声だ。いや、耳から聞こえてきたのではないのかもしれない。そんな不安定な声だった。
声はどんどんこちらに近づいてくるような気がした。
暗闇による疑心暗鬼で、その声が一瞬恐ろしい悪魔の叫びのように聞こえて身構えたが、気を落ち着かせて聞いてみると、どうやらそうでは無いようだ。
その声は自分に呼び掛けていた。優しい声だ。何故か聞いているだけで安心する。
暗闇の中を、一歩踏み出した。その声の主に逢うために。
その声の主なら、自分を此処から連れ出してくれるかもしれないという仄かな期待を寄せながら……。

瞬間、鳴海は覚醒した。
薄暗い光が、開かれた眼球に降り注ぎ、思わずもう一度眼を閉じてしまいそうになったが、何とか持ち直した。
ぼんやりとした視界には、一人の男が映っている。
「大丈夫かい?」
男が、心配そうに声を掛けてきた。自分よりはおそらく年長者に見える。
短く刈った黒い髪に、くたびれたワイシャツを着ている。口にはシャツと同様、くたびれた煙草を咥えていた。
「あ…あぁ。」
ズキズキと痛む頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こす。視界はいまだにおぼろげで頼りないが、一応あの暗闇からは開放されたらしかった。
「此処は…?」
眼を擦りながら周囲を見渡した。どうやら何処かの建物のらしい。コンクリートで作られた壁に囲まれているが、窓らしき物は見当たらない。
空っぽの棚やカウンターがいくつも並べられた広い一室は、自分たち以外の人気が無く、また、殺風景だった。
灯りは、男のそばに置かれた小さなランタンが頼りなく灯している。
「此処は蓮華台にあるロータスだよ。上は危険だから地下まで降りてきた。大変だったぞ。君を抱えて此処まで来るのは。」
男はそう言って、煙草を一本咥えるとジッポライターで火を点けた。赤い炎が照らし出す男の顔は、何処かしら慈愛すら感じさせ、表情に敵意は無かった。
(敵意?)
むざむざと自分の置かれた状況を思い出す。
突然何の前触れも無く謎の教室のような部屋に召集され、告げられた殺人ゲーム。
それは最後の一人になるまで全員に強要され、逆らえば首に掘り込まれた呪いの刻印が即座に爆発されて殺されるという。
自分は今、生きている。
と、言うことは少なくともこのゲームから脱落したわけでは無いようだ。
だが、横に見知らぬ男がいるということは、まだ優勝もしていないらしい。
「これ、君の横に落ちていたんだ。君のだろう?」
そう言って男は一つの鞄を差し出した。そうされるがままに受け取り、中身を確認する。
確かに、これは自分の物だったような気がする。はっきりしない記憶を頼りに、鞄の中に手を入れ、一つ一つ手探りに確認した。
確認しながら、霞掛かった記憶が少しずつ蘇ってくるのを感じた。
曖昧な記憶の中には、一人の少年がいた。学生服に、学生帽、それから黒いマントを羽織っている。
その横には一匹、黒猫。瞳が緑色で、何処か只者では無い風格がある。
それから最新鋭のモガを意識した洋装の若い女。首からカメラをぶら下げ、強気そうな顔で微笑んでいる。
他には長い髪と、セーラー服姿の少女。
最後に思い出したのは、青いブレザー姿で眼鏡を掛けた少女…。
だが、ぼんやりとシルエットだけは浮かんでくるものの、それらの誰一人として顔と名前を思い出せなかった。
彼らは自分にとってひどく大切な存在だったような気がしたが、その記憶だけがすっぽりと抜け落ちている。
「大丈夫かい?」
男が咥え煙草のまま顔を覗き込んできた。どうやら思い出そうとして動きを止めてしまっていたらしい。
自分の顔を、真剣な表情でまじまじと見入られて、男は慌てて煙草を口から外した。
「あ、すまない。咥え煙草は癖なんだ。つい…ね。次から気をつけるよ。」
そう言った割には悪びれる様子も無く笑って見せた。それにつられてこちらも笑みが零れてしまう。
この男がどういう人間なのかまだ判らないが、無意識にこちらの警戒心を解いてしまうような、いわばカリスマ性を持った人物らしい。
きっと元の生活では信頼の置ける沢山の友人に囲まれていたのだろう。

「さて、眼を覚まして早々悪いけど、歩けるかい?」
「……いや。少しフラフラする。じっとしてればすぐに治ると思うんだが。」
嘘だ。鳴海は既にしっかりと覚醒していた。
体も本当は多少の打撲や擦り傷はあるものの、すぐに立ち上がることが出来る。
しかし、この男が本当に敵意の無い人物なのかどうかを見極める必要があるのだ。
「…なら仕方無いな。此処からしばらく西側の商店に友人を置いてきているのだが、そこまで僕一人では君を運んで行くことは難しい。」
「そうか。」
「だが、怪我人を置いておくわけには行かないだろう。君がもう少し回復するまで待つことにするよ。」
「いいのか?」
「仕方無いだろう。それに、置いてきた友人はかなり強い。手傷を負ってはいるがそう簡単にやられるとは思えないからね。」
随分とその仲間を信頼しているらしい。だが、当然表情は決して明るいものでは無かった。
「時間が惜しいな。君が回復するまでの間、こいつをちょっと更新しておくよ。」
男は一息つき、再び煙草を口に咥えると、背を向け、地面に置いた何かに向かって真剣な表情を向けた。
それは青白い光を放っており、下手をすると横に無造作に置いてあるランタンよりも強い光源かもしれなかった。
「それは何だ?」
「……パソコンだよ。こいつは本当の所僕の友人の支給品だったんだがね、故あって今は僕が預かっている。
この街を脱出するための重要なキーワードなんだ。」
「パソ…こん?」
聞き慣れない単語だった。自分のうっすらとした記憶を何度も辿ってみるが、そのような単語は一切出てこなかった。
首を傾ける様子を見て、彼は驚いたような表情を浮かべたが、すぐにそれは、あの優しい微笑みに変わった。
「…君が明治生まれというのは本当のようだな。
悪いけど、君が気絶している間に持ち物検査をさせてもらった。あぁ、大丈夫だよ。何も取ってはいないから安心してくれ。
で、中にあった君の財布から免許証が出てきてね。生年月日を見てびっくりしたよ。
まぁ、未来だか異世界だかから連れてこられた人間がいたくらいだから。
君が過去から来た人間だったとしても不思議なことでは無いかもしれないがね…。」
そう言いながら男は再びパソコンとやらの画面に向かって顔を向け、その下に並べられた無数のボタンのような物を慣れた手つきで操る。
画面の中に映っている画像が次々と変化した。
「不思議かい? まぁ、君からしたら当たり前だろう。僕のいた世界ではこいつで何でも出来たもんさ。」
男は遠い眼でそう言った。懐かしそうで、それでいて楽しそう。だが、同時に切なそうでもある複雑な表情だ。
「そしてこいつは今、最大の武器になるらしい。
見てごらん。悪魔召還プログラムだよ。これを使えばそこら辺をうろついている悪魔を使役出来るそうだ。」
男に勧められ、画面を覗き込むと、いくつかに区切られた四角の中に確かにそう書いてあった。
悪魔、という単語には覚えがあった。そして、それを操って戦うことが出来る人間がいるということも。
「悪魔って……喰えるのか?」
「え?」
予想外の質問で、男は一瞬きょとんとした顔になる。鳴海は慌てて首を横に振った。
「……いや、何でもない。忘れてくれ。」
「そうか。」
何故自分がそんなことを聞いたのかは解らない。だけど、それは今とてつもなく重要なことのような気がしたのだ。
だが、何故なのかまでは思い出せない。
これ以上考えても仕方が無いから、そのことについては思考を止め、話題を変えた。
「悪魔召還プログラム………か。便利な物があるんだな。」
この機械があれば、自分でも悪魔の使役が可能なのだろうか?
「それって今使えるのか?」
「うーん、残念ながら中に悪魔のデータは入っていないから、使うとしたらそれを手に入れてからだ。
データは実際に悪魔と交渉して手に入れるらしい。まぁ、交渉はおいおいやって行くさ。」
「このパソコンとやら、俺にも使えるのか?」
「そりゃぁ勿論。やってみるかい?」
「出来れば、そうしたい。」
「だが…こいつが誕生した時には生まれてもいないはずの君に一から教えるのは少し梃子摺り
そうだが…。
まぁいいよ。こいつを使える仲間が一人でもいたらこっちも助かる。簡単にだが説明するよ。」

男の好意で始まったパソコン講座は、教える側の予想を遥かに上回る速度で進んだ。
彼の説明は非常に的を得ていて解り易く、無駄が一切無いということもあるのだが、それ以上に生徒の覚えが早いのだ。
どうしても慣れという要素が必要になってくるマウスとキーボードの操作だけはすぐにマスターと言うわけには行かないが、
それを差し引いても飲み込みの速さは眼を見張るものがあった。
見た目からはとてもそう思えないが、講師より年上である彼の年齢と、
パソコンに触れるどころか見るのも初めてだという事実を考えればとても信じられないことだ。
だが、生徒の成長が眼に見えてはっきりしているということは、それでこそ教え甲斐があるいうものである。
「…で、この画面になったらここ、エンターキーを押せば今映っている悪魔を召還出来るという寸法だ。」
「なるほど。」
「で、用事が終わったらこの順序で操作してここをクリック。で、悪魔はこの中に戻るというわけだ。」
「ああ、解った。」
「まぁ、今はこれだけ解れば十分だろう。この先の応用は使いながら覚えるものだからね。」
「助かったよ。これで少しは戦力になりそうだ。」
「いや、それはこちらの台詞だ。どうやら君には凄い才能があるらしい。この僕よりもずっと素晴らしい才能がね。
もし此処を無事に脱出出来たら是非ウチのチームにスカウトしたいくらいだよ。」
かなり本気の部位を含んだ冗談、といった感じのニュアンスでそう言って、また笑った。
「俺の方こそ感謝するよ。」……こんな素晴らしい武器を提供してくれたあんたにね。
男は再びにっと笑うと、すぐにもう一度画面の方に注意を向けた。だから、気付かなかった。
この時、彼の優秀な生徒の右手が、口を空けたままの鞄にそっと忍び込んでいたことに。
「そう言えば、あんたの名前を聞いてなかったな。教えてくれないか?」
「それもそうだ。僕は桜井雅宏。みんなからはスプーキーとかリーダーとか呼ばれているが…。
君も好きに呼んでくれればいいよ。」
男の自己紹介に耳を傾けながらカバンの中に隠し持っていたそれに手を掛ける。
「そうか。俺の名前はもう知ってると思うが…鳴海昌平……だ!」
――そして、電光石火のスピードで振り下ろした。
まるで遠慮の無い力で、ノーガードの頭部に向かって。
鳴海が手にしていたのは大振りのトンカチであった。
実は彼が数時間前に森本病院を出る前、病院の中庭の隅でこれを拾っていたのだ。当然、院内で拾ったものはこれだけではない。
何が起こってもおかしくないこの状況だ。使えそうな物は何でも拝借して鞄に詰め込んでいたのである。
(ただ、その時はまだ彼の中に邪気は芽生えていなかったので、よもやこのような使い方をするとは思ってもいなかったのだが、今の彼には関係ないことだ。)
スプーキーの脳天にまともにトンカチが入り、「うっ」と小さく低いうめき声を漏らして開かれたままのノートパソコンに向かって突っ伏した。
「もう少しの間、殺しはしない。まだ聞きたいことがあるからな。」
トンカチの柄を握ったまま、不気味な笑みを浮かべる鳴海の顔は、パソコン画面の青白い光によって下から照らし出され、より一層不気味に輝かせて見せていた。



<時刻:午後0時頃>
【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 精神崩壊
武器 クロスボウ トンカチ その他病院での拾い物多数
道具 チャクラチップ他拾い物多数
現在地 蓮華台ロータス
行動方針 ???

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態:昏倒
武器:マハジオストーン(残り2個)、カッターナイフ
道具:ノートPC、メモ帳、ボールペン、食料少し(菓子パン数個と板チョコ約10枚)
現在地:蓮華台ロータス
行動方針:PC周辺機器の入手、仲間を探す、簡易マッピングプログラム作成

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