女神転生バトルロワイアルまとめ
第87話 “氷の微笑”の男 後編

「おら、起きろよ!」
鋭い蹴りが顔面に飛び込み、スプーキーは眼を覚ました。
体の自由が利かない。自分はどうやら椅子に座らされ、椅子のパイプ部分にがっちりと腕を縛られているらしい。
両足もしっかりと拘束され、食い込む縄がぎしぎしと痛んだ。
この状態ではどうやっても脱出出来そうには無かった。
鼻に嫌な臭いが付く。この臭いはガソリンだ。何故こんな所でガソリンの臭いがするのだろうか。
不思議に思いながら顔を上げると、目前に先ほどとはまるで別人のように冷酷な笑みを浮かべた鳴海昌平がポケットに手を突っ込んで仁王立ちでしていた。
「ど、どうしたんだい? 鳴海君…」
スプーキーは自分の置かれた状況がまるで信じられないと言ったように努めて明るくそう尋ねた。
「どうしたもこうしたも、ねぇ?
知らない人間を目の前に余所見をしたのがあんたの敗因ってわけだ。これからちょっとした尋問に付き合ってもらうよ。
……陸軍仕込みの、ちょっとキツイ奴。」
向けられた笑顔は残忍に輝いていた。視線は、小さな獲物を追い詰める捕食者そのものだ。
スプーキーは状況が飲み込めず、曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。
「笑うんじゃねぇ!」
また、蹴りが顔面に入った。
強烈な蹴りだったから衝撃でぶっ飛ばされるのではないかと思ったが、
どうやら鳴海はご丁寧にも椅子を手近なカウンターにしっかりと縛り付けていたらしい。
準備万端で、こういうことにはいかにも慣れている様子だった。
口の中に生臭い鉄の味が染み渡る。奥歯が折れてしまったようだ。吐き出すと、不自然にへし折れた奥歯と、唾液に混ざった血液が足元に落ちた。
自分では確認することも出来ないが、どうやら鼻血も流れているらしい。
この段階でようやくはっきりと理解した。
この男――鳴海昌平はやる気になっている側の人間だったのだと。
そうなると、この先の結論は一つしか出なかった。
(僕は……此処で死ぬのか。)
だが不思議なことに恐怖という感情はそれ程強く感じなかった。
殺伐とした殺し合いの現場に何時間も置かれているのだから感覚がすっかり麻痺してしまったのだろうか。
今は恐怖よりも先に商店に残してきた友人のことが気がかりだった。彼は無事なのだろうか。
一体自分がどれくらいの間気を失っていたのかは解らないが、ひょっとして自分を探し回っているかもしれない。
深手を負っているのだから余計に心配だ。
どうして自分は彼を置いて出てきてしまったのか。
後悔することは沢山あったが、両手両足を拘束されている状態で何が出来るかと言えば、何も出来ないのだが…。

鳴海は、ポケットに両手を入れたままその場をうろうろと歩いていた。
一歩歩くごとに革靴の音が広い地下室に響き渡り、これから起こる惨劇を一層引き立てているようだった。
その後ろでは、何処からか拝借してきたのだろうか、簡易式のガスコンロと、しゅんしゅんと湯気を立てるヤカンが置いてあった。
コンロの横にはポリタンクがいくつか並べて置いてある。
これらも鳴海が用意したのだろう。どうやらさっきから漂っている石油の匂いは此処から出ているらしい。
コンロとヤカンが置いてあるカウンターの上をよく見ると、ホーローのコーヒーカップまであった。
「さて、あんたには二、三聞きたいことがあるんだけど。
あ、そうだ。悲鳴は上げないでくれよ。此処は地下だから外に声が漏れるようなことは無いんだし、何より男の悲鳴は聞くに堪えない。」
足を止め、鳴海はコンロの火を止めると、ヤカンから沸騰した湯をカップに注いだ。
すぐに子香ばしい香りがスプーキーの鼻にもつく。コーヒーを入れたのだ。昼下がりのコーヒーブレイク。
「何も言えないよ。何を聞かれても僕の口からはね。」
「へぇ。」
鳴海は不気味に口を歪ませ、コーヒーを一口啜ると、徐に残った中身を全てスプーキーの顔に浴びせかけた。
「ぐっ!」
沸騰していた熱湯は、まるで無数の針を顔全体に突き刺すような激痛を与えたが、声を上げることだけは堪えた。
恐れては駄目だ。こいつはそれを望んでいる……!
「俺のいた大正二十年はインスタント珈琲ってのは高価な物なんだ。だけどこの時代じゃ随分と安くなってるんだな。
さっき大特価と書かれて山積みにされてたのを見てびっくりしたよ。
それからガソリンもちょっと歩けばいくらでも見つかる。あんたが寝てる間だけでこんなに手に入った。実に便利なもんだ。
未来の帝都は安泰か――ってね。俺は嬉しいねぇ。」
そう言って、何が可笑しいのか背中を丸めて笑った。
「何も喋ってくれなかったら、苦しむのはあんたの方なんだぜ。
どうせ死ぬなら苦しまずに一瞬で逝きたいだろ? その方がこっちだって楽なんだし。」
「だが何も言わんよ。君のような人間に教えることは何も無い。」
「さっきはあんなに快くパソコンってのを教えてくれたのに。それは無いんじゃないのか?」
鳴海はその時、最速の動きでポケットに入れたままだったもう片方の手を振り上げた。
それとほぼ同時に乾いた音が耳元に聞こえ、スプーキーが目線だけそちらに向けると、外科用のメスが壁に突き立っていた。
やや置いて、頬から熱い血液が、被さったコーヒーにさっと滲んだ。
じわりと厭な汗が吹き出し、その一滴が額から零れ落ちる。
だが、椅子に縛り付けられた手で力いっぱい拳を握り締め、震えるのだけは何とか堪えた。
「で、早速聞きたいんだが、この中にあんたの知り合いは何人いる? そいつらの名前と、外見的特長。
それから性格と能力もだ。出来ればさっき言っていた友人とやらのことも詳しく教えてくれないか?」
鳴海は、今度はスプーキーの顔に支給された参加者名簿を開いて押し付けた。日本語で書かれた数十人の名前が一気に眼に飛び込んでくる。
スプーキーは文字の群れから顔を背けた。
「僕がそうやって簡単に仲間を売ると思うのか?」
「やっぱり、友人∴ネ外で生きている仲間がいるんだな。それで?」
「くっ…。」
「言わないと、大変なことになるよ。」
唐突に鳴海は名簿を避け、スプーキーの眼前には冷徹な表情の男のアップが迫っていた。
眼を大きく見開き、口は避けんばかりに歪んでいる。狂った人間の顔――。

突然、耳の中に激痛が走った。
「ぐわぁぁ!」
突然襲い掛かった激痛に、ついに声を上げてしまった。
耳に突き立てられたそれはすぐに引き抜かれ、鳴海の手の中に血にまみれて存在する。ボールペンだった。
「鼓膜を破ったよ。その左耳はもう使い物にならないだろう。安心しろ。右には手を出さない。こっちの声が聞こえなくなったら面倒だからな。」
ボールペンを突っ込まれた左耳の奥がのた打ち回りたくなるほど痛んだ。熱い塊のような血がどくどくと耳から溢れる。
「これからどう大変なことになるかと言うとだな、まずは爪を剥がす。両手両足全て。
それから指を折る。眼を抉るのも悪くない。その後は…捻りが無くてすまないが四肢切断だな。
勿論、どうしても口を割ってくれないなら全ての間接を細切れにさせてもらう。」
「何をされても絶対にこれ以上のことは言わない! 拷問なんて無駄なだけだ!
さっさと殺せばいい! 殺せ!」
のた打ち回るような痛みを堪え、スプーキーは絶叫するが、鳴海はその姿をせせら笑うだけだ。
スプーキーが何かを言い、体を捩じらすたびに耳から血が一層勢いを増して飛び散る。
「あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
それを見て、何かが弾けたように鳴海の笑みは狂喜のそれに変化し、声高に捲し立てた。
「その後はだなぁ、手足の無いあんたを地上にぃ、出来るだけ開けた目立つ場所に放置するんだよぉッ!
勿論殺しはしないさぁ!
ギリギリで生かしといてやるよ!
悪魔とやらが出るんだから運がよければすぐに喰ってもらえるかもしれないがなぁ!
けど、運が悪ければ……あんたの仲間がやって来るかもねえぇ!!
哀れな達磨と化したあんたを見て仲間はどうなるか! 想像に硬くないだろう!? 
どんな手だれだろうが冷静さを失ってくれれば簡単に捕まえられるって寸法よ!!
後は同じことの繰り返しだ! 芋づる式に全員引っ張り出してやるッッ!!
悪 い な ス プ ー キ ー !!!
ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
「――ッ!!」
心臓を抉り出されたような表情のスプーキーに満足したのか、鳴海は狂った笑いを沈め、深呼吸すると再び冷静な表情に戻った。
だが、口元だけは張り付いたように歪んだままである。血も涙も無い悪魔の笑いだった。
「だが俺も鬼じゃない。あんたが口を割ってくれさえすればそんな外道な真似はしないことを約束しよう。」
「ほ…ん…当…なのか……?」
「ああ。嘘はつかない信条だ。安心してくれ。」
ふいに優しさすら垣間見える表情を見せると、鳴海は大きく震えているスプーキーの肩にぽんと手を置いた。
「…………。
……すまない、みんな。すまない……!」
自分の仲間たち……塚本新、遠野瞳、そしてザインは強い。
たとえ情報が漏れたとしてもこんな腐れた鬼畜野郎に負けるはずが無い。だから、何とかして逃げ延びてくれる……。
仲間の強さは信じている。だが恐怖と、間抜けに捕まってしまった自分の馬鹿さと、
どう足掻いても最悪の結末しか迎えられない絶望から溢れる涙を抑えることは出来なかった。

その後スプーキーから主に塚本新と遠野瞳の情報を得た鳴海は約束通り、達磨にして放置という極刑は処さずに
(それに比べれば)比較的緩やかな方法で息の根を止めた。
それは彼が近場のガソリンスタンドで集めたガソリンでこの蓮華台ロータスごと焼き払うという手段である。
これなら止めを刺した上、完全に死体と自分が此処にいた形跡を消せる。
その上、上手く炎上してくれれば、他の者が注目している間に時間を稼げる。
まさに一石で二鳥も三鳥も得られるである。
燃え上がる真っ赤な視界で、冷徹そのものの鳴海の後姿を見送ったあと、
筆舌に尽くしがたい灼熱地獄であるにもかかわらずスプーキーは不敵に笑っていた。

ヤツはあのノートパソコンを持って行った。
僕だってただの馬鹿じゃないさ。君を頭から信用していたわけではないんでね、パソコンにちょっと細工をさせてもらっていたんだよ。
ウイルスという厄介者の存在を知らない君があの悪魔召還プログラムを起動させ、悪魔を召還したらどうなるか……。
これで君に一矢報いることが出来る。
それに僕の仲間たちは強くて…優しい。優しい彼らを怒らせたらきっと怖いんだろうねぇ……。

「鳴海昌平! こんな非道な真似をした自分の愚かさを呪いながら死んでいくがいい!!」

まるで牙を剥いた巨大な獣のような劫火は、生まれて初めて氷のような微笑を浮かべた男を一瞬で飲み込み、建物をごと焼き尽くした。



<時刻:午後1時>
【鳴海昌平(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 打撲、擦り傷はあるが身体的には問題無し。精神的にはぶっ壊れてる。
武器 クロスボウ トンカチ マハジオストーン(残り2個)、カッターナイフ
   その他病院での拾い物多数
道具 ノートPC(何か細工がされているらしい)、メモ帳、ボールペン、食料少し(菓子パン数個と板チョコ約10枚)
   チャクラチップ他拾い物多数
現在地 蓮華台ロータス
行動方針 悪いな殺戮だ、ワハハハハハ!!

【スプーキー(ソウルハッカーズ)】
状態 死亡
武器 鳴海に全て奪われる
道具 同上
現在地 蓮華台ロータス地下

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