女神転生バトルロワイアルまとめ
第91話 憑いてる二人

無人の街は、変わらず静かだった。
あの時、教室にいたのは何人ほどだったろう。四十人か、五十人ほどいたか。
どちらにしても、一つの街にそれだけの人間しかいないと考えると、あまりに少ない人数だった。
本来は何万もの人が暮らしていたのであろう街に散らばっていては、出会う確率は高くはないはずだ。
突然放り込まれた者達には、この無人の街はあまりに広い。
人の集まりそうな所、役立つ物のありそうな所を避けて進めば、物音一つにも出会わない。

(身の安全を確保するだけなら、そう難しくはなさそうね)
地図を片手に、道なりに歩きながらレイ・レイホウは考える。
死体を解体する男と出会って以来、人の姿は生きているものも死んでいるものも見なかった。
地図によると夢崎区から平坂区へと続くらしいこの道は、どうやらまだ戦場にはなっていないらしい。
(食べ物ならどこででも手に入るし、隠れられる場所もいくらでもある……
休む場所には困らない。誰か仲間がいれば、交代で休めてもっと安心なんだけど)
レイホウは決して気の弱い女ではない。寧ろ、多くの死地を潜り抜けてきた賜物か肝は据わっている。
並の男なら軽くいなせるほどの武術の心得もあるし、悪魔や超常現象についての知識も豊富だ。
だから、殺人者が街のどこかで獲物を探している、という事態に恐怖している訳ではない。
冷静さゆえに、彼女は慎重になっているのだ。
その辺の人家にでも隠れれば、確かに人には気付かれないだろう。しかし、探り当てる能力を持った悪魔はいる。
例えばケルベロスなりオルトロスなり、鼻の利く悪魔を連れていたら容易く匂いを辿られてしまうだろう。
人には見付かるまいと油断していては、どのような危険に晒されるかわからない。

多くの人が集まる場所は、安全のためには避けた方がいい。
しかし安心して休息できる状況を作るためには、信頼できる誰かと出会うことが必要だ。
その二つから、レイホウは結論を出した。
積極的に人を殺す意思のない者は、皆同じことを考えるはず。
ならば彼らが向かうのは、安全の確保できそうな場所だ。


地図を見た限りでは、この市内で住宅地が多そうなのは蓮華台と平坂区。
どちらも夢崎区とは隣接しているが、蓮華台は市の中央である。
各区の間を結ぶ場所は、通る者も多いだろう。安全を確保することを考えるなら、平坂区だ。
そう判断して歩き始めてから一時間と少し経った頃だろうか。
地図上では二つの区の境目になっている辺りまで、レイホウは辿り着いていた。
(このまま南に進めば高校に住宅地……西はカメヤ横丁、ね)
少し考えてから、道なりに南に進路を取った。
道の両側に、細い曲がり道が幾つも伸びている。横丁の方へ向かおうとすれば、どこからでも行けそうだ。
時折地図を見ながら、それ以上に注意して周囲の様子を窺う。
敵であれ味方であれ、人のいた痕跡があれば今後の指針を考えるのに大いに役立つ。
あまり歓迎はできないが、出会うのが死体だとしても情報にはなるだろう。

幾つ目かの曲がり道の前に差し掛かる。
他の曲がり道と同じように、ここも軽く覗いて何もなければ通り過ぎるはずだった。
が、予想外なことに――接触は、相手側からだった。
「誰かいるの?」
突然の問い掛けに、レイホウは足を止める。
声の主は若い女。警戒しているのか、道を曲がった先に姿を隠したままでいる。
「戦う気はないわ。安心して」
相手にもその気がないとは限らないが、先に気付いていながら不意打ちを仕掛けてこなかったのだ。
誰彼構わず殺す気になっている人物ではない可能性が高い。そう考え、穏やかな声で応える。
「……嘘じゃなさそうね」
安堵したような声がして、声の主が姿を現す。制服姿に短い髪の、高校生ほどの少女だ。
手には銃を持っているが、今のところ撃つ気はないらしく銃口は地面に向けたままにしている。
その姿勢が、この少女にも戦意がないことをレイホウに確信させた。
「良かったあ。やっとやる気になってない人に会えた」
年齢相応の表情で、少女が微笑む。この口振りだと、殺意を持った他の参加者に遭遇しているのだろう。
「こっちも安心したわ。ここに来てからついてなかったけど、やっと運が向いてきたみたい」
平坂区へ来たのは正解だったようだ。ゲームに乗る気のない参加者と出会えたのは何よりの収穫だ。
しかも、この少女は「敵」となり得る人物の情報を知っているらしい。
「ところで、やっとやる気になってない人に……って言ってたけど。そうじゃない人には会ったの?」
「うん。放送があった頃だったかな、あっちの横丁でね。悪魔使いの男の子に」
「悪魔使い?」
レイホウは眉を顰めた。やはり参加者の中には、殺戮に悪魔を使おうとするサマナーがいる。
出会ってしまったら、魔法を封じられたままで対抗するのは難しいだろう。


「中島……って言ってたっけ。えーと、あったあった」
民家の石塀に銃を立て掛け、少女はザックから名簿を取り出して覗き込む。
「中島朱実。女の子みたいな名前だけど、顔もそんな感じでね。黒い制服で、何とか高校の三年って」
「知らない名前ね」
名の通ったサマナーではない。しかし、レイホウは僅かに安堵していた。
サマナーの少年と聞いて、天海市で出会った新米サマナーのことを一瞬思い出していたのだ。
彼の名は確か、アラタ。ついでに間違っても女の子のように見える容姿ではない。
もとより無差別な殺戮を行う人物だとは思っていないが、一瞬の「まさか」が取り除けたのは幸いだった。
「あ、そうだ。私は内田たまき。お姉さんは?」
「ああ……言っていなかったわね。私はレイ・レイホウ」
名簿を見ていて、相手の名前を確認することを思い出したのだろう。
たまきと名乗った少女はまた名簿に目を落とし、今聞いた名を探しているようだった。
そういえば。ふと、最初に集められた教室には彼女と同じ制服を着た少女が他にもいたことを思い出す。
「お互い、知っている人について情報交換しましょうか」
「あ、賛成」
たまきが顔を挙げ、頷いた。

近くの民家を手当たり次第に見て回ると、鍵の開いている家はすぐ見付かった。
中島という悪魔使いが近くにいる可能性がある以上、長居はしない方がいいだろう。
ひとまず筆記用具を見付け、ダイニングのテーブルに二人で向かい合って座った。
ついでに、冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターをコップに注いで並べる。
食品類もあったにはあったが、放置されて何日になるか判らないため手は付けないことにした。
「まず……葛葉キョウジ。彼は信頼できるわ。私の仕事上のパートナーだったから」
キョウジがゲームに乗ることはまずないだろう。
彼は正義の味方でこそないが、決して自分が生き残るために人を殺すのを躊躇わない人間ではない。
「銃と、サマナーとしての腕は確かだけど……」
COMPも銃も支給されていなかったとしたら大丈夫だろうか、とふと考える。
肉弾戦でも下手な悪魔程度の相手ならできるはずだが、少々不安だ。
「サマナー、って?」
「悪魔召喚師。あなたが見た中島君のような人のこと」
「あ。じゃあ私もサマナーなんだ」
たまきの意外な言葉に、レイホウは目を丸くする。
「あなたも? 悪魔を使えるの?」
「今は悪魔召喚プログラムがないから無理だけどね。どっかに落ちてないかな」
落ちていることはなさそうだが、彼女は見た目以上に頼りになる存在らしい。
中島という少年が悪魔を従えていたということは、COMPが支給されている者もいるということ。
使いこなせないCOMPを支給されている、ゲームに乗っていない人物がいるかも知れない。
そういう人物を見付け、COMPを借りられれば、たまきは大きな戦力になるだろう。


それから、二人は互いの知る人物の名前と特徴を教え合い、名簿にメモを記した。
たまきから聞いた名前は、先程の中島朱実の他に五名。
乗り気になっている可能性が高い要注意人物は、狭間偉出夫と神代浩次。
味方してくれそうなのが赤根沢玲子、宮本明。
それから、既に名簿上では線で消された名前――白川由美というのも、彼女の友人だったらしい。
レイホウも知っている人物のことをたまきに教えた。
キョウジ、シド、ナオミ、新、瞳、今は亡い久美子。そして、もう一人。
「この、葛葉ライドウ……って人。名前には心当たりはあるのよ」
「名前だけ知ってて、どんな人か知らない、ってこと?」
レイホウは頷く。紛れもなく、その名は葛葉の者に受け継がれている名だった。
「葛葉ライドウの名前は代々受け継がれていてね。
由緒あるサマナーの名前なんだけど……今の葛葉ライドウには、私は会ったことがないの」
「由緒……そんなに昔から、サマナーっているんだ」
たまきが驚いた顔をする。どうやら彼女も新と同様、運命の悪戯でサマナーになった新米らしい。
「COMPがなかった頃って、どんな風に召喚してたの? 魔法陣描いたり?」
「そういう方法もあるわね。あとは符とか、管とか」
「……管?」
感心したように頷いて聞いていたたまきが、突然思い出したようにザックを取り上げた。
ごそごそと中を探り、しばらくすると取り出した何かをテーブルに載せる。
「管って、もしかして……こういうの?」
テーブルの上のそれを見て、今度はレイホウが驚きの表情をした。
間違いなく、「こういうの」である。かつては葛葉の者も悪魔召喚に用いたという、封魔管。
「まさに、これよ」
たまきは当たりを引いたと言うべきなのか、外れを引いたと言うべきなのか。
封魔管は悪魔を封じ、召喚を可能にする術具ではあるが、扱うには高い霊力が必要だ。
COMPでの召喚しか経験していないたまきに扱える代物ではない。
本来のキョウジならともかく、今のキョウジでも使えないのではないだろうか。
「使い方、わかる?」
「私はサマナーとしての訓練は積んでいないから……知識だけ、ね。
霊力も必要だし、慣れていないと使い物にならないわ」
「無理かぁ……私、魔法の素質も全然ないみたいだし」
たまきが肩を落とす。これを扱える人物を味方に付けられれば、強力な武器にはなるのだが。
この名簿の中にいる葛葉ライドウならば扱えるだろうか。そうでなければ――ナオミ、はまず味方にはならない。
「課題が一つ増えたわね。これを使える味方を探すこと」
二人は顔を見合わせ、溜息をついた。


「知ってる人は、これだけかな」
様々なメモが書き込まれた名簿を、たまきは丸めてザックにしまう。
「名前を知ってるのは、これだけ。――姿だけ見た相手なら、もう一人いるわ」
名簿の話題になって話しそびれていたが、このことも彼女には伝えるつもりだった。
この先降り掛かってくるかも知れない危険については、一つでも多くの情報を共有した方がいい。
「……女の子が死んでいるのを見たの。そこには男がいて――死体の手足を、切り落としてた」
「な、何それ?」
信じられない、といった顔をするたまき。当然の反応だ。
修羅場には慣れているレイホウでさえ、その光景には一瞬、寒気を覚えたのだ。
正確には光景と言うより、顔を挙げた男の顔に、である。
必死の形相だった。しかし、そこに狂気の色はなかった。正気であのような行為をしていたのだ。
理解できない「正気」は、「狂気」より恐ろしい。
人間とは根本的に精神構造の異なる高位の悪魔が感じさせることもある、あの理解不能さ。
しかし恐怖を覚えたとは言っても、怯えた訳ではない。戦う力が万全にあれば挑むこともできた。
一人の少女が殺され、その体を切り刻まれている場面で、逃げるしかなかったことが歯痒かった。
「場所は夢崎センター街……ここからは遠いわね。しばらくは出会う心配はないわ。
長い髪で、SFにでも出てきそうな格好の男だった」
「……目立ちそうだね、それ」
確かに、あの出で立ちなら遠くから見ても一発で判る。
シドといい、たまきから聞いた白い学ラン姿らしい狭間という少年といい、目立つ格好であってくれて助かる。
「私は今、魔法を封じられていてね。それさえ回復すれば、戦える自信はあるんだけれど」
「じゃあ、それまでは私が戦うよ」
屈託のない表情で、たまきが言った。
「あなた、戦えるの?」
銃を支給されているとはいえ、彼女はどう見ても普通の女子高生だ。特に鍛えているようにも見えない。
そんなレイホウの心配を余所に、たまきは自信ありげに笑ってみせた。
「大丈夫。私には強い味方が『憑いてる』から」
彼女がそう言った瞬間、その背後に何か大きな力をレイホウは感じた。
偉大な悪魔――或いは神と呼ばれるかも知れない存在。
(この子も巫女?……違うわね。でも、この子は護られてる)
味方してくれているのは、この身を守護する女神だけではないらしい。
「ありがとう。でも、私だって魔法以外でも戦えるのよ」
名簿をザックに戻し、コップに残った水を飲み干して立ち上がる。ひょいと横に立って、たまきの頭に手を置いた。
「それにね、無理して笑ってなくたっていいの。泣いたっていいんだから」
急にこんな世界に連れて来られて、殺し合いに巻き込まれ、友人を失った高校生の少女。
元気に振る舞ってはいても、見せてくれたのはきっと心からの笑顔ではないだろう。
「……うん。ありがと。でも今は、泣いてる場合じゃないから」
少しだけ俯いて、それからたまきは勢い良く顔を挙げた。


しばし間借りした家を出て、二人は住宅街を歩き出す。
「その、キョウジさんって。どこにいそう?」
「安全な所に隠れてる、って思考はなさそうね。こんなゲームは壊す、って言って仲間を探してそう」
「アキラも同じこと言いそうだなぁ……」
立ち止まり、顔を見合わせた。
「アキラ君って、隠れて様子を見るよりまず正面に飛び出すタイプ?」
「キョウジさんって、敵が近付いてきたらぶっ飛ばすから堂々と歩いてやる、みたいな人?」
見合わせた顔に、鏡に映したように苦笑が浮かぶ。
「……人の多そうな所、行こっか」
「……そうね」



<時刻:午前9時半頃>
【レイ・レイホウ(デビルサマナー)】
状態:CLOSE
武器:プラズマソード
道具:不明
現在地:平坂区、春日山高校からいくらか北辺り
行動方針:CLOSE状態の回復、キョウジとの合流、仲間を探す

【内田たまき(真女神転生if…)】
状態:正常
武器:デザートイーグル
道具:封魔管
行動方針:身を守りつつ仲間を探す
現在地:同上

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