女神転生バトルロワイアルまとめ
第106話 牙を隠して

重い身体を引きずり、神代浩次は歩いていた。
荷物は減って、と言うより殆どなくなって身軽になりはしたものの、先程のケンカの代償は予想外に高くついてしまった。
「あーあ……俺の苦労が水の泡とはね」
わざと大袈裟におどけて呟いてみるが、憤りは収まらない。
肩を竦めようとしても、右肩は外れたままでろくに動かなかった。
更に悪いことに悪魔狩りで入手した武器も、食料なども奪われてしまっている。
武器もなく、利き手が使えず、このままいたら餓死必至。考え得る限り最悪の状況に放り込まれたようなものだ。
しかしそんな状況でも、彼の頭脳は回転を続ける。
必要なのは治療。それから食料と水の確保と、できれば武器も。この街の地図も持っておきたい。
しかし食料や水はともかく、地図の入手には他の参加者から受け取るか、奪うかしかない……そう考えて、神代はふと思い出す。
そういえば、当てがあった。つい先程無謀にもいきなり挑みかかってきた、あの変なマッチョの男の荷物。
ざっと中を見て大した物が入っていなかったから、そのまま置いてきてしまった。
しかしお陰で自前の支給品と一緒に奪われずに済み、無事な形で入手できるのだからラッキーだ。
魔界を散々歩き回ったお陰で方向感覚にも自信がある。
身体のあちこちの痛みの所為で多少時間は掛かったが、殺人現場までは難なく辿り着けた。
他にここを通った者もいないようで、死体も放置したザックもそのままになっている。
改めてザックの中身を取り出し、確認する。片手しか使えないとそれだけでも結構な作業だ。
入っていた物は、マッチョが使おうとしなかったのも納得のいくラインナップ。
武器として入っているこれは……結び合わされた何本ものロープに錘が付けられた物。確かこういうのはボーラと言うはずだ。
これは特別製で、機械で撃ち出すようになっているようだ。
「捕まえるにゃ便利だが……デストロイの役には立たないよな。レイコの奴を回収する時に使うか」
他に武器がある時にわざわざ持とうとは思わないが、今なら何もないよりましだ。
扱いが簡単で逆手でも使えそうなのもいい。今の条件下では、これはそう外れでもないようだ。
それから道具。綺麗に巻かれた小さな紙片の赤いのが三枚、青いのが三枚。
何だこれは、と思ってザックの中を更に漁ると説明書が出てきた。
「赤巻紙:マハラギ・マハブフ・マハジオ・マハザンのいずれかがランダムで発動します」
「青巻紙:ディア系の魔法がランダムで発動します」
……あまり頼りにしない方が良さそうだ。ランダムでは作戦に組み込めたものではない。
「しかしまあ、こっちは使えるか」
青い紙片を一枚開いてみる。ぽうっと暖かさが広がったかと思うと、殴られた頬の痛みが引いた。
この効果だと、発動したのはディア辺りか。気付けば手の中の巻紙は消えていた。
「……こんなもんか」
青巻紙を右のポケットに、赤巻紙を左のポケットに突っ込む。
食料と水は……殆ど残っていなかった。
この短時間で食い尽くしたのかこいつ、と思わず呆れ顔になる。使えない奴だ。
保存食がありそうな店でも探すかと考えながらザックを担ぎ、無様に転がっているマッチョの死体を蹴っ飛ばす。

声が掛けられたのは、その時だった。
「君が殺したのかい? その人は」
高校生だろうか、学生服を着た少年が神代が来たのとは反対方向の道に立っている。
驚きはしなかった。実のところ、近付いてくる気配は察知していたのだ。
だから、受け答えも既に頭の中に用意していた。
「いいや、俺じゃない。通り掛かりに荷物だけ頂いた所だよ」
少年の視線が神代と、マッチョの死体を見比べる。やがて納得したように彼は頷いた。
「……らしいな。君は凶器を持っていない」
マッチョの死体には実に目立つ刀傷がある。そんな傷を付けられるような得物を、「今の」神代は持っていない。
怪我の功名という奴だ。
しかし目の前のこの男、死体と人殺しの容疑者を前にして冷静なものだ。
自分と同じ種類の、修羅場に慣れた人間に違いない……そう神代は考える。
彼の無言をどう解釈したのか、少年は相変わらず冷静なまま質問を続ける。
「君、怪我をしているようだけど」
「見ての通りさ。性質の悪いのに襲われてね、死んだ振りでやり過ごした」
半分は本当で半分は嘘。人を騙す時にはこれぐらいが丁度良い。
全て嘘では、どこかで必ずボロが出る。
「そうか。安心したよ、君が好戦的な人じゃなくて」
少年が微笑む。女だったら見惚れるような美しい笑顔だが、今は場違いこの上ない。
(良く言うよ……)
神代は内心毒づく。目の前に死体が転がっているのに笑顔を浮かべられる人間なんて、まともな筈がない。
そう見られる事がわからないほど、こいつも愚かではないだろう。
この外面なら善良な少年を装う事もできるだろうに。
神代に同種の人間の匂いを感じ取り、猫を被っても見破られると踏んでいるのか。
大体、この男は神代がマッチョの死体を蹴飛ばしたその瞬間を見ている筈なのだ。
この邂逅が平和的に終わるなどとは思っていまい。
自分が安全な人間でない事を暗に匂わせ、プレッシャーをかけてきているつもりなのだ、こいつは。
「……そいつはどうも」
愛想笑いを浮かべる。こいつの思惑はわからないが、今は仲良しごっこに乗ってやってもいいだろう。
「僕は中島朱実。君は?」
「神代浩次、だ」
「神代君か。よろしく」
中島が右手を差し出す。
「生憎、右手は動かなくてね」
「そうか。すまなかった」
脱臼した右肩を指差してみせると、中島は残念そうな顔をした。
大した演技力だ。腕が動いたとしても、あまり握手したいタイプの相手ではない。

「探している人がいるんだ。セーラー服の女の子なんだが、見なかったかい?」
中島の質問に、神代は少し拍子抜けする。
自分と同じ種類の人間が人探しをしている。となれば、何か理由があるに違いなかった。
殺し合いに乗る気ならば、友人だろうと恋人だろうと敵に過ぎない。探す必要などないのだ。
手駒にするために知り合いと合流するという選択肢もあるが、その為にわざわざ神代に質問などはしないだろう。
出会ったばかりの相手に質問をするというのは、自分の意図を知らせる、つまりは弱みを晒す行為でもあるのだ。
となれば何か目的がある筈。脱出の手掛かりか、呪いの刻印の解除方法か。
あるいはハザマにとってのレイコのような、「ただ一人の特別な存在」という奴か。
いずれにせよ、素直に知らないとは答えず引っ張るのが得策だろう。そう神代は判断する。
こちらは手負いで丸腰に近い。相手はほぼ無傷で、武器を隠し持っていないとも限らない。
逆の状況だったらどうするか。言うまでもなく、聞くだけ聞いて始末するに決まっている。
奴の能力は未知数、勝てるかどうかは不明。確実に生き延びるには……こいつにとって用済みにならない事だ。
「それだけじゃわかんねぇな。セーラー服なら見掛けたが、その娘かどうかは知らん」
嘘である。セーラー服どころか、人間の女に遭遇した事すらない。
「長い黒髪の綺麗な子だ。彼女は優しいから、積極的に戦ってはいないと思う」
(……惚気話かよ)
嫌味の一つも言いたくなるが、これが本当ならその女はこいつにとっての弱みに違いない。
守るべきものを持つ奴は、そこに付け込めば利用するのは簡単だ。
「そいつは……悪いニュースを伝えなきゃならないかもな」
勿体ぶって視線を逸らしてみせる。中島がハッと息を飲むのが聞こえた。ここからが勝負だ。
「俺が見掛けたのはその娘かも知れない。ただし……死体だったが」
「まさか!」
勝った、と神代は思う。中島の声にははっきりと動揺が表れていた。
「その娘だとも限らないけどな。黒髪でセーラー服なんて、何人もいておかしくないだろ?」
「場所はどこだ。どんな風に殺されていた? 嘘はつかない方がいいぞ」
先程までの爽やかな笑顔はどこへやら、睨む表情で問い詰める中島からはもう余裕は感じられない。
無論、彼も神代の言葉を信用しきってはいないだろう。その場凌ぎの嘘という可能性も考えている筈だ。
それでも、「もし本当だったら」という不安を隠せないのだろう。
その女の事は、こいつにとって思った以上に大きな弱点らしい。
恐らくこの男は、その女に惚れている。
こんな、殺し合いという現実を当たり前に受け止めている男が。戦いがお嫌いだという聖母様のような女に。
とんだお笑い種だ。

「向こうの方……港南区だっけか。道の真ん中に、血を流して倒れてた。背中を斬られてたな」
我ながらよくもまあ、こうも出任せが思い付くものだ。
ボロを出してはいけない。喋りながら頭の中でシナリオを組み立てる。
「俺をコケにしてくれた奴も刀を持ってたし、会ったのは向こうだ。殺ったのはあいつかもな……」
「向こうの方の、どこだ。どんな場所だった」
「どんなって言われてもな。目印も何もないフツーの道路だったし」
疑いの目で、中島は神代をじっと見詰める。
気まずさに目を逸らす振りをしながら、神代はこの状況を変える、止めの一言を発した。
「確かめに行くかい?」
「……よし。案内しろ」
苦渋の表情で、中島は頷いた。
「僕の前を歩け。妙な真似はするな。言っておくが、騙し討ちは無駄だ」
「はいはい。信頼ないなぁ」
苦笑しながら考える。この状況の切り抜け方を。今はまだ、時間を稼いだだけに過ぎない。

「案内」の為に歩き出してすぐ、神代は別の気配に気が付いた。
後ろを歩く中島の更に後ろ、少し距離を取り、身を隠しながら追ってきている何かがいる。
(仲魔か? こいつ、COMPを持ってるのか……)
厄介だが、上手くすればこれは好機になりそうだ。
どうにかしてこの中島という男をぶちのめし、COMPを奪えれば……。

「……歩くのが遅くないかな」
苛立つ気持ちを努めて抑えながら、中島は前を歩く神代に言う。
「無理言わないでくれよ、こっちは怪我人だぜ」
振り返らず歩き続けながら神代が答える。
よく言うものだ。歩くのも辛い怪我人にしては、彼の足取りは随分しっかりとしている。
肩が脱臼しているというのに酷く痛がる様子もないし、我慢強いというだけでは済ませられない体力である。
この男、油断のならない相手だ。死体を見たというのだって本当かどうかは知れたものではない。
時間を稼いで何か仕掛けてくるつもりか、それとも案内する先に仲魔でも待たせてあるのか。
聞く耳を持たず殺してしまおうかとも思ったが……万が一を考えると、彼の言葉を無視はできなかった。
嘘だと決め付けて神代を始末したとして、もし彼の言葉が本当だったら。
恐怖と苦痛の中で息絶えた弓子が、野晒しのまま冷たい地面に倒れているのを見過ごす事になるかも知れない。
まだ遠くへは行っていなかった弓子の仇をみすみす逃す事になるかも知れない。
いや、神代が死んでいると思っただけで実はまだ息のあった弓子を見殺しにする事にさえなるかも知れない。
それを考えると、真偽を確かめずにはいられなかった。
たとえ偽の可能性が九十九パーセントで、真の可能性が残り一パーセントしかなかったとしても。
神代を殺すことはいつでもできる。確かめてからでも遅くない。現時点で唯一の、弓子の情報なのだ。

そういえば、神代の着ている制服。
白と青、緑のストライプが特徴的なズボンに、校章らしき胸のエンブレム。
横丁で先程会った、内田という女と同じ学校のものだろう。こんな配色の制服がそうあるとは思えない。
あの女も油断ならない相手だった。こちらの殺気に気付き、先制攻撃を仕掛け、悪魔を屠る戦いぶりを見せたのだ。
そしてこの神代。やはり、ただの高校生とは思えない。
軽子坂高校と言ったか。その高校で「何か」が起こったのかも知れない。十聖高校と同じように。
そして、悪魔の力に触れた者が複数存在するのかも知れない。この神代や内田のような人間が。
(悪魔を使う場合も、悟られないようにしなければ……)
ちらりと後ろを振り返る。少し離れた所を、物陰に隠れながらついて来る小さな人影。
あらかじめ召喚しておいた妖精ゴブリンである。
住宅地に差し掛かり、道が入り組んで見通しが悪くなってきた辺りで中島はゴブリンを召喚した。
そして少し離れた所を歩かせ、レイピアも持たせておいたのだ。
言い包められそうな者に遭遇した時、武器を手に持っていては警戒されるというのが一つ目の理由。
それから誰かと戦闘になった時、上手く回り込ませれば挟撃になるというのが二つ目の理由。
目の前の手負いの男程度なら、不意打ちでなくとも片付ける事はできるだろう。
しかし今は時ではない。まだ……。

歩を進めながらも苛立ちと焦りは募る。
神代の言葉が嘘ならば、あるいは真実であっても見た死体が別の少女のものならば、これは全くの無駄足だ。
こんな事をしている間に弓子が別の所で危機に陥っていないという保証は、どこにもない。
しかし中島は思う。ここで確かめなかったら、その不吉な仮説はずっと自分を苛み続けるだろうと。
生きている弓子と無事に会えるまで、地獄の炎のように彼自身を灼き続けるだろうと。
一時間程度の無駄で後の憂いを晴らせるなら、安いものだ。
……ああ、しかし、その一時間が弓子の命運を分けてしまったら?
あるいは神代の言葉の通り、物言わぬ屍となった弓子と対面する事になってしまったら?
思考がループを繰り返す。繰り返し、繰り返し……やがて一つの点に辿り着く。
(そうだ、その時は取り戻せばいいんだ)
迷う事はない。この殺人ゲームの勝者には、望みのものが与えられるというのだ。
勝ち残り、望みを叶えればいい。
弓子の為なら魔王だろうと神だろうと、全世界だろうと敵に回そう。
彼女をこの手に取り戻す為なら、地獄の果てまでだって行ってやる。
イザナミの復活を求めて根の国へ下った嘗ての自分自身、あのイザナギのように。



【時間:午前9時】
【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態 右腕脱臼
所持品 ジェットボーラ 赤巻紙×3 青巻紙×2
行動方針:どうにか今の状況を切り抜け、中島からCOMPを奪う
 レイコの回収、ハザマの探索、デストロイ(アキラとキョウジが最優先)
現在地 平坂区南部から港南区へ移動中

【中島朱実(旧女神転生)】
状態 正常(頬に軽い傷)
仲魔 ロキ、ゴブリン他2体
所持品 レイピア(ゴブリンが所持) 封魔の鈴 COMP MAG2700
行動方針 弓子の安否を確かめる 弓子との合流 弓子以外の殺害
現在地 平坂区南部から港南区へ移動中

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