女神転生バトルロワイアルまとめ
第94話 覚醒

「それ」を例えるとするならばTVの電源を入れた瞬間に生じる画面の歪みであろうか?
眼球と呼ばれる器官は正常に動作しているにも関わらず「彼」の意識は今だ混濁状態であった。
続く意識の混濁……
頭が朦朧としている。
TVゲームを再開する時に発生するロード時間と言うべきか?
「彼」は自分が何者であるかですら理解出来ない時が流れた。
「おはよう」
「あ、起きたんですね?おはようございます」
そんな二つの声が聞こえた様な気もする。
無論、それは幻聴である。
勿論、その様な声がかかるはずも無い。
「彼」は一人だったのだから……

……
……
!!

意識が完全に覚醒した。
「彼」の目前にあったのは完食したカップラーメン。
飲み干したコーヒーのカップ。
そして自分の所持品であるザックだった。
無論此処は寝る前と同じ地域である平坂区、その一般家屋の一部屋である。
夢ではない。
そうこれは「彼」にとっての紛れも無い現実。
否、恐らくは参加を強制された殆どの人間にとって悪夢と言って良いのかもしれない。
全員が殺し合い、ただ一人だけが生き残れると言うこのゲームは未だに続行していたのだ。
ふとラーメンを食べる直前まで使用していた時計の針に目を向ける。
この時計が正常に機能していると仮定するならば時刻は10時半をまわった所。
あれから2時間弱睡眠をとっていた事になる。丸一日以上寝たと言う憶測も可能だがさすがにそれは無いだろう。
幸いな事に誰にも遭遇しなかったらしい。
結局ゲームの開始からまだ六時間程しか進捗していない事になる。
いっそあのまま永眠出来た方が良かったかもしれない……と言った思考が脳裏を掠める。
否。
それでは「彼」の目的は達成する事ができない。
「生」に対する強い執着。必要なのはそれを得る事が可能な力。
その為には……このゲームに勝ち残る必要があるのだ。
しかし……と「彼」は思う。
藤堂と言うあの男、共に行動していた玲子と言う女。
共闘しているグループも存在している事は事実だ。
悪魔を使役し戦力として運用できる能力を持つ人物がいる事を「彼」は知っている。
また「彼」同様、魔法を使う事に長けた人物がいる事も「彼」は知っている。
そして「人修羅」と自ら名乗ったあの「悪魔」。
能力が未知数、そして判明しつつも実力が計り知れない参加者もいるに違いない。
既に開始から僅か2時間で11人の参加者が脱落しているのだ。
そして緩やかにせよ、急激にせよ、徐々にではあるが確実に脱落者の数は伸びるに違いない。
背筋に冷たい何かが走る。
嫌だ。
冗談じゃない。
俺は死にたくない。
じゃあどうすればいい?
俺が生き残るにはどう行動したらいい?
混乱した意識の中で起こりやすい無限思考ループに彼は陥る。
寒気の様な物が彼を強襲する。寒くないのに歯が自然と鳴り出した。両肩の辺りを思わず擦りだす。
まずは落ち着こう……と彼は冷め切った湯とインスタントコーヒーをカップにぶち込みそのまま一気に飲んだ。
水の様な温度、濃度も考慮せずに完成したコーヒー……当然、不味いの一言で片が付く。
だがその不味さが彼の脳を刺激した。
もしも喫煙者であればリラックスする為に思わず煙草を口に咥え火をつけるであろう。
だが「彼」にはその様な趣味は無かった。未成年者のせいでもあるが……
食事を行った前に戻って考え直す。


更に武器や防具、その他の道具を調達するか……
参加者(出来れば弱っている人物)との交戦、勝利して武器等を鹵獲するか……
既にノルマは達成されている。一旦何処かに潜伏し午後六時の放送結果から行動を開始するか……
問題は積極的に行動し短期決戦を挑むか……?あえて消極的な行動をとり参加者の共倒れを狙いつつ長期的な生き残りを狙うか……?
そこまでが浮かんだ案であった。
と、ここでもう一つ案が浮かんだ。
「誰かと共闘し、頃合を見て共闘している相手も屠る」
口元からこぼれる卑屈で自虐的な笑み。
……なんとまぁ見事な構想だ。惨めで無様で卑怯な思考結果だ。
彼は声を殺しつつも笑い続けた。
しかし短期的な戦略と長期的な戦略の構想は基本的に異なる物である。それが混在せずにいたという事は彼が決して無能ではない事を証明していた。
どうしたものか……
「彼」の性格からして消極的な行動は向かない。
むしろ「好み」ではない。
何かしらの行動を起こさなければ事態は進まない事もまた事実。
頭の中で思考が未だにまとまらない。どう行動すべきが未だに判らない。
ふと思う。
もしも「あいつ」がいたら……悔しいが「奴」もいたのであれば相談等で何か指針を見出せたのかもしれない。
が……「彼」は一人であった。
湧き上がる劣等感。
なんてこった、自分はここまで判断力がなかったのか……
再び湧き上がる卑屈な笑み。


まぁいいさ……と「彼」は開き直った。
俺は生き残る。必ず。
藤堂?
奴との対戦も楽しみの一つであるのも事実だ。
だが「そんなもの」は自分の目的に続く道の過程での話でしかない。
ザックを背に担ぐ。
「彼」は静かに立ち上がる。
誰かに気配を悟られたくは無い。敵意があるにせよ、無いにせよ自分が今此処にいる事を誰かに知られたくは無い。
静かにそして慎重に「彼」は玄関へと歩み寄る。
玄関へ近づくにつれ「彼」の眼光が鋭くなる。
銃を片手に構え、いつでも射撃可能な状態にする。もちろんトリガーには指を掛けない。
近接武器である斧に似た鈍器をいつでも握り締める様に位置を整える。
今までの戦いで身につけた生き延びる為の術。
慎重と臆病は異なる。
「彼」は決して弱くは無い。「彼」もいくつもの死線を乗り越えた人間であるのだ。
そうさ……と「彼」は思う。
大破壊前……実際に生きていたであろうと思われる時代……あの時の様な自分ではないのだ。
今の俺は魔法も扱え、銃器も扱え、こうして今を生きている。
落ち着いて対処すれば良いだけの話だ……
臨機応変。
……なんと素晴らしき言葉だ、畜生。
皮肉じみた思考を繰り返す内に玄関の前に辿り着いた。
身を屈ませ出来るだけドアノブから距離を取り利き手では無い方でドアノブを回転させる。
静かにドアを開ける。最小限に……自分の身が通るだけの空間を作り出すと「彼」は一気に飛び出した。
通りに面した壁の裏に身を寄せて呼吸を整える。
大丈夫だ。誰もいない。
無意識の内に天を仰ぐ。
神に祈った訳ではない。
ましてやこの自分の状況を怨んでいる訳でもない。
「彼」は太陽を探しただけだ。先程確認した時計の時刻が正しいのか天測を試みただけである。
「ふむ……」
無意識の内に出る一言。
太陽の位置、それを目視する事によって時計が指していた時刻が「ほぼ」正しい事を確認する事が出来た。
結論。
ゲームはまだ継続中、(恐らくではあるが)1日目の10時半……
午前6時以降に犠牲者が出たかはまだ判らない。
これは午後の放送でしか知ることは出来ない。
呼吸の整った所で「彼」は壁から道路に顔も出した。慎重に、最小限に。
誰もいない……
再び壁の内面に顔を戻り少し安堵。とりあえずは周囲の安全は確保されてはいるようだ。
そう「彼」は判断すると平坂区の中央に向け歩き出すのだった。



<時刻:午前10時半>

【カオス・ヒーロー(真・女神転生)】
状態  :正常
武器  :銃(経緯から狙撃が可能?):斧に似た鈍器入手(刃は無い模様)
道具  :カーボライナー(弾丸:追加効果STONE):学園内にて三発消費
     高尾祐子のザック所持の中身(詳細不明、尚高尾裕子が所持していたザックその物は破棄)
     応急処置用の薬箱
     蝋燭&縄
     十得ナイフ
現在地 :平坂区
行動方針:なんとしてでも生き残る術を求める。藤堂尚也との再戦。

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