女神転生バトルロワイアルまとめ
第112話 危険な邂逅

「あなた、デザートなら何が好き?」
「え。ボクっスか?」
唐突な問い掛けに、モコイは短い首を傾げた。
周囲への警戒を怠らず無言で歩いていたかと思えば、いきなりこれである。
モコイもあまり会話の流れなどというものは気にしない方だが、自分ならともかく人の脈絡ない言動は気になる。
しかも相手は一般に悪魔ほど気紛れでないとされている人間で、サマナーという比較的冷静なはずの人種である。
それでもまあ、食べ物の話は嫌いではない。モコイは深く考えないことにした。
「ボク、牛乳好きなんスよ。たまんないね、ミルクプリンとか」
「私はマンゴープリンが好きなの。気が合うわね」
何がどう気が合うのかわからない。しかし美人にそう言われれば悪い気はしなかった。
鼻があれば鼻の下を伸ばすところだが、生憎モコイには鼻がない。
「ところで」
「何スか?」
今度はこの酔っ払いは何を言い出すのだろう、とモコイは生返事をする。
「血の匂いがするわね。かなり近くから」
「……え?」
びっくりして見上げると、酔っ払いサマナー――ナオミは今までとは打って変わって鋭い目をしていた。
これが彼女の本来の姿だ。新しい主人がただの綺麗な酔っ払いではなかったことに、モコイは少し感激する。
「でも」
辺りを見回しながら、モコイは気の抜けた声で言う。
「ボク、鼻ないスよ」
「不便ね」
ナオミは口の端を上げ、少し笑った。


用心深く、ナオミとモコイはシーサイドモールを歩く。
周囲に動くものの気配はない。いくらモコイでもその程度はわかる。
ナオミは相変わらず鋭い目で辺りの様子を窺っている。身のこなしにも隙がなく、殺気さえ感じるほどだ。
「敵だったら戦うんスか? チミ、さっきから雰囲気が怖」
「黙って」
低い声で制止され、思わず震え上がって息を呑む。
が、直後にその声の険しさが怒りのためでないことにモコイは気付いた。
ナオミは前方、ある一点を注視していた。喫茶店らしき店の前に転がっている何か。
周囲には水溜まり、飛び散った液状のもの――一目でわかる、赤黒い血の色をした。
「……死んでるわね」
そっと近付いたナオミが呟く。言葉で言われるまでもなく、「それ」が生きていないことは明白だ。
赤いジャケットにジーンズ姿の男の死体。服装だけ見れば普通の若者に思える。
彼がどんな顔をして死んでいったのか、今となっては知る術がない。
死体には、首から上がなかった。恐らく周囲に飛び散り、地面に赤い染みを残している肉片が彼の頭部だったのだ。
無残な死体に恐れを為す様子もなく、ナオミは屈み込んで死体を調べる。後ろから、モコイも恐々覗き込んだ。
首の断面は不揃いで、少なくとも刃物で切断したのではないことは明らかだ。
焼け焦げているところを見ると、至近距離での爆発によって砕かれたのだろう。
「爆弾か……魔法だね、コレ」
「そのどちらか確かめるだけなら簡単そうよ」
またしてもナオミの意外な言葉に驚かされて、モコイは顔を上げる。ナオミの視線は既に別の所を向いていた。
「よっぽど余裕がなかったのか、誘い込む気か……」
モコイは彼女の視線を辿る。――血の跡だ。
点々と、と言うには血の量が多い。誘うように、ある一方向へと血の跡が続いている。
「この男の血じゃないわね。頭は吹き飛んでいるし、他に欠損した部分もない……それに、あのガラス」
モールに並ぶ店の一つのショーウィンドウをナオミは示す。見ると、焼き切られたような丸い穴が開いている。
その周囲には血飛沫の跡。恐らくは誰かが撃たれ、出血し、貫通した攻撃がガラスに穴を穿ったのだ。
「ガラスにはヒビは入っていないし、溶けている……熱線銃みたいなものかしら。
この男の死体には、その手のもので撃たれた傷は残っていないわ。
……頭だったら別だけれど、頭を貫通したら即死だものね。わざわざ頭を砕く必要もないことになる」
「はぁ……スゴイね、チミ」
ナオミの観察力にモコイは感嘆する。舌があれば舌を巻くところだが、生憎モコイには舌がない。
「この男を殺した相手は少なくとも、貫通する傷を負っていて……
ガラスが溶けるような高温なら、それだけだと出血は大したことはなさそうね。別の傷も負っているわ。
この血の量だと、相当の重傷……余裕がなかった、というのが正解かしら」
ナオミは血の跡が続く先を睨んだ。痕跡は喫茶店の入口をくぐり、奥へと続いている。
偵察に行けとでも言われるのだろうかと内心びくびくしていたモコイの目と、振り向いたナオミの目が合った。
思わずモコイは後ずさる。その様子を見て、ナオミは可笑しげに小さく笑った。
「見に行けなんて言わないわよ。あなたじゃ頼りないもの」
ほっと安心したものの、複雑だ。モコイはだらんと肩を落とす。
「奥は私が見に行くわ。入口の所で見張りを頼める?」
「おっけぃ。見てるよ、ボク。大丈夫、ドンウォーリー」
落ち込んだのも束の間。それなりに重要な役目を任されて、モコイは一気にしゃきんと居住まいを正す。
……それでも背筋が伸びきらずぐにゃぐにゃしているのは、モコイである以上仕方ないというものだ。


入口を背にして、外に向かってモコイは丸い目を光らせる。
今のところ誰も近付いて来ていない。転がっている死体も動き出したりするようなことはなく、死体の分に甘んじている。
ものの数十秒でモコイは見張りに飽きた。どうせ誰も来ないだろう、という気分になっていた。
無駄に緊張し、神経を――文字通りの神経は勿論モコイにはないが――磨り減らすこともない。そう結論付ける。
一度スイッチが切り替わってしまうと、モコイは背を逸らしたり身体を捻ったりして後ろに注意を向け出した。
ナオミが入っていった喫茶店。なかなか洒落た店だが、店員もおらず飲み物も出ない今は廃墟と大差ない。
しかし彼女の推理が当たっていれば、その中には先程の男の頭を砕いた犯人が潜んでいるのだ。
そういえばナオミは犯人を見付けてどうする気だろう。モコイは聞いていない。
仲間にするんだろうか。それとも殺すんだろうか。
まだよく知らない主人がどんな人間なのか気になって、モコイは何度も振り返る。
見張りをさぼっては後で怒られそうだから、場所は動かずちらちらと覗くだけ。これでは大して中は見えない。
犯人の姿も見えないし、ナオミが何をしているかもわからない。
だんだん物足りなくなってきて、少しは中が見えるようにほんのちょっと立ち位置を変える。
ナオミだって探索に集中しているだろうから、多少見張りの手を抜いても気付かれないに違いない。
わくわく気分を持て余している内に大胆になってきて、モコイは入口の陰から顔を出し、中を覗き込む。
――それと同時に、店内から爆音が響いた。
一瞬後、後ろ向きにダッシュしてきたナオミの背中が目の前に現れ、モコイは軽々吹っ飛ばされて外の道路に転がった。
地面に打ち付けた腰をさすりながら起き上がると、すぐ横に頭のない死体が寝ていた。慌てて跳ね起きる。

「何してるの。逃げるわよ!」
ナオミが振り向いて叫んだ。バックダッシュで飛び出してきたということは、中で誰かに出くわしたに違いない。
逃げようと言うのだから、きっと強敵なのだ。
走り出したナオミを追ってモコイも走る。時々ちらちらと振り向いてみるが、追っ手の姿は見えない。
角を曲がった所でナオミは立ち止まった。
振り向きながら走っていたモコイは気付くのが遅れ、勢い余って彼女の背中に追突して引っくり返る。
「こら」
呆れ顔で、ナオミはモコイを摘み上げる。
「いたの、犯人?」
空中で足をばたばたさせながら問い掛けてから、モコイは気付く。
ナオミの左肩は服が焼け焦げ、露出している。それだけなら色っぽい姿だが、とてもそう言える状態ではなかった。
肉が浅く抉られ、血が噴き出している。その周囲には火傷。まるで近距離で爆発でもあったかのような傷だ。
死体の首の断面を思い出す。要するに……今の攻撃がクリーンヒットしていたら、ナオミもああなっていたのだ。


「想定外の相手だわ」
まだ余裕があるのか強がりなのか、苦笑を浮かべてナオミは小声で言う。
「ケガ、してたんでしょ? 相手」
彼女の予想では犯人も重傷を負っているはずだった。血の跡を隠す余裕もなく喫茶店に逃げ込んだのではないのか。
モコイにはナオミの実力の程は測れないが、つい先程見せたあの目の鋭さと隙のなさ、あれは素人のものではない。
かなりの修羅場を潜ってきた腕利きのサマナーだと――希望的観測も込みではあるものの、思っていたのだが。
手負いの相手に後れを取るような心配はしていなかった。それともそれは、見込み違いだったのだろうか。
「こんな傷よりよっぽどね」
肩の傷にちらりと視線を遣ってナオミが答えた。流石に声に苦さが混じる。
「だからこそ危険なの。向こうは必死で……後先なんて考える余裕もないんだわ。全力で攻撃してきてる」
「戦うの、無理?」
「相手は女の子だし、傷も深いから……近付けばこっちのものね。
ただ……この様を見ての通り、魔法の使い手よ。対して私の術は今は使えない、飛び道具もない」
苦々しげに言って、ナオミはモコイをじっと見る。
「……あなたが頑張ってみる?」
モコイはぶるぶると首を振った。強力な魔法を使う、しかも死に物狂いで向かってくる相手とは戦いたくない。
ナオミが魔法を使えないとなると、こちらにある遠距離攻撃の手段はモコイのブーメランと魔法だけ。
が、ブーメランが届く距離まで近付く間、相手が大人しくしていてくれるとも思えない。
魔法も使えるとは言ってもジオ程度。一瞬の足止めがせいぜいだ。
「無理よね。聞いてみただけよ。……逃げ切りましょう」
モコイを地面に下ろし、ナオミはそっと喫茶店の方向を窺う。
――瞬間、二人が潜むのと道を隔てて反対側の店を閃光が直撃した。
爆音と共にショーウィンドウが砕け散る。
二人の位置まで届くほどの爆発ではなかった。ガラスの破片もここまで飛んでは来ない。
炎も煙も出ていない。爆薬ではなく、一瞬の破壊を引き起こす魔法でなければこのような攻撃はできまい。
直接のダメージしかないものの、モコイはすぐさま感じ取る。ここにいるのは危険すぎる、と。
モコイでも気付くようなことにナオミが気付かないはずもなく、気付けば彼女はもう駆け出していた。
慌てて後を追う。敵は、極めて攻撃的なのだ。
ナオミの姿を見失えば、探すよりも先に手当たり次第に攻撃する。正気の沙汰とは思えない戦法だ。
無駄に魔力を行使すれば疲労も馬鹿にならない。確実に当てなければ自らを危険に晒すだけなのに。
「よっぽど……錯乱してるのね」
息を切らせながらナオミが言う。彼女の走る速度が明らかに落ちてきていることに、モコイは気付いた。
二人の後ろ、先程まで潜んでいた辺りで爆音が聞こえる。
「大丈夫、チミ?」
呼吸の必要がないモコイには、走りながら喋るのも訳はない。ナオミに追い着くと、隣に並んで顔を見上げた。
このシーサイドモールの中を逃げ回っていても埒が明かない。
しかし出口の方へ行くには、先程の喫茶店が面する道を横切る必要がある。
敵が喫茶店の位置を動かずにいたなら、飛び出せば姿を見られることになる。
しかし敵が追ってくることを選んだのなら、ここに留まっていてはすぐ発見されてしまう。
どちらだ。モコイは逡巡する。お世辞にも回転が速いとは言えない頭で考える。湯気でも出そうだ。
ナオミはモコイに振り向く余裕もないようだった。息が荒い。見ているだけで痛くなってきそうな肩の傷。
迷って、迷って、迷って――モコイは飛び出した。
「そこ動いちゃダメだよ、チミ!」
ナオミを追い越して、店の陰から走り出る。先行すれば少なくとも、ここが敵の視界に入るかどうかはわかるのだ。
敵の姿がなければ、ナオミにも後に続いてもらえばいい。
忠誠などというものとは無縁のモコイだが、曲がりなりにも悪魔としての誠意はある。
契約したサマナーのため働くのが悪魔の仁義。時によっては自らの命を投げ出してでも。


開けた視界の中に、モコイは敵影を探そうとする。確か少女だと聞いていた。
が――視線を一巡させる前に、煙が彼の視界を覆い尽くした。
何かが地面で弾けるような音が、続け様に数回。その度に周囲の煙幕は濃くなってゆく。
モコイは慌ててきょろきょろするが、どちらを向いても見えるのは白煙ばかり。
周囲が見えない上にきょろきょろしすぎて、自分がどちらから来たのかも曖昧になる始末である。
「ウォー! こっち来ちゃ駄目、逃げて!」
手を振り回しながら叫ぶ。尤も言われなくとも普通、こんな煙の中には誰も飛び込んで来ないだろう。
しかし、煙はどれほどの範囲に広がったのか見当も付かない。ナオミも煙に巻かれてしまっているかも知れない。
反対側に逃げてくれれば、煙からは脱出できるはずだ。
「ウォーウォー!……あれ?」
手当たり次第に振り回していた手が何かに当たった。モコイは首を傾げ、その方向に視線を向ける。
――煙の中から、血塗れの細い手が伸びた。
思考が停止する。口をぱくぱくさせるモコイに向けて、煙の向こうの誰かが呪文を唱えた。
「……リムドーラ!」
殺意に満ちた声。追い詰められ、狂った……確かに少女の声だ。
伸ばされた手から凄まじい衝撃波が放たれ、モコイの身体は宙を舞った。
その風圧は、辺りを取り巻いた白煙をも吹き飛ばす。そこにモコイが見たのは一人の少女。
長い髪を振り乱し、白いマントを自らの血と返り血で染め上げた、ぼろぼろの姿の少女。

散ってゆく煙の向こうに、一瞬、ナオミの姿が見えた。
少女はその方向へ向き直る。――その膝が、がくりと折れた。
肩で息をしながら、少女は腰のホルスターから奇妙な形の銃を抜く。もう魔法を使う余力はないのだろうか。
ぼてっと情けない音を立てて、モコイは地面に転がる。
体中が痛いが、軽量が幸いして地面に叩き付けられたダメージは小さい。よろよろと起き上がる。
顔を上げると、銃を構えた少女の姿が見えた。銃口を向けているのは、恐らくナオミの方向。
煙はまだ完全には晴れていないが、ナオミの姿を探す余裕はない。止めなくては!
「必殺ー、恋のターゲット。ズキューン!」
力一杯叫ぶ。必殺でも何でもないが、注意を引き付けるには充分だ。
少女がこちらを向いた。警戒、と言うより寧ろ怯えの表情をしている。
自慢ではないがモコイは、何を考えているかわからないと言われがちである。それが今は強みになっていた。
相手が大した力もない小さな悪魔だと判断するだけの冷静さも、少女には残っていないようだった。
銃口をモコイの方に向け、続け様に発砲する。その狙いもてんで滅茶苦茶だ。
しかし動かずにいるのは流石に怖く、モコイは地面を転がり回る。何度も、すぐ近くを銃弾が掠めた。
転がりながら、ナオミが見えた方向を窺う。
自分が少女の注意を引き付けている間に、ナオミは次の手を打ってくれているだろうか。
まだ出会ったばかりの彼女のことを、モコイはそれなりに信頼している。
運命を委ねると言っていい使役の契約を交わす程度には。
(……来た!)
期待は裏切られなかった。先程見えたよりもずっと近い位置に、ナオミの姿が見える。
彼女が何かを投げてきたのが見えた。一瞬の後、鈍い音がして少女の姿が傾く。
モコイはすかさず起き上がる。身体の柔らかさには自信がある。無理な体勢から起き上がるなど朝飯前だ。
状況は一目で把握できた。ナオミは近くの店の、金属製の看板を投げてきたのだ。
女の力で投げられる程度だ、さほど重いものではない。しかし満身創痍の少女には深刻なダメージになり得る。
看板を身体で受け止め、よろめいて――少女は、絶叫した。
「嫌ああああああ! 来ないでえええええ!」
ぼろぼろの身体のどこにそんな力が残っていたのかと思えるほどの叫び。
退くことなど考えていないかのような、ここで攻撃を止めたら殺されると信じ込んでいるかのような恐怖の表情。
ナオミに殺意がないことを、彼女は理解できていないのだ。
やばい、とモコイは思う。本能的に危険を感じる。
退路を見出せず死に物狂いになった生き物がすることは一つ。攻撃だ。
「リムドーラ!!」
恐らく最後の、ほんの少しだけ残った体力と精神力を注ぎ込み。
衝撃系最大の威力を持つ魔法を、少女は放つ。自らの身体で支え、未だ地面に落とさずにいた看板に。
看板は衝撃にへこみ、捻じ曲がりながら一直線に飛ぶ。最初にそれを投げた人間に向かって。
「チミ、危なっ……」
モコイが叫ぶより早く、看板を巻き込んだ巨大な衝撃波はナオミに向かい――


連れ立って歩き始めて、もう一時間少々は経っただろうか。
互いに言葉もなく、ひたすら歩き続けるだけの道程。
前を行く神代は目指す場所も告げず、ゆっくりとしたペースで歩を進めている。
道を思い出しながら進んでいる、と言われれば納得できなくもない速度。詰ればそう言い訳するに決まっている。
抜け目のない男だ。疑いはますます濃くなってゆく。
苛立ちながら、それでも無駄口は利くまいと朱実は沈黙を守る。万が一の可能性は未だ捨て切れなかった。
後ろを歩かせているゴブリンはしっかりついて来ている。が、この神代相手では大して役立つ悪魔でもないだろう。
ロキを手元に残しておけば良かったか、と考える。

変わらないペースで、張り詰めた無言と一定の距離を保ちながら歩く二人は、ふと立ち止まる。
「……今」
「ああ、聞こえた」
朱実が呟き、振り向いた神代が応える。
二人の進行方向から確かに聞こえた、戦闘によるものとしか思えない爆音。
遠くはなさそうだ――と言うより、極めて近い。
「シーサイドモールの方向だな」
地図を覗き込んだ朱実の耳に、銃声と足音が届く。――足音?
「! 待て神代君!」
顔を上げると、神代の姿は目の前から消えていた。
既にシーサイドモールの方向へ走り出している彼の姿を認め、小さく舌打ちをして後を追う。
「そこで待ってな。様子見て来る」
「怪我人を独りでは行かせられないな。僕も行こう」
どさくさに紛れて逃げるつもりだろうが、そうさせる訳にはいかない。この男は危険だ。
情報の真偽を確かめたらすぐに始末しないと、後の憂いを残すことになる。
弓子の身を危険に晒す要素になるものは見逃してはおけない。極力、排除しなくては。
モールで起こっている戦闘に首を突っ込むのはあまり気が進まないが、どちらにせよ様子を見る必要はあるのだ。
二人が走る間にも、何度も銃声や爆音が響く。戦闘はまだ続いているようだ。
やがて、進む道の先にモールの入口が見えてきた。
今の位置からは中は見えない。しかし激しい戦闘の痕は、もう見え始めていた。
入口近くにガラスの破片が散らばっている。ドアか、どこかの店のショーウィンドウでも砕け散ったのだろう。
そして、相当の力を加えられたのだろう、ひしゃげた看板が落ちている。
入口近くに戦闘の痕があるということは、戦っていた者達がかなり近くにいる可能性がある。
神代もそれを悟って警戒してか、入口まで十数メートルの位置で足を止めた。
「戦っていたら、どうするんだ」
「どうったって、武器もなしじゃ戦えないだろ? お互い」
そう言う割に不安の色すら見せず、「お互い」を強調するように神代が言う。
どうせそっちは武器を隠し持っているんだろう、とでも言いたげに澄ました顔をしている。
この先で戦っている連中より、まず横にいる相手の出方を見ておこうという考えは同じらしかった。
神代にしてみれば逃げ仰せられるかどうかが懸かっているのだろうから、当然の反応と言えた。予想の内だ。
「戦える自信もなしに突っ込む気か?」
「放っとく訳にもいかないだろ。誰か襲われてるかも知れないんだぜ?」
いけしゃあしゃあと言い放つ。人助けなど心にもないだろうに、よくこうも白々しいことが言えるものだ。
しかし、放っておけないというのは朱実にとっても同じだった。
他者に対して攻撃の意思を持つ者を野放しにするというのは、弓子に危険が及ぶ可能性を残すことになる。
別の誰かと交戦しているのであろう今は、仕留めるのに絶好の機会だ。
「そうだな。まずは見付からないように様子を……」
視界から神代を逃さないように注意しながら、モールの入口を見遣る。

その時だった。
がらん、と音を立て。ガラスの破片が散らばる上に転がっていた看板が、動いた。


朱実は息を呑む。
看板の全体像はここからだと陰になって見えない。酷くひしゃげているせいで、下に何かあるのかどうかさえ不確かだ。
しかし今、間違いなく動いたのだ。下から僅かに持ち上げられ、再び地面に落ちるような動き。
神代も緊張の面持ちで、再び動かなくなった看板を注視していた。
やがて――朱実の視界に、違うものが現れる。
それは、手だった。
モールの外に向け、ゆっくりと、這い出すように手が延ばされる。
「誰かいる……看板の下敷きに」
声を落として呟いた。神代も険しい顔をして頷く。
二人がじっと見守る中、看板が裏返され、奥へ転がってまた煩い音を立てた。
延ばされた手が動く。地面にしっかりと手を突き、身体を支えようとする動き。
そこに倒れている誰かが、起き上がろうとしているのだ。モールの奥からの追撃はどうやら来ていない。
気付けば、銃声も爆発音も今は聞こえなくなっている。
どうにか起き上がれたのだろうか、視界から手が消えた――が、その一瞬後。
再びバランスを崩したのか、その手の主は倒れ込む。シーサイドモールの入口を越え、外に向かって。
朱実も、恐らく神代も見た。倒れる瞬間にふわりと宙を舞った、「彼女」の黒髪を。
「弓子……!?」
見えたのは髪の一房だけ。顔も、服装も見えてはいない。
長い黒髪の女など、何人いてもおかしくはないのに。
それなのに、弓子を連想させるその一つの特徴だけで、朱実は思わず「彼女」に注意を奪われてしまった。
姿を確かめようと、モールの入口へ走る。
――走り出してから、思い出す。目を離してはいけないはずの男から、目を離してしまったことを。

不覚を悟り振り向いた朱実の眼前で、神代の立つ方向から放たれた何かが広がった。
(網……! ボーラか!)
手で払い落とそうとするが、広がりながら飛んでくる網の一点だけを防いだところで止められるはずもない。
網の目の向こうで、ボーラの射出器と思しき装置を構えた神代が、にやりと笑ってみせた。
防ごうと差し出した手の先に、それから少し遅れて全身に、高速で射出された網が衝撃と共にぶつかる。
踏み止まり切れず、朱実はモールの入口の側へ吹き飛んだ。倒れた上に網が覆い被さる形になる。
「ゴブリン!」
離れた位置に控えさせていた仲魔に号令を出す。神代の背後から、レイピアを持った妖精が飛び掛かった。
絡み付く網を払い除けながら、もう片手でザックの中のCOMPを取り出す。
この距離からなら、立ち上がって追うよりも神代の近くに仲魔を召喚した方が早い。
「ちっ……」
神代は寸での所でゴブリンの突撃を回避する。レイピアの鋭い切っ先が、制服の袖を掠めて引き裂いた。
「悪ぃなアケミちゃん。雑魚の相手してる暇はねぇんだよ」
射出器を投げ捨て、神代はポケットから小さな紙のような物を取り出す。
それがゴブリンに向けて投げられたかと思うと、たちまち炎が噴き出した。腕を焼かれ、怯んだゴブリンが剣を取り落とす。
「貰った!」
「待て……」
すかさずレイピアを拾って反対側へ駆け出す神代を止めようと、身を起こしてCOMPを開こうとする。
が、その時。
「危ない、伏せて!」
すぐ横から女の声がして、制服の裾を強く引かれた。
身体が傾いた拍子にCOMPが手から離れ、地面に転がる。同時に、凄まじい高温の塊が右腕を掠めた。
激痛に息が詰まり、朱実はそのまま倒れ込む。
「あの子……まだ動けるとはね」
苦々しげな声を聞き、呼吸を整えながらその方向に顔を向ける。
長い黒髪の女。弓子ではなかった。頭から血を流しているが、モールの奥を睨む眼差しは力強い。


「大丈夫?……じゃ、なさそうね」
地面に片膝をついた姿勢の女が覗き込む。
「君……は」
「話は後よ。奥に危険なお嬢さんがいるの、相当錯乱してる」
腕の痛みを堪え、通路の中央に出るのを避けて壁を背にして身を起こす。追撃はまだ来ない。
「相手はどうやら光線銃を持ってるわ。魔法も使うけど、多分ほとんど力は使い切ってるわね」
「戦えるのか?……戦う気なのか、君は」
「どうしましょ?」
モールの奥への警戒は解かぬまま、朱実と黒髪の女は身を寄せ合って小声で話す。
この女にも気を許している訳ではない。奥にいる相手と、この女と、どちらが先に攻撃した側かも定かではないのだ。
相手が錯乱しているというのだって、嘘でないとも限らない。
「戦力で言うなら、私は近付ければ戦える。……ナカマも一応いるんだけど、数に入れなくていいわ」
「つまり……相手の気を引いて銃撃を避けられれば、勝ち目はあるんだな。仲間、というのは?」
「さっきまで一緒だったんだけどね。やられちゃったかしら」
肩を竦めて、女は横に転がっていた派手な傘を拾い上げる。
彼女の言う「ナカマ」が人間の仲間なのか仲魔なのかは別として、その反応のドライさに朱実は一層警戒を強める。
共に戦っていた者が死んだかも知れないという状況をあっけらかんと受け入れる。修羅場に慣れた人間の反応だ。
「君は……傷の具合は」
「大丈夫。思い切り吹き飛ばされてクラクラしてたけど、もうすっかり目が覚めたわ」
女はにっこりと笑って、朱実の顔に顔を寄せた。
「そういえばあなた、私を助けようとしてくれたのね。ありがとう」
顔と顔の距離の近さと、場違いなほどの笑みに朱実は少々面食らう。
(こんな状況で色仕掛けか? まさか。弓子の名前を呼んだのが聞こえていなかったのは運が良かったが、しかし……)
すぐ目の前に妙齢の美女の顔。息遣いさえ伝わる距離。彼女の頬は、心なしか微かに赤い。
普通の男なら心ときめくような状況だが、朱実にとっては心が動くようなものでもない。
ただ、あまりに場にそぐわないこのシチュエーションに……困った。
この油断ならない女が何を考えているのかが掴めない。どう考えても、今は見つめ合う場面ではないだろう。
冷静に状況を分析しているのを見ると、正気であることに間違いはないようだが……と考えていて、朱実はふと気付く。
彼女が漂わせる甘い香り。ただ甘いだけでなく少し刺激のある、この独特の匂いは――アルコールだ。
(…………もしかして、酔ってる?)



【時間:午前10時】
【ヒロイン(真・女神転生)】
状態:左手首消失、アルケニーの精神侵食、極度の疲労
武器:ロイヤルポケット(残弾なし)、ジリオニウムガン
道具:毒矢×4、煙幕弾×3
現在地:港南区・シーサイドモール
行動指針:ザ・ヒーローに会う、それ以外の人間は殺される前に殺す覚悟

【ナオミ(ソウルハッカーズ)】
状態:左肩に抉られた傷(出血なし)、全身に軽い打撲、頭から少し流血。まだちょっと酔ってる?
武器:なし
道具:日傘COMP、黄金の蜂蜜酒、酒徳神のおちょこ
仲魔:夜魔モコイ
現在地:港南区・シーサイドモール入口付近
行動指針:呪印を無効化する、情報を集める、レイホゥを倒す

【中島朱実(旧女神転生)】
状態:右腕にレーザーによる傷、頬に軽い傷
武器:なし
道具:封魔の鈴、COMP、MAG2700
仲魔:ロキ、ゴブリン他2体
現在地:港南区・シーサイドモール入口付近
行動指針:弓子の安否を確かめる、弓子との合流、弓子以外の殺害

【神代浩次(真・女神転生if、主人公)】
状態:右腕脱臼
武器:レイピア(ゴブリンから奪取)
道具:赤巻紙×2、青巻紙×2
現在地:港南区・シーサイドモールの外
行動指針:レイコの回収、ハザマの探索、デストロイ(アキラとキョウジが最優先)
  可能なら中島からCOMPを奪いたいが、自身の安全確保を優先

【妖精ゴブリン(中島朱実の仲魔)】
状態:腕に火傷
現在地:港南区・シーサイドモールの外
行動指針:朱実の命令に従う

【夜魔モコイ(ナオミの仲魔)】
状態:……?
現在地:港南区・シーサイドモール
行動指針:それなりにナオミを助ける

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