女神転生バトルロワイアルまとめ
第110話 蠢く闇

銃声、絶叫、破壊音。固い床を踏む足音。
ノイズ混じりの血塗られた協奏曲を、男は賛美歌を聴くような面持ちで聴いていた。

一見してどこにでもあるような光景だった。
誰もいない公園のベンチで、片耳にイヤホンを当て、流れる音に耳を傾ける男。
当たり前の光景に似て、しかし、違和感を醸し出す点が二つある。
一つは男の服装。公園で音楽を楽しむにはあまりに場違いな、神父の法衣。
もう一つは彼の膝の上に乗せられた装置。携帯音楽プレイヤーより、どちらかと言うと携帯電話に似た形状。
しかし、サイズは携帯電話よりも小さい。ボタンも付いていない。音量を調節するダイヤルがあるだけだ。
その小さな黒い装置から、アンテナとイヤホンのコードが伸びている。
僅かに洩れる音は、銃声、絶叫、破壊音。
――男の膝の上にあるのは、盗聴器専用の受信機。
聞こえてくるのは、盗聴器のある場所で繰り広げられている戦いの音声だった。
男は笑みを浮かべる。惨劇の場面に思いを馳せ、不協和音に聴き入る。
が――男はやがてその笑みを消す。
イヤホンからはノイズ混じりに声が聞こえる。銃声はもう聞こえない。
静寂の中で、静かに語り合う男女の声だけが届く。

「……誰が、お前をこんな……」
「何も……って、神父様……そう……殺さなきゃ。全部全部……」
男の眉がぴくりと動く。その表情にはたちまち険しさが満ち、眉間に皺が刻まれる。
「お前はもう……神父とやらも……」
「……あなたは誰?」
「俺は」
男は頭を振って、表情から苦味を消した。
イヤホンから流れる音を聞き逃すまいとしてか、じっと動かず息すら止めて、無表情で男は待つ。次の言葉を。
「――俺は、メシアだ」
その声を最後に、ぶつんと耳障りな音がしたかと思うと、イヤホンからは何も聞こえなくなる。
盗聴器が壊されたのだ。男は深く息を吐く。膝の上の装置を取り上げて、スイッチを切る。
耳から外したイヤホンを巻き取り、装置ごとザックに押し込んだ。
男は立ち上がる。思案するように虚空を睨み、それから少し目を細める。
その表情に、既に不機嫌の色はない。
状況を楽しむような、面白い玩具を見付けたというような薄い笑みを浮かべて、男は呟いた。
「メシア、とハ。これハ……面白くなりそうでス」
男は背後の植え込みを振り返る。茂みの中から、ほんの僅かに突き出したスーツを着た腕。その周りだけ黒く湿った土。
「早速、役立って頂きましょうカ」
言葉が届くはずもない茂みの中の死体に、男は穏やかに、しかし冷たく言葉を投げた。

彼が目を覚ました時、目の前には見知らぬ男が立っていた。
満足げにこちらを見下ろしているが、その表情の意味も、状況もまるでわからない。
自分がなぜこんな土の上に寝転んでいるのかすらも思い出せない。
つい数時間前、教室にいたような気がする。そこで何か話を聞いたような。
教室で朝礼はしないし、生徒に話をすることはあっても教室で話を聞くという状況はあまりない。
あれは何の話だったっけ。誰が話をしていたのだったか。
それから、どこか外で走っていた記憶もおぼろげにある。誰かを追っていた。
確か女生徒だ。違う学校の制服を着ていた。校則違反だから追っていたのだっけ。
いや、違う。あの少女は獲物だったのだ。――獲物? 狩りでもしていたというのか、人間相手に?
ああ、そういえば少女を追っていた時、男に出会ったような気もする。
この目の前の男ではない。この男は黒人だが、あの時会ったのは紛れもなく日本人だった。
気に食わない若造だった気がする。何を言われたのだっけ。
「目ハ、覚めましたカ」
定かでない記憶を探る彼に、黒人の男が語り掛ける。
何と答えていいかわからず、彼は男に視線だけを返した。戸惑っている訳ではないが、言葉が出てこない。
思考もどうも纏まらず、何か違和感があるが不安という訳でもない。
「起きてごらんなさイ。きっト、気分がいいはずでス」
男に言われるまま体を起こした。そして驚く。かつてないほどに体が軽いのだ。
若い頃の肉体に戻ったような、いや、若い頃以上の活力に満ちている。
今なら疲れることも、痛みを感じることもないだろうと感覚で理解する。
「満足でしょウ」
「あ……ああ、満足……だ。素晴らし、い」
舌が上手く回らない。言葉もごく単純なものしか思い付かない。違和感はある。
しかし、この爽快感の前にはそんなことはどうでも良かった。
これほど自由に動けると感じたことが今まであっただろうか。老いも疲れも関係のない肉体を手に入れたのだ。

「自分のことハ、覚えていますカ?」
問われて、また思い出そうとする。ここに来るまでに何があったかは思い出せない。
しかし自分が誰かなら覚えて――覚えて、いるのだろうか。頭がぼうっとして記憶が曖昧だ。
「ああ、ええと……教師で、校長……?」
頭に浮かんだ断片的な言葉をそのまま口に出す。
「覚えていないようですネ」
男が微笑んだ。どこか嬉しそうだ。この男が何を喜んでいるのか、彼には理解できない。
「あなたハ、神父でス。人々に慕わレ、尊敬さレ、喜んで人助けをしていタ、神父なのでス」
長身の男が屈み、彼と視線の高さを合わせる。言い聞かせるような不思議な響きの声。
「神父……?」
何かが違う気がした。彼の記憶には、教師だった自分の姿がある。それもぼんやりとして定かではなかったが。
神を信じてなどいたか。教会にいた記憶はあるか。わからない。
「証拠ニ、ごらんなさイ。あなたの服ヲ」
意味がわからないまま自分の纏った服に目を落とす。また違和感が頭をもたげる。
ゆったりとした、丈の長い服で――確かにこれは神父の服だ。
しかし、こんな服を着たのは初めてのような気もする。着慣れていたのはスーツだったような。錯覚だろうか。
「あなたハ、生まれ変わったのでス」
男が言った。静かな、しかし威厳のある声。その声で言われると信じていいような気がしてきてしまう。
「今のあなたハ、尊敬される神父でス。人々ヲ、救う役目を持っタ」
「人を、救う……ヒーロー……なのか?」
「そウ! その通りでス」
慕われ尊敬されるヒーロー。そのイメージが彼の中で膨らむ。
そういうものにずっと憧れていたような気がする。そうだ、そうなれるなら、教師か神父かなど些細な問題だ。
まだどこかに違和感が残っているが、彼はそれを無視した。
「何を……すれば、いい」
「簡単でス。殺すのでス」
「殺……?」
さらりと男が言い放った言葉に、さすがに彼も驚く。
「ここにいる人々ハ、罪深イ、哀れな人々でス。殺しテ、楽にしてあげるのでス」
そういえば、少女を追い掛けていた時、彼女を殺そうとしていたような気がする。
それにヒーローというのは戦うものだ。戦うというのは殺すことだ。よく考えれば、何もおかしいことはない。
「これヲ、持っていくといいでしょウ」
男が差し出したのは電動ドリル。受け取るとずっしりとした重さを感じるが、全く苦にはならない。
そういえばこれは自分の物だった覚えがある。確かに、これを振るって誰かを殺そうとしていた。
何故か壊れてしまっているようでスイッチを入れても動かないが、この重量と鋭利さがあれば充分だ。
「そうか……殺せば、いい、んだな」
「そうすれバ、彼等の熱い血潮ガ、あなたのものになル」
男が笑った。理由はわからないが、熱い血潮という言葉に彼は大きな魅力を感じた。欲しい。貪りたい。
殺せばそれが手に入り、ヒーローになれて、尊敬されるのだ。素晴らしいことではないか。
彼は心を決めた。殺そう。そして血と肉と生命力を自らのものにするのだ。

「……単純な男デ、助かりましタ」
意気揚々と駆け出してゆく中年の男――ゾンビと化した反谷孝志を見送って、シドは苦笑する。
最初の手駒は使い物にならなくなった。そればかりか、自分を殺したのが「神父」だと生きた人間に伝えた。
彼女の不安定さを察し、戻ってきた時に盗聴器を仕掛けておいたのは正解だった。
出会った者と片端から戦うのは上策ではない。利用できる者は利用した方がいい。
そのためには、今となっては神父の格好はマイナスにしかならない。
不遜にもメシアを名乗った――尤も、偽神父というのも不遜ではあるのだが――男は、「神父」を探すだろう。
無駄な戦闘を避けるため、シドは近辺の店で見繕った適当な衣服に着替え、公園で見付けた死体に法衣を着せた。
そのまま放置して、『神父』は死んだということにしても良かったが。
「折角ですかラ、使えるモノは活用しないト」
再びベンチに腰を下ろす。ザックから取り出したのは受信機。
電源を入れ、イヤホンを片方の耳にだけ装着する。今の所、聞こえるのは足音だけだ。
シドに支給された盗聴器は三つ。受信機のスイッチを切り替えることで、それぞれの盗聴器からの音が聴ける。
二つ目の盗聴器は無論、自分のものだった法衣に仕掛けてある。
受信機を胸ポケットに入れて、シドはゆっくりと立ち上がる。その視線の先にはビルの群。
「さテ……今度ハ、悪魔との対面になるでしょうカ」
ビル街から聞こえた咆哮は、シドの耳にも届いていた。
あれは人間の声ではない。サマナーとしての彼の経験がそう告げている。
この街には悪魔の生息地もあるようだが、悪魔が意味もなくあれだけの咆哮を上げるとも考えにくい。
何かが起こっていることは確かだ。何か尋常でない事態が。
咆哮が聞こえてから随分時間は経つが、起こったことの痕跡程度は残っているだろう。
シドは歩き出す。その先で起こった、或いはこれから起こる惨劇に密かに心を躍らせながら。



【時間:午前11時】
【シド・デイビス@真・女神転生デビルサマナー】
状態:良好、服は着替えた
武器:不明
道具:盗聴器1個、専用受信機
仲魔:なし(ハンニャをゾンビ化して使役中)
現在地:青葉公園からスマルTV方面へ移動
行動方針:皆殺しでス

【反谷孝志(ハンニャ)@ペルソナ2】
状態:ゾンビ化、記憶が曖昧、シドの服を着ている
武器:電動ドリル(落としたため故障中)
道具:盗聴器(存在には気付いていない)
現在地:青葉区
行動方針:とにかく殺す

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