女神転生バトルロワイアルまとめ
第102話 僕が悪魔でも友達でいてくれますか?

藤堂尚也と赤根沢玲子はシルバーマン邸から移動を開始していた。
人目に付かないような隠れ蓑が多く、それでいて物資の補給が容易な商店街に向かって。
二人とも積極的に殺戮する意志が無い以上、商店街へ移動するのは上手く隠れることの出来る場所を確保することが大きな目的だったはずだが――。
尚也は自分の置かれた現状に溜息をつきたい気分だった。
レイコがことあるごとに自分達が此処を通ったというメッセージを残しているからだ。
メッセージを送る相手は無論、あの黒マントの書生だ。
あの書生には自分も用があるのであちらから来てもらえるのならばそれに越したことはないが…。
レイコはあれから商店が並んでいる区域の入り口、其処から数十メートル歩いた位置にある電信柱、さらに数十メートル先の郵便ポスト、
そしてたった今、道路標識の白いポールにメッセージを残しているのである。
それだけなら問題は無い。
尚也が頭を悩ませているのはメッセージの残し方だった。
レイコは一つの場所にメッセージを残す際メモした紙を、確実に自分だと解るように、スカートを切ってそれで包んで巻きつけているのである。
そのため、シルバーマン邸から此処までメッセージを残すため、確実に毎回5センチずつスカートが短くなっているのである。
気が付いたら、レイコは当初よりかなり短くなり、今ではすっかりコギャルもびっくりな超ミニスカート姿だ。
しかもその姿で堂々と振舞っているのならこちらも普通に接することが出来そうだが、尚也の眼が少しでも脚に行くと(男なんだから仕方無いだろ!)
必死になって少しでもスカートを長く見せようと裾を引っ張りながら怒るものだから尚也はほとほと困り果てていた。
見えているのだから仕方無いだろうとこっちも言いたいのだが、女の子にその理屈は通じない。
だから尚也は困っているのだ。

そんな彼らは今一軒の古着屋の前にいる。
古着と言っても、若者向けのヴィンテージ商品を扱っているような流行の古着屋ではなく、それこそ古臭い着物やその周辺の小道具を取り扱っているような店だ。
中を覗いてみても、手入れだけは行き届いていたが、半ば埃を被っていそうな品揃えの商店で、普通に生活している高校生ならまず近寄らないこと請け合いだった。
だが、レイコはそこで立ち止まってしまった。

何故かは、尚也にもすぐに解った。
その店の曇ったショーウインドーに真っ黒な鳶マントがディスプレイされていたからである。
それはあの書生が身に着けていたマントによく似ている。
レイコはそれを見ながら複雑な表情で佇んでいた。

(あいつを、思い出してるのか……。)

何故か尚也の心境も複雑だった。
蝸牛山であの男を襲撃した際、人質として使えるかもとレイコを捕まえたのだ。
だからそれ以外の感情は持ち合わせていないはずだった。
それにレイコにも人質になっている自覚があるのだろうから、味方であるはずのあの書生を恋しがる気持ちも頭では解る。
なのに、どうしてこんな心に霧が立ち込めているような気分になるのだろうか。
今の自分を復讐の鬼に駆り立てている園村麻希の存在ですら、そのような気持ちにはならなかったというのに。
自分で自分の気持ちが解らなくてイライラする。
こういうことは誰に聞けば教えてくれるのだろうか。
一番聞きたい相手である園村麻希はもういない。
彼女を殺したあの書生を仕留めたら、自分は彼女の後を追う。
人殺しになってまで生き延びる理由は無い。
――最初はそのつもりだった。
だが、あれからたった数時間しか経っていないにも関わらず、その決意、自決する意志は徐々に薄れつつあった。
依然として最後の一人になるまで殺し合いをさせられるという最悪の状況に変化は無い。
だが自分が此処に召還されたのなら、死ぬ前に戦い以外の何かをしないといけないのではと、今では思っている。
それが一体何なのかは、自分でもよく解らないのだが。
今会えるかもしれない友人ならば、南条圭に聞くのはどうだろうか。
いや、無理だろう。
あいつは馬鹿ではなく、むしろ頭脳明晰な方だがそういう質問に的確な答えを返してくれるようなタイプではない。
根拠は無いが、そんな気がする。
ならば桐嶋英理子はどうだろう。
少なくとも、南条よりはマシな答えを返してくれそうだ。
だが、何故かは解らないが、それを彼女に聞いたらいけないような気がする。

いや、それ以前にこの二人に会うわけには行かない。
この二人が今の自分の有様を見たらどう思うのか。
醜い復讐心が大きな原動力となっている自分を知ったら――。
あの強く優しい二人が絶望する顔なんて、自分は見たくない。

では目の前のレイコに聞くのは?

自分の口からは聞けない。理由は不明だが。
これから自分はどうすればいいのだろうか。考えても答えは出ない。
それどころか考えれば考えるほど心臓に重石をつけたような感覚が襲い、余計に混乱してしまいそうだった。
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、レイコは今も複雑な眼をしてショーウインドーに手を当てて鳶マントを眺めていた。
尚也は一つ深呼吸すると、周囲に誰もいないことを確かめ、ロングソードの鞘をショーウインドーにぶつけてガラスを破壊した。
レイコを横にどかし、尚也は少々荒っぽい仕草で古びたトルソーに掛かっているマントを剥ぎ取ると
驚いて眼を見開いているレイコに突き出した。
「どう…したんですか、いきなり。」
「……あいつのことが気になるんだろ? 持ってろよ、これ。」
「え?」
困惑の浮かんだいぶかしげな表情で、なかなかマントを受け取らないレイコに少し苛立った尚也は自分を落ち着かせながら続けた。
「いやその、何ていうか……大体今の君の格好は……眼のやり場に困るんだよ。だから、これを着てくれ。」
尚もレイコに向かってマントを突き出す。有無を言わさない調子だ。
だが、その時一瞬だがちらりとレイコの破れたスカートから露出した太ももに眼が行ってしまった。
そんなつもりは無かったのだが、尚也は慌てて視線を逸らせた。
「きゃっ!」
レイコは赤くなって小さく声を上げると同じく慌てている尚也からマントを奪うように受け取ると、
まず最初に露出した白い太ももを黒いマントで隠した。
既に何度も見ている仕草だったが、今回のはまるで、今の自分の姿が尚也にとってどれだけ過激なものなのかに初めて気付いたようであった。
レイコは尚也の視線から逃れるように後ろを向くと、受け取ったマントをおずおずと慣れない仕草で羽織る。
男物のマントだから、女であるレイコが羽織ると少し大きい。
本来ならば膝丈程度になるように作られているのだろうが、マントはレイコの膝下まですっぽりと隠した。
「藤堂さん……」
「何だ?」
「ありがとうございます。」
そう言って振り向いたレイコの顔は、やや頬を上気させていたのも相まって、尚也にはどこか艶っぽく映り、
まともに視線を合わせることが出来なかった。
尚也はそれをごまかすように不自然な動作で咳払いをすると、レイコに背を向けて大股で歩き始めた。
「行くぞ。さっき音を立てたからもう此処は危険かもしれない。まずは……どこかで回復出来る道具を補給したいところだ。」
「え、えぇ。」
歩きながらぶつぶつと呟く尚也の後ろを、レイコは羽織ったマントがずり落ちないように手で押さえて小走りで追った。
レイコは少し嬉しそうだったが、尚也の心の霧は晴れない。
むしろ今の行動で、その霧は余計に濃くなってしまったようであった。

「おい、今度は何をやってるんだ、お前は。」
塚本新から指令を受け、不承不承、近くのホームセンターからある資材を盗み出してきた南条圭は、
サトミタダシの店内で怪しい実験さながらの惨状を繰り広げている新の姿を見てあからさまに顔をしかめた。
店内には石油の刺激臭が充満しており、その臭いに圭の眉間に深い皺が寄る。
「お、待ちかねたよ南条君お帰り〜。」
床に胡坐をかき、背中を見せたまま新は背後の圭に手を振った。
「まったく、この俺に盗みを働かせるなど……」
生きるためにはやむを得ないとは言え、
こんなに落ちぶれてしまった自分を見たら天国の山岡は卒倒するのではないかと、圭は心が痛んだ。
「うーん、名門・南条家の跡取り息子をパシらせて万引きさせるカ・イ・カ・ン。
いやんっ、癖になっちゃう!」
「この……痴れ者がァ!」
「わーっ、ゴメンゴメン! 嘘だよ! ウソウソ!」
こちらに振り返って慌てて謝る新に、圭は半ば本気で叩き斬ろうと抜きかけたアサノタクミを鞘にしまい直した。
「質問にはまだ答えていないな。今度は一体何をしていたんだ、貴様は。」
呼吸を整えて冷静に質問しなおしたつもりだろうが、口調は辛辣なままだ。
さらに新に対する呼び名が先ほどの「お前」から「貴様」に変わっている辺り、圭的には怒りが収まりきっているわけではないようだ。
そんな彼のご機嫌を伺うように新は当たり障りの無い言葉を選んで現状の説明を試みた。
「えーっと…何だ。前ネットやっててたまたま見つけた裏モノ系サイトで載ってたことなんだけど……。」

新の目の前には卵の殻十数個分が散らばり、中身はボウルに卵黄と卵白の二種類に分けられている。
そして塩、インスタントコーヒー、緑茶エトセトラ。
これだけ見たら卵焼きでも作ってちょっと早めに優雅で貧相な昼食を……。
と、殺し合い以外の時間なら思わないでもないのだが、
それだけではなく何処かの庭からでも持ってきたのだろう、
化学肥料の袋が乱暴に破られ、中身が床に散乱していたのだから意味が解らない。
そして、これも何処かの庭先に停めてある車から拝借してきたのだろう。
ポリ容器に注がれたガソリンが置いてあった。さっきから漂っている石油の臭いの元はこれである。
更にそれらを測りで軽量して混ぜたのだと思われる物体をガチャガチャ
(サトミタダシの店外に置かれていた)の丸いケースに詰め込み、セロテープで密閉していたのだ。
因みにガチャガチャの中身は子供向けアニメのキャラクター人形で、
新はそういう趣味があるのか床に丁寧に並べていたが圭は全く興味が無かった。
「今これらを使って武器をカンパンしてたんだよ。武器を。」
「武器?」
「ああ。どうにもこうにも俺達って戦力的にはメチャクチャ不利なような気がするんだよ。
そりゃぁ夜になったらエストマ汁を撒いて逃げるつもりだけど、悪魔なんか目じゃないよーなヤツが殴りこんできたら大変じゃん。
ぶっちゃけ俺たち死ぬよ?」
「まぁ、確かにな。」
いくら圭が刀で武装していてペルソナを呼べると言ってもそれで相手に出来る人数はせいぜい三人か四人が限度だ。
しかもそれは相手が普通の人間だった場合に限った話である。
だが相手が武装していた場合、悪魔を使役していた場合、最悪その人物が強力なペルソナを降魔していた場合は話が違う。
その時の選択肢はおそらく「逃げる」しか選べないであろうことは想像に難くない。
そして、そんな状況下で相手がおいそれと逃がしてくれるとは思えないのも事実だ。
逃走の失敗は命に関わる。
だからと言って、強敵を迎え撃てるほどこちらが強いかと言えばそうでもない。
新の言うとおり、戦力不足は否めなかった。
圭の不安をよそに、新は自作した謎の中身入りガチャガチャを一つ拾い上げ、圭の顔面に突き出した。

「で、コレはさっき言った裏モノ系サイトに載ってた作り方を参考にしてカンパンした、塚本新様特製お手製焼夷弾!」
「焼夷弾だと?」
「詳しいカンパン方法は省くけど……って、触るなよ。危ないぞ。」
さっそく突き出された中身入りのケースに伸ばされた圭の手を、新は払いのけた。
その動作に圭はムッとしたが、中身は危険物なのだから仕方無いだろうと諦める。
「まぁ主な原料はガソリンと卵の白身だから威力はあんまり期待出来ないけど、
作れるだけ作ったからしばらくはコレで凌げるだろ。
だけどコレだけだったら萌えない…じゃなくて燃えないから、
発火するための道具の材料を南条君にパクってもらったってワケだ。」
「ほぉ。で、俺に盗ませた材料で具体的には何が作れるというのだ?」
「さてさて、南条の坊ちゃまはキチンとお遣い出来たかしら? どれどれ…」
「貴様…」
「おお、ちゃんと俺のリクエストした道具盗って来てくれたみたいだね〜。
おりこうさんでしゅね〜。」
「…本当に殺すぞ。」
人を小ばかにしたような新の口調に米神あたりがピクピクしてきたが、
当の新は全く意に介さず圭が手にしている買い物袋の中身を勝手にまさぐり始めた。
「えーっと。
ライター、爆竹、コンデンサ、豆電球、電池、コード、アルミパイプ、タコ糸……全部揃ってるね。
これで簡単なヤツだけど爆弾がカンパン出来る。」
「爆弾だと?」
「そそ。で、爆弾をこのパイプに詰めて火を点けると……。」
新は長さ1メートル弱、直径三センチ程度のアルミパイプをまるでライフルのように構え、
南条に向けて「BANG!」と撃つ真似をした。
思わず仰け反ってしまう南条の反応に満足したのかにやりと不敵に笑うと、
架空の銃口の先から昇る煙を吹き消す動作をした。
ただしライフルじゃなくてアルミパイプだから不恰好極まりないが本人は全く気にしてはいないようだ。
ようするに新は手製の火縄銃を作るつもりのようだ。
「まぁ場末のホームセンターに大したサイズのコンデンサがあるとは思えないから、
こっちの爆弾の方の威力も期待出来ない。
だが先にこの塚本新様お手製焼夷弾をぶつけておいて爆発させたらどうなるか……。
焼夷弾の方はゼリー状だからくっついたら離すのは至難の技。
この最悪コンボを喰らった相手は悲劇だね。怖い怖い。
……ってワケ。解った?」
「ああ。」
頷きながら南条はどこかで血の気が引くのを感じた。
この塚本新という男、ふざけているようだが、
先ほど今夜辺りが満月だと推理したことと言い、今回の焼夷弾、爆弾を作り出した知識と言い、
この男がもし「やる気」になっていたらと思うと勝てる気がしなかった。
こちらがもし最強の銃を支給されていたとしても、
その頭脳と応用力で自分など煙に撒かれて気が付いたら死んでいたという結末を迎えることに違い無い。
心底、味方であって良かったと思う。
最初は口調と雰囲気が彼の悪友である上杉秀彦にどことなく似ていたから不安だったが
(だからこそあっさり信用出来たのかもしれないが)
この男がこちら側に付いていたらゲームからの脱出もあながち遠い話ではないのかもしれない。
「よ〜し、カンパン開始! あ、南条君はちょっと休んでていいよ。」
早速圭の持ってきた材料を組み立て始める新に、圭は話しかけた。
「所で塚本。」
「何?」
「お前がさっきから言ってるカンパンって何だ?」
「帰ったら『九龍+カンパン』でググってごらんよ。」
「???」
彼の頭の回転力や知識はさておき、圭には彼の言っていることが理解の範疇を超えていた。

それから爆弾を作り始めた新の手際は驚くほどに早く、見る見る内に小型のコンデンサ爆弾が増えてゆく。
導火線のタコ糸が異様に長いのはパイプに詰めて発射するための処置だろう。
だが、無造作に置いてある爆弾の中には導火線の短いものもいくつか含まれているので、投擲して使う場合も考慮されている。
さすがに抜け目が無かった。
新は此処に来る前はハッカーとデビルサマナーをやっていたというのだから、
それなりの戦闘経験はあるのだろうが、
そこでこんな風に自分で爆弾を作る機会があったのかどうかは疑問である。
自分も何度も死線を潜り抜けてきたつもりだが、少なくとも武器を自作することは無かった。
悪魔を使役するというのはそこまで危険なことなのだろうか。
彼に対する疑問は尽きないのだが、珍しく真剣なまなざしで爆弾を作っている新を邪魔するわけにも行かず、
手持ちぶたさになった圭は意味無く店内をウロウロしていた。
何気なく手にした風邪薬のパッケージを見ながら圭はまだ平和に学校に通っていた頃のことを思い出す。
彼が通っていた聖エルミン学園は決して不良校では無かったが少なからずならず者はいた。
教室の片隅でそいつらが風邪薬をアルコールで溶かして合法ドラッグを作れるという
少々いただけない会話をしているのを小耳に挟んだことがあった。
思わぬものがほんの少しの工夫で思わぬ凶器になるという事実を学ばせてもらったので
彼らの会話を教師に報告するのは止めておいたが……。
おそらく新はそういう類の人間なのだろう。
そういった人間には嫌悪することも多いが、今回のように生きるか死ぬかの瀬戸際には、
むしろそんな知識や経験こそ必要なのである。
自分が嫌っている人種に今はこうして助けられているのだ。
(皮肉なものだな……。)
圭は、今までそういう世界とは無縁に生きてきた自分に対して自嘲を漏らした。
と、その時、出入り口の方からかすかに人の気配を感じて咄嗟に身構えた。
新のほうを見ると、彼も音を立てないように最小限の動作で手製の爆弾、焼夷弾をカバンに詰め込んでいた。
表情は爆弾を作っている時以上に真剣だ。
(どうする?)
その意味を込めた視線を新に向けると、彼はすぐに意味を悟ってくれたようで、
鋭い眼を圭から気配のあった店の出入り口の方にさっと流した。
(行ってくれ。気をつけろ。)
彼が眼で語った内容ははおそらくそうだろう。
新の持っている武器は今ある中では最大の威力を誇る爆弾だが、接近戦には向かない。
だからこういう時はまず、接近武器である刀を持っている圭が出るのが道理だ。
圭は無言で頷くと足音を立てないように出入り口に向かった。勿論、抜刀してからだ。
いつでもペルソナを呼び出せるように精神も集中させる。
緊張から乱れる呼吸を整え、
そして、一気に駆けると動かない自動ドアを蹴破り、外に躍り出た!
ガラスが割れるけたたましい音とともに飛び出し、圭は刀を振り上げた。威嚇のつもりだ。本当に斬るつもりは無い。
相手がやる気ならば先制して戦意喪失を測る。もし相手にその気が無ければすぐに刀は降ろすつもりだ。
だが、目の前に現れた相手を見て、圭は驚くと同時に喜びすら覚えた。
目の前にいたのは彼の良く知っている相手、クラスメイトであり親友の藤堂尚也だったからだ。

「藤堂! 本当に藤堂なのか!」
彼ならば武器を持つ必要は無い。すぐに刀を鞘におさめた。
「南条……生きていたのか。」
「ああ…良かった。俺もお前まで死んでしまったのでは無いかと心配したぞ。」
「すまないな。」
少し疲れているようだが、藤堂尚也はそれなりに元気そうで安心した。
「知り合いかい?」
遅れて新が顔を出す。
念のために焼夷弾と爆弾をいくつか抱えているが、もう此処でこれを使う必要は無いだろう。
「ああ、俺のクラスメイトだ。この男なら安心出来る。」
「おお、それはよかった! 初めまして。南条君の友達の塚本ってんだ。ヨロシクな!」
明るくそう挨拶し、尚也に向かって握手を求めて手を伸ばす新だったが、尚也はその手を受け取らなかった。
それを警戒と取った圭は、自分からも新を紹介した。
「こいつは塚本新。
さっき知り合ったばかりだが戦う意志は無いらしい。共に脱出を目指す仲間だ。」
「あれ。お連れさんがいるみたいだね。君もこっちおいでよ。」
尚也から少し離れた物陰からこちらを伺う少女に気付き、新は手招きした。
新に呼ばれてこちらに歩いてくる黒マント姿の少女に、圭は思い当たるところがあった。
圭がシルバーマン邸の前で見つけたメモを書いたと思われる、軽子坂高校の生徒、赤根沢玲子だ。
圭が心から信頼している尚也と一緒に行動しているのだから、この少女にも危険は無い。新もそういう判断を下したのだろう。
だが、レイコがこちらの輪に入る直前、尚也は彼女の腕を引き、自分の後ろに隠すように置いた。
「え?」
その行動は圭と新だけではなく、レイコにも予想外のことだったのだろう。眼鏡の向こうの眼をぱちくりさせた。
次に向かった視線の先、尚也は表情を押し殺し、冷徹な瞳をしていた。
「悪いけど、俺はそっちには行けない。

「何だって?」
全く予想だにしていない尚也の発言に、圭は一瞬自分が寝ぼけているように感じた。
「行けないんだ、どうしても。」
「どういうことだ、藤堂…。」
「南条、君が俺のことを仲間と思ってくれてたのは嬉しいよ。すごくね。
だけど俺は……」
煮え切らない尚也に、圭の脳裏に最悪の事態が浮かんでしまった。
「藤堂、お前まさか……この殺し合いに乗ったとでも言うのか?」
圭の問いに尚也は無言だった。何も言わず俯いてしまった。
彼の後ろのレイコはどうしたらいいのか解らない風に尚也と圭の顔をきょろきょろと見合わせている。
彼女は一体何なのだろう。
尚也との関係は? 彼女はやる気なのか? とてもそうは見えないが……。
新は尚也の無言を肯定と取ったのか、臨戦体勢に置き換え、爆弾を投げられる間合いを掴むために後退を始めた。
まだそうと決まったのでは無い。
圭はそう思い、彼を止めようとするが、やはりまず目の前の尚也が先だ。
「どうなんだ、藤堂。俺は信じないぞ、そんなこと!」
圭は尚也の肩を両手で掴み、乱暴に揺すった。
尚也はされるがままにガクガクと揺れる。
まるで力が入っていない人形を相手にしている感じだ。
中に綿や砂の代わりに血と肉が詰まった等身大のリアルな人形――。
気高く勇敢で、寡黙ながら仲間思いな、圭の良く知るいつもの尚也とあまりにも違い過ぎる。
圭はますます混乱した。
「一体どうしたんだお前! 何があった! その女がお前をそそのかしたのか!?」
急に指を指されたレイコはびくりと肩を震わせる。
「私は…」
レイコがか細い声で何かを言いかけた時、尚也がレイコに向かった圭の指を払い落とした。
「藤堂!」
「やめろよ。こいつは関係ないんだ。」
「だったらお前も……」
「何度も言わせるな、俺はそっちには行けないんだ。」
「どうして……理由は何だ。」
困惑する圭に、尚也は理由を話さなかった。いや、話せなかった。
「どうしてもだ。理由は言えない。お前には言えない……。」
「それじゃあ何なんだ、お前は何をするつもりなんだ!」
「だから言えないんだよ!」
何かを振り払うように声を荒げ、尚也は圭を突き飛ばすと背中に隠し持っていた物を圭の眉間辺りに突きつけた。
それは黒光りするダブルアクションのリボルバー。
彼が見つけた時にはすでに死体と化しており、鴉に啄ばまれていた憐れなリサ・シルバーマンの荷物から拾ったコルトライトニングだ。

圭は少しよろめきながらも体勢を立て直し、今の状況を理解しようと頭を全力で回転させた。
だが、それは圭には理解出来るようなことではない。
信じていた友人に銃を突きつけられているという事実はまるで馬鹿げているとしか思えない。
だが、よく見ると銃を握る尚也の手は崩れ落ちそうなほどに震えていた。この震えはどういうことなのだろうか。
まずはそれを聞き出さなくては……。
「藤堂、お前……本気なのか?」
「……」
「お前本当に、やる気なのか?」
「……」
「返事をしろ、藤堂。お前がそう言うまで俺は信じないぞ……。」
「南条……」
拳銃を構えた尚也が零したその名は、決して敵意のある呼び方ではなかった。むしろ友達のことを労わる優しい響きだ。
だから圭は、親友に銃を突きつけられているという絶望の中に希望を見出したのかもしれない。ほんの少しだが表情を緩めた。
一方の尚也の方は相変わらず感情を無表情に押し殺している。だが、瞳は今にも泣き出しそうなほどに悲しかった。
突きつけている銃口も、心なしか小刻みに震えている。まだ幾分かの迷いがある。そう見て取ることも出来た。
そんな彼の口から思いもよらない言葉が飛び出した。
「南条、俺たちって友達だよな?」
「何を言ってるんだ、当たり前だろうが! だからその銃を降ろせ、今すぐ!
俺たちが殺し合う必要なんて無いんだ。それくらいお前にも解るだろう?」
「南条は…………俺が悪魔でも友達でいてくれるのか……?」
「どういうことだ、藤堂。お前の言っている意味が解らない……。」
尚也の言っていることと、やっていることがまるで噛み合わず、圭はますます混乱してしまい、掛ける言葉が見つからなかった。
だが、たった一つの事実だけ言う事が出来た。
「お前が悪魔だろうが何だろうが、俺はお前を友達だと思っている。
今も、これからもずっとそれに変わりは無い。」
その言葉を聞いて、尚也は口元を少しだけ微笑む形に歪ませた。
眼は今までで、圭が彼と出会って以来見てきた尚也の表情では見たことが無いくらいの悲しさを浮かべていた。
だが、銃を降ろすこともしなかった。

「そうか……。ありがとう。」
礼を言って後ずさる。銃を持っていないほうの手で、レイコのマントを掴んでいた。
だからレイコも自然に尚也にぴったりとくっついた形で後退することになった。
彼女もまた、どこか悲しい表情をしていた。彼女は何かを知っている?
「南条、俺は君を忘れない……たとえ死んでも忘れないからな!」
半分泣いてしまっているような声でそれだけ言うと、尚也はレイコの手を引いて一目散に駆け出した。
「藤堂、待て、藤堂!」
すぐさま後を追おうとした圭だが、新に後ろから腕を掴まれて止まらざるを得なかった。
「止めるな塚本! 俺は信じない!」
焦って額に汗を浮かべている圭とは間逆に、いつになくシリアスな面持ちで走り去る尚也たちの後姿を眺める新は静かに呟いた。
「あいつ、何か事情があるな。」
「そんなのは見れば解るだろう! 早く追わないと……!」
最悪過ぎて信じられない状況で、ほぼ部外者とは言え異様なほど冷静な新に圭は苛立ちを覚え、
自分の腕を掴んでいる彼の手を必死に振り払おうともがいた。
だが、新は離してくれない。
「落ち着けよ、な? 
お前が追ったところであいつ、どう見てもお前の話を聞き入れる感じじゃなかったぜ。
よっぽど深い理由があるんだろうよ。」
「だが、あいつは!」
「友達なら空気読めよ。あいつは友達のお前を振り払ってまでしても何かの目的を果たそうとしてるんだぞ。」
「お前に何が解る!」
「全然解んねーよ。お前らの事情なんて初対面の俺が知るか。」
「だったらお前には関係ない! 離せ!」
「でもなぁ、あいつの眼、ありゃあとんでもない覚悟を決めてる眼だ。人殺しの眼なんかじゃない。」
「当たり前だろう。あいつがゲームに乗っただなんて信じられるものか!」
圭を落ち着かせるために一呼吸置き、新は彼の肩に手を置いた。
「女がいるからそう早く移動出来るとは思えない。
だがこっちが見つかったらあいつ、一目散に逃げるだろうし……次は最悪マジで撃ってくるかもしれねー。」
「それは、そんなことがあってたまるか!」
「だから、な。」
「塚本……?」
「少し距離を置きながら追うぞ。」
新は、そう言うとカバンに作った爆弾を全て詰め、散乱した店をそのままに出た。
その後を追い、圭も自分の荷物を取ると、サトミタダシを後にした。



【時間:午前10時】
【赤根沢レイコ(if…)】
状態 やや疲弊
武器 無し
道具 無し(ライドウに預けたまま)
現在地 蓮華台
行動方針 魔神皇を説得 ライドウたちを探す ゲームからの脱出

【藤堂尚也(ピアスの少年・異聞録ペルソナ)】
状態 正常だが精神的に不安定
武器 ロングソード コルトライトニング
道具 ?
ペルソナ ヴィシュヌ
現在地 同上
行動方針 葛葉ライドウを倒し、園村麻希の仇をうつ カオスヒーローとの再戦

【南条 圭(女神異聞録ペルソナ)】
状態:正常
武器:アサノタクミの一口(対人戦闘なら威力はある)
  :鎖帷子(刃物、銃器なら多少はダメージ軽減可)
道具:ネックレス(効果不明):快速の匂玉
降魔ペルソナ:アイゼンミョウオウ
現在地:蓮華台
行動方針:仲間と合流 藤堂尚也を追う

【塚本新(主人公・ソウルハッカーズ)】
状態:銃創による左肩負傷・応急手当済み(左手は何とか動かせる)
武器:作業用のハサミ 手製の焼夷弾×15 手製の爆弾×10
道具:物反鏡×1 傷薬×3 包帯 消毒液 パン(あんぱん・しょくぱん・カレーパン
アルミパイプ(爆弾発砲用に改造済み) 銘酒「からじし」 退魔の水×10
現在位置:蓮華台
行動指針:スプーキーズとの合流 藤堂尚也を追う

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