女神転生バトルロワイアルまとめ
第97話 笑顔

「どうする?」
伽耶の横から指でブラインドに隙間を作り、ヒーローは外に見える少年を見つめながら尋ねてきた。
ヒーローの双眼鏡は伽耶が持っているのだから、彼からしてみたら、少年の姿は豆粒程度にしか見えないはずだ。
双眼鏡を奪われる前に一瞬だけ見ているとは言え、警戒は解いていない口ぶりだった。
「どうもこうも、一度接触を試みる。
あの少年がこの街の出身者ならば、こちらに引き入れるメリットは多い。」
「だが…彼は大丈夫なのか?」
ヒーローはちらりと少年の方に眼をやり、それから振り返るとじっと伽耶の顔を覗き見た。
彼はこの街に来て既に狂気に駆られた旧友と一戦交えているのだ。
いや、彼とはこの街に連れて来られる前に、戦い、自らの手で殺しているのだ。
本来の彼はとても心優しい青年であったはずだが、紆余曲折を経て非常に好戦的な性格へと変貌してしまったのである。
同じようなことが窓の外を歩いている少年に起こらないとは限らない。
ましてや二人とも彼のことを全く知らないのだ。
混乱や憎悪以前に、あの少年が最初からやる気だったらどうするつもりなのか。
二人とも少年の姿は遠目にしか見ていないが、隙を全く見せない身のこなしから相当な使い手ということは押して測らずである。
こちらは二人いるとは言え、戦うとなったらそれなりの消耗は必須であろう。
探している天野舞耶もまだ見つかっていない状況で、それはかなり大きなダメージとなる。
「ヒーロー、お前はここに残れ。」
「え?」
「俺が一人で交渉に当たる。いざと言うことがあるかもしれないからな。」
「一人で行くなんて、それは危険だ。」
「お前は…ピクシーと天野舞耶を待たなければならないだろう。
もしお前が死んだら、これまでやって来たことが全て無駄になる。
だが、俺は元から天涯孤独の身。目的は果たせなくとも死して悲しむ者はおらん。」
「……馬鹿野郎。」
「何だと?」
ヒーローがぼそりと呟いた暴言に伽耶は眼をぱちくりさせた。
しばらく話してみて解った、コロシアム初代チャンプとは思えない温和な性格のヒーローの口から飛び出したその言葉は胸に響いた。
「死んでも誰も悲しまないなんて思ってはいけない。
貴女が生きている以上、誰かが必ず貴女の帰りを待ってるんだ。
……それに、その身体の持ち主のことも少しは考えろ!」
伽耶、いや、四十代目葛葉ライドウはその言葉にびくりと肩を震わせた。
大正時代に生まれた自分の先祖だということ以外で、この身体の持ち主に対して特別な感情は抱いたことは一度も無かった。
だが、この身体、大道寺伽耶にも家族がいて、友がいる。
ましてや年頃の娘なのだから恋の一つでもしているかもしれない。
大道寺伽耶が、おそらく大切にしていたであろう長く美しい黒髪をばっさり切り落としてしまったことを一瞬だけだが、後悔した。
戦闘のことを考えると、長髪は時として命に関わる。
だから戦いが避けられない以上、邪魔な長髪を切り捨てたのは決して間違った判断ではない。
当然のように利便性と安全性のみを考えて切ったのだ。
だが、大道寺伽耶は自分と同じテンプルナイトではなく、戦いとは無縁の普通の女の子なのだ。
今更そんなことを思い出したことで仕方が無いのだが、ヒーローに真正面から訴えられ、四十代目葛葉ライドウの胸は痛んだ。
「……解った。無理はしない。だがやはりお前はここに残れ。
少し休んで回復したから一度の召還くらいは耐えられるだろう。
だが万が一のことがあったら、必ず助けに来てくれ。」
最後は笑顔で言った。不器用だが、精一杯の笑顔。心からの笑顔。だから、信じることが出来た。
「ああ、解った。」
そう言い、ヒーローもそれ相応の笑顔で大きく頷いた。


いきなり襲い掛かってきた新田勇を撃破した後、しばらく青葉区を歩き回ってある程度の物資を補給した周防達哉だったが、
まだ武器として使える道具を一つも見つけられていないことに焦りを感じ始めていた。
自分の身体能力にはそれなりの自信を持っている。
それに自分には強力なペルソナ能力があるので、多少のダメージなら耐えられる。
だが、そんな自分よりも強い者に奇襲されたらどうなるだろう。
ペルソナはもう一人の自分であり、今は唯一の武器だ。
だが、召還には若干タイムラグがある。
奇襲に気付いて呼び出したのでは間に合わないかもしれないのだ。
それならば、反射的に取り出せる武器――理想は使い慣れた刀か、銃がいい――が必要となる。
相手が完全武装していた際、さすがの達哉も素手で立ち向かう度胸は無かった。
だから武器の入手は最優先の課題であるが、ここはビジネス街の青葉区。
せめて骨董品屋かミリタリーショップでもあれば……と思ったが、
見渡す限りオフィスビルばかりでそんな都合の良い店は一つも無かった。
最悪、民家があれば、調理用の包丁を失敬することも出来るが、どうもそれも見当たらない。

そんな追い込まれた状況が達哉の判断能力を鈍らせていたのだろう。
普段なら絶対に犯さないであろう愚考だが、相手を見る前に先制攻撃を仕掛けてしまったのだ。
それも、普通に考えたら殺し合いとは無縁であろう、臙脂色のセーラー服を着た華奢な少女に。

「ペルソナ!」
叫びと共に、真紅に燃えるアポロが出現する。
そして、それは大きく腕を振りかぶり、炎の魔法、アギダインを発動させた。
「なぁっ!」
炎の塊は少女の足元に炸裂すると巨大な火柱を作り上げ、視界を真っ赤に染めた。
驚いた少女の声が一瞬聞こえたような気がしたが、仕留めたという手ごたえは感じられない。

避けられた?

そう判断するより先に、再びアポロを召還する。
熱気を含んだ粉塵の中に、微かに伺える気配を辿る。
今度はしっかり捉えて止めを刺すために、物理攻撃・ギガンフィストを仕掛ける。
アポロが跳躍し、少女に向かって腕を伸ばしながら加速する。距離的にも絶対に逃れられないだろう。
達哉が思った通り、少女は逃げなかった。だが、倒れもしなかった。
土煙が晴れた車道の真ん中で、少女はアポロの強烈な一撃を、何と一本の鉄パイプで受け止め、踏ん張っていたのである。
見かけによらす強靭な肉体の持ち主らしい。
だが、アポロの強烈な一撃は細い鉄パイプを真っ二つに叩き折り、少女を捕らえるために加速した。
「甘い!」
だがそれを見切っていたのだろう。少女はとんぼを切って後退し、折れた鉄パイプを投げ捨てると、
今度は懐から何かを取り出し、アポロに向かって投げつけた。
「ぐっ!」
達哉の脇腹に激痛が走る。
アポロの脇腹、丁度達哉が痛みを覚えた箇所に包丁が刺さっていたのだ。
ペルソナが受けたダメージは、そのまま自分に跳ね返ってくる。
達哉は思わず右手で腹を庇い、その瞬間アポロは消滅した。
考えていた矢先にとんでもない強敵にぶつかってしまった。
目の前に迫る少女のポテンシャルは相当なものだ。
鉄パイプ、それにただの包丁という貧弱な装備で、太陽神アポロを撃退したのである。
奇襲されていてこれなのだから、少女と自分がまともに戦っても勝てる見込みは薄かった。
だが、こんな所で諦めて死ぬわけにはいかない。
自分は舞耶姉を見つけ、守り、このゲームの主催者を倒すのだ。
「来い、アポロ!!」
痛みを堪えてもう一度ペルソナを呼び出す。今度こそ、目の前の障壁を取り除くために。
「遅いわ!」
だが、今一歩及ばなかった。
アポロの影が一瞬浮かんだが、技を繰り出す前に少女の蹴りが達哉の顔面に入り、弾き飛ばされた。
倒れた達哉の元に再び少女が接近してきた時、達哉は殆ど直感的な動きで跳ね起きると両手で少女の細い首を捉え、締め上げた。
「うぐぅっ……くっ…ッ!」
少女が悶絶から低い呻きを漏らし、両腕で達哉の手首を掴んで引き剥がそうとする。
だが、純粋な腕力は達哉の方が上回っていたらしい。この瞬間、形成は逆転した。
首を掴んだ達哉の腕はぴくりとも動かず、そのまま少女をコンクリートの地面にうずめさせた。
めりめりと指が首に食い込む音が聞こえるような気がする。
目の前に迫る少女の顔は、眼球が飛び出すほど眼を見開き、顔色も窒息寸前で真っ赤だった。
「すまない…!」
人を殺すという後味の悪い苦味に達哉は歯を食い縛り……。
見ず知らずの少女に対する罪悪感から小声で謝罪すると、手にさらなる力を込めた。

だが、その時達哉の視界が大きく歪んだ。少女の顔が酷く捻じ曲がる。
それから鈍い痛みが後頭部に襲い掛かり、直後、強烈な眠気にも似た倦怠感が全身を襲った。
奇妙な浮遊感と意識の揺れに耐えられず、達哉は昏倒し、少女に覆いかぶさるようにうつ伏せに倒れた……。

「げほっ! がはっ! がはっ!」
少年の腕からようやく開放された伽耶は、覆いかかる彼の身体を押しのけて這い出ると、首を押さえて激しく咳き込んだ。
急激に肺へと取り込まれた酸素にむせ返ってしまう。
「大丈夫か?」
そんな彼女に鉄パイプを手にしたヒーローが余っている方の手を差し伸べた。
「…ああ、何とか生きている……すまない……はぁ、はぁ…!」
だがその手は受け取らず、伽耶は呼吸を整えると自らの力で立ち上がった。
首の状態を確かめると、爪が食い込んでいたらしく、わずかに血が滲んでいたが、動脈に異常は無かった。間一髪である。
もしもヒーローの登場があと数秒でも遅れたらと考えるとぞっとした。
四十代目葛葉ライドウは、この街に来て初めて死の恐怖と戦ったのだ。
この身体は決して自分のものでは無い。そう思って、初めて抱いた感情である。
「どうやら説得ってのは無理みたいだね。どう考えても彼は戦う道を選んだみたいだ。」
倒れた少年を見下ろし、彼に喰らわせた鉄パイプを肩に引っ掛けたヒーローはそう呟いた。
だが、伽耶はその言葉に首を横に振った。
「いや、それは違うと思う。
多分、この少年も恐怖と戦っていたのだろう。俺と同じでな。」
「あんたの口からそんな言葉が出るなんて…ちょっと意外かもしれないね。」
伽耶はヒーローの言葉を聞きながら小さく息を漏らし、たった今締め上げられた首に手を当てた。
「こいつは……俺の息の根を止めようとした時、小さく謝ったんだ。
その時、何とも言えない悲しい瞳をしていた。
俺にはこいつがとてもこのゲームに乗った人間だとは到底思えない。
この少年とは、落ち着いて話せば解り合えそうな気がする――。」
その言葉は、はたして自分の言葉なのか、内に眠る大道寺伽耶のものなのか、口にした本人にも解らなかった。
だが、ただ一つ言えるのは、たとえどちらの言葉であったとしても、それは二人の本心に他ならないのだ。
それだけは確実だった。

「さっきのビルに戻ろう。彼は僕が運ぶよ。」
「?」
「こう見えてもフェミニストなんだ。女性に重い荷物を運ばせるわけにはいかないからね。」
「ふっ、そうしてくれると助かる。」
伽耶はほんの少し安心したような優しい笑顔を浮かべると、
倒れた少年を肩に担ごうとするヒーローを置いて、先ほどのビルに向かって軽やかに駆け出した。



<時刻:午前8時半>現在地・青葉区オフィスビル

【ザ・ヒーロー(真・女神転生)】
状態:体中に切り傷 打撃によるダメージ 疲労(ガリバーマジックの効果によりほぼ回復)
武器:鉄パイプ、ガンタイプコンピュータ(百太郎 ガリバーマジック コペルニクスインストール済み)
道具:マグネタイト8000 舞耶のノートパソコン 予備バッテリー×3 双眼鏡
仲魔:魔獣ケルベロスを始め7匹(ピクシーを召喚中)
現在地:青葉区オフィス街にて双眼鏡で監視しつつ休憩中
行動方針:天野舞耶を見つける 伽耶の術を利用し脱出 体力の回復  

【大道寺伽耶(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態:四十代目葛葉ライドウの人格 
疲労 首に爪跡があるが、大したダメージではない
武器:スタンガン 包丁 手製の簡易封魔用管(但しまともに封魔するのは不可能、量産も無理)
道具:マグネタイト4500 双眼鏡 イン・ラケチ
仲魔:霊鳥ホウオウ
現在地:同上
行動方針:天野舞耶を見つける ザ・ヒーローと共に脱出し、センターの支配する未来を変える 体力の回復

【周防達哉(ペルソナ2罪)】
状態 頭を強打され昏倒 脇腹負傷(出血は無し)
降魔ペルソナ アポロ
所持品 チューインソウル 宝玉 虫のようなもの 
傷薬×5 ディスポイズン ディスシック ディスパラライズ マッスルドリンコ
行動方針 仲間との合流 主催者を倒し、ゲームから脱出する

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