女神転生バトルロワイアルまとめ
第89話 主催者サイドの野望

太陽の陽光も月光も届かない闇の中、一人の少女が古ぼけたランプを片手に歩いていた。
此処は今回の『ゲーム』の主催者たちが集まっている砦≠フ一角。長く、広い廊下だ。
この廊下の行く末は少女の手にしている粗末なランプが照らす小さな灯りでは到底見据えることは出来ないほど長く、
また幅も大の大人数人が手を繋いでも届かないほど広い。
その上暗く、無機質でだだっ広く、冷たい空間は無音で、かつん、かつん、と少女の足音が異様に大きく反響した。
少女の名はトリッシュ。
ピンク色のナース服を身に着け、背中に小さな羽根が生えている美しい妖精である。
彼女は妖精王オベロンの命により、回復施設を造ってペルソナ使いたちを助ける役割を担っているはずだった。
が、少々性格に難があり、金にがめついので当のペルソナ使いからは嫌われているのだが、彼女自身はそんなことあまり気にしていないようだ。
それに今は少々事情が違う。
彼女は今回、本来サポートしなければならないペルソナ使いと敵対している存在に、文字通り『雇われた』のである。
『主催者』サイドの代表者であるルイ・サイファーが今回の話を彼女に持ちかけ、報酬として一枚の小切手を差し出したのだ。
その小切手には、彼女がいくら回復施設で訪れるペルソナ使いたちに体力回復の見返りとして高額請求をしたとしても
到底稼ぎきれないような破格の金額が記されていたのである。
彼女の心変わりはあまりにも早かった。
小切手を見た瞬間、オベロンを裏切り、あっさりとペルソナ使いたちを『主催者』に売り渡したのである。
世の中、所詮は金次第。実にシンプルな思想だ。
実際彼女もオベロンの命を全うして故郷の妖精界に出戻り、一円の得にもならない奉仕に身を捧げるよりも、
実力次第でいくらでも稼げる人間界が気に入っていたところだ。未練は微塵にも存在しなかった。
彼女にとって、今更失うものは何も無かった。金以外は。
そんな彼女の『ゲーム』における役割というのは数多いる主催者たちへの伝令役である。

主催者サイドは代表者であるルシファーと腹心数名の下、主に大きく分けて四つの部門に総括される。
まず一つ目は主に自己回復制御部門である。
集められた参加者の中には魔法を操り傷を負ったとしても無限に回復する輩が数人確認され、
そんな連中が結託してこちら側に歯向かって来たことを考えると少々厄介である。
そこでこの部門を設けることにより、その能力を大幅に制限しているのだ。
二つ目は悪魔管理部門である。
スマル市は各地に悪魔が出現する区域があるが、その名の如くエリア別に悪魔の種類や能力を管理しているのである。
最初から強大な力を持った悪魔が出現すれば、下手をすると参加者全員が開始早々食い殺されかねない。
だから最初は弱い者を投入し、時期が来れば少しずつ強力な者を増援させる。それが主な役割だ。
三つ目は噂現実化制御部門である。
この『ゲーム』の舞台となっているスマル市は『這い寄る混沌』の影響で人々の口に昇る噂話が全て現実化してしまうという特殊な環境にある。
ゲームの参加者の中にはこの街に精通している者も何人かいるので、先手を打って噂の現実化を防止しているのだ。
ただし、ゲームの展開やルイ・サイファーら大幹部の意思によりシステムが解除される可能性もあるため、あくまでも防止であって停止ではない。
最後は刻印管理部門である。
参加者たち全員の首には、百パーセントの致死力を持った呪殺刻印が掘り込まれており、
この部門では主に刻印の発動と制御に関する操作を管理している。
また、この刻印には簡単ながら着用者の生存感知機能が搭載され、また遠隔操作も可能となっており、
着用者が何らかの方法で脱出を試みる等の禁止されている行動を取ったらこちらの意思で爆発させることが出来るのだ。
ただしそれには代表者であるルイ・サイファーの許可が必要で、管理者が勝手に爆破させたら厳重な処罰を受けさせられるともっぱらの噂である。
トリッシュが今回伝令を伝えるように命じられたのはまさしくこの刻印管理部門に対してであった。

照明一つ存在しない暗い廊下には、一定の間隔を置いて各部門の管理室のドアが置かれ、
まだよく道順を覚えていないトリッシュはランプでそのドアの一つ一つを確認しながら進んだ。
「えーっと……えっと、ここは……ん? 業魔殿…。何だよ悪魔制御部か〜。もーっ迷子になったら労災申請してやる!」
一人大声でわめき、ジタバタとじだんだを踏みつつも、気を取り直して次の扉に進む。
次にやって来た扉は全面的に青一色の扉であった。プレートには「ベルベットルーム」と書かれている。
「あったあった、ここ! 失礼しまーっす!」
目当ての扉を見つけるや否やトリッシュはノックもせずに勢いよく青い扉を開け放った。
開くと同時にピアノ伴奏でフランスの作曲家・サティの名曲「ジムノペティ 第一番」の美しい旋律が耳に飛び込む。
そして中からはトリッシュに向かって長い鼻を持った小柄で異形の姿をした老人と、耳を塞いだオペラ歌手、目を塞いだピアニスト、
一心不乱にキャンバスに向かって悪魔を描く絵師が一斉に顔を向けた。
部屋の色彩は壁、天井、カーテンから、ピアニストのついているグランドピアノや絵師の目の前にあるキャンバスに至るまで全て青で統一されていた。
「おや、これはこれはトリッシュ様。ようこそベルベットルームへ。」
突然やって来たにも関わらず、長い鼻の老人が甲高い声でトリッシュを歓迎し、椅子を勧めた。
「やっほー。イゴール久しぶりっ。」
トリッシュは手持ちのランプをグランドピアノの上に置き、満面の笑みで小刻みに両手を振りながら差し出された椅子に腰を下ろした。
「こっち来てから会うのは初めてだね。元気してた? 相変わらず落ち着かない部屋にいるんだねー。」
「トリッシュ様こそお変わりないようで…。」
「ってゆーか、一人増えてない?」
彼女が興味を持ったのは他の三人と比べたら比較的質素な服装の絵師である。この部屋の新顔だ。
だが絵師の方は彼女に取り立てた反応は示さず、ひたすら筆を振るうことに集中していた。
「彼はフィレモン様より命を受け、本来ならば私どもと同様、この部屋でペルソナ使いたちに力を貸すべき存在ですが、今回は少々勝手が違いますので…。
彼には例の刻印を全ての参加者に描き記していただきました。」
「ふーん、この人がねぇ。ま、いーや。」
特にこちらに関心を抱いてくれない絵師の姿に飽きたのか、トリッシュはイゴールと呼ばれた老人の方に向き直った。
「所で、貴女がこの部屋に来たということは、刻印に関して何か問題でもあったのでしょうか?」

イゴールの言葉に絵師だけではなくピアニストの耳もピクリと動いた。
耳を塞いだオペラ歌手だけは聴こえていないためか、無心で静かなハミングを響かせている。
「それとはちょっと違うんだけど…。
何かね、鈴木さんが言ってたんだけど、参加者の中に脱出を目論むバカがいるらしーんだよねー。」
「ほぉ。それはそれは大変なことでございますな。」
「うん、そーゆーことだからそいつにその事をお知らせして、ちゃっちゃと刻印爆発させちゃって!」
「かしこまりました。鈴木様の指令であればルシファー様のご意思と同意。
して、それは参加者のどの者でございましょうか?」
「うん。確かえーっと…名前は…」
トリッシュは小首を傾げて小さく唸った。今回の参加者は彼女に対して一円も落とさない。
たったそれだけでも彼女にとってはその名を覚える価値も無いのである。
少々苦心しながらも何とか頭の隅から名前を捻り出し、ぽんと手を打った。
「クズノハ! クズノハ何とか…ライ…えっとごめん。やっぱり思い出せない!」
「葛葉ライドウ様でございますか?」
「そうそう。今思い出した!」
「では早速警告を出し、それに従わないようでしたらやむを得ませんね。
刻印を爆破することに致しましょう。ナナシ、ベラドンナ、そして悪魔絵師、準備はよろしいですか?」
イゴールの声に反応するように、ピアノの伴奏が変わった。ソプラノも少し攻撃的なリズムで紡ぎだされる。
絵師も手を止め、精神集中するように筆先をじっと見つめた。
初めて見る緊迫した光景に、トリッシュもわくわくした面持ちで見守っている。
イゴールがまずは葛葉ライドウに警告を出すべくタキシードの懐にしまっていたイビルホンを引っ張り出した時、青い扉が再び勢いよく開いた。
ぴたりと演奏が止まり、一時の静寂が訪れる。
「おや?」
そこから挨拶もせずにずかずかと踏み込んできたのは一人の若いメイドであった。
ショートカットの黒髪で、美しい顔立ちと均整の取れた体つきだが、真っ白な肌からは一切の生気を感じさせない、
まさしく人形のような雰囲気の持ち主である。
「……今日は随分とお客様が多いようですな。」
「突然お邪魔したことを先に詫びておきます。」
まるで高揚の無い声でそう言い、メイドは無表情に一礼した。
色素の無い真っ赤な瞳には何ら感情を抱いていないようだった。
「メアリ、少し下がるがよい。」
そのメイドを押しのけ、赤いマントを羽織り、海軍のような帽子を被った初老の男が大股でベルベットルームに入室した。
男の名はヴィクトル・フランケンシュタイン。
この男もまた、人間的な熱を感じさせない佇まいだが、メイドの少女よりは感情の起伏があるようだ。
と、ここでまたピアノの演奏が始まった。ただしの男が下界で根城にしているホテル業魔殿で流しているBGMの生演奏である。
「これはこれはヴィクトル様。悪魔管理部門総括の貴方がこのような場所に何の御用でしょうか。」
「我輩の使役する悪魔の中には少々聴力に優れた者もいてな、お主たちの会話を聞かせてもらったぞ。」
「あ! 盗み聞き!」
すかさず指を刺して非難するトリッシュを尻目にヴィクトルは続けた。
「その葛葉ライドウという男についてだが、少々我輩に任せてもらいたい。」
「ほお。確か資料によりますと貴方と葛葉と呼ばれる一族には深い縁がおありのようで。
ですが、鈴木様…いや、ルシファー様の命では刻印を爆破させよとのこと。
場合によっては命令違反ということで貴方が粛清されることになりますぞ?」
「その点は問題無い。既に話はつけてある。
それに我輩は悪魔の研究が出来るのならばサンプル提供者は葛葉でなくとも大いに結構故、奴らに与そうなどとは全く思っておらん。」
「それを聞いて安心しました。では、いかなる事情で…」
イゴールの言葉が終わらぬ内にヴィクトルはやや興奮した口ぶりで自分の計画を捲し立てた。

「聞けば葛葉ライドウはこの街の動力エネルギーを狙って動いているそうではないか。
それについては我輩よりも噂関連を管理している者の方が興味を抱いていているようだが、まぁこの際それはどうでもよい。
問題は奴が選択した脱出方法……どうやら動力エネルギーを利用して異界開きを行い、時空を超えて逃げ出す算段らしい。
悪魔が異界でどのような生態変化を起こし、そして時空移転ではどのような影響を受けるのか……実に興味深い話ではないか。
そこで最近我輩が新たに作成した悪魔を葛葉ライドウの監視役に付かせたいと思っているのだ。」
そこまで聞いた段階で、イゴールにはこの男が何をしたいのかが理解出来た。
つまり、より革新的な場面で新しく生み出した悪魔の性能をテストしてみたいということである。
その研究に対する熱意は賞賛に値するが、組織の一員としてはかなり問題があるのではないかとイゴールは思ったが、口にはしなかった。
だが、
「でもさー、それってやっぱりルール違反じゃない? 
つまりそのライドーってのが逃げ出すまで悪魔に守らせるってことでしょ?」
イゴールの言いたいことをトリッシュが代わりにずばりと言い放った。
彼女はこの男とメアリが生理的に受け付けないのか、先ほどから露骨に嫌そうな顔をしている。
だが、そんなことヴィクトルからすればどうでもいいことだった。
この男が関心を向ける事柄は唯一つ。己の研究に関することのみなのだ。
「それについては言うに及ばん。
悪魔は、監視役に過ぎん。それに葛葉ライドウに付かせるのは一体のみとする。そして決して奴の手助けはさせぬことを誓わそう。
それで葛葉が他者に破れるのなら仕方が無い。そういう運命だったのだと我輩は潔く諦めることとする。
勿論、何らかの不都合が生じるようならばすぐに刻印は爆破してもらって結構だ。
何なら監視役の悪魔にも刻印を掘り込んでくれてもかまわんぞ。
既にデビルカルテは取ってあるのでいくらでも複製は可能だからな。」
「ふむ…。貴方様がそこまで仰るならそれもまたご一興でしょう。して、どのような悪魔を?」
「この中から候補を選んでくれたまえ。我輩はそれに従うことにしよう。」
ヴィクトルがちらりと眼で合図をすると、背後に控えていたメアリがカルテの束をイゴールにうやうやしく差し出した。
イゴールはそれを受け取り、簡潔に眼を通しながらぱらりと捲る。その横からトリッシュが興味津々と言った面持ちで覗き込んでいた。
「さすがに随分と珍しい悪魔を揃えてらっしゃる。これは実に面白そうですな。」
「へー、魔人アリスにメギドラオン所持ピクシー、怪異ツチノコ、クダン、それからジャアクフロストかぁ…。
あ、イナバシロウサギかわいー! ボクこれがいい! ペットにする!
……うげ、魔王マーラって、監視にコレは無理なんじゃない? ボクだったらこんなグロいのいたら速攻でボコっちゃうよ。あとは……。
……十五代目葛葉ライホー? 何だコレ?」
「では、監視役の悪魔はこの中からこちらで決めさせていただきましょう。」
「ねーねーイナバシロウサギちょーだい! ライドーにつけるのは別のヤツにして!」
「これにて我輩は失礼する。外にメアリを待たせておくのでな。どの悪魔を監視役にするか決まったら彼女を通じて言伝を頼んだぞ。」
用件の済んだヴィクトルはマントを翻し、さっさとベルベットルームを後にした。メアリも無言でそれに従い部屋を出る。
パタンと扉が閉り、まるで何事も無かったかのように音楽が最初と同じジムノペティに切り替わった。
一方トリッシュはイナバシロウサギのカルテを見ながらニヤニヤ笑っている。
「えへへ。このウサちゃんもーらいっ!」
だが、そんなトリッシュの声が漏れていたのかどうなのか、すぐさま扉が開き、再びメアリが顔を覗かせた。
「念のために申し上げておきますが、残った悪魔を勝手に着服しないように。それはまた別の場所で利用いたしますので。」
それだけ言って、返事も聞かずに再びドアが閉る。

「ケチ! 死んじゃえ! ルイ・サイファーに殺されちゃえ!」



<時刻:午前8時>
【イゴール】
主催者の一人。刻印管理部門総括
【ナナシ】、【ベラドンナ】、【悪魔絵師】も同様に刻印管理担当

【ヴィクトル・フランケンシュタイン】
主催者の一人。悪魔管理部門総括
【メアリ】も同様に悪魔管理担当

【トリッシュ】
ルシファーらと各管理部門を繋ぐ伝令役

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