女神転生バトルロワイアルまとめ
第108話 暁天の星、再び輝く

 真っ白な世界に、まず温度が戻ってきた。
  失神するのは初めてではない。葛葉の里での修行時代に、いやというほど味わってきた。あらゆる感覚の中で
一番最初に目覚めるのは痛覚であると、体が覚えている。ライドウは半ば無意識に、痛みに対する覚悟を決めた。
  が、痛みはいつまでたっても襲ってこなかった。肩から胸にかけて一直線に熱が走る。それはかゆみにも似た、
快ちよいような感覚。何度も味わったことのある、そう、この感覚、たしかこれは――。
「…………………………」
  半ば眠った脳が、ふたたび現状を認識しはじめる。蘇りはじめた視覚が真っ先に捉えたのは、覆いかぶさる
ようにライドウを覗き込む、フードの帽子をかぶり、厚着をした長髪の少女だった。
「あ、気がついた! よかったよぉ〜、マッサオな顔して、このまま死んじゃうかと思った」
  少女の髪の毛が揺れる。翼と化した先端がライドウの頬をくすぐった。その感触が五感を刺激し、ライドウの
記憶が次第に蘇ってくる。
  そうだ。たしか、泣き声が聞こえて、そこにこのモー・ショボーがいて、シキミの影を壊して、ついでにこの
機械の使い方を聞こうとして――。
「――そうだ、鳴海さん!」
  がばっ、と後先考えず起き上がって、ライドウは肩の傷口のことを思い出し痛みに身構える。が、わずかに
突っ張るような違和感と、貧血による軽いめまいを覚えただけで、痛みはほとんどなくなっていた。
「んもう、無理しちゃだめだよう、ニンゲン! ホントにすごい傷だったんだから!」
  跳ねのけられて床にしりもちをついたモー・ショボーが不機嫌そうに言う。髪の毛を羽撃かせるが、体を浮き
上がらせるほどの浮力は得られない。疲労が力を奪っているのだ。
  その様子を見て、ライドウの頭に先ほど気絶しながら感じていた感覚が蘇る。肩口の傷に沿うように走った、
熱のような感覚。いま思い返してみればはっきりと分かる。あれは、回復魔法による治癒効果の感覚だ。
  そっと手を伸ばして傷に触れてみた。もうほとんど傷は残っていない。鳴海が乱暴に縫い合わせた糸が残って
いて、どうにも突っ張るような違和感を与えてはいるが、ほとんど完治したと言ってもいいぐらいのものだ。
「この傷は、君が?」
  ライドウはしりもちをついたままへばっている悪魔に向かって質問した。えへへ、と照れたように笑ったのは、
肯定の返事だろう。
「――ありがとう」
  自然と感謝の言葉が口から出て、ライドウは自分でも驚いた。いままで、仲魔から忠誠を得ることこそあった
が、こういう類の信頼を得たことなどなかったような気がする。モー・ショボーはディアを所持する悪魔である
が、それほどに魔力が高いわけでもない。あれだけの傷をここまでふさぐには、自分が気絶している間じゅう、
ひたすらディアをかけ続けていてくれたのだろう。
  いままでライドウにとっての仲魔とは、自らの術により押さえ込み、自らの力を見せることで忠誠を得るもの
だった。つまりは、力による信用関係を築く存在であったと言っていい。しかし、このモー・ショボーはそれと
まったく違う形での信頼を見せている。
「えへへ…、お礼もうれしいけど、できれば手を貸してよね」
  モー・ショボーが照れたようにうつむきながら答える。仲魔からこういう反応を返されることも初めてだった。
まったく皮肉な話だが、いま自分は悪魔召喚師としてさらに成長しているらしい。こみあげてくる皮肉な笑いを、
学帽を深くかぶりなおす動作で隠した。何人も死んでるというのに、これから何人死ぬか分からないというのに、
そういうことを考える自分が、浅ましく思えてならなかった。

  モー・ショボーを助け起こして、壁に寄りかかって並んで座った。COMPとやらの使い方を聞く。
「で、ここを押して、『OK』を押せば、おしまい。簡単でしょ?」
  と、さも当たり前のように説明されたことのほとんどが、ライドウにはいまいちピンとこなかった。基本的な
操作はちゃんと理解はできたのだが、葛葉の里で剣や銃や術の修行に明け暮れてきた彼には、どうにも、機械と
いうやつが馴染まないのである。タイプライターでの捜査資料作成もゴウトに任せてきたのに、いきなりこんな
複雑な操作が求められるものを使いこなせるわけがない。こういう落ち着いた状態でならともかく、瞬時の判断
が求められる戦闘時に操作ミスでもしたらたまらない。
  こういうものは、使い慣れているものが一番いいのだ。管があれば、とライドウは思った。そうそう都合よく
誰かに支給されているか疑問ではあるが、可能性としては低くないと思う。ダメでも、ある程度の条件が整えば
自作することも可能だろう。封魔は無理でも、COMPを通じて得た仲魔を移しておくことぐらいはできる。
「でね、ここにねー、んーと…あれー? …おかしーなー?」
  ライドウの気持ちを知ってか知らずか、次の説明に移ろうとして、モー・ショボーが首をひねった。
「おかしいなー…ここにねー、『UNITE』っていうのが出るはずなんだけど、あれー?」
  彼女によると、このCOMPがあれば専用の施設がなくとも悪魔合体が出来るはずなのだが、このメリケンサック型
COMPにはなぜかその機能がないのだそうだ。あの爆音を響かせるDr.ヴィルトルの巨大な悪魔合体装置が、こんな
小さな機械に入ってしまうとは、まったく驚きだ、とライドウは思った。彼にこの機械を見せたら、どんな顔を
するだろう。考えるまでもなく、両手をせわしなく動かしながら興奮する様がありありと思い浮かんで、ライドウは
思わず吹き出してしまう。モー・ショボーが怪訝な表情を浮かべた。
「そういえば、イッポンダタラはどうした?」
  ふと思い出して、見当たらないもう1体の仲魔のことを訪ねると、モー・ショボーは露骨にイヤな顔をした。
「知らなーい。うるさいから出てけって言ったら、どっか行っちゃった」
  ぷいっと横を向いてスネたように答える。心底嫌っているらしい。
「アイツ、ホントにバカだよ。あんな大声で騒いでたら、ここにいるって知らせてるようなものだよね」
「…ぉぉぉぉん…」
「大ケガしてる人がいるのに敵が寄ってきちゃったらゼッタイゼツメイでしょ、それが分からないのかな?」
「…るぜぇぇぇぇぇ…」
「なに言ってもヘンな言葉しか返ってこないし。あーあ、二度と戻ってこなければいいのになあ」
「パッショォォォォォォン!!」
  ばがっ、と大きな音を立て、すぐそばの壁が壊れた。その穴から、ぬっ、と鉄仮面の悪魔が顔を出す。
「サ、サマナァァァァァ!! 起きたのかァァァァ!! いい夢見られたかァァァァァ!!」
  言うまでもなく、イッポンダタラだった。両手いっぱいに、なにやらいろいろ抱えている。
「コレだァァ! コレの角でグリグリやってみろォォォォ!」
  どさどさと、戦利品を床にぶちまける。食料品やら、本やら、消火器やら、とにかく目についた物をなんでも
かんでも拾い集めてきたのだろう。『ヒロ右衛門』の本領発揮と言ったところか。

「サマナァァァ!! なんじゃこりゃあァァァァ!! COMPじゃねェかァァァァァァ!!」
  イッポンダタラが、ライドウの右手にはまったメリケンサックを指差して叫ぶ。隣の「今頃気づいたのかよ」
と言わんばかりの表情でむくれたモー・ショボーを完全に無視して、イッポンダタラは跳ね回りながら続けた。
「うぉれ、このCOMP知ってるぞォォォ! 入ってたことがあるぞォォォ! 懐かしいじゃねェかァァァ!!」
  と言ってCOMPを覗きこむと、数秒間黙って凝視したあと、ぶるぶると震え始めた。 
「懐かしくねえ方のCOMPだったァァァ! こっちじゃねェェェェ!! もう1個あるはずだァァァァァ!!」
「もう1個?」
「そうだァァァ! 右手用と左手用と2個で1セットォォォォォ!! つまり1個だと半分だァァァァ!!」
  イッポンダタラの無意味にハイテンションな説明を要約すると、このメリケンサック型COMPは2個で1セット
であり、片方だけでは不完全なのだそうだ。召喚プログラムは両方に入っているが、悪魔メモリーは半分の6体
分ずつしかなく、また合体プログラムとインストールソフトはそれぞれ片方にしか入っていない。
「こっちはインストールソフト用ゥゥゥ! 合体はできねぇ相談ってもんだァァァァ!!」 
「召喚ぷろぐらむ、合体ぷろぐらむに、いんすとーるそふと、ね」
  大正生まれのライドウには聞きなれない単語ばかりだったが、回転の速いライドウの頭はそれに混乱すること
なく情報を分析していく。剣術や召喚術だけでなく、知性と判断力にも長けているからこそ、十代後半という
若さで伝統ある葛葉ライドウの名を継ぐことができたのだ。
「…思っていたより、状況はずっと悪いな…」
「え? なになに、どーいうこと?」
  ライドウの深刻なつぶやきを聞きつけ、モー・ショボーが疑問をはさむ。ちなみにイッポンダタラはなにやら
叫びながら楽しそうに周囲を跳ね回っては、目に付くものを拾い集めている。
「このCOMPの悪魔召喚ぷろぐらむがあれば、誰でも悪魔を召喚できるようになる、ってこと」
  とライドウは答える。モー・ショボーはなにをいまさら、というような表情をしているが、しかしライドウに
とってこれは衝撃的なことだった。悪魔召喚術を身に着けるまでの血みどろの修行を思い出す。あれだけ修行を
積んだような、特別な人間だけが悪魔召喚師になれるのだ、と彼は決めてかかっていた。そんな人間は、ほんの
一握りしかいない。だからこのゲーム(くそッ、嫌な呼び方だ、だが他に適切な呼称もない)の参加者のなかに
悪魔召喚師がいたとしても、せいぜい1人か2人ぐらいだろう、と思っていた。
  だが、このCOMPの存在。実際には誰でも使えるわけではなく多少の霊的な才能が必要なのだが、魔神皇といい
レイコといい耳飾りの少年といい、このゲームの参加者にはそういう才能を持つ者がやたらと多い。おそらく
意図的にそういう人間ばかりが集められているだろうと予測できた。そうなると、参加者なら誰でも使える、と
思っておいたほうがいい。
「まあ、参加者の中に悪魔召喚師がいることは予想していたけどね」
  予想と言うより、覚悟かな、とライドウは心の中で付け足す。悪魔召喚師との戦いは、上級悪魔との戦いより
はるかに厄介だ。悪魔は弱点を理解していればどうにでも戦いようがある。それは悪魔召喚師としての常識だ。
それを理解している者同士の戦いとなると、裏を読みあい、互いの秘術をすべて尽くしての死闘となることは
避けられない。
「味方だったらこれほど心強いことはない。でも敵だったら、と考えると」
  実際、その可能性は極めて高かった。ゲームが始まってからライドウが直接顔を合わせた参加者は5人。その
うち2人までもが、ライドウに対し問答無用とばかりに攻撃を仕掛けてきたのである。その確率、なんと四割。
さすがにこの比率がそのまま全体に当てはまるわけではないだろうが、しかし楽観視も出来ない。

「万端の準備を整えることができるなら、僕はどんな相手にだって負けない。たとえ、巨大戦艦が相手だろうと
勝ってみせる。十四代目葛葉ライドウの名に懸けて、ね」
  迷いも気負いもなく、ライドウは言い切った。実際、その自信はある。過信ではなく、確固たる自信だ。
「同じように考えている召喚師はたくさんいるだろうね。実際、召喚師同士の戦いは、準備の段階から始まって
いると言っていいんだ。多くの時間を費やして、より確実に準備をしたほうが勝つ」
「…準備ってつまり、ガッタイ、のこと?」
  モー・ショボーはおそるおそる尋ねた。さっきから、ライドウが自分が負ける前提で喋っているような気が
したのだ。彼女も悪魔だから、悪魔召喚師が負けるということはどういうことか、ちゃんと分かっていた。
「それもあるし、武器や道具をそろえるってこともある。ま、それに関してはこっちには心強い仲魔がいるけど」
  ライドウは茶目っ気のある笑いを浮かべた。イッポンダタラが、また両手いっぱいに物を抱えて戻ってきて、
「オリムピック級の活躍だァァァァァ!!」
  と荷物をあたりにぶちまける。大半はガラクタながら、どこから見つけたのか、傷薬やら缶詰やら、なかなか
使える物もある。ライドウは手早く選別し、ザックに荷物を入れて立ち上がった。
「さて、そろそろ移動しよう。モー・ショボー、飛べるかい?」
「え、う、うん。もう大丈夫」
「よし。探してほしい人がいるんだ。山から下りたら偵察を頼むよ。じゃあ2人とも、帰還してくれ」
  言いながら、右手につけたCOMPを操作する。慣れない手つきで、『RETURN』コマンドを入力した。
「おととい来てやるぜェェェェェ!!」
  イッポンダタラが緑の光となり、COMPに吸い込まれていく。ライドウはCOMPをモー・ショボーへと向けた。
「あ、あのね、ニンゲン」
  モー・ショボーの体が緑の光に包まれ、足の先から光と化していく。
「ニンゲンがそういうならね、アタシをガッタイさせてもいいから…だからね…」
  言葉は光の波に飲まれ、途中で消えた。ライドウは帰還したことを確認するとCOMPを切り、ザックを背負った。
重みが肩にずしりとかかり、膝をつきそうになったが、こらえた。膝を屈してはいけないような気がしたのだ。
鳴海の安否、レイコとピアスの少年、魔神皇をはじめとした未知の強敵たち、ゲームの脱出。やらねばならない
ことはあまりに多かったし、それになにより。
「…なんたって僕は、王子様らしいからな」
  ぽつりとつぶやく。ライドウは学帽をまたかぶりなおすと、しっかりとした足取りで歩き出した。



【時間:午後0時頃】
【葛葉ライドウ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 貧血気味(肩の傷は手術と回復魔法でほぼ完治)
武器 脇差(ひどい刃こぼれ) メリケンサック型COMP(合体機能なし、インストールソフトあり)
道具 レイコの荷物(マハラギストーン マハジオストーン マハガルストーン) MAG3000
    病院で拾った物いくつか(食料、消火器、傷薬少々)
仲魔 モー・ショボー(疲労) イッポンダタラ
現在地 蝸牛山、下山中

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